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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
番外編 或る夏の日

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黒ウサギと真白の棺

 風に揺れる緑葉のさざめきと虫の鳴き声を音楽として、アーヴィング国立騎士団学校部室棟は静かに佇んでいる。夏季休暇に入った今、運動部のほとんどが合宿という形で遠出しているからか普段の騒がしさはない。

 老朽化をきっかけとして七年前に改装されたこの建築物は、学生証か来客用カードを出入り口付近にある機械に通すことで入ることが可能となる。


 ピ、という音を立てて自動ドアを開けたのは夏服に身を包んだ黒い兎の獣人。

 オカルト研究部部員、モンタギュー・ヘインズビーであった。


 彼はプリントアウトされた何らかの書類の束が入った鞄を肩に引っかけながら中へと入り、上履きに履き替える。

 この部室棟は五階建てとなっているが、昇降用のハディアは来客用のものしか存在していない。それも管理室のスイッチを起動させない限り動かず、一般生徒は階段での昇降を余儀なくされていた。

 そこには騎士団を目指す若人の足腰を鍛えるという名目もあったし、電気や公共魔力にかかる費用の軽減という学校側の都合もあった。


(にしたって少しくらいは使わせて欲しいもんだ)


 そして彼が目指す部室はよりにもよって最上階の五階に存在している。先の理由により移動に苦労の少ない下層階は既に人気の部活動が独占しており、不人気な部活の活動拠点は総じて上層階に集中しているというのが通例だった。

 オカルト研究部に属しているのは校則の基準を辛うじて満たす五名のみ。その内一人は幽霊部員、一人は苦学生であるが故に常々の参加が困難な身の上である。


 よってこれから向かう先にはいつもの二人しかいないのだろうとモンタギューは予想していたし、事実木造のドアを開けてみれば予想通りの光景しかなかった。


「いらっしゃいモンタギュー。どうぞ、おかけなさいな」


 美麗な声色は可憐なる少女のもの。優雅さを含む言葉は事実として彼女が名家の生まれであると知れば納得できる。

 きっと上に立つ素養を持っているのだろうし、少なくとも彼女の立場はモンタギューより上にある。


 ただ残念なことに、その容姿は美麗とも優雅とも程遠い。


 部室に入った彼の目の前には、直立する純白の棺桶が存在していた。


 形状は直方体。閉じられた蓋の表面には真っ赤な目の模様が入っており、その描かれた瞳をぎょろりとモンタギューに向けている。


「……相変わらずだな。季節柄どうしても日が長くなってきたが、体は大丈夫なのか?」


 とはいえその存在を知る者からしてみれば日常の一部に過ぎない。直方体に対して平然と返答しながら普段から座っている位置に腰を下ろす。


「ええ、問題ないわ。今日は貴方がちゃんと遅刻せずに来てくれたからね」

「皮肉を言うのは勘弁してくれ。これでもちゃんと反省してるんだ」

「フフ、ごめんなさい。これまでの人生で皮肉を口にした経験が無いから、そう聞こえたのなら謝るわ。アラーナ、彼にいつものを」

「はい」


 アラーナと呼ばれ応じたのは棺桶の隣りに立っていたメイド服の少女。紫色の髪を結いつけて団子状にしており、楕円状の眼鏡越しに眠たげな双眸を見せている。

 彼女はこの部活動において“いつもの”と呼ばれる野菜ジュースを冷蔵庫から取り出し、グラスに注いでモンタギューに差し出した。


「どうぞ」

「悪いな。あんたもこんなんにメイド使うなよ。テメェの飲み物くらいテメェで出すぜ?」

「普段から外で働いてくれている貴方に、せめて部室では楽をしてもらおうという気遣いよ」

「こんなの逆に気疲れするっつの」


 モンタギューの発言通り、アラーナはこの白き棺――正確にはその中にいる人物に仕えるメイドである。


 アラーナの主にしてオカルト研究部部長、フレデリカ・オグデン・ヘイデン。


 アガルタ王国建国の際に法を司った賢者の家名“オグデン”が名に加えられていることからわかる者にはわかるが、由緒正しい司法省法務大臣の家系に連なるヘイデン家のご令嬢だ。

 本来なら法務学校に通うはずの彼女だが、その役割を長女に任せた両親の判断で次女である自身は騎士団学校の中等部三年三組に身を置いている。


 そんな彼女が何故棺桶などに入った状態のまま部室にいるのかというと、一応の理由はあった。


 ヒューマンの父親とヴァンパイアの母親の間に生まれた彼女は、ヴァンパイアとしてこの世に生を受けたのだ。

 種族的な理由もあって本来なら専用の夜間学校に通う予定だったのだが、本人がオカルト研究にのめり込んだ関係で昼夜が逆転。通常の種族と同じ時間に起床し、同じ時間に就寝する生活を送り始めてしまう。


 そして本来ならば日光を浴びて死んでしまうはずの彼女が登下校を可能としているのは、彼女が入っている棺型のグリモアーツ“ノウヴルレクタンギュラー”による影響が大きい。

 流体操作の魔術に適性を持つ彼女は自身の体内に蓄積した血液を操作し、あらゆる身体部位の代用とする。蓋の表面でぎょろぎょろと動く目も彼女の視覚と繋がっており、移動の際には血液で作られた足が生えることも校内では広く知られていた。


「それで、以前言っていたレポートは既にまとまっているの?」

「ああ。こっちにまとめてある」


 言いながらモンタギューは鞄を開けて、中から書類の束を取り出しどさりと机の上に置いた。


「ただ一枚辺りの文字数の規定もう少しどうにかならねえのかよ。おかげで馬鹿ほど重い束になっちまったじゃねえか」

「文化祭の展示品という意識を忘れないでちょうだい。活字慣れしてない来場者にも興味を持ってもらうためにも、まずは読みやすさ重視よ。それにこれから推敲に入って、削れる部分は削らなきゃいけないんだから」

「ねぇよ削れる部分なんざ」

「貴方のような情報中毒者の基準はアテにならないわ」


 言いながら棺の隙間から赤い液体が滲み出て、じゅるりと宙に舞ったかと思うと一本の細長い腕を形成する。先端の尖った指は的確に書類をつまんで、一枚一枚確かめるようにめくっていった。

 傍から見るとわけのわからない光景だが、フレデリカは授業中でさえこうなのだから知り合いは全員慣れている。


「オカルトは時間の経過で容易く瓦解するわ。以前は話題の種にもなった“変態飛行の藍色船舶”だって、結局は客人のグリモアーツだったと判明してしまったし」

「だから根深い謎の方が安定してると思うんだがね」

「私は新鮮な情報を一定数揃えてないと落ち着かないのよ。貴方が好むオカルトはどれも古くて今更な話題ばかり。結局最後は『詳しい内容は未だ研究中』で締めくくられるものしかないじゃない」

「悪かったな」

「悪いわ。せめてわかりやすい新発見や通説への批判といった形で研究結果を見せてもらいたいものね」


 自覚はしていた。

 モンタギューが持ち込んだレポートの内容はそのほぼ全てがあまりにも古く有名なオカルト案件ばかりだ。


 客人は何故異なる国々出身にも拘らず同じ言語で会話できるか。

 マナが蓄積した地帯で妖精が自然発生するのはどういう理屈か。

 そしてまだ誰も到達していない海の向こうには、何があるのか。


「……追いかけたくなる気持ちもわかるけれど。文化祭の展示品ならもっと目を引く内容じゃないと、今度こそ我が部は廃部よ。ただでさえ人が少ないというのに」

「ふーん。例えば?」

「最近話題になってきているゴードン・ホルバインの変死事件。あれについて貴方はどう思っているのかしら?」


 白い棺の赤い目と向き合いながら、モンタギューは人参のスティックを一本取り出し口に咥える。


「おい中学生。わかりやすくヤバい案件を調べようとか考えてんじゃねえぞ」

「だって気になるし、皆が気にしているじゃない。何か巨大な組織の陰謀かしら? それとも騎士団内部で情報を隠蔽している可能性もあると思わない? 死んだゴードンは死者のグリモアーツを操っていた、なんて噂もあるのよ。そんな技術があれば脱獄も容易でしょうし、逆に他人に技術を流用された可能性だって――」

「勘ぐり過ぎだ、バカ」


 育ちがいいせいかフレデリカは人間の悪意に対してあまりにも無垢であり、そのせいでどこまでも愚直に足を突っ込もうとする悪癖をこうしてたまに拗らせる。

 令嬢をバカ呼ばわりされたのが気に入らないらしいアラーナが睨みつけてくるも、モンタギューは構わず持ち寄った書類を二人に見えやすいように広げた。


「古いだの何だの言うが、有名なオカルトを掘り下げる方が初心者には優しいだろ。それこそ文化祭の出し物で犯罪者の変死なんぞ取り上げても意味ねーぜ。何なら内容が不謹慎ってことで企画段階で却下される可能性すらある」

「そうならないように私が生徒会や校長先生を説得しましょう!」

「それこそ時間と労力の無駄だろバカ。いいんだよ、こんなん無難な内容で」

「でもそれだと新入部員が……」

「いざという時にはヘイデン家のメイドを適当に何人か転校させてこいよ。んでそいつらで部員数水増しすりゃあいい」

「名家でも可能不可能はあるのよ……?」


 心なしか気落ちした様子の棺桶が黙り込み、モンタギューは鼻で溜息を吐く。


 オカルト研究部に属する幽霊部員は今年で高等部三年。進路がどうなるにせよ来年にはいなくなる。

 だからこそ新入部員が来なければ廃部を余儀なくされるという瀬戸際に彼らは立っていた。

 フレデリカが文化祭の出し物でインパクトを重視しようとするのもその辺りの事情が絡むのだろう。まだ中等部ながら、彼女も部長として必死に努力しようとしているのだ。


 ただその方向性が危うい。

 オカルトにもその種類に応じて取扱い上の注意点というものが存在する。犯罪関連のものともなれば情報そのものの価値は間違いなく高いだろうが、同時にそれを掘り起こす者が背負うリスクも相応のものとなってしまうのだ。

 そしてそんなものを学生が追いかけたところで、メリットがデメリットを上回ることなどない。


「まあ、安心しろ。こないだケースケの奴に出し物の話をちょっとしてみたら絶対見に来るとか言ってたからよ」

「何ですって!? あのトーゴー・ケースケが!?」

「おう。あいつが来れば他の客もそれなり集まるだろうさ」

「ああ、そういうことなら……。そっか、よかった……」


 くぐもった声には安堵が込められていた。

 彼女は冷静にさえなれば聡明な少女だ。二度と犯罪者の変死事件について調べようとはすまい。


「わかったら無難にやろうぜ。簡単にまとまるし誰でもわかる内容で、何より確実に企画が通る」

「そうね。じゃあまずは客人の言語について片付けましょう。客人の世界では国ごとに使われる文字や言語が異なっていて――」


 情報の整理をスムーズに進めながら展示する内容を煮詰めていく。その過程でモンタギューは、ちょっとした罪悪感を覚えていた。


(悪いな。最近のオカルトなんざ本当は追ってる暇ねぇんだ)


 はっきり言ってしまえば、ゴードン・ホルバインの変死などどうでもよかった。


 彼が本当に追いかけているのは、大陸全土でフロンティアと呼ばれているオカルト現象。


 端的に言えば『海の向こうに行った者は二度と戻ってこない』というもので、このオカルトの名称から行方不明になる境界線をフロンティアラインとも呼ぶ。

 カメラ付きのドローンを送り込めばもれなく海上で通信を切断され、索敵用のあらゆる魔術を延ばしてみても途中で術式そのものが断絶される。


 今では調査費用を惜しんで誰も深入りしないようにしているこのオカルトこそ、モンタギューにとって最終目標と呼んで差し支えない存在だった。


(何かがあるのは間違いないのに、どいつもこいつもわからねえ現状を受け入れてばっかだ。それでああだこうだと屁理屈を並べ立てながら、最後にゃ『わからない』と結論付けて議論を終える。そんなもんはオカルト研究じゃねえ)


 研究家としての情熱もあるが、それ以上に追いかけたい理由がある。


 彼の父親はフロンティアライン調査師団に派遣された十年前から一度も自宅に帰ってきていない。

 つまり謎の真相はそのまま行方不明となってしまった父の居場所を知る術に繋がっているのだ。


(いつか絶対に辿り着いてやる)


 騎士団学校に入学した彼が目指しているのは正式な騎士団ではなく、王立オカルト研究院。

 騎士団学校を高等部まで履修し、その上で大学進学してから優秀な成績を収めた者しか入れない。全オカルト研究家が一度は憧れる、国内最大規模の研究所であった。


 そこでは日夜あらゆる分野・部門のオカルト研究が進められているという。よって特定の現象について調べようと思えば、これ以上に適した場所はない。


(だからこそここでも何かしら成果は出さねえとな)


 すっかり短くなった人参スティックを口に放り込んで、展示ポスター用の大きな画用紙をロッカーから取り出した。これから鉛筆で下書きをしていく作業に移るのである。

 遅刻も欠席も少なくはないモンタギューだが、彼は彼なりに真剣な面持ちで部活動に参加していた。

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