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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第一話 憂いの帰路

 車窓から見える緑色の風景に都会の灰色が混ざり始めた新幹線の中。

 圭介はカラフルな粒状のチョコレート十粒近くをざらりと口の中に入れて、ある程度噛み砕いたら缶のブラックコーヒーで流し込む。甘味と苦味が不協和音を奏でるこの感覚があらゆるストレスを一時的に緩和してくれた。


「……ふぅ」


 凶悪な殺人鬼との戦闘を乗り越え、現地の建造物の修繕作業に参加し、帰りはメレディスの荒っぽい運転で全身を苛まれる。

 そんな事が立て続けに起こったせいで何かと疲れたのか、隣りに座るエリカも向かい側の席に座るユーとミアもぐっすりと寝ていた。


 圭介が眠らずにいるのはコーヒーの効果によるものではない。ただ一つの懸念が頭から離れずにいるだけだ。


(ゴグマゴーグの革鎧……あんなものを指名手配犯が持ってるなんて)


 サンドワームの変異種。それもつい最近になって名付けられたという事は、歴史上前例がない個体である。

 つまりあの鎧をジェリーが入手するためには騎士団かダアトどちらかの協力が不可欠だ。


(でも仮にその中にいる裏切り者がそんな貴重な防具を作ったとして、指名手配犯の殺人鬼に渡すってどういう理屈だ?)


 口の中の苦味を誤魔化すように更にチョコレートを口に含む。冷房が入った車内でもやや溶け始めているのか、買ったばかりの頃と比べて歯ごたえがにちゃりとしていた。

 今度は甘ったるさを洗い流すようにしてコーヒーを飲み、急激に変わる味わいに付き合わせる形で思考も切り替える。


(違和感はそれだけじゃない。ユーと同じように魔力で刃を作る系統の魔術を使うなら、あんなモンスターの大群を従えてたのもおかしい。そもそもどっから湧いて出たんだあのデカブツ共は)


 最近になって中型から大型モンスターの発見件数が減少傾向にある、という話は圭介もニュースなどを通じて聞いていた。あのような存在が局所的に大量発生するなど自然現象ではまずあり得ない。

 ジェリーの手駒として使われていたのを見るに、人為的なモンスターの発生と考えてほぼ間違いないだろう。


 圭介の中に嫌な予想が浮かび上がる。


(モンスターを引き従えるような奴がダアトなり騎士団なりにいるかもしれないって事か)


 何かしらの形で集団を作り出し操る系統の魔術はこれまでにも幾度か見てきた。


 ウォルトの【シャドウナイツ】。

 ピナルの【ミキシングゴーレム】。

 ゴードンのホムンクルス。


 これらに共通するのは集団を作り出した本人によって統率されているという点だ。しかしあのグランドオーガ達は、アポミナリアという全く別系統の魔術に適性を有するジェリーの支配下にあった。

 魔術で作り出されたにせよ野生の個体をかき集めたにせよ、その支配権を他者に譲渡する事など可能なのだろうか。可能だとして、そんなものを殺人鬼に委ねるメリットは何か。


 加えてジェリーの行動も不可解な部分がある。


(考えてみればユーに向けて手紙まで書いたのに、真っ先に狙ったのが僕ってのも変な話だ)


【漣】による索敵網を広げていたとしても、ジェリーが来る直前まで避難用スペースは壁に囲まれていた。あの時点で位置がわかったのは外にいたバーナード率いる自警団と裏門の外で戦っていた現地の騎士団、壁が破壊された部屋にいたというユー達。

 だというのに真っ先に誰がいるとも定まらない避難用スペースに、それもユーやバーナードを無視して突貫するのかがわからない。

 あの奇抜とさえ言える挙動をエリカが外の様子を見るために展開した【マッピング】で探知していなければ、圭介達は待ち伏せをするどころか相手の不意打ちによって誰かしら殺されていただろう。


(まさか僕がエルフの森に来てるって知ってたのか?)


 となればそういう可能性も浮上する。

 彼自身の思い上がりでも何でもなく今の圭介は有名人だ。ゴグマゴーグの革を用いた鎧など持っているような戦闘狂が相手なら、その実力を見込んで襲いに来ても不思議ではない。

 問題は圭介がエルフの森に来ているという情報をどこから仕入れたか。


(騎士団かダアトの裏切りねぇ。予想しちゃいたけど改めて考えるとしんどいぜ)


 親しげな人間に裏切られるという経験が活かしたくもない場面で活かされる。今だけ隣りでだらしない寝顔を晒すエリカの気持ちが少しわかったような気がした。


(ヴィンス先生にララさん、か……やっぱ背後には排斥派がいるのかな)


 脳裏に浮かぶ瑠璃色の大斧とエメラルドグリーンの双翼。その二つから連想される大矛、大蜘蛛。

 彼らの組織力がどの程度の規模なのかは不明だが、ゴグマゴーグの体の一部を調達できるような相手が背後にいる可能性は充分にある。何せ監獄病院や留置場にも容易に踏み込めるような連中なのだ。


 つまり、ジェリーは排斥派と何らかの形で繋がっていると考えられる。

 そして、その排斥派の組織は騎士団かダアトと繋がっているとも考えられる。


(この場合、排斥派の連中はダアトよりも騎士団と繋がってる可能性が高い)


 少なくともアーヴィング国立騎士団学校に構成員を潜入させたり、アッサルホルト監獄病院やマゲラン第一留置場に出入りするなどダアトに引きこもっていては不可能だろう。何よりも優先順位で考えれば真っ先に警戒すべきはダアト以上の規模を持つ騎士団である。

 流石に王族が黒幕だなどと思わない。しかし、獅子身中の虫は確実に存在すると考えた方が賢明だ。


(となるとこれまで出会った顔ぶれも含めて騎士団の人達、全員疑わないとダメか……気が滅入るなあ)


 城壁南西騎士団団長、テディ・カーライル。

 王都第六騎士団団長、ガイ・ワーズワース。

 同じく王都第六騎士団副団長、バイロン・モーティマー。

 トラロック騎士団団長、アルフィー・ブレイアム。


 セシリアも候補に入れるべきかと思ったものの、私情を捨てて考えてみてもそれはないと判断した。これまでに彼女が圭介を殺せる機会は幾度となくあったはずなのだ。

 今の圭介の立ち位置を考えれば、彼女が排斥派であった場合もっと早い段階で動いていなければ不自然とも言える。


(というか勝ち目薄くないかコレ)


 証拠の一つや二つでも用意できれば違うだろうが、その辺りの周到さで勝てる相手かどうか。元々ただの高校生でしかない圭介は、どうしても情報戦のような社会的能力が求められる面で詰めの甘いところがある。

 対する相手は騎士団と排斥派のテロリストという二面性を有する難敵だ。貴重な素材を惜しみなく使った防具などを用意できる時点で只者ではない。


(…………やっぱどうにも相手が悪過ぎる)


 信頼できる仲間がいる。第一王女の後ろ盾もある。自身の魔術の腕も伸びている。

 ただ、その上で敵の正体が掴めない。せめて一つでも反撃の手がかりが欲しい。


 今回発覚したゴグマゴーグの素材流出はそのための大きなヒントになり得るに違いない。圭介は仲間三人が起きてこないのを確認すると、席から離れつつ懐からスマートフォンを取り出した。


 画面に表示されていた『圏外』を意味するアガルタ文字は、既に三本のアンテナに変わっている。

 車窓の外に見えていた山々はいつの間にかビルやマンションの群れに遮られ、ただ夕暮れだけが変わらず美しい。


 敵か味方かもわからない者達の懐に飛び込むような不穏さが、圭介の胸元を覆っていた。


   *     *     *     *     *     *  


 それから時は少し進み、同日の夜二十二時。場所は乳白色の灯りに照らされた窓のない無機質な部屋。

 アガルタ王城のとある一室には緊迫した空気が充満していた。


「それで、レナーテ砂漠常駐騎士団の動きはどうなっているの?」

「通常業務内に奇妙な点は見当たりません。ゴグマゴーグの解体作業はほぼほぼ完了しつつあり、そちらも現状異常なしです」

「そう。ではレオさん。ダアトの方から何か連絡はありましたか?」

「ぜ、全然っす……」


 フィオナの問いかけに応じるのは圭介の身辺警備を担うセシリアとレオの二人。社会的な最上位に位置する人間の静かな威圧を受けて、不慣れなレオはすっかり委縮してしまっている。


 彼女が今情報を集めているのは圭介から伝えられたとある問題、エルフの森を襲撃したジェリー・ジンデルの装備品について。

 即ちゴグマゴーグの革鎧の出所と移動の経緯であった。


「そうですか。とはいえカレンさんがゴグマゴーグの素材を意図的に流出させる動機が見当たりません。何よりダアトが移動し続けている以上、彼女が死骸に触れる機会そのものが発生しないはず」

「となると、やったのは現地の騎士団ですか」

「あくまで可能性として高いのはね」


 ひとまず思ったほど強く疑われていないとわかったレオが、ほっと胸を撫で下ろす。


 ダアトがゴグマゴーグ討伐後に充分な距離を移動したのはフィオナ自身が確認した事だ。加えてルートの確認も終えている以上、カレン・アヴァロン率いる客人達の仕業とは考えにくい。

 必然的に疑念は騎士団の方に向く。そして、それが意味するところを弁えているからこそフィオナは革鎧の情報を急ぎ集めていた。


「騎士団から流出した可能性の高い素材とそれを用いて作られた防具。そんなものを着込んだ指名手配犯がケースケさん達に襲撃をかけた今、彼から得られる私達への信用が著しく低下しているのは間違いありません」


 つまり結果的に今回の事件は、念動力魔術を使う客人とその力を活用せんと目論む第一王女との間にある一定の信頼関係に亀裂を入れたのだ。何としてでも挽回せねばならない場面であり、同時に下手人を許すわけにはいかない。


「今後の動きですが、まずこちらは素材の移動ルートを最優先で調査。同時にセシリアとレオさんには極力ケースケさんと共に行動してもらいます。とはいえこれは努力義務と思ってください。セシリアも騎士として彼の身辺警備以外の仕事があるでしょうし、レオさんはダアトから送られてきた人員ですからこちらが動きを強要するわけにもいきません」

「わかりました。明日の朝から昼にかけてはゴグマゴーグの死骸流出について調査を続けます」

「えっと、自分は……」

「強要しないと言った直後で申し訳ありませんが、レオさんも極力で構いませんのでケースケさんのそばにいてもらえませんか? こちらとしては後の交渉で不利に働くかもしれませんけれど、今は彼にとってこの大陸の住人よりも客人の方が精神的に安心できる相手かもしれませんから」

「りょ、了解っす」

「ありがとうございます。それでは、本日はお忙しいところありがとうございました」

「はいっ。どうも、あざっした!」

「失礼します」


 ある程度の指示を出して、二人を帰らせる。指示、と言えるほど大した強制力もなかったが。


 フィオナもそれだけで圭介からの不信感を解消できるとまでは思っていない。流出したのがゴグマゴーグの素材である以上、コミュニケーションを通しての信頼関係の構築などあくまで気休め程度の意味しかないだろう。

 最優先すべきはフィオナと諜報部による流出経路の特定だ。そういう意味ではこれから報告を入れなければならないダアトと扱う情報の密度は互角となる。


(少なくともダアトの内部犯という線はあり得ない。これは騎士団の中にいる何者かの仕業でしょう)


 フィオナは半ば確信していた。

 カレン・アヴァロンは今回の事件に関与していない。寧ろこの話を聞かせれば即座に流出を見逃した己の不備を嘆くだろうとさえ思える。


 そう思う根拠は単純で、死なせては困るからに他ならなかった。今後もあれほどまでの念動力魔術の適性を有した客人が転移してくるとは限らず、そうなれば万が一の事があった場合にカレンの代行を成せる人材がいなくなってしまう。

 もちろん師弟関係から生じる感情的要因も絡むだろう。情を捨てて考えても、わざわざ修行に付き合った意味を自ら損失する意味が彼女には無い。


(しかし、カレンさんがいなくなってからも他の騎士団による警備はあったはず。それを潜り抜けて素材を外に持ち出すなんて)


 あり得ない、とは言い切れない。

 それを可能とする犯罪者が大陸の歴史に存在していたから。

 更にその存在を復活させる技術が既に観測されているから。


(死者のグリモアーツを再利用する技術を用いてあの歴史的犯罪者の力を蘇らせれば、あらゆる索敵魔術をすり抜ける事もできてしまう)


“黒き酒杯”ブライアン・マクナマラ。

 全く文字通りの意味で大陸全土を恐怖に陥れたあの男のグリモアーツがあれば、いかなる障害も無視して容易に持ち出せるだろう。


 既に死んでいる犯罪者の力が使われる。そんな本来なら荒唐無稽と笑い飛ばしてしまうような可能性もあり得るのだと、これまで入ってきたあらゆる情報が物語る。


(死してなお国家に牙を剥くなんて、度し難い話だわ)


 ララ・サリスとゴードン・ホルバインの共通項を考えれば“黒き酒杯”の再来は予測できるし、そうなればジェリー・ジンデルの背後にいるのが排斥派であるという考えも自然と浮かぶ。


 死者のグリモアーツを復活させ適性を無視して操る技術、有名人となった圭介を殺害するために指名手配犯まで抱き込み動かす手腕、何よりここまで一切尻尾を掴ませない隠密性。

 ここまで揃うと最早ただの犯罪組織ではあり得まい。首魁は相当な社会的地位とカリスマ性を有していると考えて良いだろう。


(だからと退くほどの盤面ではない)


 必ずしも協力を得られるとは限らないが、事態が深刻になればなるほどダアトから助力を得られる可能性は高まる。カレンが出張るような事はないにせよ、戦闘力に優れた客人が派遣されればそれだけで相手への牽制にはなるだろう。

 そしていかなる相手であったとしても組織力では流石に国家の方が上だ。今は後手に回っているが、時間をかければかけるほど調査は進み状況も有利になっていく。


(……王族として相応しい動きではないと、お父様は仰るんでしょう)


 アガルタ王国現国王、デニス・リリィ・マクシミリアン・アガルタ。彼は王族の仕事を『事実の管理』と断じており、その最奥まで探求し掘り下げようとするフィオナの姿勢を批判している。

 確かに一つの事柄に拘っていては国を営む事などできないだろう。第一王女として後の働きを思えば一人の客人に執心している暇など無いのかもしれない。


 つまりこれは王族としての範疇を超えた領域。


(だからと言ってこのままにしておくのは業腹というもの)


 僅かながらも得られた信頼を汚されつつある事への怒り。

 彼女の原動力は、特別なものでも何でもなかった。

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