表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

179/417

第十二話 絆は各々の形を描いて

 自警団詰所内のベンチに並んで座る圭介とユーの間には、微妙な空気が漂っていた。


 現在バーナードの方からユーの家族であるメレディスに避難勧告も兼ねた報告が入れられている。あと数分経てばエリカとミアも連れて到着するだろう。他の民間人も揃ってこの建物に集合し、自警団と騎士団の庇護下に入るという話だ。

 魔力の貯蓄量が多く戦闘技能においても秀でた才華が散見されるエルフ族とて、自警団に属さない者を前線に押し出すのは本意ではないらしい。


「ジェリー先生については私から皆に説明する。剣を教わってた時期もお母さんに名前は出してなかったから、何言われるかわからないけど」

「そっか。……一応訊いとくけどさ。その、ジェリーって人についてくつもりはないんだよね?」

「あり得ないよ。私にそんなつもりないし、向こうにもその気はない。あの人が私に望んでるのは殺し合いであって結託じゃない」


 何とも奇抜な関係に思えてしまう。彼女らは信頼関係の上で互いの生命を奪い合うという形を選び、そこに繋がりを作り上げている。

 師弟関係は圭介もダアトで経験しているが、そういった形の絆を持ってここまで冷静でいられる自信はなかった。


 ともあれ物憂げな表情ながらもユー自身は過去を暴露する覚悟を決めている。その意志について圭介がとやかく言うのは筋違いだろう。

 人間不信気味なエリカに気を遣って黙っているというのも後を思えば悪手かもしれない。状況が状況なのだからここは団結を最優先とし、まずはユーの命を護るのが肝心であると圭介は判断した。


(後々の事なんて考えて万が一があってからじゃ遅い。わかってはいるんだ)


 それでも、あの快活な少女の顔が不信感に染まる瞬間をどうしても見たくなかった。

 加えてそんな顔をユーに向けられるという事にも耐えがたい何かがあった。


 せめて途中どのタイミングでフォローすべきか考えねば、と頭を悩ませているとカツコツと神経質な足音が近づいてくる。

 相手は一人。索敵網から感知できる背格好はメレディスのそれと異なる。


 誰だ、と訝しんでいる圭介の前に一人のエルフが現れた。


「……ローレンさん」

「あんた、あの殺人鬼に狙われてるんだってね」


 長老の一人娘、ローレン・クラム。

 嘗てユーが道場で完膚なきまでに叩きのめした少女であり、今はエルフの森自警団の一員である。

 彼女は圭介の視線を無視してユーの目の前に立った。


「……どうして、ここに」

「さっき団長と一緒に現場に来てたでしょ。そこで話は大体聞いた。今は交代で休憩時間入ったとこだから、ついでにどんな顔してるか見に来ただけ」


 盗み聞きを悪びれもせず腕を組んで仁王立ちするローレンは、苛立ちを隠そうともしていない。


「三人死んだ。わかる? あんたの師匠に殺されたんだよ、私の同僚や先輩は」

「っ……」

「おい、ちょっと」


 わざわざ責めに来たのか、と立ち上がろうとする圭介を手で制したのはユーだった。

 動きを止めた方と止められた方を交互に見て、ローレンはつまらなさそうに眉を顰める。


「あんたがあの殺人鬼と繋がってんじゃないかって、まあそこまで私は疑ってないけどね。そんな度胸あるとは思えないし。でもこの後で開かれる作戦会議で、そういう声は必ず出る」

「……だろうね」


 三人殺されたという事実は、繋がりの強いコミュニティであるこの森において多大な影響を及ぼす。感情的になってしまう者も一定数いて当然だ。

 そうなれば論理を欠いた発言も出てくるし、それを支持する意見もまた出るだろう。


「それでも私らは立場上、あんたを護らなきゃならない。殺人鬼とよろしくやってたあんただろうとね」

「…………」

「ふざけんな」


 底冷えする声だった。

 帰郷して出会ったばかりの時に見せた単なる害意とは異なる、明確な敵意と嫌悪。


「自警団になるために小さい頃から頑張ってきたけどさ。初めてこの仕事が嫌になった。なんで仲間を殺した犯罪者の弟子を命張って護んなきゃいけないわけ?」

「……その、ごめ」

「あんたなんか帰って来なければよかったのに」


 その言葉を受けて今度こそ動きを止めるユーを尻目に、ローレンがずかずかと歩み去る。

 圭介も仲間として何か言い返してやりたい気持ちになったが、過去のユーの行いに加え死者も出てしまったのならローレンの辛さも汲み取れないわけではない。彼女とて追いかけて掴み取った夢に泥をふりかけられたところだ。


 直接殺されてこそいないものの、殺人鬼の被害者と言える立場。それも大人というわけでもない年齢なら無理もない話だと、心のどこかで割り切った。

 成長と呼ぶには後ろ向きな色合いを帯びる思考に圭介が自分で呆れていると、今度こそ予想していた反応が【サイコキネシス】に引っかかる。


「……ユー、エリカ達も来たみたいだ」

「うん。ありがとう」


 索敵網が捉えたのは詰所の外から向かってくる、三人と一羽分の反応。それは仲間の到着と同時に剣戟とは別の戦いを示す合図でもあった。


「どうする? 僕から説明する?」

「いや、私が言うから。大丈夫」


 難しいものだ、と屹然としたユーの横顔を見ながら圭介が思っている内に仲間達の反応は近づいてくる。偶然なのかタイミングを見計らったのか、ローレンは彼女らと接触しない方向へ移動したようだった。


「あ、二人ともいた。お弁当持ってきたからまず食べちゃいなよ」

「帰ってこねえから何事かと思ったぜ。しかしまあ、今回は災難だったなユーちゃん」


 ミアもエリカも落ち着いた様子なのは、ユーとジェリーの関係についてまで聞かされていないからだろう。外側から見れば仲間が殺人鬼に指名を受けたような状態と言えども、ある意味それは圭介で経験済みと言える。慣れたくないシチュエーションではあるが。

 メレディスも同様にあまり動揺した風でもなく、落ち着いた微笑みを浮かべている。


「二人とも心配してくれてたのよ? ちゃんと謝りなさいね」

「う、うん。ごめんね……」

『マスターも謝ってください。今なら許します』

「謝りたくなくなる言い方しやがるなあ」


 ぼやく合間にもアズマはメレディスの肩から圭介の頭へと飛び移った。それを合図としたかのようにユーが口を開く。


「……それでね。ちょっとみんなに話があるんだ」

「んあ?」

「どうしたの急に、改まって」


 怪訝そうなパーティメンバーの二人と比べると無言で微笑むメレディスは特に反応を見せない。騎士団から連絡が入った際に詳しい話を聞き出したのか、はたまた親として娘の秘密を察しているのか。


「ごめん、実は――」


 そこから語られた事実は圭介が聞いた話と同じ、ジェリーに剣を教わっていたというもの。やはり名前を伏せていたのは彼女ら二人に対しても同様であったらしく、言葉の頭には謝罪が添えられた。


 圭介としてはミアに対する不安はない。子供も老人も入り混じる大家族との共同生活を知る彼女は、嘘を吐かれたという事実を噛み砕くだけの度量を持っている。遠方訪問でも依頼主の独断専行を説教一つで収めた事から、その辺りの姿勢は何となくわかっていた。

 見たところメレディスも問題なく受け入れる姿勢を取れている。娘のやる事だから、と受け入れるにはショッキングな内容のはずだが、元の器が大きいのかもしれない。心理学を専門とする大学教授ともなれば、普通の人と比べて考え方が多少異なる部分もあるだろう。


 問題はエリカである。彼女は記憶喪失という経歴もあってか、普段の言動が最低な割に同年代と比べて人間のマイナスな一面に弱い。それとて敵対している相手ならまだ割り切れているようだが、親しい関係を築いた相手となると途端にショックを受けてしまう。

 今回のユーの虚言は裏切りと呼ぶにはあまりにも小さなものだ。しかし恩師と行きずりの友人という二人から手酷い嘘を吐かれた彼女は今、虚言そのものに対して敏感となってしまっている。


 恐々としつつ圭介はユーの話を聞くエリカの顔をちらりと確かめてみた。


「…………」


 怒りや悲しみが介在するようなわかりやすい表情ではない。単なる真顔だ。

 ある意味では表情豊かな彼女に浮かべて欲しくない表情でもあった。


「――だから、ごめん。私、嘘吐いてた」


 一通りの説明を終えたユーは、始まりを繰り返すように終わりも謝罪で結ぶ。

 聞き終えた三人の中で真っ先に反応したのは、ミアだった。


「まあ、言いづらい話だったよね。寧ろよく言ってくれたよ」


 ユーの肩をぽん、と軽く叩くその顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「前からどんな師匠だって思ってたんだ。ユーちゃんったら戦う時は普段が嘘みたいに殺伐としてるからさ、逆に納得いった。話してくれてありがとう」

「ごめん、ホントに。ごめん」

「別にいいって。ただ嘘吐いてたのは私だけじゃないっしょ、エリカとあんたのお母さんにも話聞いときな」


 泣くところまではいかずとも泣き出しそうなまでに眉を絞るユーに、優しい言葉が吸い込まれていくようだった。

 正直に話して謝る相手を責める事はしたくない。それがミアの優しさなのだろう。


「……悪い、ちょっと落ち着く時間くれ。思ってたよりびっくりしたから」


 エリカの方はというと、頭をぼりぼりと掻きつつ背中を向けてどこかへと歩き出してしまった。ミアは意外そうに、ユーは申し訳なさそうにその背中を見送る。

 ただ圭介だけは彼女をそのまま行かせる事に忌避感を覚えた。


「僕、エリカの様子見てくるよ。アズマも一旦こっちで待ってて」

『何をするつもりですか』


 頭から外されたアズマが抗議の声を上げる。ブレねえな、と小さな笑いが顔に浮かんだ。


「様子見てくるっつったべさ。すぐ戻るから」

「ありがとう……」

「いいんだこのくらい。あ、僕の分の弁当残しといてね。全部食べたら一生恨むからな」


 珍しく弱ったユーの声を軽い冗談で受け止めて、エリカの後を追う。【サイコキネシス】の索敵網があるおかげで視界から消えた彼女の居場所もある程度はわかった。


(こうして使うとストーカーみたいで何か、こう……)


 少し嫌な使い方をしてしまっていると軽い自己嫌悪に陥りながらもエリカがいる場所へと向かう。

 別に走ったりもしていなかったからか、彼女は割合近い位置にあるベンチでうなだれるように座っていた。様子を見るにどうやら深呼吸しているようだ。


 声をかける前に建物内部にある売店で二人分の冷たい飲み物を買っておく。念のためカフェオレとブラックの二種類を用意して、ゆっくりと足を向けた。


「エリカ、甘いのと苦いのどっちにする?」

「甘いやつくれ」

「はいこれ」


 緩慢な動作で差し出したカフェオレを受け取る彼女は静かだが、懸念していたほど暗い雰囲気ではない。あるいは感情を押し込めているだけか。


「……どうだった? キツい?」


 言ってから他の言い方がなかったのかと圭介は自身を叱責したい気分になった。それに対してエリカはちびりと茶色の液体を口に含み、息を吐いてから応じる。


「ちょっとな。ムカつくとか悲しいとかはねえんだけどさ。あー、嘘ついてたんだ……ってのはちょっとある」


 確かにそれは怒りや悲しみとは異なる感情なのだろう。言葉にするなら落胆だろうか。

 そこまで深刻ではないものの、大丈夫とも言い難い状態のようである。


「あたしだっていつまでも引きずってらんねえのはわかってるさ。時間かければ納得すんだろ。ただ、今すぐは無理ってだけだ」

「それでいいと思う。今回、この件についてはしょうがなかった」


 ユーの嘘を悪と断じる事はできない。逆に彼女が「殺人鬼から剣を教わった」などと自慢げに語るような人物なら、そもそも他の二人が素直にパーティを組んでいたかどうかも怪しいところだ。

 軽蔑への畏怖から嘘を吐いてしまった彼女も、それにショックを受けてしまったエリカも悪くない。


「ユーちゃんには後で謝っとく……っても、謝るような事でもねーか」

「じゃあ飯でも奢っとけばいいんでないの」

「あたしの財布を空にするつもりか? 学食のおばちゃんにおまけしてもらうくらいしかできねえよ」

「そういやそんな謎のコネ持ってたなお前」


 少し沈んだ気分を紛らわすように雑談を交わす。

 エリカもわかっているのだ。自分が納得できるか否かよりも、今はユーと殺人鬼の繋がりを断たなければならない時だと。


 それがどんな形の結末になるのかは、まだわからない。


「師匠とか弟子ってんならケースケだって同じようなもんだったんだろ? どんなもんなんだ、実際のところ。あたしには師匠なんていなかったからわかんねぇんだよ」

「僕の場合は出会った初日にぶっ飛ばされて気絶したりしてたかな」

「……何なんだ? 師匠と弟子ってどこもそんななのか?」


 変な誤解を与えてしまったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ