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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第十四話 鬼の軍勢

「来たぞ! グランドオーガの群れだ!」


 自警団詰所の出入り口前にある広いスペースにバーナードの声が響いた。それに伴い、場が緊張感に満たされる。

 ユーの移動を終わらせてから戻ってきた彼は陣形の確認を終えると、すぐさまグリモアーツを【解放】させて各々戦闘態勢に入るよう指示を飛ばした。


 早め早めに動いて正解だったとその場にいた全員が確信する。

 目と鼻の先には既に、一〇体にも及ぶ巨体の波が押し寄せてきていたのだ。


「作戦通り、三体討ったら三番隊と四番隊は後方支援に向かえ! 最悪もう裏から回り込まれている事も想定しろ!」

『はい!』


 部下達の声が合図になったかのように、茂みの向こう側から破砕音と咆哮が轟く。硬い肌と隆々とした筋肉が木々を薙ぎ倒しているのだろう。


「第一陣“躓き地獄”!」

『【肉()(ぶすま)】!』


 グランドオーガが姿を現す前に自警団の面々が叫び、同時に網目状に編まれた斬撃の壁【肉剃り襖】が出現する。

 通常の白兵戦闘では咄嗟の防御に用いられる魔術だが、自警団は今回これを前方に向けて上り坂のように傾けた。


 やがて灰色の巨躯が木々の狭間から次々に飛び出す。


「グォオオオ、ガッ!?」


 飛び出したその足先は傾いた防壁の先端に引っかかり、先頭にいる者から順々に転倒した。最初に転んだグランドオーガは後方から倒れ込む他の個体と斬撃の網目に挟み込まれ、体の前面に切れ込みを入れながら悲鳴を上げる。


 しかし最後尾にいる五体ほどは前方で起きている異常事態を感じ取ったのか、歩みを止めて遠巻きに眺めていた。このままでは回り込まれるのも時間の問題だろう。

 もちろんバーナードとてそれをみすみす許すつもりなどない。


「第二陣“(てん)(しょう)”!」


 その号令を受けて、バーナードの後方に待機していた数名のエルフが勢いよく飛び出した。

 アポミナリアという流派には、足裏に伸縮性に富んだ螺旋状の斬撃を作り出しバネの要領で跳躍する【飛蝗(ばった)】と呼ばれる魔術が存在する。対人戦闘では使い道が限られるこれも、対モンスター戦闘となれば心強い。


 高く飛んだ数名のエルフは動きを止めている後方のグランドオーガ達に飛びかかると、各々手に持ったグリモアーツで黒い肌に攻撃を繰り出す。ざくり、と表皮を裂く音が鳴った。


「グォオアアァ――ッ」

「下がれ、第三陣が来るぞ!」


 第二陣で傷をつけた者達の中、顎鬚を生やした男が叫ぶ。

 彼らはグランドオーガの動きを痛みによって一時的に止められる程度の攻撃力を持っている、歴戦の自警団員数名だ。硬い皮膚による防御を破ってその一瞬の時間を稼いだら一旦奥へと走り、敵から距離を取る。


 その動きを視認したバーナードが、三度目の指示を飛ばした。


「第三陣“(くに)()(ぼし)”!」


 その声を待ち受けていたのは、後方で待機していた弓矢やボウガンのグリモアーツを持つ弓兵部隊。

 彼らは一様にグランドオーガの群れではなく、それらの上空を見つめている。


『【瀑布】!』


 彼らの一声と共に空へ放たれた矢の束は、一拍だけ滞空すると急に角度を変えて直下へと突き進む。

 その勢いは夕空に向けられた時と比べ物にならない程に強まり、さながら突発的に発生した彗星よろしく地上へと落着した。


 轟音。発光。衝撃。

 四散する土と肉片。

 聞こえない断末魔。


 この第三陣“地貫き星”は対群を前提とした広域攻撃用作戦の一つであり、広い範囲に魔力の矢を叩き落とす事で高い確率での殲滅を可能とする。

 消費魔力の多さはエルフの種族特徴からあまり問題視されず、弓兵となった者は全員最初にこの作戦を遂行するための訓練を積み上げるので命中精度への不安も小さい。

 不安要素としては土地へのダメージ程度だが、自警団の詰所など元より体育館や集会場として使われてばかりいるのだから田畑へのそれとは違う。そういった要素もあってか彼らは特に躊躇いなく矢を撃てた。


 そんな強力な攻撃を実行したにも拘らず、自警団の面々は武器の構えを解かない。グランドオーガというモンスターの防御力がいかほどのものか、森に生きてきた彼らには情報が足りないのだ。

 そして万が一仕留め損なった時のためにこうして挟撃の形を成したのである。警戒は残し楽観は捨てる、ある種理想の集団の動きだった。


「やはり数匹残ったか。甘い相手ではないな」


 土煙の向こうに動く影が複数見える。仲間の死体を盾にした者もいたのか、一部は傷がついていない箇所にまで血液が付着していた。


 しかし確かに死んでいる個体も見受けられる。

 急所を貫かれた者、【肉剃り襖】の上で潰れている者。


「――三体以上の死亡ないし戦闘不能を視認! 三番隊は作戦通り後方支援、四番隊は二分遅れて向かえ!」


 隊を前後で分けるのも情報が途絶えるという万が一を防ぐための工夫だ。まとめて送った仲間達が揃ってジェリーに殺されてしまっては何も意味がない。

 それだけ考えた上で目の前の相手を最優先としなければならないのも、自警団長の役割であった。


(馬鹿な妹弟子め、あの時こちらに来てくれていればもう少し護りやすかったものを!)


 嘗て見せられた長老主導の八百長試合に唾を吐きたい気持ちを噛みしめながら、バーナードは目の前で立ち上がる複数の巨体を睨みつける。


 手に持っているのは短槍のグリモアーツ、“ブリューナク”。

 彼はその切っ先を立ち上がりつつあるグランドオーガ達に向け、完全な臨戦体勢に入った。


「団長自ら出向かれるのですか? まだ奴らは離れた位置にいますが……」

「もういつジェリーの【漣】に場が包み込まれるかわからん頃合いだ。呑気に後ろで休んでいるわけにもいかんさ。……それに団長がそんな及び腰では、前線の連中に示しもつかないだろう」


 目の前だけではない。背中を預けている自警団の仲間達、後方の警護を任せている騎士団。事によっては民間人とて無傷で済ませられるものか。

 以前この森からあの殺人鬼を追い出す際に流された血の重みを、幼き日のバーナードは嫌というほど見せつけられた。


(この場にはあの女に身内を殺された者もいる)


 だから誓った。

 必ずこの森を守れるだけの力を掴むと。


 転がる父の亡骸を前に、涙を流しながら。


(しかし仇討ちばかりを望んでいては、今ここにいる連中を護れない。俺は自警団の団長なんだ)


 仲間の死体をどかしてよろめきながら接近する巨体の一つ。

 差し出されたように前へと傾いた頭蓋を瞬速の白き刃で薙ぎ、噴き出す血と脳漿を浴びるより先に倒れ込む死体の横を通過した。


「一番隊、二番隊! 早期決着を心がけろ!」


 現状生き残っているグランドオーガの数は五体。

 ここまでの作戦で敵勢力を半減させたバーナードの手腕を疑う者など、この場にはいなかった。


   *     *     *     *     *     *  


「……大きな音したねー」

「あれで決着、ってなれば楽でいいですよね」


 第三陣の活躍は轟音としてユーのいる部屋まで届いていた。


 事前に作戦を知っていたベラとローレンは落ち着いた様子で索敵用の【漣】を室内に充満させ、ユーも音の大きさと位置関係から使われた魔術の種類に予測を立てつつ壁の向こうや天井裏など見えない場所への警戒を強める。


 魔術による索敵では限界があると知っているのは、彼女がジェリーの弟子だからだ。

 ジェリー・ジンデルは殺人鬼であるが、殺人のために手段を選ばない関係で公共物の破壊も迷わず実行する壊し屋でもある。

 多くの索敵魔術が有する『隔壁の向こう側の様子まではわからない』という弱点は【漣】にもあり、それを知る彼女は高い確率で壁や天井を破ってくるであろうと見越していた。


 そんなユーの懸念を知ってか知らずか、ローレンとベラは専用の器具で腰に取りつけた【解放】済みのグリモアーツを触りながら雑談を続ける。


「ベラさん。立場上会議の時には訊けなかった事が」

「ん? どーしたの?」

「裏手からジェリーが来る()()()()()()……って話はあの場で受け入れました。でもぶっちゃけこっちから来るのが本命ですよね。正面から来ない時点であのグランドオーガ共は陽動で間違いない」


 一応の警備を任せている騎士団への軽視を隠すつもりもないのか、ローレンは冷たい視線を自警団の持ち場とは反対の方向に向けた。


「なのにグランドオーガを三体倒すまでこっちに人員割かないってどういう事なんでしょう。正面から切り込んでくるだけの相手じゃないのはわかっているはずなのに、もし今来たら私達だけで対処できるかどうか」


 ユーに対しては感情的なローレンだったが、仕事となれば冷静な一面も持ち合わせているようだった。少なくとも相手の危険度と自分の実力を客観視する程度の理性はある。

 それをこれまでの付き合いから知っているのか、ベラは予測していたかのように柔和な笑みを浮かべて応じた。


「あー、理由としては三つ。まずジェリーは強い奴から優先して殺す傾向にあるから、ぶっちゃけちょっと名指しされただけのユーちゃんより団長の方が先に殺られる可能性は高いわけだ。これが一つ目」


 それは少し情報収集能力に長けてさえいれば過去のニュースなどから推察できる、ジェリー・ジンデルという殺人鬼の悪癖。

 肌をひりつかせるような瀬戸際での殺し合いを楽しむため、敢えて不利な条件でも一番強いと見た相手の懐へと飛び込む。そんな刹那的で衝動的な犯行を重ねながら未だ逮捕に至っていない辺り、逃げ道の確保にも通じているのだろうが。


 何にせよ殺戮の動機が行動の読みやすさに繋がっているのは、殺されかける側のバーナードからしてみれば皮肉ながらも僥倖であった。


「次にグランドオーガの群れについてはふつーに想定外だったから、先にいくつかの隊を抜いても勝てる程度に弱体化させるのを優先したかったってーのが二つ。まーお姉さんとしちゃあジェリーとあいつらが無関係とは思えないけどねー」

「それはまあ、私もそう思いますけど」


 寧ろこの場に「グランドオーガの大量発生は偶然である」と考えている者はいない。ジェリーが何らかの特殊な手段を用いたか、あるいは彼女の協力者によって手引きされた事態だと認識していた。


 タイミングの問題もあるが、モンスターが飢えや渇きを満たすために人里を襲撃するなら浄水場や田畑が対象となる。それらを一切無視して周辺住民の避難を完了した自警団詰所に向かうというのは、短絡的な思考しか持たないオーガ種の動きとして不自然極まった。


「んで最後。これはあんま大きな声で言えないんだけどね」

「……? 何です?」

「長老や大半の自警団員は反対するだろうけど。団長はね、今後なるべく騎士団との連携を前提として自警団を動かそうとしてるみたい」

「はぁ?」


 一瞬上ずった声を出してしまい、慌ててローレンが自分で自分の口を押さえる。

 それでも驚愕の表情は変わらない。


「…………どういう事です? 騎士団なんて私達と比べたら戦力に劣るでしょ。魔力少ないし性格の変化も無いから知識のバリエーションが半端だし、おまけにエルフでもない連中は大体揃って寿命も短いし」

「そう言ってみーんな反対するってわかってるから黙ってんの、団長は。飲み友達の私にゃたま~に漏らしてくれるんだけどねえ」


 くい、とベラが酒を呷る動作を見せる。


「で、それを知ってる私と自警団の中じゃ一番若いローレン、外を知ってるユーフェミアの三人ならあっちにいる人達とも協力して柔軟に動けるんじゃないかって思ってるんだろうさ。事実ユーフェミアは外で騎士団と一緒に戦ったりしてたんでしょ?」

「……え? あ、はい!?」


 水を向けられると思っていなかったユーは、思わず戸惑いを隠せないまま反応してしまった。

 それを見てローレンは溜息を吐き、ベラは苦笑を浮かべる。


「寝ぼけてんじゃないのあんた。もう邪魔になりそうなら寝てていいわ」

「そう言わないの、もう。んでどうなのさ、城壁防衛戦の時にはお姫様まで一緒に戦ったって聞いたけど」

「え、ええ……それと他にも何度か、王城組の騎士の方と少し。あらゆる状況を想定してか、汎用性の高い気流操作の魔術を基盤とした動きが特徴的でした」


 とはいえ基本的な動きは自警団と大きく違わないだろう。ただエルフの場合は魔力の量に気を遣わず動けるという強みがあるだけだ。

 その強み一つが明確な意識の差を生んだのか、ローレンは嘲るように鼻息を吐く。


「ま、その騎士団とやらがどれほど動けるかなんて大して興味ないけど」

「まーたそんな事言ってぇ。でも不安な気持ちは私にもあるよ。今回は相手が相手だし」


 実際のところ、どこまで戦えるものかは騎士団の基本的な動きを知るユーでも予測がつかない。


 相手がジェリーだから、という要素もある。だがそれ以上にこの地域の騎士団にどこまで期待できるかがわからなかった。

 自警団に活躍の場を奪われ、モチベーションの低下も著しいだろう。中には明確にエルフを疎んでいる騎士もいるはずだ。

 しかし、だからといって不和を許せる状況でもない。もしもメティスやトラロックのように連携が取れている組織でなければ、ジェリーの相手をするのは自殺行為と言える。


 そんなユーの不安に対する答え合わせが、裏手から聴こえる異音として表れた。

 硬い何か同士がぶつかり合うような、そんな音。


「……ん?」

「おっ」


 ローレンとベラも気付いたらしく各々グリモアーツの柄に手を伸ばす。一気に緊張感が増すも、まだ表情には余裕があった。

 恐らく【漣】の索敵網が維持されているからだろう。ジェリーが一定範囲内に立ち入れば、彼女の【漣】が他の者のそれを上書きするように飲み込んでしまう。


 となれば音の原因はジェリーではない。

 それなら何事か、と警戒する三人のいる部屋に誰かが走りながら接近してきた。


 乱暴なノックから間髪入れず扉が開かれる。


「失礼しまっ、ヒィッ」


 侵入者の額にローレンのレイピアが、喉元にベラの直剣がそれぞれ先端を突き付けた。

 刃を向けられて怯えているのは騎士団の一人だ。


「何事か知らないけどね。ノックしてからすぐドアを開ける奴は殺されても文句言えないってのが社会のルールよ」

「ほれほれそう怒るなって。んで、どーしたん? さっき外で変な音したけど」

「し、ししし失礼しました! い、今裏口の方にグランドオーガが数体襲撃してきていまして!」


 怯えと焦りに染まった騎士から報告を受けた自警団の二人が、顔を見合わせる。


 なるほど確かにエルフのみで構成されている自警団ならともかく、ヒューマンが多く含まれるここの騎士団では相手するのに苦労するだろう。そこに疑問は生じない。

 わからないのはこの期に及んでジェリーが現れない事だ。そろそろ現れてもおかしくないというのに、姿を見たという話一つ入ってこない。


「連中どうにも様子がおかしくて、我々だけではいつまで持つかわかりません! 団長に後方支援を依頼しに行きますがここも安全とは言えませんので、どうか移動を……」


 ともかく彼女らの前にいる騎士は再度の移動をするよう申し立てに来たらしい。その言葉を受け取ったベラが突き付けていたグリモアーツを下げて、溜息を吐いた。


「……言いたい事はわかったけど、ちょっと遅かったかなー」

「へ?」


 呆けたような騎士の声に一拍遅れて。


 四人がいる部屋の壁が、大木によって突き破られた。


「おわあああああ!?」

「ベラさん! ユーフェミアはこっちで預かるんで!」

「あいよー!」


 あまりに太いその一撃をベラの直剣がいなし、誰もいない部屋の隅に木の先端を流す。


 床が砕ける音に耳朶を震わせながら間近で見て一つ、わかる事があった。

 突き出された大木の幹には金属をこすりつけたような傷がいくつもある。騎士団相手に白兵戦を繰り広げた痕跡だろう。


 つまり、破かれた壁の向こうから来る存在は、大木を武器として使っているという事。


「……なーる、こりゃ騎士団だけじゃあキツいはずだ」


 その場にいた全員の視線の先には、のしりと歩みを進める巨体が一つ。

 姿形こそグランドオーガに相違ないものの、単なるモンスターとは言えない凄みがある。


 そう感じさせる要素が何なのかを知る者ほど、その異端さを感じ取れただろう。


「ジェリーめ。モンスターに剣術でも仕込んだってのか」


 明らかに武芸を知る者でなければ見せない歩行、呼吸、姿勢。

 大木の先端と自身の胸が相手の目線上で重なるような構え方。


 短絡的な思考特有の隙など微塵も残っていない。

 冷静に四人を観察する筋骨隆々の怪物を前にして、ベラの頬を一筋の汗が伝った。

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