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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第二十話 もう一人じゃない

 膨大な量の【漣】を直線状に収束させて放つ第三魔術位階【噴泉】。

 ただ広範囲に撒き散らすだけの【雪崩】と異なりある程度定まった方向性を持つそれは、攻撃範囲を狭めた分だけ射程が長く威力も高い。

 いかに念動力の使い手として知られる客人とて、真正面から下準備もなしに受け止められはしないだろう。


 だからこそそれを誰よりも弁えているジェリーは、勝ち誇った表情のまま硬直してしまった。


「なんだ、そりゃあ」

「おわあああ何だ何だ何だ!?」


 より大きな狼狽の声は【噴泉】の攻撃範囲外にいる圭介の口から出たものだ。


 戸惑う彼の両肩に紫色の爪が食い込む。とはいえ傷をつけるほどの強さではないらしく、痛覚が鈍い圭介でもわかる程度には加減されているようだ。


 大気を揺るがす美しき双翼。

 頬を撫でる風に混じった痺れ。


 第三魔術位階の魔の手から圭介を救ったのは、突如飛来したサンダーバードであった。


『マスター。どうやらこの者は昨日助けた個体のようです』

「はい!? 昨日のって……ああ、君はあの時のか!」

「ピュウイ!」

「これ肯定してんのか否定してんのかわかんねぇな! アズマ、なんて言ってる!?」

『わかるわけないでしょう。それにそんな事を気にしている場合ではなさそうですよ』


 言われながら圭介も【サイコキネシス】の索敵網に意識を集中する。


「【鳥籠・羽根毟り】!」

「ぐわっ」

「くっ……」


 眼下ではジェリーが網目状に組まれた魔力の斬撃を高速回転させ、接敵していたユーとバーナードを振り払っていた。

 流石に二度も本命狙いの第三魔術位階を外したのは想定外だったのか、周囲への警戒と殺意が先ほどまでより一段階強まっているように感じる。少なくとも言葉を弄して相手を煽るだけの余裕は見受けられない。


 しかし腐っても免許皆伝、堕ちても達人の剣である。

 二人を振り払った直後の隙をエリカの魔力弾が狙うも手甲で弾かれ、そこから生じた更なる間隙を縫って山吹色に輝くミアが突貫するも【漣】で動きを読まれ避けられてしまう。


 圭介へと向けられていた攻撃が一時的に逸らされているだけで、特段有利になったわけでもない。


「【螺旋】!」

「うあ、グフッ!」


 一瞬浮いた体をバネ状の魔力で吹き飛ばされたミアが背後の木に衝突し、その衝撃で幹がへし折れた。叩きつけられる形となったミアの方はまだ立ち上がるだけの余力があるようで、“イントレランスグローリー”を構えながら尚も戦おうとする。


「げぼォッ」


 それを無理と咎めるように彼女の口から血が迸った。そこから一瞬遅れて膝の力が抜け落ち、倒れ込む。


 第三魔術位階から生還したからと安心できる局面ではない。多少鍛えているとはいえ、種族的に魔力量が多いわけでもないエリカとミアは既に魔力切れ寸前なのだ。

 大勢に【アクセル】を使用しながら第四魔術位階を多用して倒れたミアもそうだが、魔力弾をこれでもかと撃ち続け疲労困憊となっているエリカの限界も近い。


「ちょっ、悪いけど離して! 仲間が危ないんだよ!」

「ピュイッ」


 暴れる圭介を尚もサンダーバードは離さず、どころか詰所から遠ざかろうとし始めた。感覚的に圭介だけを恩人と見なしているのか、他の誰がどうなるかにまで興味はなさそうである。


「おいやめろ! 戻れって、頼むから!」

『無理です。妖精の一種に過ぎないサンダーバードではそこまで考えが及ばないでしょう』

「こんの鳥頭が! もういい、【焦熱を此処に】!」


 遠ざかる地上の戦いは今やエルフの三人だけが動いているような状態だ。せめてジェリーの動きを封じるだけでもできればと【パイロキネシス】を用いて足掻こうとするが、


「ピュイ!」

「あっ……」


 暴れる子供を叩いて黙らせるように、サンダーバードは圭介の体に微弱な電流を走らせた。電気ショックの影響か頭上のアズマと足元にくっつけていた“アクチュアリティトレイター”が地面へと落ちていく。

 そこまでするかと恨めしげに紫電の鳥を睨むもどうする事もできない。妖精の魔力で神経系に干渉されたせいか念動力も上手く操れず、グリモアーツの回収すらままならない状態だ。


(こいつ、僕以外はどうでもいいってか!)


 サンダーバードの視点から見れば直接空まで案内した圭介以外は恩人に該当しないのだろう。エリカやユーの存在も確認できるはずの状況で、その二人を助けようとはしない。


「【鏃・五月雨】」

「【肉剃り襖】!」


“ウィールドセイバー”から溢れだす【鏃】の嵐をバーナードが障壁で防ぐ。しかしそれも一秒ほどしか持たず、魔力の棘に全身を刻まれた。

 術式に込められた魔力量の差による、純粋な力負けだ。


「ぐおおお!」

「【首刈り狐・双牙】」


 とどめに放たれた二つの斬撃が巨漢の左肩から右脇腹にかけて、そして接近してきていたユーの首を断ち切らんと迫る。

 達人の一閃ともなれば自警団の防具など気休めにもならないだろう。回避する余裕のあるユーはともかく、【鏃】を防ごうと構え数寸ほど上に“ブリューナク”を弾かれたバーナードでは凌ぎきれるかどうか。


 ミアは倒れ、ユーも避けた動作が災いして離れてしまっている。疲労困憊に陥り硬直しているエリカに防げるはずもなく、雷の鳥に捕まった圭介は言わずもがな。


「やめろおおおおおおお!!」


 力の入らない四肢を呪いながら圭介が叫ぶ。


 それと同時。




「――【穿】!」




 薄紫色の魔力の刃が横から突き出された細剣に砕かれた。

 それによって生じた一瞬の間を使ってバーナードが“ブリューナク”を構え、体勢を整える。


【首刈り狐】を防いだのは“イノセントピアース”を手に持ったローレン・クラムだった。


「……お前」

「覚悟しろクソババア!」

「待て、行くなローレン!」


 上司の声を一切無視して彼女はジェリーに突貫する。

 ジェリーもジェリーで先ほど顔も見せずに逃げたはずの腰抜けが急に戻ってきて、あまつさえ襲いかかってきたものだから驚きの表情を見せていた。


「今更戻ってきてどういうつもりだ小娘が」

「【螺旋】!」

「っ、ああ!?」


 充分に接近した距離からの【螺旋】による跳躍。奇襲としては悪くないものの距離が近過ぎてレイピアの威力は半減している。


 しかしローレンの狙いは直接攻撃ではない。

 密着に近い距離で手首を強引に曲げ、脇付近に存在する鎧の隙間に“イノセントピアース”の先端を挿し込む事だ。


「てめっ」

「【鏃】!」


 なりふり構わない動きに怯むも危機感が驚愕に勝ったのか、ジェリーは指に傷がつくのを厭わず左手で直接細剣の刀身を掴んで隙間から引き抜く。直後、内部で弾けさせる予定だったのだろう栗皮色の【鏃】が明後日の方向に向かって飛んでいった。


 結果としてジェリーは無傷。対してローレンには致命的な隙が生じてしまう。


「いい加減にしな!」

「あぐっ!」


 そのまま腹を蹴り飛ばす。内臓破裂の嫌な音が響いた。

“イノセントピアース”の柄を離してしまったローレンは地面へと転がり、体を丸めた状態で咳き込む。


「がへェっ、ぐっふ」

「何だぁ覚悟だきゃあ上等なくせして全然歯ごたえ無いねえ! やけっぱちになって突っ込んできただけかい、一番面白くないよそういうの!」


 もはや楽しむ価値すらないと判断したのだろう。ジェリーの表情は他の相手を見る時と異なり、億劫さと苛立ちに染まっていた。

 掴んでいた細剣を放り投げ、自身の剣を上段に構える。


「【岩砕】!」


 罵倒と共に“ウィールドセイバー”の刃が煌々と輝き、倒れるローレンに向けて振り下ろされた。

 切れ味を捨てて魔力による強力な打撃を繰り出すアポミナリアの魔術が一つ、【岩砕】。対人戦においてはそれほど有用なものでもないが、名称通り岩をも砕く一撃は充分過ぎる殺傷能力を発揮するだろう。

 鍛えているとはいえ柔らかい少女の体など、卵のように破壊できるに違いない。


「……!」


 薄紫の輝きが膨れ上がって振り下ろされるその瞬間、空中にいる圭介は見た。


「【鉄地蔵・金剛】!」


 全身に群青色の魔力を纏ったユーが、ローレンと振り下ろされる魔力の大槌の間に割って入った瞬間を。


 衝突の瞬間、薙ぎ倒されたり切り倒されている周囲の木々が轟音に揺れて少し浮く。

 交差する両腕が“ウィールドセイバー”の刀身を受け止め、ちりちりと火花を散らしていた。一撃に込められた重みと踏ん張りながら持ち堪えようとする抵抗に耐え切れず、ユーの足元にある地面が陥没する。


「ぐっ……」

「あぁん?」

「ユーフェミア!」


 激痛にユーの表情が歪む。しかし“レギンレイヴ”で受け止めていればグリモアーツの破損に繋がり、戦う事すらできなくなっていただろう。

 腕が使えなければ柄を口に咥えてでも、と覚悟していたが今も剣を握る指の力は辛うじて健在だ。まだ戦える。


 魔力の帷子を構成する【鉄地蔵】を更に細かく編み込んだ防御術式、【鉄地蔵・金剛】。防具の装備を前提としているアポミナリアには無かった“防御力の強化”を実現するそれも、免許皆伝を持つジェリーの【岩砕】を防ぎきれるほどのものではない。


 そのジェリーはというと、表情に浮かぶ苛立ちをより濃厚なものとしていた。


「おいおいおいおいおい、何つーこった。仲間庇って腕差し出したのかい? アンタが? アタイ相手に? 馬鹿にすんじゃないよ」

「……っ」

「邪魔だ」


 無言で背骨を穿たんと迫るバーナードの刺突は【漣】の索敵で読み取り、攻撃に先んじて動く。

 呟きながら体を半回転させ、背後に向けて突き出された“ブリューナク”の穂先を驚異的な脚力で蹴り飛ばす。大きくずれた軌道に体を引っ張られたバーナードの体が一瞬無防備になった。

 晒された右肩に“ウィールドセイバー”の先がぶすりと刺される。


「っが……!」

「こっちはこっちで冷静さを欠いちまってるしケースケはお空だし、あーあ! 今夜は楽しくなるはずだったんだけどなあ!」


 力が入らず支えきれなくなった右手から槍が落ち、更なる大きな隙が生じたところにゴグマゴーグの革で作られた鎧によるラリアットが決まった。

 重心を体の外側に置き、四肢の動きを全て地面と水平に保つ事で成される縮地の歩法。滑るようなその移動は速いだけでなく前兆を見極めにくいという特徴を持つ。

 ジェリーほどの実力者であれば、今の呼吸も意識も乱れているバーナード相手なら真正面から不意を打てた。


「かはぁっ」


 散らばる木材の破片の中で倒れた自警団団長には目もくれず、再度ジェリーはユーとローレンに向き直る。


「……ユーフェミア。あんた、弱くなったなあ」


 その言葉には憤りと、ほんの少しの悲しみが含まれていた。


 教えたはずの動きができていない。今も【漣】による索敵で不意打ちが通用しないとはいえ、ジェリーの無防備な背中に対し何もしなかった。

 否、できなかったのだろう。迂闊に動けば殺される者がいるのだと、知っているから。


「腕が落ちたって話じゃあない。寧ろそっちは上がってる。だからこそ残念なんだよ」


 曲がった刃の側面を指先で撫でながらジェリーは歩く。

 ぽつり、と透き通る刀身の中に小さな薄紫の光が灯った。


「アタイが教えた覚えのない余計なもんひっつけてつまんねー理由で腕潰しやがって。そんな弱くて無鉄砲なただ死んでいくだけの小娘、お前の人生にいらないだろうにさ」


 蛍のように小さな光は“ウィールドセイバー”の中で数を増やし、やがて満たす。

【雪崩】か【噴泉】か、ゆっくりとはしているがいずれにせよ第三魔術位階を発動させるための動作だ。多少強化された防御用の魔術などでは到底防ぎきれまい。


「最初で最後の忠告だ。クソみてぇな死に方したくないなら逃げな。今回だけ特別に見逃してやる」


 ジェリー・ジンデルという殺人鬼を知る者であれば、それがどれほど例外的な発言か理解できただろう。

 これが他の強者相手なら問答無用で庇護の対象ごと斬り捨てていたはずである。実際、そうして殺した相手を彼女はこれまで何人か記憶していた。


「んで逃げたら今度こそ邪魔なもん全部削ぎ落として出直してこい。そうすりゃ改めて相手してやるさ。事によっちゃあ、それでアタイが負けちまうかもしれんがね」


 しかし今回だけは特別なのだ。

 目の前にいるのは手ずから育てた生粋の戦士。

 免許皆伝を持つ殺人鬼の、たった一人の愛弟子であるが故に。


「…………お断り、します」

「は?」


 だからその愛弟子から発せられた返事は、激怒よりも放心に直結した。

 上回られるかもしれない将来を自嘲気味に語っていたジェリーが、呆気に取られた顔で目を見開く。


「私はローレンちゃんを邪魔だなんて思った事、一度だってありません。寧ろ逆なんです」

「逆?」

「彼女に負けまいと磨いた剣で私は彼女を傷つけた。約束を踏み躙り危うく夢を潰してしまうところだった。そして何より、それを心のどこかで楽しんでさえいた」


 両の前腕は赤く腫れているものの【鉄地蔵・金剛】による恩恵か、幸いにも腱まで断たれたわけではない。痛みにさえ耐えれば剣は握れる。

 震えながら持ち上げる“レギンレイヴ”の刃先と共に、ユーは強い意志を宿した瞳をジェリーに向けた。


「後で冷静になってから自分が何をしたのかわかったんです。暴力に溺れ、他者を屈服させ、自分だけが悦に浸っていた」

「だからどうしたってんだい。戦いの中ではそれが全てだ。そして常在戦場のアタイ達にとっちゃ、それこそが人生の全てだ」

「……一人、なんですよ。それだと結局」


 当時の自分を思い出しているのだろう。ユーの表情は悔悟と悲哀に染まっている。

 更に“ウィールドセイバー”と同じく、“レギンレイヴ”の透き通った刃にも群青色の光が灯り始めた。


「あの時、私は友達と一緒にいる自分をかなぐり捨てた。教室の中で一人だった。帰り道も一人だった。お休みの日、部屋の中で一人だった」


 青き魔力の光に満たされたブロードソードが、内部の光を外へと溢れさせる。

 こちらも現在持っている中では最大威力の攻撃手段、【漣・怒濤】の準備に入った。


「そうして私が一人になってからも、ローレンちゃんの周りにはたくさんのお友達がいた。……私が、私の方こそが彼女の邪魔をしていただけだった」


 向かい合う魔力の凝集。薄紫と群青の輝き。

 周囲の魔気が干渉を受けて二色の光に巻き込まれ、渦を形成する。


「だから逃げて、一人で王都に行って、けれど結局一番大事な部分が弱いままだった。だからそこでも一人きりになんてなれなかった。私はそもそも弱いんですよ、ジェリー先生が認めるような強い人間じゃない」

「いいや違う。お前は強い、他ならぬアタイがそう認める。だから……」

「貴女ではなく、他ならぬ私が認められないんです」


 ここに至ってようやく師弟の間にある溝が明確なものとなった。

 遅れていた怒りの感情が、ジェリーの表情に表出する。


「……お前が!? 考えなしに突っ込んできた間抜けを庇って腕を痛めてるようなお前が、アタイに意見するってのかい!」

「そうです。あんな惨めな、寂しい、悲しい私が貴女の言う強者なら。やっぱり私はそんな強さ認められない」

「何を言ってんだお前は! 今更になってそんなくだらねぇ事に囚われやがって!」

「でも、一つだけ信じられる強さがある」


“レギンレイヴ”の震えがぴたりと止まった。


 ジェリーは知らない。彼女が守る戦いを通して手に入れた戦果を。

 胸元に隠された、第一王女からの賜りものを。


「お前、それ……!」


 怪我の回復速度を速める術式が組み込まれたブローチ型の魔道具、ハリオット。

 それが両腕の傷をここまでの時間稼ぎの中で癒してくれた。


「だって誰かを護ろうとする私は、こんなにも――こんなにも強くなれたのだから!」

「………………抜、かせ馬鹿弟子がァァァ!!」


 爆発的に膨れ上がる薄紫の魔力。応じるように輝きを増す群青の魔力。


「【漣・怒濤】!!」

「【雪崩】ぇ!!」


 互いの大きな流れが相手を磨り潰さんとぶつかり合い、森と家々を振るわせる衝撃を生んだ。

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