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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第三話 使命

「苦労をかけた。いずれ何かの折に礼をしよう」


 そう言って笑顔を向けながら王城の資料室を後にするのは、普段着も兼ねたレディーススーツを着こなすセシリアだ。整った中性的な相貌に微笑まれた受付嬢は顔を真っ赤にしながら無言で会釈を繰り返す。

 どうにも最近は異性よりも同性から言い寄られる機会が増えた。


「……さて」


 フィオナに言われた通り、彼女はゴグマゴーグの死骸の一部がどのようにして流出していたのかを調べていた。しかしただ言われた分の仕事をこなしているだけでは王城騎士など務まらない。

 それとは別の調べものについて知人に依頼していたのだが、その結果がどうなるかはこれからわかる。


 廊下を進んだ先にあるハディアで地下の停泊所に転移して、自身が所有する小型船舶が置かれているスペースまで歩く。そこには金属板を幾重にも重ねて織り成した鮫のようなデザインの船が鎮座していた。

 乗用車より一回り以上大きいそれは、日頃フィオナが王都内で移動する際にセシリアが操縦しているものと同じメーカーの船体である。こちらは私用で乗り回すためのものだからか前後の長さがややコンパクトに作られており、備え付けられている術式も少ない。


 側面の術式に魔力を送り込んでドアを開け、運転席に乗り込む。

 彼女は発進する上で必要となるレバーやスイッチの稼働を一切しないまま、内部の照明を点けてからハンドル真下にある苺一粒ほどの大きさの球体に触れた。


 途端、周囲の窓が黒く染まる。外部から内部の視覚的情報を遮断する術式、【ナイトカーテン】と呼ばれる第六魔術位階。

 本来であれば車両に搭載する事を禁じられているそれも、王城の地下にあっては暗黙の了解として見る者から咎められる心配もない。


「ゴグマゴーグの流出ルートは未だ判然としない。解体作業を終えてから素材加工段階に移行する際には間違いなく全ての肉片が運び込まれていたし、保管されている分についても私の目視での確認も含め異常は見当たらなかった」


 次の瞬間、彼女の隣りで空間が揺らぎ一つの像を結ぶ。


「それってつまり保管されてる部分については減ってないって事なの?」


 独白にも見えたセシリアの言葉を受けて、助手席に座った状態のコリンが現れた。自身に【インビジブル】を付与したまま待機していたらしい彼女は干し肉を齧って退屈そうな表情を浮かべている。

 制服姿である事と手元に落ちている学校新聞の下書きらしきプリントについては見ないふりをした。


「そうなるな。まだ未解体の部位を持ち出された、というのが穏当な落としどころだが」

「いやー、多分もうどっかしらの部位が偽物と入れ替えられてると思うの。」

「ああ。恥ずかしながら私もそこまで自分の目に自信がない」


 あくまでも情報源は圭介達からの報告のみ。真偽を確かめようにも装備していたジェリー・ジンデルが行方不明となっている今、証拠となるのはジェリーが書いたという手紙一つ。後は現地にいた彼らパーティと自警団の言い分を信じるしかない状態だ。

 だがフィオナはその情報を真実であると確信しており、またセシリアも圭介達の言葉を疑っていなかった。それは感情的な理由ではなく、建造物や一部の自警団員の死体の状態などからジェリーの襲撃が事実であると判断したに過ぎない。


 王城監査による調査結果を信用するなら、あの場にジェリー以外で第三魔術位階を使える者はいなかった。

 結果として大規模な破壊の痕跡が一定の説得力に繋がったのだ。


「だからこそ王城のネットワークにアクセスして関係者全員のスケジュールと実働履歴を閲覧した。持ち出した何者かの形跡を辿るためにもな」

「それでどうだったの?」

「清々しいまでの空振りだったさ」


 軽い口調で誤魔化そうとしているようだが、渋面は隠せていない。

 ここで明朗な情報が出なかったという事実は、望ましくない予想が確信に近づく事を意味していたから。


「姫様は口にしなかったがな。この件について、最悪のパターンが想定される」

「というと?」

「排斥派の一部が死者のグリモアーツを使っていた事は記憶に新しいだろう。いかなる技術によるものかはわからんが、“涜神聖典”トム・ペリングという大物の前例がある以上他にも凶悪犯罪者のグリモアーツが復活している可能性は高い」

「それとゴグマゴーグに何の関係が……って、あー。“黒き酒杯”」


 コリンも一人の人物に思い至ったらしい。その忌まわしき二つ名は、セシリアが想像していた犯罪者が持っていたものだった。


「ついでとばかりに奴のグリモアーツの所在を確かめようと思ったんだが、情報の閲覧に規制がかけられていた。数ヶ月前にはトム・ペリングのグリモアーツの不在を確認できたにも拘らず、だ。いよいよ内部に排斥派が潜伏している可能性も高まってきたな」

「……それは後で私の方でも調べておくの。でも“黒き酒杯”の魔術が復活してるとなると、私達の捜査能力じゃどうやっても犯人を探り当てるなんて無理なの。どうするつもりなの?」

「今後は可能な限りケースケと行動を共にする」


 眉間を揉んで渋面を和らげながら、セシリアが呟くように言う。


「土地の特殊性を過信した結果起こってしまったのがジェリー・ジンデルによる襲撃だ。しかしジェリーが排斥派と通じていると仮定するのならある意味わかりやすくもある。奴らはケースケを排除するためにアポミナリア一刀流免許皆伝などという切り札を使ったのだから、それで順調に事が運ばないとなればいよいよ余裕もあるまい」

「ってなると、今後も腕利きの敵がケースケ君の周りに集まってくる可能性があるって事なの。それでセシリアさんが露払いをして信用を勝ち取りつつ情報も集めると。ははあ、やり方がきったねえの」

「業腹だが否定はできない。それで、お前の方はどうだ」


 伏せられていたセシリアの視線がコリンの方に向けられた。話題が変わったと察するや、白きレプティリアンは鼻息をフンスと吹く。


「レオ君がこっち来てからの動きを改めて洗ってみたけど、拍子抜けするくらい何も怪しい動きを見せていないの。排斥派との繋がりはもちろんケースケ君を勧誘するためのダアトの策略らしきものも見えてこないの。多分マジで勧誘とか抜きにして当人のメンタルケアの意味合いが一番強いと思うの」

「そうか。万が一の可能性を排除できたのならそれでいい」

「ていうかセシリアさんも元々そんな疑ってなかったの。どうして今になって調べる必要があったの?」

「わかっているだろう。僅かな可能性も見過ごせなくなったからだ」


 エルフの森なら護衛がいなくとも問題ない。


 その先入観が油断に他ならないと突きつけられた今、羽虫一匹通さない程の警戒を四六時中続けなければならないとセシリアは判断していた。

 第三魔術位階の魔術を有する凶悪犯罪者は何もジェリー・ジンデル一人ではない。大陸にはアレに匹敵する、または凌駕する怪物などいくらでもいるのだから。

 そしてその怪物達と排斥派が繋がっていない保障などどこにもないのである。


「当初より行動の指針ははっきりしている。ただ私の判断が甘かった。もう二度と排斥派の思う通りにはさせん」

「気合い入れてるところ悪いけど」


 干し肉を食べ切り指先をちらちらと舐めつつ、コリンが自身とセシリアの中間に置かれた旧式の情報端末を見据える。


「セシリアさんが来る前に、学校の方で動きがあったの」

「アーヴィング国立騎士団学校でか? 夏季休暇中だというのに何が……」

「姫様が突っ込んできた時と同じように、校長先生経由で偉い人からケースケ君達に名指しで依頼が入ったの。誰だと思うの?」


 夏季休暇中の学校に赴き、レイチェルに直接交渉できる権力者。

 排斥派の不穏な動きが目立ち始めたこの時期であれば公権力や経済力だけではなく、レイチェル本人からの信頼性も必要となるだろう。彼女は圧力に屈して重要人物を売るような気質ではない。


 となれば、依頼主となり得る人物は限られる。


「マシュー・モーガンズ殿か?」

「ご明察なの」

「王都メティスの都知事にしてレイチェル校長の旧知とあれば、まあ依頼が通るのもわからん話ではない。しかしマシュー殿がわざわざこの時期にケースケを名指しで呼ぶとは……」


 可能なら大きな依頼など受けず王都内に留まっていてくれた方がありがたかったものの、こればかりは圭介の意志次第だ。セシリアの立場からどうこう言える問題ではないし、迂闊に何か言って圭介からの信用が削がれれば同行を許されない可能性すらある。

 そして依頼の内容次第だが、今の圭介にとって警戒すべき立ち位置にいない都知事からの頼みを断る理由は薄い。レイチェルからの後押しなどもあればよほど物騒な内容でない限り受けるだろう。


 行動を共にする、と決めた以上その依頼を蹴るよう仕向けるのは得策ではなかった。

 溜息を吐くセシリアの横でコリンが情報に補足を添える。


「で、一応その依頼内容もすっぱ抜いてきたの」

「正しい判断だ」

「へへへ、どうもなの。つってもセシリアさんの懸念通り、私達も迂闊に他人を信用しない方がいいの。誰が排斥派に繋がってるのかわかったもんじゃないのはこちとら同じだし、警戒対象に含まれてるのは都知事だって同じなの。ついでに言うと」


 言いつつコリンはハンカチで指を拭ってから、自身の学生用鞄に入れられていた書類数枚を取り出した。


「都知事の意図はどうか知らないけど、依頼の内容は正直ちょっと胡散臭いの」

「聞こうか」

「依頼主はアラスター・オダフィ・ホーガン。アガルタ王国関税局の副局長で、同時にユビラトリックス居住区域の領主でもあるの。都知事とは大学生時代に知り合ってたらしいから、多分そこの繋がりが残ってたの」


 ユビラトリックス。

 その名を耳にしたセシリアは、一度ほぐした渋面を取り戻してしまう。


 嘗てその町は何の変哲もない郊外の街だった。強いて言及するなら製本技術で多少知られている程度だったが、それとて国内で五本の指に入るような突出したものでもない。

 しかし四年前に隣接した森林地帯でマスタートレントという超大型植物モンスターが発生した。これにより各種配管と配線を張り巡らされた根に千切られインフラは半分以上が機能を停止し、その後は無限に範囲を広げようとする植物と騎士団の陣取り合戦が続いている有様である。


 一応まだ居住可能な区域は残されていたはずで、アラスター副局長は騎士団と共に町の奪還を目指すと同時にそこに住まう人々の生活を支援していた。

 そんな相手から都知事を経由して圭介に依頼が飛び込んできたのだ。どう考えても楽な仕事ではあるまい。

 そして楽な仕事でないという事は依頼を受けた側に余裕がなくなるという事であり、排斥派が介入する余地も相応に増える。


「仮にマスタートレントの討伐など依頼された日には流石のアイツも卒倒するぞ」

「なまじっかゴグマゴーグという悪しき前例があるから依頼主も遠慮しない可能性が高いの」

「いや、いくら何でも四年間どうにもならなかった相手にそんな……無いとも言い切れんが……」


 同じ超大型モンスターと言えどもゴグマゴーグとマスタートレントではあらゆる面で違うが、特に被害の規模が違う。元より植物系統のモンスターは再生能力の高さや近隣の生態系なども複雑に絡み合う関係で、時間をかけなければ完全且つ安全な討伐が難しいのだ。

 順当に考えれば依頼内容は討伐ではなく、現地で騎士団の業務を妨げる何かしらの事件に関わるものと考えるべきだろう。しかし圭介を狙う排斥派が手段を選ばなくなってきた今、どうにも不穏な印象は強い。


「調べてみたところアラスターは特に排斥派というわけでもなさそうなの。寧ろ抱えてる問題を少しでも解決してくれるなら客人でも何でも連れてきてほしいくらいみたいなの」

「保身を優先させるなら彼に暗殺を企てる余裕などないだろうしな。ある意味そこは信頼できるが、私が同行する事は変わりない。ない、のだが」


 言いながら運転席付近にあるスイッチやレバーを操作し、飛空艇を起動させる。ゆっくりと浮かび上がるそれは人の歩行速度よりやや速い程度のペースで屋上へと続く傾斜を登り始めた。


「…………嫌な予感がする」

「まあ、きな臭い依頼ではあるけど」

「依頼もそうだが、場所も問題だ。ユビラトリックスはエルフの森以上にメティスから離れた位置にある。おまけに事実上の危険地帯として広く知られているせいであまり治安が良いとは言えん」

「ほほぉ、つまり?」

「お前がわかっていないはずもないだろう。無事に到着できる保障などないという事だ」


 やがて大きな金属製のゲートの前まで辿り着いたところでセシリアが運転席にあるキーボードにパスワードを打ち込むと、赤く点灯していたランプが黄緑色に変わって外へと繋がる通路に入る。


 無機質な銀色の通路内を徐行しながら進んだ先には青空が見えていた。技術大国でもあるアガルタの空は他の山岳地帯などで見るそれと比べて幾分か濁っている。


「安全と思われていたエルフの森に歴史的殺人鬼が規格外の防具を身に着けて現れ、結果何人もの死者を出した。ケースケの周囲にもはや安全な場所など存在しない」


 とても本人には聞かせられないような言葉と共に、セシリア達は空へと舞い上がった。


「だからこそ情報を集める上でも、彼の近くにいるのが最善手だと思っている。呑気に逮捕して身柄を見えない場所に預けていては、また暗殺されるやもしれんからな」

「あー……ヴィンス先生にゴードンもそうだったの……」


 今後は現地で捕縛し、極力その場で情報を引き出さなければならない。

 事実を掘り起こし露わにする事こそが彼女達の使命だったから。

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