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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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エピローグ まだしばらくは、あの街で

 ジェリー・ジンデルが圭介に吹き飛ばされて落下した地点。

 朦々と立ち上る粉塵の中、咳き込みもせず佇む黒い影が一つあった。


 バイロン・モーティマーの錬金術で再現された疑似人格である。


『駄犬が。口先に見合った仕事もこなせんのなら初めから吠えなければいいものを』


 人型の影が携える赤い瞳の先には左目を失ったジェリーが仰向けの状態で気絶していた。しかし死んではいないようで、胸部の上下運動から呼吸も確認できる。

 バイロンとしてはいっそ死んでくれていても良かったのだが、そうなると今後の計画に支障をきたす。一応は狂犬であろうと役割を有した手駒の一つ、であれば無駄な消費は極力避けたい。


 尤も、ジェリーに第三魔術位階を連発できる程度の実力がなければこの場で殺していただろうが。


『それにしても目を片方失ったか。全く似合いの無様さだ、お蔭でこちらの手間が余分に増えた』


 言いながら影の右手が変形していく。透明な球体となったそこに、下から黒い液体が湧き出てきた。

 次いで青、黄色と異なる色ごとの層を形成し、三つが均等な量で球体の内部を満たす。それをジェリーの体に押し当てた。


 するとどうした事か、体積を一切無視して成人女性の体が着込んだ鎧ごと球の内側へと吸い込まれていく。後には髪の毛一本残らず、ただ陥没した土があるのみである。


『…………さて残る問題はあの客人だが』


 呟く影の視線は、遠い場所で倒れているサンダーバードへと向けられていた。


『現地の兵力を削ぎ落とすための措置がこのような形で仇となるとはな。あの人もこの展開は想定外だったろう』


 本来であれば雲にとある細工を施してサンダーバードとの戦闘を誘発するという今回の作戦は、ジェリーの勝率を上げるためのものだった。


 腕前だけは信頼できる彼女も絶対に勝てるという保証はない。現に闇社会の重鎮だったゴードン・ホルバインがあれだけの下準備を進めておきながら戦闘においては完敗している。

 ならばと用意した一手が逆に敗北を呼び寄せるとは皮肉な話だが。


【サイコキネシス】、【ハイドロキネシス】、【パイロキネシス】。

 そして新たなる念動力、【エレクトロキネシス】。


 扱える魔術の数が予想外に増えている。排斥派として望ましくない流れであった。


『こうなるくらいならお前を直接派遣した方が幾分勝率も高かった。どうもこの女には慎重さ、それに品性と知性が足りていない』


 バイロンの影が森の奥、青い月光を枝葉に遮られた闇の中へと声をかける。

 そこから漂う僅かな空気の振動を受けて、彼はありもしない鼻からフッと息を吐いた。


『わかっているとも。いざという時まで名前すら出さんという約束だったな。だが』


 土煙が落ち着き始めた段階で影の輪郭が揺らぎ始める。その挙動は疑似人格の魔力切れが近づいてきている事を示唆していた。


『そのいざという時はもう目と鼻の先だ。いつまでも裏方にいられるなどと思うなよ』


 闇の奥から声は返ってこない。しかし了解を得たという確信がバイロンの中にはある。


 やがて吹きすさぶ風が粉塵を払った頃。

 その場には誰もいなくなった。


   *     *     *     *     *     *  


「何でもありなんだな……」


 呟くバーナードの声を聞きながら、圭介はばつの悪そうな表情で“アクチュアリティトレイター”を振り回す。それに応じて木材、石材、鉄筋に緩衝材などなど様々な物体が念動力で運ばれていく。


 ジェリーを吹き飛ばした翌日から残りの滞在期間を使って、彼は自警団の詰所の再建に参加していた。

【テレキネシス】を使えばどんな重い物でも浮かせられるし、【ハイドロキネシス】を使えば一瞬であらゆるものを洗浄できる。濡れれば【パイロキネシス】で乾燥させて、電気が通るかどうかのチェックはまだ覚えて間もない【エレクトロキネシス】で行う。


 容易に破壊できる一方で容易に創造もできる。並外れた力だと誰もが認識していたが、圭介からしてみれば真夏の田舎で重労働に日々を費やしているようなものだ。炎天下の中で魔力を消費しては大量の食べ物と飲み物を腹に詰め込むこの生活に、そろそろ胃の方が限界を迎えつつあった。


 青い顔をしながら水分補給する圭介の目の前にがらりと追加の建材が積まれる。

 うんざりした表情で見上げた先には、一度喧嘩めいた衝突もしたサンダーバードが直立していた。首に括りつけられたバンドにはランドセルにも似た大型のケースが付属し、恐らくはそこから材料や道具の類を嘴で取り出しているのだろう。


 あれからこのサンダーバードはいかなる流れがあってか、この森に住まう人々にとって可愛い相方のような存在となったらしい。

 餌代が大気中の電気で間に合う上に重労働を率先して手伝ってくれる。加えて物珍しさから観光客の呼び込みにも使えるのではないかという声まで若いエルフから上がってきているようで、老人達もそれには反対しつつこのどうにも憎めない雷の鳥を追い出そうなどとは言わなかった。


 少し離れた位置ではエリカが“レッドラム&ブルービアード”に施した術式で細かな作業を進めている。施設の再建に関わる何かかと思えば、機械仕掛けの甲虫の模型やらガラス玉を仕込んだアクセサリーやらを作って地元の子供達にやんややんやと騒がれていた。


 その反対側にある調理台が並ぶスペースでは、ミアとメレディスが驚異的な手際の良さで自警団員達の昼食を作っていた。エルフの集団、それも全員が体育会系な上にそこそこ重労働をこなした直後の食事となるため普通のエルフから見ても量がおかしな事になっている。


「あんたの連れと母親、凄いわね」

「まあねえ。数少ない自慢だよ」


 ユーとローレンが戻ってきたのは数分前。

 壊滅してしまった騎士団の代行として来訪した十数名の騎士達に、エルフの森が現状抱えている問題と対策を説明してきたところだ。


 ジェリー・ジンデルの襲撃による甚大な被害を鑑み、王城側は迅速に現地へ派遣すべき騎士団の編成へと入った。

 しかし自警団との摩擦による評判の悪さに加えて場所も場所だ。人員補充には相応に時間を要する。


 そこで頭を下げに行ったのが長老の一人娘であるローレン、そして第一王女からの覚えめでたいユーの二人であった。


 長老本人ではないにせよその娘が城壁防衛戦などで活躍したエルフの少女と共に交渉した結果、手を上げてくれた騎士が何人かいたのだ。そこから熱心な説得を続け、更に人数を増やした結果が今回現地にまで来てくれた者達である。


 森にいる建築物の扱いに長けたエルフは現在、彼らの住まいを造るために別の場所へ駆り出された。その結果が素人の圭介による急ピッチでの再建活動なのだが、もしかすると騎士団の寝床より先に自警団の詰所が完成してしまうかもしれない。

 そうなれば流石に頭を下げて来てもらった立場として示しがつかないので、今度は向こうの手伝いに圭介を向かわせるという手筈になっていた。


「非常事態だったんだからそこまで思い詰める必要ないのにさー。彼、ちょっと気にしぃ過ぎるんじゃないの?」

「アハハ……でも、そこがケースケ君のいいとこだから」


 ふーん、とユーの発言を受け流すローレン。

 その視線は前を向いているようでどこも見ていない。


 少しだけ生じた沈黙を経て、彼女がまた口を開いた。


「あのさ。戻ってくる気、ないの」

「……うん。今はね」

「何その返事。はっきりしろよ」

「騎士になるのが先って事だよ」


 言いつつ二人して近くの木にもたれかかる。

 圭介を連れてこの森に来た時のような険悪な雰囲気は、もうない。


「だって、まだまだ私達全然強くなんかないじゃない。……ベラさんを殺したのはジェリー先生でも、死なせたのは私達の弱さだよ」


 その言葉を受けてローレンが唾を飲み込む。


 あの戦いの後、二人は揃ってベラの両親に娘の訃報を告げに行った。夫妻はユーとローレンを責めたりしなかったが、帰りがけに背中で感じ取ったすすり泣く声は生半可な罵倒などよりもよほど二人の心を苛んだ。

 自らその役割を負うとバーナードに言った時は決めたつもりでいた覚悟も、まだまだ甘いと思い知らされたのである。


「ローレンちゃんは二度とこんな事にならないように、自警団でこれから強くなればいい。でも私はそのスタートラインにすら立ててない。だから」


 視線の先にいるのは彼女にとっての一番弟子。

 剣の腕では自分に劣っているはずなのに、戦いとなれば誰よりも強くいられる少年。


「もうちょっとあっちの学校で頑張ってみるよ。いつか胸を張って『一緒だね』って言えるように」


 目を閉じて胸元にしまったグリモアーツに触れる。群青色の光が灯り、ポケットの表面に蝶のシンボルが浮き上がった。


「あんたも大概気にし過ぎだわ。私のためになるもんでもないでしょ、騎士なんて。ああそれとも」


 くつくつとローレンが笑い始める。それを受けてユーが怪訝そうな表情になった。


「何?」

「ちょっとね。そんなに今の生活を続けたくなるくらいアイツに惚れ込んじゃったのかなぁ、って思っただけ」


 その言葉を受けてしばらくユーは沈黙を続けた。少しからかっただけのつもりでいたローレンがユーの表情を覗き込む。


 林檎のように真っ赤だった。


「…………な、何、言ってるの。そんな、私は、あくまでも剣の師匠でしか、なくて」

「あんたこそ何言ってんの。私、アイツとしか言ってないんだけど。剣の師匠とかどこから出てきた?」

「あ、えぇ……」


 言い訳を重ねようにも無理がある。こういった普通の少女としてのやり取りはローレンの方が上なのだから。


「大丈夫、あんたのお仲間連中には絶対に言わないから。それにあんな追い詰められながらいいとこ悪いとこ全部まとめて受け入れられたら、そりゃ惚れちゃうのもわかるわ。あんたの場合男に免疫なさそうだし」

「免疫とかの問題!? や、まあ、うーん……うーん」


 暫し唸っていたユーだったが、やがて観念したように溜息を吐いた。

 夏空に似た瞳に迷いは無い。


「正直、アレが決定打ってわけでもないんだ。ホントいつの間に好きになっちゃったんだろ」

「いやあそっか遂に認めたかあ。あの剣一筋だったあんたがねぇ」

「寧ろ剣一筋だったからかもしれない。弟子にしてから何か見方変わっちゃってたような気がするし」

「そっかそっかぁ」

「木剣でボコボコにしていく内に、何だろう。変な支配欲が芽生えたというか」

「そ、そっかそっかぁ。……やべー傾向だろそれ」


 雑談に花を咲かせていると、二人の帰還に気付いたバーナードと圭介が歩いてくるのが見えた。


「おーい、戻ってきたならどこか手伝いに行ってやってくれないか。今は人手がいくらあっても足りないからな」

「仲直りしたのは嬉しいけど仲良くサボるのは許さんからね僕」

「あーはいはい。んじゃユーフェミア、私は飯作る方に行ってくるから」

「それなら私はケースケ君の手伝いするよ。まず何すればいいかな」

「とりあえずあそこで子供達相手にオモチャ作りまくってるアホを引っ捕まえてきてほしい」

「あはは……了解」


 苦笑しつつ金属部品で遊ぶ友人を捕まえに行く。いつからか愛おしく思えてしまった少年は、また背後で機械類を運び出していた。念動力魔術という便利な手段を用いたとしても疲労困憊は免れまい。

 その後にはミアと母親が作った昼食も待っている。ローレンとの間にあった溝は気付けば埋まり、バーナードは残された者達に檄を飛ばしていた。


 自分の周りにいる自分以外の誰かを見ながら、この場にいない、そしている事など許されない嘗ての師を想う。


(ジェリー先生。貴女は確かに強い人です)


 誰がどんなに明るく振る舞っても、破壊と殺戮の痕跡は未だ拭えない。

 その辺にいる人殺し程度なら民間人数名で対処できるエルフの森でこれほどまでの騒ぎを起こした彼女は、なるほど確かに際立った強さの持ち主だったと言えるだろう。


(でも、その強さには先が無い。だから貴女は私達に負けた)


 アーヴィング騎士団学校で作った交友関係だけがユーにとっての人生ではない。今回の勝利にはベラやバーナード、そしてローレンといった過去の繋がりも絡んでいた。更に言えば最後の一手を担ったのはつい三ヶ月ほど前に出会ったばかりの圭介だったのだ。

 誰か一人でも欠けていれば今頃全員殺されていた。そうならなかったのは、ユーが教えられた強さよりも自身で見い出した強さに惹かれたからである。


(いつか私も私じゃなくなる時が来る。でも、そうなったとしても私が繋げてきたものは残る)


 エルフという種族の宿命――アトキンズの切り株は待ってくれない。それを知っているからこそ、あらゆる人との繋がりを大切にしていきたい。

 今のユーフェミア・パートリッジが消えた時、孤独に溺れてしまわないように。


 だから、


(まだしばらくは、あの街で)


 全ての出会いを自身の強さに変えていこうと。

 そう、思えた。

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