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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
番外編 或る夏の日

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第二版を刷れ!

「来やがったの……」

「お?」


 特に予定もないある日の朝。

 何をするでもなくホームに赴いた圭介を出迎えたのは、人殺しのような目つきのコリンだった。


「ふんぬっ!!」


 何を、と問いかけようとした瞬間に彼女がぶら下げていたポーチが弧を描いて圭介の側頭部に命中する。

 その重みから察するに中に何か仕込んでいるのがわかった。


「あだっ。痛いわ何すんだ」

「ちっ、やっぱり打たれ強いの。中にこれでもかってくらい石ころ詰め込んでおいたのに」

「急にどうした。何でそんな殺意に満ちてんの」

『今の軌道、マスターが上半身を逸らさなければ昏倒していたところでしたね』


 ブンブンと石詰めポーチを振り回す様はモーニングスターを手にした剣闘士のそれに近かったが、背格好が小さめの女子高生なので迫力に欠ける。そして少なくとも圭介からしてみれば同級生の女子に石詰めポーチで殴られる理由に心当たりがない。


「あの、思い当たる節が無いんだけど僕何かしたか? なんだよこのこれから喧嘩始めるカップルの彼氏側みたいなセリフ」

「……ケースケ君は遠方訪問で、有名になったの」

「ん? うん、すげー不本意だけどね」

「そして、有名になり過ぎたの。あまりにも、有名に、なり過ぎたの……」


 ベルト部分を握り締める右拳が、更にギュッと締め付けられた。その声には切羽詰まった何かが窺える。


 もしかすると何か自分が原因で彼女に多大な不利益を被らせてしまったのではないかという懸念が過ぎった。

 何せ有名になったことで手を出しづらくなったとはいえ、排斥派は今でも圭介の命を狙っている。間接的な攻撃手段として、まず周りの人間から攻められる可能性は否定できない。


 だから何が起こっているのか直接訊くことにした。


「あの、僕のことで何か――」

「以前、ケースケ君にインタビューしたことがあったの」

「え、ああうん。あったけど」


 コリンが言っているのは、異世界に来て一ヶ月もしたかどうかという時期に受けたインタビューのことだとわかった。確かエリカとエロ本を奪い合った話やその場で適当に思いついた怪談話をひけらかしたと、圭介自身も記憶している。

 そのインタビューとコリンの奇襲に何か関係があるのだろうかと考えを巡らせていると、先に彼女から答えが示された。


「今、その時に刷った当時の記事がインターネットオークションで取引されてるの。それも法外な値段で」

「は?」

「しかも一人、オークション絡みの金銭関係でトラブルを起こした馬鹿な生徒がいたの。そいつは厳罰に処されたけど、ウチの学校に学生として所属している客人が原因と知って教育委員会の排斥派なお偉いさんが校長にクレームを入れて事態が大きくなってきたの」

「ちょっと待て」


 これは巻き込まれただけではないか、という懸念が圭介の中で追加される。


「おまけに去年の年末にネットオークションで似たようなトラブルを起こして問題になった学生が逮捕されて世間で話題になってたもんだから、その辺ピリピリしてた一部の保護者もそのお偉いさんの派閥に加わって大変なことになってるの」

「それ僕関係な」

「そこで当時の記事の価値そのものを落とすためにも、学校側から第二版の大量印刷をするよう言い渡されたの。それもケースケ君に追加でインタビューを受けてもらって、そっちの価値を上げようって方向に落ち着いたの」

「いやそれ結局初版は初版でレアものとして取引されるんじゃ」

「そこでまだ初版を求める変態的コレクターはこの際少数派として無視するの」


 随分ざっくりとした判断である。


「何はともあれ事態の鎮静化というか、“鎮静化させるために手を打った”という実績が欲しいと校長先生から依頼を受けたの。そのためにもケースケ君には追加インタビューと印刷作業を手伝ってもらわなきゃいけなくなったの」

「色々言いたいことはあるけどこれだけ言うわ。じゃあ殺しにかかるんじゃねえよ!」


 思わずポーチを指差して怒鳴った。


「お前これで僕がぶっ倒れてたらどうするつもりだったんだ! その時こそ何もかも終わりじゃねえか!」

「こっちは文化祭に向けての展示品に加えて各部活動への取材も並行作業で進めてるの! 合宿に行ってる体育会系の部活動には最低で二人、最高で四人の人材を持ってかれててこの時期の新聞部は人手不足が普段以上に深刻なの! そんなタイミングでこんな仕事が舞い込んできたら一発くらいぶん殴っても許してくれたっていいの!」

「無茶苦茶言うなオイ!」


 事実はどうあれ、排斥派による間接的攻撃という予想は思わぬ形で当たっていたようだ。


 とにもかくにもコリンを宥めて部室棟に向かい、新聞部部室に入る。

 人手不足は真実だったようで中には誰もいない。前回は飲み物を用意してくれたコリンだったが、今回は期待しないことにした。


 周囲をキョロキョロと見回すアズマがコリンに声をかける。


『ところで追加のインタビューとはどのような内容になるのでしょうか?』

「インタビューって言っても、本質は前回のオマケだから簡単な雑談で埋めるの。話のテーマは重要じゃないからフリートークで大丈夫だと思うの。それと申し訳ないんだけど、前回の記事でしかケースケ君を知らない人が混乱するかもだからアズマちゃんにはお休みしてて欲しいの」

『了解しました』

「じゃあ早速済ませよう。印刷する時間もあるだろうし」

「掲示と告知と宣伝の時間もあるの。だからサクサクやるの」


 頷くコリンが懐からスマートフォンを取り出し、録音を開始した。


「さて、それじゃあ始めるの。よろしくお願いするの」

「はいはい。よろしく」


 あの時もこんな始まり方だったかな、と少し懐かしい気分になる。

 コリンは机に置いてあったメモ帳とボールペンを無造作に掴み取り、仕事の構えに入った。片付いていない空間だと思っていたが、迅速に動けるよう最適化された結果がこの散らかりようなのかもしれない。


「じゃあまず、今回急遽二版を出すことになった件についてコメントをお願いしたいの」

「僕は悪くない」

「まあさっきは錯乱ついでにぶん殴っちゃって申し訳なかったの。あ、ここカット、カットね。見られたら困る相手もいるし迂闊に謝罪もできないわ」

「おい普段の語尾どうした」

「で、まあ誰の責任とかそういう話じゃなしに。自分が人気者になったって部分についてどう思っているのか、その辺の話を聞きたいの」


 指摘をスルーされて怪訝そうな顔になりながら、圭介は少し考えてみた。


「さっきもちらっと言ったけどめっちゃ不本意だね」

「ほう、不本意」

「僕の顔と名前が広く知られるきっかけになったダアトでの戦いだって、本当は僕一人でどうにかなったわけじゃないんだよ。色んな人が戦ってくれて、その中でたまたまラッキーだった僕が貰い物の魔道具と教わった力でギリギリ勝てたってのが実情でさ」

「ふむふむ」


 興味深げにコリンが圭介の言葉をメモに残していく。慣れているのだろう、手の動きを見る限りかなりの速筆である。

 圭介は圭介でなるべく言葉を選んで話を進めた。本当ならテレビで顔と名前を報道されたことについて文句を言いたい気持ちもあったが、恐らくそれは記録には残るまい。排斥派である教育委員会の目もあるのなら尚更だ。


「あの戦いで一番活躍したのは僕じゃないから。師匠だから」

「師匠?」

「あのあれ、ダアトの最高責任者のカレンさん。あっちでは念動力魔術についてちょっと修行をつけてもらったんだ」

「ほーん。じゃあケースケ君が勝てたのはその貰い物の魔道具と師匠のおかげってわけなの」

「まあ、そうね」


 語っていく中でゴグマゴーグを殺した時の感触が蘇る。あの手の感触までもを否定するかのようで奇妙な罪悪感が沸き上がったが、誰に共感してもらえるものでもないだろうと憂いを鼻息と一緒に吐き出した。


「じゃあ遠方訪問で行った他の現場での思い出話とかも聞いてみたいの。言える範囲で何か印象深い出来事とかなかったの?」

「えーと、そうだな。最初に行った現場はルンディアってとこの地質調査隊だったんだけどね……」


 排斥派による襲撃や[プロージットタイム]の暗部など、あまり学校内で配布される新聞として相応しくない話は伏せつつ言葉を連ねる。コリンもそれは察しているのか特に掘り返すような真似はしない。

 

 大体話せる範囲を話し終えたところで、コリンが締めに入る。


「じゃあ最後に、読者の皆様に何かあれば一言残すの」

「そういうのもあるのか。まあいいや」


 少し考えてから、言葉を紡いだ。


「皆さんからの支持がありましたおかげで、今回このような場を設けていただけました。自分としてもこれまでの経験を振り返る良いきっかけになったと思います。大変有意義な時間をありがとうございました」

「何その無駄にパーフェクトな応答……」

「うるっさい時間ないんだろとっとと終わらすぞ」


 声色まで変えて真面目な言葉を残したからかコリンが若干引いていたりもしたものの、インタビューは無難に終わった。

 すぐさま録音を切ったコリンがノートパソコンを開き、音声を再生しながら記事として文字を打ち込んでいく。疾風迅雷の如きタイピング速度は思わず見惚れてしまうくらいだ。


「よし、後は印刷しちゃえば記事そのものは完成なの」

「いくら何でも早くない?」

「文章だけ打ち込めば完成品になるように、事前に形だけまとめておいたの。じゃ、印刷はこれでよし、と」


 コリンが何らかのメモ書きと見比べながら簡単な推敲を済ませて印刷ボタンを押すと、少し離れた位置のプリンターからガタガタと音がし始める。古い型なのか聴いていて不安になるような騒音だった。


「まあこれで一段落ってとこだね。それじゃコリン、疲れただろうし何か冷たい飲み物でも淹れようか?」

「何言ってるの? 記事のプリントアウトを悠長に待ってる暇なんて無いの」


 小休止を挟めると確信する圭介の前で、コリンは棚に入っていた紙束を取り出す。


「……あ?」

「さっき言ったはずなの。『掲示と告知と宣伝の時間もある』って」


 彼女が持っている書類には第二版発行の報せとその簡単な概要がまとめられていた。

 親指と人差し指を限界まで拡げた程度に分厚いそれが、画鋲の入ったプラスチックらしきケースと一緒にどさりと机へ叩きつけられる。


 深く考えるまでもなく、学内掲示板に貼るためのプリントだ。


「半分はケースケ君に渡すから、高等部と中等部学舎の掲示板全部に貼りつけてくるの。私は小等部と幼等部学舎を担当するの」

『なるほど。効率的な動きですね』

「新聞部っていつもこんなんなの……?」


 絶望的な表情を浮かべながら、圭介は紙束と画鋲を受け取った。


   *     *     *     *     *     *  


「じゃあネットでの告知と宣伝はこっちで済ませとくの。今日はお疲れ様なの」

「お、お疲れ……」


 あれから校舎中を駆け回った二人は全てのプリントを掲示した後、掲示用とは異なる宣伝用のプリントを手渡された。コリン曰く「ネットオークションへの転売を抑制するために必要」との事である。


 紙束を手に校長室へと赴き学外での宣伝許可をレイチェルに承諾させてから、二人はマゲラン通りへと飛び出した。一応地方自治体には既に許可を得ていたらしく、市役所にまでは行かなくても構わないとの話である。

 気遣いのつもりかもしれないが巻き込まれた圭介からしてみれば今更手間の度合いなど変わらない。加えてチラシ配りと同じようにプリントを配る時、自分の記事の宣伝をするという羞恥心で圭介の顔は終始真っ赤に染まっていた。


 その宣伝もプリントを配り終えれば終わりを迎える。ようやく終わりか、と思えば今度は教育委員会から街頭での宣伝活動に対する嫌がらせめいた苦情が入った。

 再三再四に及んで市役所と学校から許可を得た旨を伝えて納得させるも、今度は苦情を受けた圭介が客人であると知った排斥派の女性による理不尽な不平不満が一時間近く続く。流石にこれは圭介のメンタルを以てしても辛かった。


 圭介が解放された時刻は夕方の十六時半。季節柄まだ外は明るいが、夕焼けの兆しとして空の一部が黄金に染まりつつある。


「突発的に巻き込んじゃって悪かったの。流石に無報酬ってわけにはいかないから、後で正式に賃金を渡すの」

「うん、ありがとうね……」

『お疲れ様でした』

「うん、アズマちゃんもバイバイなの」


 軽い別れを済ませて新聞部部室から出る。廊下を歩いていく内に、部屋から響くタイピングの音も遠ざかっていった。


(コリンはまだこれからも仕事あるんだよな……すっげえや)


 一日の中であれほどの過密スケジュールをこなし、まだ働こうというのだから恐ろしい。案外日本の過酷な労働環境に放り込めば順応してしまうかもしれないな、と嫌な絵面を想像してしまう。

 石詰めポーチで殴りかかられた時にはどういう了見かと常識を疑ったが、そもそも常識的な労働環境にいないのだから疲労が溜まればそういった振る舞いもあり得るのかと圭介は一人納得した。


(そんな中で学校の宿題もあるし騎士団も目指さなきゃいけないし。もしかしてコリンってこっち来てから知り合った人達の中では校長先生の次くらいに苦労人なんじゃなかろうか)


 まだフィオナ一人に振り回されるだけのセシリアの方が気楽に思えてしまう。昨日までの圭介ならそんなことは考えもしなかっただろうが、客人の有名人だからと圭介を頭から毛嫌いする排斥派の相手をするよりかはマシな相手だ。

 理不尽な形で面倒をかけられたというのに、最終的にはコリンへの畏敬が芽生えているのが不可思議だった。


『マスター、明日は燃えるゴミの日です。帰宅したらゴミをまとめておくことを推奨します』

「あーそうだったそうだった。危うく忘れるところだった」


 アズマからの忠告を受けて、新聞部の散らかりようを思い出す。


(そうだよなあ。生活でのあれこれに気を回す余裕もないんだろうな)


 脳の容量の大半を享楽で埋め尽くしているエリカはともかく、コリンが寮室を散らかすとユーから聞いた時は少し意外だった。話す分には私生活でしっかりしていそうな印象があったのである。

 しかしこうして行動を共にしてみるとわからなくもない。散らかりように対していくらなんでも、と思うのは今の自分に相応の時間的余裕があるからだ。


 今日のような一日が続けば、圭介もいつかどこかで洗い物やゴミ捨てを億劫に感じる日が来るかもしれない。


(やっぱ適度に休まないと駄目だな、人間)


 そんな結論と共に、圭介はコリンを反面教師として大いに尊敬するのだった。

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