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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編

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第十七話 手紙

 レッドキャップ討伐依頼を終え、ウォルトに絡まれた翌日の朝。

 テレビで流されていた天気予報では低い降水確率が示されていたが、実際の空模様は生憎の曇天である。


 小学生の頃から折り畳み傘を携帯している圭介は、久し振りに嘗て使用していた学生鞄から以前の世界で使っていた愛用の傘を取り出して登校していた。


「お、よっす」

「おう、おはよう」


 学校の下駄箱前で、モンタギューと鉢合わせる。


 ある程度生活することで異世界のあれこれに慣れつつあった圭介だが、仏頂面を下げた二足歩行のウサギが男子用の制服を着ているという絵面は未だに強烈なものがあった。

 イラストならまだ愛嬌も湧くだろうその異様は三次元に実現されることで不気味さを醸し出している。当然怒られそうなので本人には言えない。


 とはいえ、アルバイト先や校内でそういった存在と定期的に触れ合う中で多少の違和感なら受け流せるようになってきたのはある意味で成長したと言えるだろう。


「おい、聞いたぜ。あの排斥派で有名なウォルト先輩にとうとう絡まれたんだって? 知り合いが昨日の夕方に因縁つけられてるところ見たっつっててよ、なんだか知らんがエリカが言われてたらしいじゃねえか。大丈夫なのかよ?」

「あー、その話ね」


 珍しく他人を気遣うモンタギューの様子がどこかおかしくて苦笑しながら、圭介は大した事のないように応じた。


 あの時別れてから、圭介はエリカに一切の連絡をとっていない。これは気まずさではなく気遣いからくるものだった。


 確かに両親の死は悲しむべきことではあるだろうし、それが戦時下とはいえ他者によって殺害されたとあっては穏やかでいられないのも理解できる。

 しかし言ってしまえば圭介が殺したわけではないのだからこの件に関して勝手に罪悪感を覚えるのは筋違い甚だしい。

 加えてこれまでに彼女から受けた数々の親切を、騙し討ちを前提とした演技であると考えるのは無理があるように思える。


 根本的に腹芸を不得手とする性格に見えるというのもあるが、彼女を信頼したいという感情的な理由もあった。


「客人の僕をパーティに入れてるってことでいちゃもんつけられたんだよ。もうこれで二度目になるかな、本当に嫌んなるよ」

「あの人ァちょっと頭が残念だからな。俺らのクラスに排斥派の学生がいないもんだから充実した学校生活を送ってるあんたのことが気に入らないんだろ」

「マジかよあの人が次に口にする物体が致死性の猛毒ならいいのに」

「もしくは将来結婚式で手酷くフッた元カノに過去の悪事を暴露されて修羅場ればいいのに」

「えげつねぇな可愛い顔してよお! 黒いのは体毛だけにしてくんないかな頼むから」


 共通する人物の陰口を言い合うという仄暗い青春を送りながら圭介が下駄箱を開けると、


「……あっ、ラブレターだ!」

「何!? 殺してやる!」

「落ちちゅけ!」


 色々と二人して気の早い話だったが、圭介の上履きが入っている下駄箱に小さな便箋が納まっていたのは事実である。

 薄い桜色のそれは差出人の名前が記されておらず、右下に小さくアガルタ文字で「トーゴー・ケースケ君へ」と書かれているのみ。しっかりとした丁寧な字から書いた本人の気質も窺えた。


「え、マジ? こっち来てからそんなに経ってないのに惚れる人とかいる? 自分で言うのもなんだけど、僕モテるようなこと一切した記憶ないよ?」

「それもよりにもよって転移初っ端に女子更衣室で着替え目撃した野郎にな」

「テメっゴルァ、その話を出すんじゃないよこちとら軽くトラウマになりそうだってのに。とにかく中身を読んでみないことには何とも言えないし、ちょっくらモンタ君一緒に読むの手伝ってよ。ああそれよりトイレとかに移動しないと他の人に聞かれるか」

「トイレは野菜スティックに便所の臭いが移るからゴメンだぜ。焼却炉の方に行きゃあ人通りもねぇし、そっちにしようや」


   *     *     *     *     *     *


 促されるがままに圭介は焼却炉前までモンタギューと共に移動し、肝心の内容を確かめる。


「さあ読ませろ今読ませろすぐ読ませろ」

「ちょっ、何なのこの黒ウサギ。なんで僕より若干興奮してんの発情期?」

「いやぶっちゃけ同級生の色恋沙汰とかクソほどどうでもいい。とっとと翻訳して終わらせたいんだ。周りに変な目で見られたくないから合わせて興味あるフリしてるだけで、こういうの本当は面倒臭いんだ」

「それがお前の本性か……別に合わせるような友達もいないくせに……」


 呆れながらも顔を並べて文章を読み込む。

 一応読める部分は読もうと意気込んだ圭介だったが、幸いと言っていいものか書かれている単語と文法は全て習った範囲に収まるものだった。


 故に、その手紙がラブレターではないと早い段階で気付く。


「……ふむ。誰が書いたか知らんが、こりゃアレだな」

「僕も意外と全部読めたよ。多分これってアレだよね」


 二人の声は自然と重なる。


「「脅迫文だコレ」」



――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


トーゴー・ケースケ君へ


 初めまして。貴方のことをいつも見ている者です。不躾ですが諸事情ありまして、こちら側の名前は伏せさせていただきます。

 今回は折り入ってお願いしたいことがあってこの手紙を届けさせてもらいました。


 お話ししたいことがあるので、今日の放課後、貴方がちょくちょく使用している焼却炉裏の秘密の場所に一人で来てください。


 突然のことで大変な警戒を招いているかもしれませんね。でも安心してください。恐らく貴方が予想しているであろう排斥派の先輩と私は別人です。

 順を追って説明します。

 客人としてこちらの世界に来て早一週間が過ぎ、ここでの暮らしにも慣れ始めた頃かと思います。当初は浮遊島の存在にもどこか納得できていないかのような顔をしていた貴方も、今ではグリモアーツを用いて魔術を行使している。これは『順応』という、人間が持つ素晴らしい素養の一つです。私達の住む世界に貴方が馴染み始めたのも、ある意味必然なのでしょう。


 そんな貴方に一つ、伝えておきたいことがあります。


 貴方と仲のいいエリカ・バロウズという女子生徒がいますね。

 私は彼女のご両親に関する秘密を知っています。


 中々に重い内容であり、私一人で抱え込むには些か無理があると感じているところです。このままでは何かの折に他の人……例えば噂好きの学生などにうっかり口走ってしまうこともあるかもしれません。そうなると彼女の今後の学校生活がどうなるでしょうか。

 あの厳格で知られる校長先生の姪という立場にありながら普段の素行は決して褒められたものではない、そんな彼女を疎ましく思う人間は一定数存在します。加えて現在客人であるケースケ君をパーティに迎えていることで排斥派の人々からも睨まれている状態です。

 そんな中で彼女が頼るべき味方を失ってしまうような事態は私としても望むところではありません。


 昨日の夕方、排斥派で有名なとある先輩に彼女が威圧的な勧誘を受けているところを見ました。

 あの先輩も表面的な事情は把握しているようですが、どうやらもう一歩踏み込んだ事の真相にまでは至っていないようで全てを知る身としては一安心です。しかし逆を言うなら、真相を知った時に彼がどのような蛮行に及ぶか想像もつきません。恐ろしいですね。


 私は彼女を危険な目に遭わせたくない。

 同時に、彼女の秘密をこのまま一人で抱えていく自信もない。


 そこでパーティメンバーであると同時に彼女との交流が未だ浅い段階にあるケースケ君にお話を聞いて欲しくて、こうした形式でお願いさせてもらいました。


 待っていますので、必ず一人で来てください。


――――――――――――――――――――――――――――――――――  


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!『怖い』がゲシュタルト崩壊起こすレベルで怖い!!」

「じゃあなケースケ。俺ァちょっくらトイレ行ってくらあ」


 野菜スティックを咥えてクールに去ろうとするモンタギューを圭介は逃さない。制服の裾をがっしりと掴んで腰を落としながら必死に踏ん張った。

 下駄箱前で顔を合わせた時には色々と思うところもあった彼の制服姿にありがたみを見出した瞬間である。


「待って! お願い待って!」

「るっせぇ離せコノヤロー! あんたコレ、焼却炉裏のことまで知られてるとか下手したら俺まで顔割れてんじゃねーかふざけやがって!」

「だったらちょっとくらい協力してくれたってバチは当たらないでしょうが! ここは僕に協力すべきなんじゃないの、そっちもこの問題を放置すると後々怖いぞ!」

「大丈夫だ俺こういう時に勇気を振り絞って立ち上がる男気あるから!」

「そもそもこの手紙書いた奴、今も僕らを見てるかもしれないじゃん! 仮に僕がこの手紙の送り主になんやかやされたその次に、モンタ君が無事でいられるという保障がどこにあるってんだい!?」

「やめろおっかねえこと言うな!」


 見苦しい男同士の取っ組み合いを始めて十数秒。

 くたびれ果てて地面にへたり込んだ二人が、肺が痛むような荒い息をどうにか整えると同時に冷静さを取り戻した上で再度話し合いの姿勢に入った。


「で、正味な話どうする? 僕やだよ、こんな怖い人に会いに行くの」

「つっても奴さんはあんたが一人で来るのをご所望だ。場所的に偶然通りかかったってていで割り込むことはできない」


 逆に相手がどのように待ち構えているのかも定かではない。

 情報が不足し過ぎていて完全に主導権を握られている形だ。


「少し下がって様子を見ようにもあんなとこ中まで入り込まなきゃ何してんのかなんてわからねぇし、様子を見ようとして後ろを取られたらお終いなわけだ。んですっぽかした場合あのクソやかましいお嬢さんの家庭の事情が学校中に暴露される。ついでにウォルト先輩に攻撃する材料も与えることになる」

「勘弁してよ……公共の場で直接会ったこともない相手の名前を大声で呼んで出てくると思ってるような連中の大将だよ? 一方的にわけわからん主張押し付けてきて、いざ公的な力が働きそうになったら一斉にトンズラするへたれだよ? あんなんに毎日絡まれるかもしれないとか前世で何やらかしたらそんな目に遭うんだよ」

「加えて他にもあのガキんちょを疎ましく思ってる奴がいるような書き方だ。残念ながら説得力がある」

「ああ、悲しいけど説得力がある。真面目な人は嫌いそうな性格だものなエリカ」


 エリカの性格について本人でもない立ち位置にいる二人が懊悩する。

 日頃の行いが本来は無関係なはずの周囲に影響するという好例である。


「ともあれ、恐らくこの手紙の主の狙いはお前とエリカの二人だ。両方かどっちか片方かは知らないが、一緒に狙われてると認識した方が良い」

「確かにね。『一人で来い』ってのも僕とエリカを分断するのが目的なのかも。狙いは知らんけど」

「知らないこととわからないことのオンパレードだな」


 とりあえず圭介とモンタギューはこの時点で、「恐らく貴方が予想しているであろう排斥派の先輩と私は別人です」という一文だけは信用することにした。

 明確な根拠があるわけではないが、「あの先輩ならもっと露骨で稚拙な文章を書くだろう」という共通認識によるものだ。


「誰が出したのかわかんねーが確実なのは校長先生に相談するこったな。姪っ子の悪評が広がれば自分だって無傷じゃ済まない立場の人だ、ちゃんと対応してくれるだろうよ」

「それっきゃないかあ……誰が出したかわからない以上、他の生徒がいる場所や来そうな場所は危ないし。昼休みにでも校長室に行ってみるよ。相談に乗ってくれてありがとう」

「おう。代わりにきっちり解決してくれよ。俺まで巻き込まれる可能性もあるんだからな」


 無愛想な黒ウサギの主張は、自己保身を貫きつつもどこか気遣わしげな声で紡がれていた。

 やっぱり根は優しい奴だ、と圭介は心中微笑んだ。

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