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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第七章 エルフの森帰郷編

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第四話 淡き景

 案の定、車は乱暴に着地した。


「ふべっ」

「あだぁっ!」

「いったっ!」

「だから慎重に下りてって言ってるのに!」

「ごめんなさいねえ、運転が下手で……」


 謝りながら笑顔でエンジンを切るメレディスに促されつつ、圭介達は車を降りる。


 着いた場所は事前に聞いていた通り確かに大きな家だった。

 庭は雑草の手入れを思うとうんざりしてしまうほどに広く、その奥には木造の二階建てが鎮座している。家屋の他には山小屋よりやや小さいくらいの物置らしきものもあって、都会では考えられないような敷地面積の余裕を見せていた。

 自然に囲まれる中で優しく吹く風は王都メティスのそれと比べて涼やかだ。運ばれてくる緑の匂いに爽やかな癒しを覚え、地面が土で周囲に高層建造物が無いだけでも体感温度は大きく変わる。こういったところは過ごしやすい環境なのだろうな、と圭介は得心した。


「うっし、じゃあ荷物持っていこうか。運ぶよ」


 尻の痛みは一旦忘れる事にしてまずは人心地つきたい。そう思って圭介はトランクを【テレキネシス】で開け、中の荷物をまとめて念動力で持ち上げた。


「おう、助かるわ。女子の荷物だからって下着とか抜くんじゃねえぞテメェ」

「ははは、人様を勝手に変態に仕立て上げてんじゃねえよぶん殴るぞオメェ」

「あらまあ随分と仲良しなのね。二人は付き合ってたりするのかしら」

「いやー、ねえっすわ。勘弁してくださいよユーちゃんママ」

「生憎と僕のストライクゾーンに入ってないんですよコイツ」

「同い年だろ! 前にユーちゃんとは付き合いたいみたいな事言ってただろゴラァ!」


 どこをどう見てもただ険悪なだけの二人に見えるはずだが、奇妙な勘違いが発生したものである。


「あーもー二人とも喧嘩してないで行こうよ。ユーちゃん、先に上の部屋行こうか。せっかくケースケ君が手伝ってくれてるし」

「そうだねえ。あ、いけない」


 ここでユーが思い出したようにメレディスの方を向いた。


「お母さん、今から準備始めるのかもしれないけど夕飯はちゃんと量考えておいてね。エルフ基準だと他の種族の人達には多過ぎるから」

「はいはい、わかってますよ」

「わかってくれてるのかなあこの顔……ハンドル握ってる最中と変わらないこの顔……。じゃあケースケ君、まず荷物置くついでに上の部屋の案内するから一緒に来て。エリカちゃんは先に一階の居間で休んでていいよ」


 言われた通りに荷物を運ぼうと歩き出す。

 途端、背中に少し重みが増した。


「おいおいずっけぇぞあたしをのけものにすんなや。ケースケ、ちょっと荷物分けろ。運ぶの手伝ってやっからよ」

「それは嬉しいんだけどなんで浮いてる方を無視して僕が背負ってる方に掴みかかってんだ。後ろに引っ張られて地味に歩きづらいんだよ、せめてそこは自分の荷物を持たんかい」

「へいへい」


 圭介がエリカの荷物を彼女に押し付けると、案外素直に受け止めて歩き出す。

 引き戸を開けて玄関に入ると、ミアが声をかけてきた。


「あ、ケースケ君ちょっと待った」

「何?」

「ユーちゃんの家って玄関から先は靴脱ぐんだってさ。だからまず脱いでそっちの靴箱に入れておいて」

「お、おう」


 考えてみれば、これまで見てきたあらゆる宿泊施設は土足で室内を歩いていたのを思い出す。

 玄関に靴を脱ぐためのスペースが見当たらないせいで失念していたが、見た目のみならず文化的にもこの家は日本の風習に倣った構造をしているらしい。


(玄関で靴を脱ぐってこんな感じだったんだよな)


 いつの間にか遠くなりつつある日本での生活に思いを馳せながら、ユーの案内に従って一同は二階へと続く階段を登り始める。

 上がった先には広い空間があった。今や地球でも珍しいブラウン管のテレビや大きめのソファが置いてあるところを見るに、ユー個人の部屋という風には見えない。訪れた客が寝泊まりするための場所だろうか。


「荷物はまとめてこっちに置いといてくれればいいから」

「ん、了解」

「それで置いたらお母さんと一緒に下に集まろうか。お父さんのところにも行かないと」

「え”っ、お父さん?」


 何となくいないものと認識していたせいで、虚を突かれた気分になった。


「うん。ちゃんと挨拶しないとね」

「え、えー……マジか…………」


 圭介はユーにセクハラを働いてからかった経験こそ幾度かあれど、彼女と付き合っているわけでもなければ好意を寄せあっているわけですらない。

 それでも何故か女友達の父親に挨拶するという行為に一抹の忌避感があった。母親に似て美人に育った娘とあれば、連れ込んだ相手が男というだけで余計な心配をかけてしまう可能性が高い。


 まさか心優しく友達に恵まれ巨乳で腕っ節も強い美少女の娘が頭に金属製の猛禽類を載せている男に靡くとは思わないだろうが、それでも変な絡まれ方をするのは嫌だった。


 と、足を止めてしまった圭介にミアが呆れたような顔で声をかける。


「ケースケ君が不安がってるような事には絶対ならないから大丈夫だよ。ほら、おいで」

「いやこえーってばよ、考えてもみろ自宅にこんな鳥の魔道具被ってるようなのがいたら誰だって警戒するでしょ。『一度頭のそれどけろ』って絶対言われるからな」

『その程度の恫喝でここを退くつもりはありませんが』

「ほれみろコイツ自分の事しか考えてない、あっ、すみません行きます行きます」


 獣人の腕力で強めに体を引っ張られながら、圭介は階段を降りていった。


   *     *     *     *     *     *  


 ユーの父親の顔を見たその瞬間、圭介はミアの言い分が正しかったのだと確信した。


「こんなところまで日本っぽいんだなぁ……」


 樫の木を組んで作られた台座には水の入った陶器と小さな花瓶がある。

 その更に手前側にあるスペースは食事時に料理を置くための空間だろう。

 蓋を閉ざしたまま置かれた懐中時計にはいかなる意味が込められているのか。


 こちらに微笑みかける二十代後半ほどのエルフの男性。

 の、写真。


 黒いリボンこそ無いものの、立てかけられたそれは確かに遺影だった。


「ケースケの故郷でもこういう風習ってあったんか?」

「ああまあ、家によるけどね。しかしそうか、ユーのお父さんって……」


 あまり家の事情など踏み込んだ話はしてこなかったからか、彼女の父親が故人であると知らずにいた。会うのを拒否しようとしていたのがみっともない事のように思えてきて、圭介は気まずそうに後ろ頭を掻く。

 そこに食材の運び出しを終えたメレディスも入ってきて、一同揃って遺影の前に並ぶ形となった。


 顔ぶれを確認したユーが懐中時計の蓋を開けて(りゅう)()を回す。時計は最初から動いていないようで、五時十九分を指していた針が現在の時刻にまで調整された。

 時刻の調整を済ませると、懐中時計を置いて口を開く。


「ただいま、お父さん。今年も友達連れて帰ってきたよ」

「今年も邪魔しまーっす」

「お世話になりまーす。……ほら、ケースケ君も」

「お、お邪魔します。頭のこれは気にしないでください」


 軽く会釈しながらも、圭介の内心は大きな驚きと戸惑いに満ちていた。宗教が廃絶されたというこの異世界にありながら遺影に向けて語りかけるという行いが、極めて信心深いもののように思えたのだ。

 懐中時計にいかなる重要性があるのかはまだわからないが、何かしら儀礼的意味合いを含んでいるのだろうと察する事はできる。そう考えている間にもユーが時計の蓋を閉めていた。


「ありがとう。いきなりで驚かせちゃったかな?」

「いや、大丈夫だよ。……訊いてもいい話なのかわからないけどさ、ユーのお父さんって」

「まあ見ての通りかなあ」


 苦笑いと呼ぶには憂いのない笑顔だった。


「私がまだ八歳になったばかりの頃に病気でね。元々体も弱かったしエルフの基準では魔力の総量もそこまで多くなかったから、抵抗力も低かったみたい」


 この世界に存在する魔力は血液にも似た性質を持つ。肉体の活動が継続困難となれば魔力の使用も上手くいかず、逆に魔力が切れれば肉体にも過度の負担がかかり倒れてしまうのだ。

 そんな魔力の総量が不足しているという事は、肉体の抵抗力にも少なからず影響するのだろう。少なくともそれが原因でユーの父親は病に侵されて死んだのだから。


「いやあしかし、こういう風習もあるんだな……宗教が駄目になったって聞いてたからちょっと意外だった」

「まあこれはエルフ特有の文化でもあるんですけどね」


 メレディスが台座に近づいて遺影の縁をなぞる。


「私達はある程度まで年齢が進むと性格が変わります。それでも変わる前に大切にしていたものだけは次の自分に粗末に扱わせまいと、こうして痕跡を残すんです」

「……性格が変わる、か。どうして性格が変わってしまうんですか?」


 エルフはある程度成長すると人が変わる。

 そんな種族的特徴をレイチェルから聞いた時にはあまり深く考えていなかった。しかしこうして形に残してまで次の自分に何かを引き継ごうとしているのなら、大前提となっているのは結果的に個人の喪失だ。

 何故、エルフにそのような特徴が備わっているのか。


 そんな疑問をメレディスに投げかけてみると、大学教授という職業柄か少し楽しげな表情で説明を始めた。


「エルフが長命である理由。それにはヒューマンや魔族などの常命種族が一〇〇年ほどを寿命の限界としている理由に関係してきます」


 言って彼女は自身の首に手を添える。


「私達の神経中枢である脳は持ち主がどこまで生物としての発展を遂げようと、頸椎が支えられる重量に留まります。これは骨格の話となるので筋肉量の多いドラゴノイドや客人などにとっても共通する点です。即ち首周りの骨格が他の種族と異なるドワーフやドラゴンは支えきれる脳の重さに余裕があり、結果的に長命となるわけですね」


 これまで圭介が見てきたドワーフ達は、皆男女問わず頭が大きい者ばかりだったのを思い出す。

 体型が大きく異なるせいでそこまで注視してこなかったが、まさか単純に脳の大きさの違いがそのまま寿命に影響していたとは盲点だった。


 それと地味にドラゴンが種族として扱われているのが判明して軽く衝撃を受けたが、メレディスの説明は続く。


「では我々エルフはどうかというと、首の骨の構造において他種族と差がありません。故に脳の容量も常命種族と変わらないわけですね」


 確かにここまでの説明を聞く分にはドワーフとドラゴンの寿命に関してしかわからない。

 人間とあまり変わらない首の太さを持つ彼女らが、何故こうも長命なのかの説明がまだだった。


「ご存知かもしれませんが、脳細胞は再生能力が著しく低い細胞です。損傷してしまえばまず間違いなく元には戻らないと思っていただいても結構でしょう」


 それは圭介も知っている。

 脳の発達は一定の段階まで成熟するとそれ以降は委縮する一方で、そのまま死ぬまで縮み続ける。二十代の頃と五十代の頃で同じ人物の脳のレントゲン写真を見比べると、明らかに大きさが違うのだと昔見たテレビ番組から教わった。


 しかし、そんな話を持ってくるという事は。


「でもエルフの脳は異なります。海馬に内側前頭葉、前脳基底部、それに一部の大脳皮質にも代謝が発生する関係で、脳そのものの長期的な維持が可能となるのです」


 まだ高校一年生の圭介にはよくわからない単語がいくつか出てきたものの、恐らく彼女の講義を普段受けている大学生達は理解できる内容なのだろう。とりあえず知っている体で聞く姿勢を保った。


「そういった脳の働きがある関係でエピソード記憶、いわゆる思い出と呼ばれる記憶がある時期を境に減少し始めます。対して長期記憶、知識と呼ばれる記憶は残留するので長く生きているエルフほど豊富な知識を有するという論は間違いではありません」

「思い出が減少するって、それじゃあ」


 流れるように提示される情報の中に不穏な気配を感じ、思わず反応してしまう。

 その挙動から察したのかメレディスは深く頷くと、自身の側頭部に指を押し当てながら言った。


「はい。一部の脳細胞が新陳代謝を生じさせる事によって知識だけが残り、これまでの出会いや感動を消去した()(さら)の状態で次の段階に進む。――これがエルフという種族の長命性質、及び性格が変わる理由です」


 本来治らない傷が治っているのだとすれば、なるほど理屈だけなら簡単な話だ。

 エルフは肉体こそ二〇〇年の時を生き延びるが、パーソナリティという一点に限って見れば()()()()()()()()()。死別した家族の写真を見える場所に置いておくのは次の自分へのメッセージなのだろう。

 そう思うとこの情報量が少ない辺境の地に住んでいる事さえ、脳細胞への刺激を最小限に抑えるという彼らなりの生存戦略に思えてくるのだから不思議な話だ。


「とはいえ、最近の研究を見るに脳だけが記憶に関連しているとも言い切れません。筋肉や皮膚、臓器だってこれまでの記憶を保管している可能性はあるとされています。私は神経心理学に関しては専門としている方ほど詳しくないので、あまり知った風な話もできませんが」

「マジか……。人が変わるってそんなにヤバい現象だったんだ……」

『勉強になります』

「私もそこまでは知らなかった……。エリカ知ってた?」

「一応な。つっても脳味噌の細かい部分だとかまでは知らんかったけど」


 それでも簡単な知識は持っている辺り、流石は学年二位の成績保持者と言うべきか。


 今の話を聞いてもメレディスやユーにはあまり悲壮感がない。エリカとミアも新しく知識を得たとだけ認識しているようだ。

 圭介としては二〇〇年間ずっとユーがユーのままでいると思い込んでいたので、少しショックだった。セシリアやレイチェルが明確にこの辺りの事情を話さなかったのは、パーティメンバーにエルフがいたから気を遣ったのかもしれない。


「なので皆さん。うちの娘が色々とお世話をかけるかもしれませんが、どうか良い思い出をたくさん作ってあげてくださいね」

「ちょっと恥ずかしいからそういうのやめてよ!」


 微笑ましいやり取りを見つめながら圭介は考える。

 彼女らは肉体はそのままに、中身だけが死んで別の誰かに引き継ぐ種族だ。


 となれば。


(こういうのって中身が別の人になってからも残しておきたいものなのかな)


 あるのかないのか曖昧な自身の恋愛経験を顧みつつ、遺影の笑顔を見つめる。


 ユーの父親はその眼差しに応じない。

 もう体ごと死んでしまっているから。


「じゃあ今から冷たい飲み物を用意しますから、しばらく居間でお待ちください。ユーフェミア、手伝って」

「はいはい。皆、適当に座って待っててね」


 姉妹にも見える母と娘が並んで台所に向かうのを見送って、圭介達はリビングに向かった。

 場合によってはあの二人が揃って別人になる日も来るのだと、何となく思いながら。

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