第二話 壁へと挑む
明くる日の昼、圭介はレオとモンタギューの二人を連れて第三メノウ街道に来ていた。
城壁の外では基本的に禁術指定を受けている魔術でない限り使用が許可されており、モンスターがいない場所で行われる魔術の練習は城壁や砦に勤務する騎士からも黙認されている。
今回は友人二人に見守られながら【パイロキネシス】と【エレクトロキネシス】の完全な制御を目指すというのが圭介の目標だ。
これから先も二つのグリモアーツを持つ暗殺者や規格外の防具を持った第三魔術位階持ちなどとぶつかる可能性を思えば、手にした力をある程度強めておかなければならない。毎度毎度死にかけながら運良く新しい魔術を獲得するなどという事態を期待していてはそれこそ殺される。
敵の大きさが見えない今、自身を可能な限り伸ばさなければ生存率は上がらない。
「んじゃ、新しい念動力魔術とやらを見せてもらおうか」
「確か電気使うんすよね? 使いこなせるようになれば電気代浮きそうっすね!」
「扱うモノがモノだから迂闊に練習もできてないんだけどね。だから二人には今日付き合ってもらってるんだけど」
街道から少し外れた草原で、既に【解放】した“アクチュアリティトレイター”を構えながら圭介が苦笑いする。
因みに異世界でもインターネット関連の機器は魔力より電力に依存しているらしいので、完全に使いこなせればパソコンやスマートフォンなどにかかる電気代が浮くのは事実であった。
圭介が意図せずサンダーバードから盗み出しジェリーとの戦いの中で得た新たな力、【エレクトロキネシス】。電気を操る念動力魔術。
電気はそれこそありとあらゆる場所に偏在しているため、使いこなせるようになれば何かと心強かろう。
使いこなせるようになれば、の話だが。
「ふぬっ…………ぐーぐぐぐぐ!」
「おい電気出てねえぞ」
「火花すら見えねっす」
「いや魔術は発動してるはず……っ」
『魔力が流れ込む様子は観測できています。今マスターのグリモアーツに触れれば感電はするでしょう』
「えっ、怖っ。怖いけど地味っすね!」
「ちゃんと適性あるのが放電術式使うとバリバリ電撃が見えるんだがなあ」
電気は偏在するが、常に目視できるわけではない。思い返せばジェリーとの戦いでもグリモアーツ越しに感電させるだけで、漫画やアニメのようにわかりやすく電撃を浴びせるような攻撃はしていなかった。
これに関しては練習や技術の不足だけでなく、適性の有無も関わってくる。夏場に【パイロキネシス】を使った事で圭介が暑さに喘いだのもそのためである。
今までと異なりわかりづらく扱いづらい魔術を前に、その場にいた少年達は揃って微妙そうな顔になった。
「……まあ? 免許皆伝持ってるような奴を追い込んだのは事実ですし? 何ならこのくらいがパワーバランスを考慮すると丁度いいっていうか? 電気関係の魔術使う人からお株を奪うのはこちらとしても本意ではない的な?」
「ほ、ほらアレっすよアレ。………………あの、アレっす。浴槽にその板ぶち込めば風呂入ってる敵を感電死させられるとか……」
「どういう状況だよ。まあなんだ、応用する余地はまだあるだろ。少し考えてみたらどうだ」
「アズマの充電とかに使えないかなあ」
『私が魔力をエネルギー源としている事実をお忘れですか。わざわざ電気を補充する意味はありません。……待ってください。“アクチュアリティトレイター”が私の体に触れているのはどういう意図があっての所業ですか』
「当ててんのよ」
「その状態で電流ぶち込むと真下にいるお前も感電しちまうんじゃねえのか」
思えば【ハイドロキネシス】を習得した時のような閃きが【パイロキネシス】や【エレクトロキネシス】には無かった。つまり圭介には炎と電気を魔術で操る際に必要となる理解が足りていない可能性がある。
まずはどちらの魔術を使うにしても反復練習が必要だ。アルミ玉を作っていた頃のように的確な指導をしてくれるカレンは今いないのだから、自力で手探りするしかない。
「まあでも火の扱いはエルマー君に教われば、ってやっべそういや連絡先交換してないや。エリカ知ってるかな」
「電気系統の魔術は俺の知り合いにゃいねえな」
「俺はまだこっち来たばっかで……。ダアトにならどっちもいたと思うんすけど」
『前途多難ですね』
「しゃあない、ネットの力をお借りするか」
こういった場面では進んだ文明の力がひたすらありがたいところである。
ただ調べたところで検索結果は第六魔術位階の術式を紹介するサイトなどが主な層となっており、発火現象や放電現象を魔術的な面からどう操作するかについては記載されていない。やはりそういった要素は当人が持つ適性に左右される部分が大きいようだ。
調べれば調べるほど一見して万能に見える念動力魔術の器用貧乏さが如実にわかる。加えて念動力魔術そのものは魔術として稀有な例だからか、扱いについてまとまった情報が得られないのも痛手となった。
「全然欲しい情報が出てこないじゃん。カレンさんもホームページとか作ってくれないかなあ。もう頼れるのあの人くらいしかいないよ」
『ダアトにはネット環境が存在しないので不可能ですね』
「そういやそうだった! ふざけんなよ回線くらい繋いどけ!」
「こっち来たばかりの頃はスマホの存在にすら噛みついてたケースケが今ではこんなんなっちまったか……」
「そもそも自分から手の内晒す結果に繋がるかもしれないんで、ネット環境あってもあの人そういう事しないと思うっす」
仕方なく圭介は【ハイドロキネシス】で水を操った時の記憶を呼び起こす。
あの時はアルミホイルを球状にまとめるという訓練を積んだ上で、ダアトの歯車やユーから教わった身体コントロールをヒントとして実現した。その過程で得たものは何であったか。
「えーと、水を動かす時は全体を意識して細かい動きに集中して……力の流れを念動力で捻じ曲げて……ああそうか、そういう」
『何かヒントが得られましたか』
得られたと言えば得られた。
ただ、それは望ましくない答えに辿り着くものである。
「水は力の流れがわかりやすいから扱いやすかったんだ。でも火は上下左右の動きがわかりづらいから【サイコキネシス】とか他の念動力に乗せないと不安定になって、電気は動かそうにも速過ぎて操作自体ができない」
水は重力に従順だ。いかに変幻自在に形を変えると言っても、上から下へと流れる性質はあらゆる状況において共通している。
対して炎は火元の動きにも依存するが下から上へと向かい、それでいて浮かび上がるわけでもない。そして無限に拡がる性質と風で容易にゆらめく頼りなさが組み合わさり、適性を持たない圭介にとって扱いづらい存在となってしまっていた。
しかしこちらはまだ【サイコキネシス】に纏わせる事で念動力そのものの強化に繋げられる。そう思えば現段階で全く使い物にならないわけでもない。
問題はその次だ。
「えっ、じゃあ【エレクトロキネシス】はどうなるんすか。雷でブシャーッてできないんすか」
「無理っぽい。くっそ、僕もてっきりビームみたいなの出せると思ってたんだけどなあ」
そんな事ができれば対人戦闘においてかなり有利な攻撃手段となっただろう。攻撃速度の重要性は今までの戦いで嫌というほど思い知らされた。
「ていうか師匠はそこんとこどうやってたの? 荒事に全然関わらなかったわけじゃないでしょ、火とか電気とか飛ばしたりしてなかった?」
「カレンさんっすか? いや、あの人に飛びかかったモンスターは全部浮かされて捻じ曲げられてばっかだったんでそういうのは全然。念動力魔術で水を操るなんてのも圭介さんで知ったくらいっす」
「他の念動力魔術の記録とか見ると【ハイドロキネシス】くらいは使う奴もいたらしいけどな。それでもでけぇミミズを真っ二つにするほどじゃなかったはずだ」
「あれは僕の実力だけじゃなくて……あっ、そっか」
言いながら圭介は腰に下げていた鞘からクロネッカーを引き抜く。【ハイドロキネシス】を会得した際の記憶から導き出された答えがこの魔道具の存在であった。
「あの時水を滞留させたようにコイツ使って電気も一ヶ所にまとめちまえばイケるんじゃないのか!?」
「悪くない案かもしれねえな」
「よーし、そうと決まれば早速」
嬉々として圭介が“アクチュアリティトレイター”にクロネッカーを当てながら電気を流す。
「【滞りゅっばばっばばばばああばば」
『……………………』
「やべえ、コイツ感電しやがった」
「回復、回復させないと! アズマまで煙吹いてるっすよ!」
新しい念動力魔術、【エレクトロキネシス】。
その習得は困難を極めた。
* * * * * *
「ふんぎぎぎぎぎぎっ!!」
圭介達が城壁外であれやこれやしているのと同時刻。
王都メティスのとある訓練用施設にて、ジャージ姿のエリカが腹筋運動をしていた。
広いスペースの中央には青い床と水分補給用の給水器しか存在せず、道具を要さない運動のためだけに用意された空間である事がわかる。
「はいあと三回だよ、頑張れー」
「くっそごふぉぉおおおおお!!」
「はいあと二回。いいね、顎引いてできるようになってきたじゃん」
顔中を汗まみれにしながら必死の形相で上半身を起こすエリカの隣りには、同じくジャージ姿のミアの姿があった。
二人がここに来ているのはエリカの要望によるものだ。エルフの森での戦いにおいて魔力切れを起こした彼女は、スポーツの経験に秀でたミアに声をかけて魔力増量のためのトレーニングに付き合ってもらっている。
生まれ持つ魔力の総量には個人差があるものの基本的には種族特性と肉体の構造が要因として大きい。
エルフや一部の魔族は魔力の代謝に優れるが故に回復力も高く、ドラゴンは巨体とそれに見合った容量を有するからこそ内蔵する魔力の量も膨大なものとなる。逆に体が小さいクラウンは貯蔵量が少ないために魔術を不得手とする。
これらの理屈に合わせるとヒューマンが持つ魔力の量は少なくないものの決して多くもない。エルフのユーはもちろん、猫の獣人として優れた筋力と魔力代謝能力を持つミアにも劣るだろう。
だからこそセシリアのように肉体を鍛える事で魔力の容量を増すか、あるいはこれまでエリカがしてきたように魔力操作の理解を深めて差を埋めるしかない。
しかし、術式と魔力の流れを理解するだけでは限界がある。
扱える魔力そのものを増加させるためには、身体能力の底上げが必須であった。
種族の違いを踏まえてもジェリー・ジンデルの戦闘能力は尋常ならざるものであり、その戦いの中で魔力の差が明確に表れていたのを今でも忘れられない。
自身は無闇に魔力弾を撃ち込み続けたせいで身動きがとれず、ミアは広範囲への【アクセル】と自身への【メタルボディ】を維持しながら第四魔術位階を使い過ぎて倒れた。エルフであるユーと客人である圭介でさえ戦闘終了時には満身創痍だったのだ。
そして、圭介は今後もそんな相手に狙われるかもしれないのだとエリカは気付いていた。
「はい、終わり。頑張ったわねー、でもこれ以上はオーバーワークだしちょっと休憩しとこうか」
「ひぃ、ひぃっ。し、死ぬかと思った。なあ、あたし、大丈夫? ごほっ、く、口から内臓とか、飛び出してない?」
「んなもん飛び出てたらもうちょっと騒いでるわ。……しかし頑張るわね。そんなに急いでもすぐに魔力の量が増えるわけじゃないでしょうに」
「わかってっけどさ……はああああ」
大きく息を吐き出しながら立ち上がる。いつになく真剣な表情を流れる汗が覆っていた。
「今のままじゃ、ダメなんだよ。きっとこれからも、あんな戦いに、巻き込まれてく。…………ついてくためには、新しい魔術覚えるだけじゃ、到底足りねえ」
その言葉の裏には、遊び半分に第六魔術位階ばかり習得してきた自身を憎む気持ちも少なからずある。
騎士団学校でそれなり優秀な成績を保持していたからか油断があった。これでいいか、という怠慢の気持ちが更に上を目指すという意識を削いでいた。
結果が魔力切れによる戦闘不能である。何とか意地で第三魔術位階を発動しているジェリーに一撃くれてやったものの、その後も厳しい戦いが続いていたのは圭介が新たな念動力魔術を使えるようになっていた事実から何となく察していた。
今の自分では充分に役に立てない。
そう確信する彼女の精神状態は、当時の自分から脱却する動きを求める。
「クソババアぶっ倒すのにも、施設立て直すのにも使えねえ、木偶の坊なあたしを変えなきゃ、アイツに顔向けできねえ」
「……そう。ま、こういう時でもふざけて笑ってるくらいがアンタらしいっちゃらしいと思うけど。飲み物取ってくるわ」
言いつつミアはエリカから離れて、荷物が置かれているロッカーへと向かった。
少し手間だが施設内を移動する度に私物は全てその空間内に用意されたロッカーへと一旦預けなければならない。盗難防止のみならず、物品に危険な術式が仕組まれていないかを逐一識別するための措置だ。
ロッカーの前まで着いたミアは振り返り、壁にもたれかかるエリカを見やる。
今日、ユーは同行していない。「ケースケからめちゃくちゃ厳しいって聞いたから」という理由でエリカがミアと二人きりでの鍛錬を要望したからだ。
ただ、言葉通りの理由だけではないのだろう。
ジェリーと戦ったあの日の夜、彼女が倒れた後も圭介とユーは同じ戦場に立って共闘していた。
その事実が呼び起こす感情。
劣等感。
と、別の何か。
「アイツ、ね。いやーまさか私のパーティ内でこんな問題に直面する事になるとは」
ミアの呟きはエリカに届かない。
彼女は猫の獣人と違って、並外れた聴覚など持っていなかったから。




