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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第十六話 紫刃は修羅道に在り

 乱れ飛び炸裂する魔力弾を受けながら前進するジェリーが、全く動じないまま“ウィールドセイバー”を真横に構える。


「【弦月】」


 言いながら振るうと同時、刀身から淡い薄紫色の魔力が斬撃として放たれた。目にも留まらぬ一閃によって壁と天井に貼りついていた二十六の魔術円はその過半数が破壊されてしまう。


【弦月】は斬撃を中距離に飛ばす【首刈り狐】と異なり、斬撃を拡幅する効果を持つ魔術だ。囲まれた時などに武器を払いながら使う事で、複数の対象を同時に攻撃できるという旨味がある。更には武具に働く運動量に魔術的効果が上乗せされる関係で威力も高い。

 ただし発動と動作のタイミングを完璧に合わせなければならない関係で、その難易度は冷静さを欠きやすい実戦でこそ跳ね上がる。免許皆伝を持つジェリーだからこそ息をするように実現できた芸当と言えるだろう。


「ちぃっ」


 エリカは舌打ちしつつ残った魔術円を手元に収束、今度は楕円形の魔力弾に意識を集中させる。防御力の高い敵に対抗するため会得したものだ。

 ただ意識の集中を要するためかどうしても連射はできない。以前は一発しか撃てなかったそれを反復練習の成果として三発同時に発射するも、流石に数が少なかったのか二発は避けられ一発は両断された。


 背後から轟くそれらの炸裂音を背にしながら、殺人鬼は口角を上げる。


「……炸裂する魔力弾使いに、第四魔術位階を使う盾持ち。おもしれぇお仲間じゃないかケースケ。あと本当に頭に鳥のっけてんだな」

「好きでのっけてるわけじゃねえよ」

『私の名前はアズマです。以後お見知りおきを』

「ああ、以後がありゃあ良いな」


 圭介達三人が前に出た事と現状では明確に逃げ場がない関係で、後ろにいる民間のエルフ達は何とか錯乱せずに事の成り行きを見つめている。外から聴こえる戦いの音はともかくとして避難スペースの中は静かだ。

 だからか互いの声がはっきりと認識できる。


「よくアタイがバーナードでもなくユーフェミアでもなくあんたを襲いに来るとわかったじゃないか。それにこっち側の壁から来るとわかってなけりゃあんな準備はできないわなぁ。もしかしてどっかから情報が漏れてたのかね?」

「探り入れたところで大したもんは出てこないぞ。僕はユーから『来てもおかしくない』って言われただけだ」

「それと一つ教えてやる。世の中には【マッピング】っつー便利な索敵魔術もあるんだよ」


 エリカが“ブルービアード”の側面に展開された魔力の地図を指し示す。赤銅色に輝くそれは彼らの位置のみならず、壁の向こう側にいるはずのオークや自警団の動きまで再現していた。極めて簡易な記号を用いているとはいえ充分過ぎる性能である。


 因みに第一王女のフィオナがエリカを通して知ったからかわからないが、最近になってこの第六魔術位階を扱う際に使用上の制限が設けられるという話も王城で浮上してきているらしい。


「…………ハハッ」


 一笑して今度こそジェリーは建物内部に踏み込む。久しぶりに室内で靴を脱いでいた圭介にとって、土足で侵入する彼女の姿は今まで見てきたどんな敵よりも荒々しく映った。


「気ぃつけろ二人とも。あたしの魔力弾受けて平気な顔してやがる。ありゃただの鎧じゃねえぞ」


 エリカの忠告は自己評価の高さのみから来ているものではない。

 彼女の魔力弾を受けて平然としていたのは排斥派にして嘗ての恩師だったヴィンスも該当するが、彼の場合は身体強化のスペシャリストという前提がある。


 対してジェリーはあくまでも剣術とアポミナリア一刀流の免許皆伝を持つ身であり、防御力に特化しているわけではないはずなのだ。基本的には回避か受け流しで対応するのが常だろう。

 そんな彼女が魔術を用いずに攻撃を受け続けているのなら、防具に細工が施されていると見るのは極めて妥当な判断と言えた。


(……なんかおかしいな)


 圭介が注意を向けてみると、【サイコキネシス】から伝わってくる鎧の感触には微細な違和感がある。

 といっても[プロージットタイム]で無戒と対峙した時のようなわかりやすい振動などではない。ただ何か、記憶の奥底をくすぐられるような嫌な既視感を覚えた。


「【行く当ても定まらないまま 柵を跨いだ羊の群れよ】」


 圭介の違和感やジェリーの歩みとは別にミアの詠唱が始まる。

 脚部にかかる負担を軽減して移動速度を速める第六魔術位階【アクセル】は、一度に複数の人物を対象と可能だ。山吹色の淡い光は圭介とエリカだけでなく後ろにいるエルフの森の住人達にまで届く。


 ただしその性質と詠唱を要する点から、どうしてもジェリーに看破されてしまうのは宿命と言えた。


 喜悦に口元を歪ませる殺人鬼が、その手に握る刃を薙ぐ。


「ラァッ!」


 彼女のグリモアーツ“ウィールドセイバー”は盾による防御に対してある程度回り込める。歪曲した刀身が平面的な防御を避けるからだ。


 そんな有利に働く状況下にあってジェリーの動きが一瞬止まる。

【テレキネシス】での身体拘束。以前はヴィンスの動きを大きく鈍らせた、圭介の妨害である。


「邪魔だよォ!」

「くっそコイツ!」


 だが種明かしさえしてしまえば全身から迸る【漣】で振り払う事が可能だ。所詮は魔術的な干渉に過ぎないのだから、魔術的な対抗手段で相殺できるのは道理だろう。


「【呆然と眺める私を置き去りに どうか自由を知って欲しい】」


 それでも時間稼ぎにはなったようで、圭介達は自身の脚が羽根のように軽くなったのを感じた。


「戦えない人は出入り口の方に逃げてください! もうこの部屋はあっちよりも危険です!」

「た、助かる! あんたらもすぐ逃げて自警団に任せとけよ!」


 凛とした声は意外にもメレディスの口から出たものだ。流石にジェリーの脅威を知っているからか、【アクセル】の効果で速度を増した足でその場を去る者は多い。


「では三人もなるべく早く逃げてくださいね! 私は戦いとかさっぱりなので、これにて!」


 そんなどこか場違いな呑気さを漂わせる言葉を残して、メレディスも出入り口の方向へと向かった。

 最終的にその場に残ったのは圭介達三人のみ。逃げていく彼らの背中を眺めながらジェリーは特に何もする様子はない。


「……エルフの森には戦える人も多いって話はどうなったんだ?」

「そいつらを虐殺したってのが目の前にいるコイツなんだろうよ」


 圭介の疑問にエリカが答える。なるほどそれなら一般人の集団に銃火器を持った殺人犯が突貫したのと何ら変わるまい。

 その言い分は現実と合致しているのだが、圭介が納得する要素はそれと別にある。少なくとも目の前にいる殺人鬼からは、ゴードンと同じく濃密な殺意と同時に強者特有の気配を感じた。


 勝ち負け以前に果たして生き残れるものか、という懸念が脳裏を過ぎる。


「んじゃ、雑魚も失せたし」


 言うと同時にジェリーの右足が軽く浮いた。


()ろうか」


 呟くと同時、【アクセル】を付与された圭介ですらギリギリ反応できない速度で詰め寄る。足元に魔力の光などが見受けられなかった事から、純粋な身体能力のみで魔術による強化を上回ったのだろう。

 想定外の速度で振り下ろされる歪な刃が圭介を襲った。


「おっわ!」


 思わず圭介は回避を諦めて“アクチュアリティトレイター”を盾のように構えてしまう。

 それが不正解であると知ったのは右肩に焼けるような痛みが叩きつけられた瞬間であった。


「……っ!?」

『マスター!』


 先のミアに対する攻撃にも共通する事となるが、ジェリーのグリモアーツ“ウィールドセイバー”は大きく湾曲した刀身が特徴的なショーテルと呼ばれる類の刀剣だ。

 この武器はその形状から盾を避けつつ先端を相手に突き刺すという使い方が可能となる。防壁の如く立てられた鉄板の上部を弓なりに曲がった剣は見事に避け、先端のみを圭介の体に突き立てたのだ。


 痛みに慣れている圭介とて鎖骨の損傷は許容し難い。それに肩の負傷は腕の駆動に制限を生じさせかねず、それが純粋な恐怖に繋がった部分もある。


「んのアマっ!」

「うぉおっ、またアンタかい!」


 動きを止めた圭介に追撃をかけようとするジェリーの横顔をエリカの魔力弾が襲う。以前の彼女なら誤射を恐れて使えなかった、混戦状態での発砲。

 その一発の弾丸を彼女は一歩後退して避ける。常時索敵し続けている彼女にとって、直線的な攻撃はそこまで脅威ではない。


 しかし今回はそれで終わらなかった。


「【リフレクト】!」

「おぉ!?」


 ミアが持つ盾のグリモアーツ、“イントレランスグローリー”が山吹色の光を放ちながらエリカの魔力弾を受け止める。すると炸裂は発生せず、再度ジェリーに向けて飛んでいった。

 第五魔術位階【リフレクト】。同じ第五魔術位階までしか効果の対象とできないが、接触する瞬間にタイミングを合わせて発動する事で魔術を反射する事ができる優れものだ。


 ジェリーは再び向かってくる魔力弾を鎧の延長でもある手甲の部分で受け止めた。

 強い衝撃を受けたらしい腕は大袈裟なくらいに跳ね上がったが、生じた痛みに痺れながらもジェリーの表情は歪まない。どちらかというとその顔は驚嘆ないし感激に彩られていた。


「多芸だねぇ!」


 喜びの声と同時に大きく曲がった刀身の薙ぎ一閃がミアに迫った。

 咄嗟に彼女は振るわれる刀身を右肘と左膝で挟むように受け止め、床に残った右足をふわりと浮かせる。


「【あの日夢見た東雲の行き先 届くと信じた曙の向こう】」


 彼女の体は噛みつくかのように“ウィールドセイバー”にしがみついたまま、ジェリーの腕の動きに合わせて大きく横へと移動した。獣人の反射神経と筋力が実現した力技だ。


「くらえこのッ!!」

「ぐふっ」


 振り抜かれて動きが止まった瞬間に彼女を助けるべく圭介が突撃してくる。突き出される“アクチュアリティトレイター”は風のように速く革鎧を纏う胴体に叩き込まれた。

 生身で受ければ骨は砕け重要な臓器がいくつか破裂しただろう。それでも息を吐き出す程度の反応しか得られない辺り、その革鎧は規格外の防御性能を持っていると言えた。


(――これって)


 圭介が鎧の感触から何かを思い出しそうになる中、詠唱は続く。


「【空に遊ぶ群雲を乗り越えて その先に何があるのかを見たかった】」


 一瞬でも怯んだ隙にミアの肘と膝が歪な剣から離れ、即座に後退する事で“ウィールドセイバー”の攻撃範囲から大きく抜け出した。


「っ、【肉剃り襖】!」


 ジェリーはそこに追撃せず、冷静に自身と圭介の間に斬撃を編んだ防壁を作る。直後にエリカの魔力弾が着弾して細かな網目模様を撃ち破った。


 魔力の破片が四散する先に、山吹色に輝く姿が見える。

 ミアが【メタルボディ】によって自身に身体強化を施したのだ。


 同時に再度圭介の【テレキネシス】が体の動きを封じた。まるで砂に埋まったような不自由が四肢を覆い尽くす。


「【現に沈む微睡みを置き去りに 果てへ 果てへ】」


 そしてそこまでの流れをジェリーは事前に予測していた。


 まず【テレキネシス】による拘束を【漣】によって振り払う。僅かに生じた隙を縫って撃ち込まれるエリカの魔力弾は体を独楽のように回して受け流し、その際に“ウィールドセイバー”の刃も一緒に回転させて圭介が接近しないよう牽制する。

 拘束も白兵戦も臨めないと察したのかまたも壁の破片を飛ばしてきたが、それは億劫さもあって鎧で受け止めた。頭部などにぶつかりそうなものだけを腕で防いでしまえば大した怪我にはならない。


「【ロケッティア】!」


 魔力の光に包み込まれたミアが突進してくる。普通の人間がまともに受ければ砲弾よろしく突き進む彼女の勢いに逆らえず、森の奥深くまで吹き飛ばされるだろう。


 そんな攻撃を前にジェリーはにやりと笑った。


「【雪崩】」


 薄紫色に眩く輝く“ウィールドセイバー”から津波の如き細かな刃の奔流が溢れる。ジェリーに向かって突き進むミアはそれに飲み込まれた。

 彼女がいた方向に向けて流れるそれは床を、天井を、後方にあった壁を溶かすように磨り下ろしていく。【ロケッティア】で突き進んでいるはずのミアがそれに逆らって出てくる事はなく、ただ外部へと漏れ出す斬撃の洪水が外に並ぶ木々を薙ぎ倒す音だけが響いていた。


「なんだ、今の……」


 圭介は呟きながら思い至る。


 彼女が使った【雪崩】という魔術は、第四魔術位階【ロケッティア】の勢いを容易に削ぎ落とし飲み込んだ。

 それが意味するところは一つしかない。




 第三魔術位階。




 ジェリー・ジンデルがある程度戦えるはずのエルフ達に恐れられた理由を、彼らは身を以て体感したのだ。

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