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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第七話 露払い

 突如吹き荒れた強烈な風に飛ばされて圭介は地面に叩きつけられた。痛みに耐性があっても身体機能が変わるわけではなく、肺に走る衝撃で一瞬でも呼吸と動きを止めてしまう。


「づっ、つつ……皆、大丈夫か!?」

「あたしはどうにか防ぎ切ったけど、ケースケお前こそ大丈夫かよ。今すげえ落ち方してたぞ」

「母さんのベアハッグと比べたらこんなの屁でもないぜゲェホッ、ガホッ」

「わ、私も何とか……。ていうか今のって」

『サンダーバードが発生させた積乱雲から大量の水滴を伴う局所的な下降気流が放出されたようです』


 ダウンバーストと呼ばれる自然現象が存在する。


 高所にて積乱雲に包み込まれている大量の水滴が空気を巻き込みまとめて落下する事で発生するそれは、例えるなら真下に向けて撃ち放たれる風の爆撃だ。

 規模の大小こそ条件によって差があれど、災害として認識される程度の威力が常に約束されていると思っていい。


 空気と水が大量に混じり合ったこの現象、遠目には高密度の水分が光を反射する事で白く見えるという。

 圭介達の視界が白く染まったのも同じ理屈であった。


『微細ながらも広範囲に魔力が拡散されている事から、サンダーバードによる咄嗟の攻撃である可能性が高いですね。しかし何度も使える手段ではないはずです』

「つってもな……」


 先ほどから圭介の索敵網にのしかかる奇妙な重みの正体。それが魔力によって制御されている大気中の水分なのだとしたら、まあ頷けない話ではない。


 しかしそれだと気になる部分も出てくる。


 そもそも体調不良によって高度を維持できず降下してきたような相手に、そのような器用な真似をするだけの余裕があるだろうか。

 前提として相手は魔力の巡りに不調をきたした妖精である。だから低い位置にまで降りてきたのに、ダウンバーストなどといういかにも神経を使いそうな現象を引き起こすのがどうにも納得できなかった。


(よく見ろ。本当にあいつは僕らを攻撃するつもりでいたのか?)


 白い靄の向こうにはサンダーバードの輪郭が薄らと見える。先ほどと異なるのは魔力の檻が存在しない事だ。どうやら既に破壊したようだった。


 その足元には自警団の姿も見える。

 とはいえほとんどの団員が吹き飛ばされて陣形を大きく崩してしまっていた。何人かは武器の形をしたグリモアーツを地面に突き立てて踏ん張ったようだが、戦術的な面から見れば明らかに焼け石に水だろう。


 その戦いの様子を遠くから見ていると、また奇妙な点に気付く。


(……やっぱおかしい。あの鳥は率先して戦おうとしてない)


 未だ持ち場に陣取って自身を睨みつける何人かはともかく、倒れ伏している人員に関しては絶好の的だ。それこそ狙えば純粋に戦力を削るなり飛ばされずに残った相手の動きを制限するなりできるだろう。

 しかし目の前の脅威は身体を包む電撃こそ激しいものの、依然として攻撃は仕掛けてこない。それがどうしても圭介の中で引っかかった。


 動かない部分だけではなく、動く部分にも違和感はある。


 普段からアズマと共に暮らしている圭介は自覚のないままに鳥類の挙動について一定の理解を得るに至った。同時にユーから受けた近接での戦闘訓練も功を奏し、今のサンダーバードの動きに見られる違和感を発見できたのである。

 酷く疲弊した状態で自警団の方に向かうその体は、背後に重心を傾けている。つまり下がろうとしながら前進しているような状態だ。


 まるで見えない誰かに背中を押されているように。


「アズマ。広い範囲に魔力の反応があるって言ってたけど、それって本当にあのサンダーバードの魔力?」

『私に魔力の識別機能は搭載されていません』


 確かにアズマは『可能性が高い』と言っていた。恐らく彼も思うところがあって断定を避けたのだろう。

 つまり今回サンダーバードが地上に接近した理由は、人為的なものである可能性が低くはあっても存在する。

 降下する時に積乱雲を伴う、という前提が厄介な先入観を生んでしまったのかもしれない。


「……それならどうにかすべきなのはサンダーバードの方じゃなくて、あの雲の方だ。さっきから【サイコキネシス】の索敵網に変な重みがかかってるんだよ」

「あぁ? どういうこった。雲ん中に何かあるってのか?」

「確かにサンダーバードの動きが変なのはあるよね。さっき吹き飛ばしたのが攻撃のつもりなら追撃かけないのはおかしいし」


 自警団から受けたクエストとは異なる仕事になってしまうが、状況が状況である。ぐずぐずと時間をかけていればまたぞろ雲から攻撃を仕掛けられるかもしれない。

 三人と一羽は入道雲と呼ぶには小規模な積乱雲を見上げた。


「とにかくあの雲の中に攻撃するだけしてみよう。僕らは元々戦力外なんだ、戦いを直接邪魔するわけじゃないし良いでしょ」

「なら、私から行くね。エリカちゃんとケースケ君はこないだトラロックで見せたアレをお願い」


 言うとユーが“レギンレイヴ”の刀身を横に寝かせた状態で魔力を集中させる。水晶のように透き通った剣が輝くと同時、細かな魔力の刃が漂い始めた。


「【漣】――」


 本来なら索敵と簡単な牽制に使うそれは最初こそ大人しい(ささめ)雪だったはずが、気付けば既に吹雪の如く吹き荒れている。

 そんな殺意の嵐が渦巻く剣を振りかぶり、積乱雲に向けて叩き込んだ。


「――【怒濤】!!」


 一方向に収束し放たれた細かな刃の嵐が雲に衝突する。颶風と斬撃の連続を受けて、定まった形を持たないそれが明確に穿たれた。

 途端、空いた大穴から下の雲が散った。


 靄が払われた後にとあるものが残されている。

 それは絶対に自然に生じるはずのない、人為の形跡。


 高速回転する魔術円。

 それが複数、浮遊していた。


「あれがさっきからかかってる重さの原因か! エリカ、準備は出来てる!?」

「こっちは大丈夫だ! 頼むぞケースケ!」


 エリカの方を見れば赤銅色に輝く二十六門の魔術円から、同色の魔力弾が一発ずつ形成されている。


「よし、じゃあもらうわ!」

「おう行ってこい!」


 人間不信に陥っているとは考えにくいほどに頼もしい返事だ。少しの安堵を胸に圭介が念動力で魔力弾を全て引き寄せ、“アクチュアリティトレイター”の先端に螺旋を描きながら収束させた。


 そして今回、それは撃ち出さない。


「夏場は使いたくなかったけど、しゃあないなあ!【焦熱を此処に】!」


 跳躍し、空中で火を灯す第六魔術位階【トーチ】を起点に炎を膨れ上がらせる。

 トラロックで会得した第四魔術位階【パイロキネシス】。単なる燃焼による攻撃手段としてだけではなく、念動力そのものを熱で活発化させる役割も担う魔術である。


 普段ならグリモアーツである“アクチュアリティトレイター”に乗った状態でなければ飛べない圭介も、これによって【テレキネシス】を強化すれば自由に飛行が可能となるのだ。

 ただし使っている最中はそれなりに暑く、夏場に使いたくないという圭介の言葉は決して冗談ではない。エルフの森が涼やかな場所でなければもう少し悩んだだろう。


「アズマ、もしもの時のために結界の準備だけしといて!」

『了解しました』


 握り締める鈍器の先端には巨大な一塊の魔力弾。それを圭介は弾丸としてではなく、戦鎚として振るう。


「どりゃあ!」


 衝突した魔術円はより高密度の魔力に干渉を受けて霧散した。

 その調子で同じ高さに散見される他の魔術円も軒並み叩き潰し、次に圭介が目を向けたのは雲の中だ。


(やっぱ、中にいくつかあるな)


 そこにはたった今潰したものと同様の魔術円がちらほら光を垣間見せている。恐らくそれらが今回の騒動を引き起こした元凶だろう。


(誰だよこんなはた迷惑な……ん?)


 呆れる圭介の眼下から何かが上昇してくる。


 それは先ほどまで望まぬ戦闘を強いられていたサンダーバードだった。

 どうやらユーによって雲の一部が四散されたのが良かったらしく、少し高度を上げられる程度には自由の身となったらしい。


 この雷撃を纏う大きな鳥も被害者だ。

 そう思うと、必死に生きているだけだったのに殺してしまったサンドワームの最期が脳裏を過ぎる。


(こっちは殺さずに解決できそうで良かった)


 あの乾燥と日照りに苛まれながら水の剣を握った日とは対照的に、自身の炎で無数の水滴を蒸発させながらそっとサンダーバードに顔を向けた。


「…………待っててな。もうすぐ、空に帰れるようにするから」

「ピュゥッ」


 不思議な鳴き声は返事のつもりか。

 やや愛嬌のようなものを感じながらも、“アクチュアリティトレイター”を大振りしながら雲の中に突っ込む。


「オラァァァァッ!」


 魔術円がかき消される度に積乱雲は輪郭をぼやけさせ、やせ細るように体積を減らし、その姿を消していった。圭介が纏う炎も水分を揮発させながらその一助になったのだろう。

 雲を払うだけの割に腕にかかる負担が大きいのは、他人の術式に干渉しているからか。


(何だっていい。ユーの面目がどうのとかも考えてたけど、その前に)


 雲が削られる度、上へと移動する圭介の後に雷の鳥が続く。

 腕を振るう。靄が払われる。術式が見つかればそれを叩く。


(これ以上、こいつを苦しめたくない)


 六つ目の魔術円を破壊した時だろうか。

 ふっ、と【サイコキネシス】にかかる負荷が消失した。


「おっ……」


 体もふわりと軽くなり、それに伴って急に雲が霧散する。

 どうやら積乱雲を形成していた術式は魔術円を全て破壊した事で解除されたらしく、少しずつ流れていくそれらは各々の向かう先の景色に溶け込んでいった。


「終わった、か。うおお結構高いとこまで来てたなぁ」

『今更そこに怯える事もないでしょう』


 気付けば先ほどまでいた集合場所やユーの家すら眼下に遥か、目線を前に向ければ遠くに王都メティスの街並みさえ見える。周囲には魔術の影響を受けていない巻層雲が飛び交っており、既に厄介な魔術の脅威は脱したのだと察するに充分な状況だった。

 今や【コンセントレイト】を使わずしてこの高さでも精神的余裕を保てるようになった圭介も、景色の壮観さには感激を禁じ得ない。


「いやいやこんな高いとこまで飛んできた事なかったよ。でもそうか、魔術があればこういう場所にいつでも行けるんだな。たまには異世界もやってくれるもんだ」

『その価値基準は理解しかねますが、あまり高い場所にまで昇る者は異世界でも少数派ですよ』

「そうなん? どうしてまた」

『航空数の少ないこういった土地でそのような心配はいらないでしょうが、一定以上の高度では船との衝突の危険性がありますから』

「ほへー……」


 なるほど、と圭介は頷く。

 車の行き来が激しい道路に飛び込むようなものだろう。メティスに帰ってからたまに飛ぼうかと思っていた彼であったが、やめておく事にした。


「……ところでさっきのサンダーバードはどこいっ」

「ピュイ!」


 周囲を見回そうとしたタイミングで背後から鳴き声が響く。振り返った先には件のサンダーバードが滞空していた。

 先ほどまでと比べて纏う電撃は僅かなもので、これは極度の疲労によるものだと思われる。恐らく圭介に対する警戒心が解けたのと、重々しい雲から脱出できた事への歓喜も少なからず関係しているのだろう。


「お互い大変だったね。帰んな、もうここに君と戦う人はいないから」

「ピュイッ」


 短い返事をすると、紫電の双翼を広げてサンダーバードが空へと飛び立つ。

 もっと上の方まで行くのだろう。地上で暮らす圭介としては、それこそ異世界との邂逅を想起する出会いでもあった。


 姿が見えなくなった辺りで、圭介は炎を纏いながらもそこまで暑さを感じない事に気付く。

 高度が高度である。太陽以外の熱源が遠い中では、気温も低いのだろうと推測した。


(しかし、あんまり高い場所まで行くと空気も薄くなるのかな。今のところ苦しくはないけど)


 更に空を見上げる。

 以前モンタギューから聞いたとあるオカルトの話が、ふと思い出された。


 海の果てまで向かった者達がそのまま帰ってこなくなるオカルト現象。

 名をフロンティアという。


 これは海域のみならず空域にまで発生する現象であり、その影響で宇宙開発などが進まず滞っているとも聞いた。

 あまり上に行き過ぎると自分も消えてしまうのだろうかと圭介は何となく思う。


(上に、何かあるのかな)


 突き抜けるような夏の空に答えはない。

 ただその濃い青色は、果てしない遠さと同時に閉塞感漂う蓋の内側にも見えた。

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