第五話 故郷に残る苦味
――せっかくだし夕飯までケースケさんにこの辺りの案内してきなさい。
そんなメレディスの言葉に従う形で、ユーと圭介は二人並んでエルフの森第七森林居住区を歩いていた。
アスファルトで舗装された道の両脇は雑草が生い茂り、その向こうにまで続く景色には山々が並んでいる。
ミアはメレディスがエルフ基準の量で料理を作らないかの監視も兼ねて夕飯の準備を手伝っており、エリカは去年行けなかった場所を探索しに出かけた。並べてみれば対照的な行動である。
「あそこに見える赤紫色の屋根が役所も兼ねてる長老の家だよ。長老って言っても、まだ八十歳にもならないくらいだけど」
「まあ僕らの基準で八十歳は充分長老だから」
『長老とは何をする役職なのですか?』
「戸籍の管理とかイベントの主催とか……。あとはクエストの発注もここじゃ長老を経由するね」
仕事の種類は多そうだが、人口の少なさもあって一つ一つの作業はさほど手間でもないのだろう。
ユーの家の近くから先の区域は民家もそれなり密集しており、家から家まで徒歩一時間かかるという圭介の偏見が杞憂であった事がわかる。見渡してみると美容院や宿泊施設などもあり、不便過ぎるほどではなかった。
森林居住区と呼ばれるからには鬱蒼とした森の中にあるのだろうと踏んでいた圭介は少し意外に思ったものの、考えてみれば日本にも森や川という字が名に含まれる地域はある。それら全てが森であったり川であったりするわけではないので、これも似たようなものだろうと流すことにした。
そろそろこの異世界に過度のファンタジー要素を求めなくなってきて久しい。今の彼にとって、このくらいの落差は大したものではないのである。
ただ、やはり言ってしまえばここは田舎なのだ。
「あらユーフェミアちゃんお久しぶり。帰ってきてたのね。そちらは彼氏さん?」
「パートリッジんとこの嬢ちゃんと来たら、今年は男連れで里帰りかい! いやあ妬けるねえ!」
「違います、そういう関係では……」
「しんどいぞ! この距離間のやり取りが何度も続くとなるとしんどいぞ!」
定期的に通りすがりのエルフ達と挨拶を交わし、その都度圭介とユーの仲を勘ぐられるのが精神的に疲れる。加えて言動が中年のそれである割に外見が若々しい美男美女なせいで、脳の認識にエラーが生じそうだった。
「ごめんねケースケ君、変な事になっちゃって。ここって娯楽が少ないから面白そうと思うと皆食いついちゃうんだ」
「いやまあ相手がユーならこっちも勘違いされて光栄だから良いよ。ただあんなにグイグイ来られるとつれぇわ」
「本当にごめんね……」
そんなこんなで疲れを蓄積させつつも山間の開けた場所にまで辿り着く。ここからいくつかの、明らかに住宅ではない施設が複数見えた。
「手前の川の下流にある大きな建物は浄水場で、地域全体の水道に繋がってる。結構昔からあるんだってさ。あそこの坂道を登っていくと学校もあるよ。小中全学年合わせても私達のクラスの半分くらいしかいないけど」
「へえ。エルフの森も少子化が進んでるのかなあ」
『高等学校は無いのですか?』
「そもそも昔は学校っていうものが無かったらしいし、その時代ってお年寄りが若い大人の代わりに子供達の面倒見てたらしいから。まず必要に思われなかったんじゃないかな……」
風景は現代日本の僻地そのものだったが、文化は大きく異なるようだ。そこは嘗て閉鎖的だった環境によって生じるズレだろう。
まるで外国だな、と今更な感想が浮かび上がってからここが異世界である事を再認識する。
「あとは、あー……」
『あちらの独特な形状の建物は何でしょう?』
「あれね、まあ去年も何だかんだエリカちゃんとミアちゃんに説明したから覚悟はしてたけど」
アズマが嘴で指し示した先には、木造の屋敷があった。あまり人がいないエルフの森にあってユーの実家以上に広い土地を持つそれは、どことなく厳かな雰囲気を纏う。
「あそこは長老が師範代もやってる、アポミナリア流の道場だよ。私も十三歳まで通ってたんだ」
「道場……」
何やらエルフの森という地域名にそぐわない建物にも思えたが、圭介にとってそれよりも気になる部分があった。
確か彼女はその道場を追い出されたのではなかったか。
「懐かしいなあ。あの頃は木剣の先っぽに砂袋つけて素振りしてたりしたっけ」
「そんなんしてたの? ってか何で砂袋」
「単純に腕力を鍛えたくて。石とかだと左右に均等に負荷がかからないから変な癖がつきそうで」
『なるほど、合理的ですね』
「そんなん僕がやったら腕攣りそうだな……」
圭介は念動力で誤魔化しているだけで腕力に関しては人並みより少し上でしかない。その人並みを超えた部分もユーの鍛錬と日課の素振り、これまでの実戦経験を通して得たものだ。
魔術が無ければ“アクチュアリティトレイター”のような重い武器を扱う事など不可能だろう。
「おっ、ユーフェミアじゃん」
「ん?」
「……!」
そんな会話を交わしていると、背後から無遠慮な声が聞こえてきた。
「ローレン、さん……」
振り返った場所にいたのは圭介達と同年代のエルフの少女。
黄緑色のショートボブと半袖の白いチュニックが涼しげな彼女は、ニヤニヤと笑いながら歩み寄ってくる。その表情と先ほどの声からはあまり友好的な気配がしない。
まず彼女は、圭介とアズマをちらりと見てからわざとらしく無視した。
「久しぶり! こっち戻ってくるって話は聞いてたけど遅かったなー。途中で何かあったん?」
「えーと、車で来たんだけど途中で色々あって……それでちょっと遠回りしてきたんだ」
「あちゃーそかそか、そりゃ仕方ねーわ。あんたんトコのお母さん運転下手だし余計にでしょ。んで前来たうるさいのはいないみたいだけど一人じゃあないみたいだね。そちらはアレか、最近有名なトーゴー・ケースケさんか」
「ど、どもっす」
不敵な笑みのまま品定めするように視線を巡らせる少女に気後れしつつ、圭介はとりあえずの挨拶をする。それに対して返事をするでもなく、彼女はプッと噴き出した。
「アッハハハハハハ、何その陰キャみてえな挨拶ウケるんだけど! 噂通り頭に変なののっけてるしさあ!」
『殺しましょう』
「落ち着け! 僕は陽キャだけどお前は間違いなく変なのだ!」
『殺します』
「頭掴む力を強めるんじゃねえ!」
圭介とアズマが喧嘩する様を見て落ち着いたのか、ここでようやく少女がくつくつと笑いながら自己紹介を始めた。
「ごめんごめん自己紹介すんの忘れてたわ。私はローレン・クラム、威厳とか無いからそう見えないかもだけど長老の一人娘だよん。よろしくねケースケ君っ!」
「はい、よろしく……」
威厳はともかく自信に満ちた自己紹介にとりあえず会釈で返す。親しげなようでいて警戒心と分析を含んだ視線が、じっと見つめてきた。
元々エルフの森でユーと交流があったエルフなのだろうか。旧知の仲、と表現するには言葉の端々に無神経とも言える棘がちらつく。
友好的な態度だからと油断できない立場の圭介は、この露骨なまでの悪意と害意を前にして逆に冷静になってしまった。
「あ、あのローレン、さん。今ケースケ君にエルフの森を案内してるところでね、その……」
「あーはいはい聞こえてたから大丈夫。ここの道場が気になるんっしょ?」
「えーと、まあ、簡単な話は聞いたんですけども」
視線を向けられて気まずそうにユーが目を逸らす。何が後ろめたい事情があるらしい。
その事情についてはローレンの口が語り出した。
「そうそう、昔はユーフェミアも通ってたんだけどさあ。試合で私に大怪我負わせて破門になっちゃったんだよね。ね、ユーフェミア?」
「………………」
「え、大怪我……?」
「そう! そうなんだよ、この子ホンット容赦なくてさぁ」
大怪我、という言葉を繰り返した圭介にローレンが過敏に反応する。恐らく圭介の中にあるユーへの印象を極端に狂暴なものに上書きして失望を招こうとしているのかもしれない。
しかし悲しきかな、ダアトで彼女に散々しごかれた圭介はユーの過去を意外に思ったのではなかった。過去に大怪我を負わされながらもこうして目の前で堂々とユーを貶めようとする、ローレンの度胸とど根性に憐れみつつ引いただけである。
そうとも知らず彼女は話を続けていく。
「いやあもう聞いてよー。この子ったら中学時代に段位取得の試合で私と当たったんだけど、もう喉を狙うわ目を狙うわ蹴りまで織り交ぜるわでルールも何もあったもんじゃなかったんだから。まるで殺人鬼みたいだったよあの時のユーフェミア」
ダアトで散々しごかれた経験がある圭介としては「やりそうだ」としか思わない。
「それでウチのお父さんも怒っちゃってさあ。その場で破門を言い渡して追い出して、そしたらその年の年末にこいつってば王都に行っちゃったもんだからびっくりしたよ! ちょっと怒られたくらいで根性なさ過ぎだよねぇ」
道場を追い出されてやる事がなくなったのだろう、と圭介は予測した。
「それであんた今何してんの? まだ学生? 良いなあ、私はもう森の自警団で働いてるよ! 夏場だからって長いお休みもらえるなんて羨ましいねぇ! ねえねえ、どうせ何日かこっちいんでしょ? なら明日もオフだしさ、私とお茶でもしよっか! 時間ならたっぷりあるでしょそっちは社会人じゃないんだから、ねえ!」
「えっと、そのぅ……一応まだケースケ君に道案内してる途中で、あの……」
「え!? 何ィ!? 聞こえないんだけどォ!? はきはき喋って欲しいなァ!!」
「めっちゃ元気に責めまくってんなこの人」
『飲食の量を多く要するエルフがここまで活発でいるためには食事のみならず運動とストレス発散がかかせません。健康的な生活を送られているのでしょう』
言われっぱなしで苦笑いを浮かべ続けるユーとそれを眺めるだけの圭介を見てすっきりしたのか、ローレンは鼻息をふんすと吹いて二人との間に距離を取った。
「ま、いいや。一度は追い出された奴が近くうろついてると事情知ってる他の子達が不機嫌になっからさぁ。もうこの辺までは来ないでもらえる?」
「ケースケ君の案内が終わったら帰るから、それまでは勘弁してもらいたいなあって……」
申し訳なさそうに懇願するユーを見て満足したらしいローレンは「あっそ」とだけ言い残して背を向ける。
「まあそのくらいは許すよ。私も今日はせっかくのオフなのに自警団の方で急な集まりがあってね、あんまあんたとお喋りしてる時間もないの。ってわけでじゃあね、そろそろ行くわ」
二人の返答を聞く事もしないまま、ローレンは何処かへ歩いていった。
一連の流れを見ていた圭介はユーに気遣わしげに質問を飛ばす。
「随分と恨み買ってんね。あの煽り方はちょっと普通じゃないよ」
「……昔は仲良かったんだけどね」
圭介の目には今も微妙に険悪になり切れていないように見えたが、そこは一旦流した。
「学校が小さいからこの辺の子供っていつも一緒みたいなものでさ。特にローレンちゃ……さん、と私は何かと一緒だったの。休みの日にもよく遊んでたし、自警団になるって夢も同じだった」
ここまでの話を聞いている限りだと、エルフの森には騎士団がおらず代わりに自警団が存在しているらしい。
しかし少し離れた位置には砦という名のパーキングエリアも見える。複雑な事情があるのかもしれない。
「当たり前みたいに同じ道場に入ったよ。そこまでは本当に一緒だったんだけど、途中で私が厄介な人に捕まったのが良くなかった」
「厄介な人?」
「名前は忘れたけど、アポミナリア一刀流の免許皆伝を持つその筋では有名な人が一時期ここに滞在しててね。山の中で迷子になってた私が熊に襲われた時に助けてくれたんだ。けどどうにもその、熊から逃げる私の動きに才能を見い出したとか言い始めて、私を弟子にしたいって」
ふぅ、とユーが溜息を吐く。当時を懐かしんでいるのか、その目は遠くを見つめていた。
「私も純粋に剣を振るのが好きで強くなりたいとも常々思ってたから、変なとこで気が合っちゃったのが運の尽きだった。気付いた時には目潰し、金的、不意打ちに至るまで短い間に色々と叩き込まれたよ」
「そいつが元凶か! そんで免許皆伝がそういう教育しちゃ駄目だろ!」
何となく話の着地点が見えた圭介は思わず叫んでしまう。
「それで長老主催の段位取得試験で私とローレンさんがぶつかってね。あっちも鍛えてたとはいえ師事した人が違ったからか、私がずっと有利だった。勝つはずの試合だったんだよ、本当なら」
『つまり勝てなかったと?』
「うん。といっても事実上勝ってたし、向こうもそれはわかってたと思う」
ユーの勝利。それを認め合う二人。
そして、勝ったはずのユーが破門になったという過去。
意味するところは。
「審判の人が言ったんだ。踏み込みが足りない、剣が浅い、だから無効だって」
つまるところ八百長である。
ローレンは長老の一人娘であり、その長老が主催者を務める試合となればそういう事もあるのかもしれない。
よほど長老とやらは娘が可愛くて仕方がなかったのだろう。例えそれが彼女達二人の友情と誇りに唾を吐きつけるような行為だとしても、甘やかす方を優先してしまうくらいに。
「それで出来レースでローレンさんの勝ち、ってなればまだ破門まではいかなかったんだけど」
「意地になっちゃったんか」
恐らく勝つまで続けようとしたのだろうと圭介は読んだ。
しかしまだ読みが甘いのだと次の瞬間思い知る。
「いや、そんなんじゃなかったよ」
「へ?」
『というと?』
「大事な試合で中途半端にルールを捻じ曲げられたのが許せなくてね。手段を選ばないというのがどういう事かを教えようと思った」
「雲行きが怪しくなってきたぞ」
「だから死なない程度にローレンさんをズタズタにしたんだ。彼女に嫌われるのも、彼女のお父さんに嫌われるのも承知の上で」
「ボコボコよりひでぇ擬態語出てきたな」
『定期的なカウンセリングを推奨します』
確かローレンはついさっき、こう言っていた。
『もう喉を狙うわ目を狙うわ蹴りまで織り交ぜるわでルールも何もあったもんじゃなかった』
実戦での効果的な戦い方を重んじるユーの事だ。さぞかし容赦ない猛攻だったのだろう。
「それで気付いた時には彼女は診療所に送られてて、私は道場を追い出されちゃってた。調整はしたから後遺症こそ残らなかったものの、試合は無効試合扱いになってローレンさんも段位取得が遅れたみたいでね。彼女が退院してからは気まずくて話もできなくて、気付いたらあんな風に関係がこじれちゃってたよ」
「何とまあ……いや確かにそりゃユーが悪いわな」
「うん、私が悪い」
正直な意見に彼女の表情が少しだけ綻ぶ。
「でもローレンさんはお母さんにまで問題が飛び火しないようにしてくれてたみたい。そうじゃなければ長老のいやがらせが家にまで届いてただろうし、そこは本当に感謝してるんだよ」
それが彼女の最後に残った良心だったのか、はたまたこれ以上二人の関係に手を出さないよう長老に怒りをぶつけた結果か。どちらにせよ本当に性格が悪い相手というわけではなさそうだ。
「長老からの印象もあるだろうと思って、私は自警団に入るって夢を捨てた。それで代わりになるかと思ってアーヴィング国立騎士団学校に入ったんだ。結果的にはそれで良かったと思ってるよ、色々と経験も積めたし、その中で色々弱点も補えたし」
「ユー……」
思えば彼女が我流で既存の術式を改造するのは、以前教え込まれた剣術を自分自身で大きく上書きしたいという想いからなのかもしれない。
自警団に入る夢を追いかけていた過去を振り切るための、一種の禊として剣を磨く。既に怒りに任せて友人を痛めつけた当時の彼女はいないのだろう。
それがどれほど孤独な行為なのか、圭介にはわからない。
ただ他人事ながらどうにもやるせなかった。
悲しそうな顔なんてしないでもらいたかった。
「…………まあ、向こうは憧れの自警団に入れたみたいだし、私もこれから騎士団目指して頑張るだけだよ。そろそろ夕方近いし帰ろっか」
「う、うん」
無理に感情を抑え込んでいないか。
気になっても訊けない事はある。
結局その後はいつも通りに見える態度のユーと、いつも通りに見えるやり取りをしながら彼女の自宅に向かった。
白濁の雲の切れ間から焼ける朱の空が顔を覗かせる中、エルフの森に吹く風は木々の匂いと共に懐かしさと寂しさを運ぶ。
その中に、聞き覚えのある声が交じった。
「おーい、ケースケ、ユーちゃん!」
浄水場付近から忙しなく駆け寄ってきたのは、一時間ほど前に「探検に出かける」とほざきながら拾った鍋の蓋と棒切れを持って山の中に入っていったエリカだった。見てくれは出来損ないの勇者である。
「ああ、エリカちゃん。もう遊び終わったの?」
『特に大きな怪我などはしていないようですね』
「エルフの皆さんに迷惑とかかけてないだろうな」
「全員でガキ扱いしないでくれや。いや、それよりも大変なんだって!」
何があったのかと二人と一羽が話を聞く体勢に入る。彼女の口から出る情報であれば肩透かしの可能性もあり得た。
「あっちの空から、サンダーバードが急降下してきてるってんで緊急招集クエストが発注されてんだよ! 自警団や地元の騎士団も集まってんだ、多分あの時見かけた奴だぜきっと!」
自警団、という言葉が出た辺りでユーの肩がぴくりと動く。それを見て圭介は行くべきか行かざるべきかを考えた。
考えている間に、エリカに袖を引かれる。
「ミアちゃんは料理の準備あるからパスっつって来ねえんだ。二人とも来てくれよ、パーティで依頼受けた方が効率良いぜ」
「えーとでもその、ねえ……」
「行こう、ユー」
「へっ?」
圭介の提案にユーが目を見開く。その目には驚きと不安、少なからず疑問も含まれていた。
圭介としても先ほどのやり取りを見ていたのだから、自警団とユーを接触させるのが望ましくない事だというのは理解している。
「【解放“アクチュアリティトレイター”】」
ただ、嘗てユーが追いかけた夢がどの程度のものか興味はあった。
「確かにユーはやらかした。けど八百長試合に乗っかって維持される友情なんかより痛み分けを選んだのは凄い事だと思う。少なくとも僕にとってそれは、馬鹿にされるような事でも逆恨みされるような事でもない」
グリモアーツの【解放】を見届けたエリカが触発されて、自身も“レッドラム&ブルービアード”を【解放】する。「やる気あんじゃねえか」という称賛と共に、魔術円もいくつか展開された。
「それと学生だから時間はある、暇な立場だって言われてたの聞いてたよ。確かに休日出勤も残業もないんだから、自警団に属してるような奴には気楽にやってると思われるのも仕方ないかもしれない。でもね」
ふわり、と“アクチュアリティトレイター”を宙に浮かせてクロネッカーの柄に触れる。いつでも戦えるようにと。
「“学生だから”って理由で笑われたんなら、僕もエリカもここにいないミアも全員ユーと同じ被害者だ。長老の一人娘で剣術で段位取得してて自警団とやらで働いてるんだからそりゃ偉いのかもしれないけれど、こっちにも怒る権利はある」
自然と浮かべた笑みには優しさではなく、悔しさが滲んだ。
「だからここいらで大活躍して、盛大に笑い返してやろうぜ。皆で追いかけてる夢を馬鹿にした、君が追うのを止めた夢をさ」
その言葉にどのような意味を感じ取ったのか、圭介は知らない。彼は言葉に負けん気以外何も込めていないのだから。
ただ、ユーは圭介の目をしばらく見つめて、
「……うん」
頷いた。
それで充分だった。




