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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
番外編 或る夏の日

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夕涼み

「ケースケお兄ちゃん、まだここでアルバイト続けるの?」


 夕方十六時過ぎ。

 昼から始めた[ハチドリの宝物]での仕事を終えて賄いのサンドイッチを貪る圭介に、店長の娘のジェシカが何の気なしに声をかけた。


「……え、急に何? もしかして僕辞めろって言われてる? 何か嫌われるようなことしたっけか」

「ううん、何もしてないしできればお仕事も続けて欲しいよ。すっかり有名人になったお兄ちゃんがいるおかげで、ウチも毎日繁盛してるし」


 遠方訪問から戻ってすぐに都知事を呼んだのも大きかったらしい。元々の賑わいが二倍に膨れ上がり、仕事の忙しさは十倍に膨れ上がった。

 その繁忙ぶりたるや、以前貸した金の返済を渋っていた先輩アルバイトが圭介に「金は返すからどうにかしてくれ」と頼み込むほどである。もちろん勝手な思惑で有名人にさせられた圭介からしてみれば知った事じゃないし、差し出された金はその場で毟り取った。


「たださ、そんな有名人ならあちこちから引っ張りだこでしょ。どうして居酒屋でバイトなんかしてるのかなって気になっただけ」

「居酒屋じゃなくて酒場な。……いやだって、引っ張ろうとしてる面子が全員おっかねえ人ばっかなんだもんよ」


 圭介の脳裏に浮かぶのはフィオナの微笑みとカレンの眼光。

 悪人ではないのかもしれないが、何を考えているものやら想像もできないという怖さがある。


「それにやたらと持てはやされてるけど、念動力魔術なんてもんは一度に大量のジョッキ運んだりお客さんが落としそうになった揚げ物を支えたりするくらいの使い道で丁度いいんだよ。分相応ってのがあんの、ヤバい人らに絡まれるより酒場で働いてるくらいが性に合うの」


 ふわりと食べかけのサンドイッチを浮かせ、ぱくりと口に放り込む。

 現段階で圭介は意図せず第四魔術位階を三種類も会得しているが、望んで得た力かというとそうでもない。死ぬかどうかの瀬戸際で抗うことに慣れてきても、瀬戸際そのものを避けたがる性分は変わらなかった。


「欲が無いんだね」

「いやあるよ。元の世界に帰りたいし、あっちで早く量産型ラノベ書いて印税生活送りたい」

「普通に働いた方が簡単だと思うけどなあ」


 妄言を吐き出しながら賄いをたいらげると、圭介は持参の鞄を持って立ち上がる。同時に「アズマ!」と声をかけると、ロッカーが置かれているスペースからアズマが飛んできて頭頂部に止まった。


「じゃ、僕はこれで。お疲れ様」

「お疲れ様ー。明日は夕方からだからね」

「うーい」

『お疲れ様でした』

「うん、アズマもまた明日ー」


 モンスターや魔術を使う犯罪が存在する世界に生きてきたことを加味しても、ジェシカは同年代の子供と比べてしっかりしていた。スケジュールを把握されているアルバイトは圭介一人だけではないだろう。

 将来は確実に旦那を尻に敷くタイプの嫁になるな、と薄く微笑みながら店を出る。


 ビーレフェルトの夏は日本のそれと比べてあまり湿度が高くなく、過ごしやすい。それでも暑いものは暑かったが。


「さて、明日は午前中どうしようか。宿題もかなり早めに済ませてあるからなあ」

『図書館での調べ物はしないのですか?』

「あんま定期的に通うとまた変に人が集まるから、なるべく不定期に行くことにしてるんだよ。図書館には昨日行ったからまた少し間を置かないと」


 これは図書館に限らず、買い物や外食の際にも気を遣う部分であった。今の圭介が迂闊に一ヶ所の店舗や施設に通い詰めるのは望ましいことではない。

 ただ有名人だからと追いかけられるだけならまだしも、その中にダグラスのような場所を選ばず殺しにかかる排斥派がいれば厄介なことになる。セシリアとレオも常に一緒にいるわけではないのだから。


「今日は一駅向こうにあるデパートで夕飯買おうか。そろそろ冷蔵庫の中身も心許ないし」

『わかりました』


 移動先をその日その日で変えなければならないのは想像以上に窮屈だった。しかしそれでも身の安全を確保するためには致し方ない。何より自分の都合で他人に理不尽な被害が生じるのも不本意である。


(それに、また戦って無事で済むとも限らない)


 ダグラス・ホーキーという男には未だに謎が多い。


 所属組織は不明。しかし組織の後ろ盾がなければ実現し得ない形で捜査を撹乱し、大陸を縦横無尽に駆け回って客人を殺害している。

 殺害対象の傾向もまちまちだ。被害者の中には結婚詐欺師や違法薬物の売人といった闇社会の住人もいれば、素行に問題の見られなかった騎士や夜間学校の教師などもいた。最近ではプラネタリウムの館長が殺されたらしい。

 わざわざ自分の犯行を見せつけるようにして監視カメラが設置されているルートを通るなどしていることから、いわゆる劇場型の犯罪者なのではないかという話も出ているほどだ。


 犯行の内容も不気味なまでに意図が見えないが、それ以上に不気味なのは以前ルンディアで見せた青白い光。


 ダグラスには回復魔術の適性があるわけではなさそうだった。にも拘らず本来ならあり得ない速度、あり得ない効率での回復を実現して見せたのだ。


 ララやゴードンといった前例もあってか、騎士団では「あれも死んだ誰かのグリモアーツによる効果ではないか」と言われているらしい。

 そうしてセシリアから情報を開示される度に王城騎士への道が明確に見え始めているようで、圭介としては穏やかでなかった。


(単純な攻撃が通らない上にせっかくダメージ与えても回復するとなるとうーん)


 考え込む中で圭介は自分自身に一つ嘘を吐いた。難しい相手だと悩んでいるように見えて答えは自分の中にあるのだ。自己欺瞞以外の何物でもない。


 一撃で殺す。

 それが現状思いつく唯一の勝利だと知りながら選択肢から外していた。

 手を汚す覚悟など、決めたくはなかったから。


「……ん?」


 マゲラン通りを出てしばらく歩いていると、嗅ぎ慣れない匂いが鼻腔をくすぐる。

 蜜のような、焼き菓子のような。


 以前エリカ達と寄った喫茶店はここから遠い。それに周辺にはそれらしき屋台も見当たらず、新しく開いた店などもなかった。

 どこかの家から漂っているものだろうか、と首を傾げた次の瞬間。


「っ、あ」


 一瞬だけ。

 ほんの瞬き一つの合間にだけ、今となっては懐かしいとある人物の顔が見えた気がした。しかし見えたと思った次の瞬間には消えてしまって影も形も残っていない。


『どうされました?』


 頭上から聞こえるアズマの声は平坦である。人の姿が急に現れて消えるなどという不可思議な現象が、すぐ目の前で起きたというわけではなかったようだ。


「あ、ごめん……。疲れてるのかな、向こうの世界で見た顔があったような気がしたんだけど」

『ご友人か何かで』

「あー、いやぁー……何て言ったもんかな……」


 適当に言葉を濁らせながら歩を進める。アズマは最初からそこまで興味を示していなかったのか、詳しい話を引き出そうとしない。

 それでも圭介の胸の中では、心臓がばくばくと高鳴っていた。


(どうして、あいつの顔なんて急に思い出したんだろう)


 中学時代のブレザー。

 漆黒のセミロング。

 端正な顔立ちに、特徴的な泣きぼくろ。

 そして優しげにこちらを観察する、無遠慮な慈愛の瞳。


(やっぱ疲れてるのかもしれないな……。明日の午前中はゆっくり休もう)


 漠然とした予定とも言えないような予定を立てながら、圭介は頭上のアズマと夕飯の献立について語り合う。


 思い出そうとも思っていなかったその顔は、忘れたくても忘れられない。

 圭介と交際していた、あるいは今もしている相手。


 彼女がここに来ているなどとは、考えたくもなかった。


   *     *     *     *     *     *  


「圭介君は相変わらず良い子にしてて偉いなぁ」


 往々にして嫌な予感ほど当たるものである。

 しかし圭介がそれを知るのはもう少し後の話。


 今の段階で彼女との再会を果たすのは、あまりにも危険過ぎた。

 圭介にとっても、その周囲にいる人間にとっても。


 やがて物語は本筋へと回帰する。


 排斥派との熾烈な戦い。権力者からの仄暗い勧誘。

 そんな()()()()()がしばらく続くだろう。

 少なくとも圭介がダグラス相手に警戒している内は、まだ。


「ああ、でもまだ我慢しなきゃね。我慢、我慢……」


 妖艶にして美麗な笑みは夕闇に溶け込んで消える。

 また現れるとしたら、その時は。


 その時はきっと、恐らく。

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