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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第十話 朝の騒乱

 サンダーバードを逃がした日の翌朝、パートリッジ家のリビングに敷かれた客用の布団の中で圭介は目覚めた。

 時計を見れば時刻は午前五時。アズマはまだ自律起動の時間を迎えておらず沈黙しており、反して台所からは既に野菜か何かを切るトントンという音が聴こえている。


「……布団片付けないとだな」


 布団の置き場所についてメレディスからは、簡単に畳んで部屋の隅に置いておくだけで構わないと言われていた。

 女子との相部屋をどうにかして回避するために一人敷き布団を拝借したものの、先に起きている誰かがいるというのが最近一人で寝る習慣が続いていた身としては少々落ち着かない。


 布団を言われた位置に置いて台所に向かうと、そこにはメレディスとミアの二人がいた。


「おはようございまーす」

「おはようケースケ君」

「おはようございます。昨晩は眠れましたか?」

「ぼちぼちです。それと申し訳ないんですけど、もう少ししたら外出てもいいですかね」


 圭介は今も朝のジョギングと素振りを継続している。元々は自衛のためにやっていたはずだが、気付けば体を動かす事に楽しみを見い出しつつあった。


「ああ、最近は朝から走ったりしてるって言ってたもんね。それなら丁度ユーちゃんも同じような理由であっちの部屋で着替えてるところだから、ケースケ君も動きやすい服に着替えて一緒に行ってきなよ。私からケースケ君も一緒に行くって伝えておくからさ」

「助かるなあ。んじゃちょっと顔洗って歯磨きしてくるわ」


 自分の荷物に入れっぱなしにしてある歯ブラシと歯磨き粉を取りに二階へと向かう。

 階段を上がる途中、眠そうに目元をこするエリカと出くわした。水色のパジャマを着たその姿は普段のエネルギッシュな印象を大人しめにまとめており、圭介は一瞬「どこの家から来た女子小学生だろう」と疑問を浮かべてしまう。


「んあー……? ケースケかぁ。どしたん、夜這い?」

「朝から何言ってんだ。歯ブラシ取りに来たんだよ、荷物ん中に入れっぱだったから」

「なんだよつまらねえ……田舎っつったら夜這いだろうが。男としての根性見せろやおめぇ」

「色々気になるけどもう一度、これだけ言わせてもらおうかな。今は夜じゃねえんだよバカ」


 未だに寝ぼけているのか、圭介がすれ違おうとする合間にもエリカはまだ眠たげに突っ立っていた。そして急に体の向きを半回転させる。

 彼女はガシリ、と圭介の寝巻の裾を掴んだ。


「ていうかあたしも歯ブラシ持ってきてねぇや。戻らなきゃ」

「どんだけまだ眠いんだよ。あれなら気つけにビンタしてあげようか? 僕のビンタはめちゃくちゃ痛いと評判でね、中学時代の修学旅行先で猛威を振るったんだぜ」

「んー………………」

「そこで黙るな! そのボケ殺しずるいぞちゃんとしろ!」


 本気でビンタしてやろうかと憤りつつも二階に上がって旅行用の歯ブラシを取り出す。エリカもその動作を真似るようにしてミアの荷物を漁っていた。どうやら荷物が誰のものであるかという区別がついていないらしい。

 ここまで朝が弱かったとは、と圭介は彼女の意外な一面を目の当たりにした。何だかんだこれまでは同じ建物の中で寝泊まりするにしても完全な別室で生活していたから、こういった生活面でのだらしなさは見てこなかったのだ。


「ほれ、階段下りる時に危ないからいい加減に目ぇ覚ませって。せぇい!」

「ごわっぷっ」


 流石に女子の顔を引っ叩くのは気が引けたので、背中を盛大に引っ叩く。


「ってぇなテメゴラ何しやがる!」

「よし元気になった。僕着替えて歯磨きしたらちょっと外走ってくるから、先に食べてていいよ。つーわけで失礼」


 言って圭介は上着を脱ぎ始めた。もはや相手を女子高生ではなく飼い犬か何かと思っているような挙動である。

 しかしエリカにその感覚はないらしく、微妙に頬を紅潮させて狼狽した。


「うわぇっ、ストリップだ! 変態だ! 待って待って動画、動画撮らなきゃ」

「やめろコラ。僕の半裸見たってなんにもならねーだろエリカの場合。それに初めて会った時はそっちも下着姿だったし、これでお互い様って事にしようよ」

「……まあ、いいけどさあ」


 その返答は半ば冗談も交えて発言した圭介にとっても少々意外だった。てっきり「男の半裸と女の半裸は価値が異なる」という類のツッコミが待ち構えているものだと思っていたので、拍子抜け甚だしい。

 ひとまず着替え終えて歯ブラシを持った圭介は再度エリカに向き直った。


「歯ぁ磨いたらちょっと走りに外出てくるから、アレなら先に食べてて」

「あいよ。扱う魔術は万能型だってのに、よく運動しようなんて気になるなお前」

「少しでも強くなっておかないと不安なんだよ。それにここは襲撃とか受けなさそうだし、気楽に出歩けるってのはやっぱデカいね」


 サンダーバードとの接敵に際しては自警団の力をちゃんと見ていられなかったものの、全員がユーと同じような魔術を用いて連携しているのは何となくわかった。それに現地の騎士団を顎で使っている辺りは、権力もあるだろうが相応の実績もあるのだろう。

 奇妙な魔術円の使い手は未だ見つかっていない。それでもコソコソと隠れて動き回る程度の相手ならそこまでの脅威でもあるまい、と圭介は判断した。

 幾度かの戦いを経験した影響もある。自警団が持つ集団としての強さは、昨日見た陣形や動きから何となくわかる。


「おはようケースケ君」

「おはよう、ユー。待たせてごめんね」


 洗面台で洗顔と歯磨きを終え玄関に向かうと、既にユーが半袖のシャツにショートパンツというラフな服装で待機していた。

 そんな軽装でも胸元にはポケットがあり、そこに未解放のグリモアーツが挿し込まれているのはこの異世界特有の仕様だろう。圭介が着用している服も似たようなものだ。


「とりあえずいつも私が走ってるコースでいいかな? この辺りは坂道が多いからメティスとは結構違うと思うよ」

「それは昨日の道案内でちょっと思った」


 会話もそこそこに、ユーの先行で二人のジョギングが始まる。


 パートリッジ邸の正面玄関を出てしばらくは木々の連なる緩やかな下り坂が続き、そこを抜ければ山道に出るので今度は山に続くやや急な傾斜を登っていく。

 昨日案内されたルートとは異なる方角だが、【サイコキネシス】による索敵網はその道が途中で浄水場の方へと曲がっている事を伝えていた。


 一緒に走ってみてわかるのは彼女の瞬発力だ。以前「獣人のミアには身体能力で勝てない」と言っていたが、それは比較対象となるミアが騎士団志望の身として鍛錬を積んでいるからだろう。

 凡百の獣人ではこのエルフの少女に膂力でも脚力でも劣る。それは戦場での彼女を知る圭介もわかっていた。


 しかしそれを言うなら自警団も似たようなものだろう。ユーの蛮行を前に屈した過去を持つローレンとて、長老の娘だからと甘やかされている様子は見受けられなかった。

 そのような実力者があれだけの人数を揃えているのだから、なるほど治安はさぞかし良かろう。雲に魔術円を仕込んでいたのがどのような相手か知らないが、今頃山狩りの標的として震えながらどこかに潜んでいるのだろうか。


 益体もない事を考えながら二人は時折雑談など交えつつ、浄水場が見えた辺りで昨日も通った道に差し掛かる。


「ここから昨日歩いたコースを逆走するから」

「あいよー。まあこの辺の土地勘ないしそこは任せる……ん?」


 しばらく進んだところで、昨日の道案内と今朝とで索敵網の反応に奇妙な違いが発生した。

 はて何か、と訝しんでいると先にユーがその答えを導き出す。


「あれ、掲示板がなくなってる……」

「ホントだ。え、昨日ここにあったよね」


 昨日案内されたばかりの圭介は何気なく通り過ぎただけだったが、嘗ての故郷というのもあってユーは簡単に気付けたのだろう。注意文や地元の小さなニュースなどが貼られていた緑色の掲示板はその姿を消していた。


 元々あったはずの場所に近づいて様子を見てみると、地面に金属の筒が二本並んで突き立っているのがわかる。

 断面は真新しい銀色。それが何を意味するのか、これもまたユーが先に察したようだった。


「これ、掲示板の支柱だった部分だ」

「何? もしかして撤去でもしたのかな」

「撤去なんてよっぽど破損が酷くなければあり得ないよ。昨日見た限りではまだ使える状態だった。それにこの断面は、業者の人を呼んで外したっていうより……」

「おーい!」


 二人が残された支柱をまじまじと見つめていると、少し離れた場所から声が届く。聞き覚えのある声だな、と圭介が振り返った先にいたのは、昨日ユーの家に果物を届けると言っていた自警団所属の女性。


「どうもベラさん。おはようございます」

「お、おはようございます」


 名前を忘れていた気まずさも交えながら、圭介もユーに続いて挨拶する。

 それを見たベラはきょとんとした顔を浮かべると、慌てて挨拶を返した。


「おはよー……って! そんな挨拶とかしてる場合じゃないんだって!」

「え、ええ。どうしたんですかそんな騒いで」

「じぇ、じぇ…………」

「じぇ?」


 何を言おうとしているんだ目の前の女性は、と圭介とユーが揃ってベラの口元を見つめる。

 著しい緊張状態にあるのかぷるぷると震えており、体全体の震えも止まりそうにない。昨日接した限りでは呑気そうな気質に見えたが、これでも彼女とて自警団のメンバーだ。

 そんなベラがここまで動揺するとは、ただ事ではないだろうと推察できた。


「ジェリーが! あのジェリーが帰ってきたのよ!」


 涙目でユーの両肩を掴むその形相は尋常なものではない。

 そんな彼女の顔に真正面から接近されたユーはというと、目を見開いて硬直していた。


「ジェリー……って、ジェリー・ジンデルの事を言っているんですか?」

「そうよ! し、しかも自警団の仲間も殺されちゃって! それで!」

「殺されたって、え!?」


 予想外の事態に戸惑う圭介を置いて、ベラはぶんぶんとユーの体を揺らす。


「ユーフェミア! あ、あ、あああんたのことも殺すってよ、予告状まで出してんのよ!!」

「はぁ!? ユーを殺す!?」


 続く言葉は不穏な殺害予告。流石にこれは圭介も無視できない。


「さっきからそのジェリーだか何だかってのは誰なんですか!?」

「ちょ、ベラさん! ケースケ君も聞いてますよ! そういうのあまり大声で言っちゃ……」

「はっ!」


 言いたい事を言い終えてようやく少し冷静になったのか、ベラが気まずそうに圭介の方に目をやる。


「あのその、ごめん。これはその、あんまり大っぴらにはできないってか」

「あんだけデカい声で騒いでおいて何を言ってるんですか。ってかユーの命が危ないんだったら僕や他のパーティメンバー、そして誰よりもユーのお母さんだって無関係じゃないでしょ」

「うぅ、確かに後で説明する予定ではあったんだけど……カッコ悪い取り乱し方しちゃったなー」


 頭を抱え込むベラの肩を慰めるようにぽんぽんと叩いて、ユーが改まった様子で口を開いた。


「ジェリー・ジンデルっていうのは、“大陸洗浄”が終わって間もない頃にこの辺りで暴れてた連続殺人犯のエルフの事だよ」

「れんっ……!?」


 圭介を動揺させたのは連続殺人犯という物騒な言葉だけではない。

 生半可な犯罪者であれば絶対に犯行の場に選ばないとされるエルフの森で、連続殺人を敢行したという事への驚愕だった。


「な、なんで。エルフの森でそんな事したら、連続殺人なんてする暇もなく捕まっちゃうんじゃ」

「普通だったらそうだろうね。下手な客人くらいなら、犯行初日に牢屋行きだったと思う。それくらいエルフの森の防備は厚いから」

「それでも例外はあるのよねー」


 自警団の一員から情けない声が上がる。ベラの声は多少落ち着きを取り戻したようだが、未だに青褪めた顔はそのままだ。


「権力ぶん回して横暴な運営してた先代長老が“大陸洗浄”で殺された時、森に来た客人の集団を相手する中で自警団は数を減らしていったの。その戦いがようやく落ち着いてきたってタイミングで、とんでもなく強いエルフが運悪く狂暴な性格に変わって暴れ出した」

「それが、そのジェリーって奴ですか」


 ベラがこくりと頷いた。


 エルフの性格変質。メレディスから聞いてはいたものの、そのような事態にも繋がると思うと恐ろしいものがある。


「あの人は化け物よ。数を減らしたって言っても当時の自警団で戦える状態だったのは十八人、それ以外にも戦闘能力を持ってるエルフが何人もいた。でも、あいつはよりにもよって強いエルフから順々に殺していって」

「強いエルフから?」

「よくわからないけどただ殺したいだけってわけじゃなかったらしいのよね。戦いを楽しみたがってるみたいでさー」


 圭介はその言葉を聞いて、肝が冷えるような気さえした。

 戦いを楽しみたがる。その気質に心当たりがあったからだ。


「それで最後は今の自警団長が体張った罠仕掛けて、どうにかこうにか撤退させるところまでは行ったの。性格変わる前は大陸中を駆け回ってるような人で、そりゃあもうどこに出しても誇らしいくらい温和で礼儀正しかった人がねー。今じゃ他の国でも暴れてたらしくて、殺し過ぎで国際指名手配犯よ」

「そんな相手が、ユーの命を……って、ユー?」


 とんでもなく狂暴で凶悪、且つ強力無比な相手に命を狙われている。

 そんな状況だというのにユーの表情はどこか呆けていた。


 強者に命を狙われているこの状況、彼女の性格を考えれば恐れるという事はないだろう。ダグラスに命を狙われている圭介に向かって「羨ましい」と言ってのけた彼女なら、寧ろ喜びすら覚えてもおかしくない。

 ただ、無表情のまま固まるというリアクションは意外に思えた。


「おーい! びっくりしたのはわかるけど、命狙われてんだって! 大丈夫か!? 帰って二度寝する!?」

「うぇ、ああ、大丈夫。うん、平気平気」

「悪いけどこのまま家に帰らせるわけにはなー。一旦自警団の詰所に来てもらわないとだから。悪いわね」


 冷静を装いながらも震えているベラが、苦笑いを浮かべながら歩き出す。恐らくその進行方向に自警団の詰所があるのだろう。


 国際指名手配犯がユーに送ってきたという殺害予告。

 比較的安全と言われていたエルフの森での殺人事件。

 そして、どこか上の空のままでいるユー。


(ヤバい、何か今までとは別方向にキツい)


 自分ではなく仲間の命が危険に晒されているこの状況。

 圭介はどこか自分が狙われるのとは別の苦しみを感じていた。

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