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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
番外編 或る夏の日

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今日も今日とて剣の道

 王都メティスの都心部には様々な建物が存在している。当然、冒険者や騎士などの戦闘力を有する者が多数生活している関係上、戦闘訓練を目的とした異世界ならではの施設もあった。


 青紫色の石材で組まれた壁を有するグロウリーフ訓練場は、駅から程近い場所に建てられている真新しい戦闘訓練用施設である。

 専用の器具などを用いた筋トレからモンスターの形状を模したゴーレムとの疑似戦闘、魔術研究用の読書スペースなどが設けられている。加えて温泉施設とも提携しており、中には温水プールやサウナまで存在していた。

 その充実した中身に反して値段は九シリカと控えめで、単純にレジャーとして楽しみに来る学生グループや親子連れの姿もちらほら見える。


 その訓練場の中、三階にある対人対戦用の広場。

 赤い床には点々と斑のように薄い黄色の円が縁取られており、その円の中で楽しげに取っ組み合う学生や父親お手製のゴーレムに体当たりする子供の姿などがあった。


 そういった微笑ましい光景の中に異様な空間が一つ。


「せいっ」

「ぎごっ」

「とおっ」

「びゃばうぇい」

「えいやあっ」

「だゃまざんっ」


 模擬戦闘用の木剣でユーの猛攻を体で受ける圭介の姿があった。

 二人とも施設内で配られているレンタル品のスポーツウェアに着替えており、冷房の風が当たる場所にいるにも拘らず大量の汗を流している。


「そこそこ私も本気出せるようになってきたね。ケースケ君は上達が早いなあ」

「あの、こっちはぶん殴られてばっかで自分が強くなった実感が無いんですけど……」

「でも最初の頃のケースケ君に今の勢いで攻めてたらもっと凄い怪我してるよ? 骨折一つないんだから充分だよ」

「折れてないだけで罅は確実に入ってるんだよなあ」


 称賛を素直に受け取ろうにも喜びが痛みに相殺されてしまっていた。因みにこれが圭介でなければ相殺どころか痛みが勝り、悶え苦しんで転がっているところである。

 ユーから回復術式が組み込まれたブローチの魔道具、ハリオットを受け取って痛む部位に当てながら圭介は冷えたスポーツドリンクの缶をぐいっと呷った。熱されてくたびれた肉によく冷えた液体が刺さるように浸透していく感触を得る。

 自動販売機は見かけないものの、一階の売店で買ったそれは充分な心地よさを齎した。


『お疲れ様です』

「うーいアズマぁ、お疲れ。まあまだ休憩時間だけどね。これからあと三時間は付き合ってもらうことになってるから」

「そんなに強くなりたいなんて……何だか剣の師匠としては嬉しいなあ」

「まあ、最初は自衛目的で始めたことだけど。やっぱ体は定期的に動かさないとね」


 肉体のコントロールが円滑にできるようになると、鍛える前までの生活がどれほど非効率に満ちていたかがよくわかる。例えば手に缶を握っている今この瞬間にさえそれは実感できた。


 柄を握り締める習慣から握力が増強され、それによって指から外部に働く力の幅が拡がる。すり減っては回復を繰り返す中で皮膚も厚みを増した。

 これで得られる効果は指を滑らせずに物を持てるというだけのものだが、逆に滑らないような握り方を無意識にできるようになったということでもあった。


 わかりやすく言うと、気を付けなくても手から物を落とさなくなったのだ。


 剣を扱うユー曰く、これは白兵戦闘において重要な意味を持つとのことだった。

 白兵戦に用いられる武器の物理的な威力にはどうしても重量が大きく関わる。そして重い武器の柄は緩く握れば弾き落とされるが、固く握りこんでも相手次第では手首ごと持っていかれるらしい。

 最適解は極めて微細な遊びを持たせた状態を維持し、武器が相手と接触する瞬間に固く握りこむこと。それは割と最初の方に教わった。


 本来ならば柄から手を離す離さないなどという理屈は、念動力魔術を扱う圭介にとってあまり縁のない話だ。

 それでもユーが徹底して通常の白兵戦を前提としたカリキュラムを組んだ理由は、近距離戦闘でのノウハウを知らないままダグラスとの戦闘に入ることを恐れたからである。


「んーでも今のままのケースケ君で勝てるかどうか……」

「やっぱキツいか」

「だって相手はそっちのプロでしょ? 絶対に何かしら実用的な戦闘訓練は受けてると思った方がいいよ。私のは多少前のめりに戦うやり方だからいくらか戦えるかもしれないけど、結局元はお行儀のいい道場由来の剣術だし……」


 道場の剣術と闇社会に生きる者が使う技では確かに趣向が違うだろう。


 これはダグラスに限らずヴィンスやゴードンなどにも共通する部分ではあるが、基本的に裏の世界を知る者達は()()()()()()()()()()()()


 友好的な態度で近づき信頼を獲得したヴィンス。

 軽い声掛けと共に不意打ちを仕掛けたダグラス。

 一般的な女子高生のように振る舞っていたララ。

 世間話を交えて殺戮の限りを尽くしたゴードン。


 彼らの挙動はただ不意打ちに特化したというだけの代物ではない。行動選択の際に倫理と道徳を捨てて確実に殺すための一手段としてそういった言動が目立つだけだ。

 つまるところ彼らの行動には制約が少ない。


 それは戦闘スタイルにも垣間見える。

 足元の土や空き缶を飛ばして目潰しに使う、死んだ人間のグリモアーツを使って戦う、相手の立場を利用して上手く煽りながら罠に誘導する――。

 いずれも技巧に加えて躊躇いの無さを起因とする強みである。


 それらを上回るためにも、常在戦場の意識を持つユーに鍛えてもらうのは必要な手順ではあった。

 しかし前提として彼女もまた表の社会の住人であり、行動制約はある程度働いてしまう。


「だからケースケ君はただ私の言うことを守るだけじゃなくて、もう一工夫いるんじゃないかな」

「もう一工夫ね……。あ、じゃあちょっと前から思ってたんだけど」

「何?」


 おもむろに圭介は胸ポケットから未解放状態のグリモアーツを取り出した。


「ユーって我流で術式組んだりしたんだよね? それのやり方に興味あるんだ。要するにオリジナルで魔術作ったってことでしょ?」

「あーいや、教えるのは全然構わないんだけど。魔術の自作っていうのとはちょっと規模が違い過ぎるかな……」

「え、そうなの?」

「なんていうかその、私のやってることってそこまで大袈裟なものでもないから」


 言いながらユーが取り出したのは、グリモアーツではなくスマートフォンだった。特定のアプリケーションを起動させているらしく、指を何度か滑らせる。


「えーとこれ、このアプリに私が一時期通ってた道場の技がいくつか掲載されてるんだけど」

「そういうの掲載するもんなんだ……スマホ便利だなあ」


 感心しながら覗き込む。そこにはユーがこれまで使ってきたアポミナリア一刀術、【首刈り狐】や【鳥籠】の詳細が画像と共に載せられていた。


「で、これの術式がこっちに掲載されてるやつ」

「ふむふむ」


 魔術円や帯状術式などについてある程度勉強を強いられてきた圭介は、その構造についても何となく理解できた。ここは学校に通い続けて得た成果と言えるだろう。


「これをちょっと崩してから再構築してアレンジしたのが普段私が使ってる魔術なんだよ。例えるならそうだね、プラモデルのパーツ同士を組み合わせて本来の形とは違う完成品にするってところかな」

「なるほど。あれ、じゃあ道場の人達はそういうことしないの?」

「道場では本当に基本しか教えないし、その基本だけで戦うのが正しいって信じてる世代がまだ師範代やってるからね。看板とは無関係なところでは色んな人がアレンジしてると思うよ。私のはあくまでもその一部」

「はーん。要するに老害が幅を利かせてるせいで内側より外側の方が盛り上がってる感じか」

『しかもエルフは長命ですから、その風習が内部で常態化してしまっている可能性もあるでしょう』

「そうなんだよね……」


 どうやら想定していた以上に深い世界に踏み込みつつあるらしい。深いというより根深い問題が見受けられるようだが。


「ともかく傷を治したらご飯にしようか。アポミナリア一刀術の話はその後でね」

「はいはい。ほれアズマ、もう終わったよ」

『頭を洗って乾燥させてから声をかけてください』

「何だコイツ腹立つな。じゃあ鞄に入ってな」

『……まあ、いいでしょう』

「何だコイツ重ね重ね腹立つな」

「フフッ」


 二人は空き缶をゴミ箱に捨ててから階段を下りて、一階の大衆食堂に向かった。


 体力を激しく使うことを考慮してかメニューは高カロリーなものも目立つ。ユーは当然のようにエルフ向けと思われる量の定食を頼んでいた。

 圭介はというと、痛みに強くても疲れには弱いためかあまり重いものは食べる気にならない。なので冷製パスタで済ませることにした。


「それで足りるの?」

「いや写真見てよこれ。ミートソースにハムが三枚くらい入っててアボカドまでぶち込んだ挙句、最初から粉チーズ振られてるんだよ。今の僕にはこれでもちょっとキツい」

「そっかあ。内臓は鍛えようがないもんね。あとそれアボカドに似てるけどヨーションっていう野菜だよ。果肉じゃなくて花の一部なんだってさ」

「わからねえ……」

「味が違うから食べればわかると思うよ」


 異世界特有の食材の話に花を咲かせていると、頼んだ料理が運ばれてきた。


 圭介が試しにパスタを一口含んでみると、トマトの爽やかな香りやヨーションなる野菜のタマネギにも似た瑞々しさの援護もあれど、やはり重い。

 ハムは最悪別々に分けて食べればいい。しかしミンチ肉と粉チーズを炭水化物と同時に摂取するとなると、現在の胃の調子で消化しきれるか怪しいところだ。吐き気はしないが食事のペースが落ちる。

 それでも冷たさと総量の少なさからどうにか完食できた。一方でユーは何事もなく平然と定食の皿を全て空にしているのだから恐ろしい。量的には普段の圭介にとって二食分ほどの料理が盛られていたはずだったのだが。


「こっちの世界来る前まではエルフってそんなに食べるイメージなかったけどなぁ……」

「ケースケ君、私にはいいけど他のエルフの人にそういうこと言うのはやめときなよ。それワールドハラスメントだから。略してワーハラ」


 ワーキングハラスメントと混同しそうな単語が出てきた。


「マジかそんなんあるのか……。気をつけよう……」

「まあ私にはそういうの言っていいんだけど」


 謎の念押しにたじろぎながら食休みを経て会計を済ませる。


 食堂から出ると、プールサイドがある方面から二人の男の子が歩いてきた。

 少し遅れて後ろから歩いてくるのは休日を家族サービスに費やしてやや疲れ気味の男性と上機嫌な様子の女性。彼らの両親だろうか、夫婦らしき男女は微笑ましげに笑い合う子供達を眺めている。


 そして先を歩く子供らの目が圭介を捉えた瞬間、


「ケースケだぁぁあ!」

「え、何? 急にどうした!?」


 大声で名前を呼んだかと思うと、猛烈な勢いで駆け寄ってきた。


「すげー、こないだ番組で見たのと同じ顔だ!」

「また何かの番組に僕の顔使ったんかい! いい加減怒るぞ王族連中め!」

「ねえねえねえ! 頭に鳥いないけど今日はどうしたの!?」

「今日はお休み!」

「「ケースケケースケケースケケースケ!!」」

「お前ら元気いいな!? 引くわ!」

「こら、迷惑かけちゃ駄目だろ……。すみません、ウチの子達が。いやホント……すみませんね……」


 急いで両親も子供達を制止すべく走ってくるが、母親はともかく父親も子供達と大差ない目で圭介を見つめている。どころかバッグから予め仕込んでいたのかと思えるような速度で、色紙とペンを取り出す始末だ。


 ロトルアで騎士団に名前と顔を覚えられていた時から薄々思っていた。

 どうにも圭介の存在は少年心をくすぐる何かがあるらしい。


「いえ、大丈夫ですよ。ただそのサイン色紙とペンはしまってください、誰にでも書いてると収拾つかなくなるんで」

「えぇ……わかりました」


 至極残念そうに色紙とペンをしまう父親は一旦無視して、話の通じそうな母親に声をかける。


「ご家族でいらしてるんですか?」

「そうなんですよ、以前からこの子達が行きたいと言うものですから」

「ちょっと……」


 と、その母親の腕を引いて男の子の一人が話を遮る。不作法な振る舞いに見えるそれがどういう意図によるものか、圭介は何となく察した。


 彼の目線が隣りに立つユーに向けられていたのだから、同じ男としてわかる部分もある。

 恐らく母親も理解しているのだろう。その上で落ち着かせるためにわざわざ今のような発言をした可能性が高い。


 服を掴む小さな手を優しく払いのけながら彼女は笑う。


「はいはい。お二人は……騎士団学校に所属されてたんでしたね。では今日は鍛錬に?」

「ええ、まあ」

「真面目ですねえ。……あ、お店の前でこんなに話し込んでいては迷惑でしたね。ではそろそろ、私達はこの辺りで。ほら、行くわよあなた」

「わ、わかった」

「どうもー」


 母親の決定権が強い家庭なのだろう。圭介をちらちらと見る父親とユーをちらちらと見る子供達は、揃って名残惜しそうに食堂へと入っていった。


「…………あの子達、ユーに一目惚れしてたっぽいね」

「えぇっ!? そうなの!?」


 戦闘においては圭介を遥かに上回る彼女も、存外そっちの方面は疎いようだ。


「だってあのお母さんの話遮ったのだって、ユーの前で子供っぽいところ晒されたくないからでしょ。僕にばかり構おうとするのも途中からユーの方を見るのが恥ずかしくて誤魔化してる感じだったし」

「えー……そういうものなの、男の子って……」

「いやユーならわかりそうなもんだけど。その容姿なら絶対告白された経験あるでしょ」

「今度はセクハラ……」


 少なくとも自分がそういう目で見られる可能性くらいは考慮に入れていると圭介は思っていたが、本人は不思議そうに食堂の出入り口を眺めていた。


「いや、まあ無くはないけど……まだ子供だよ? 好きになるなら同年代だと思うけどなあ」

「そんなこたないでしょ。僕だって初恋の相手は小学一年生の時に拾ったエロ本の表紙だったし」

「それは初恋じゃない」

「まあ初恋かどうかはともかく」


 意外にもぴしゃりと言われたが、圭介としてもそこの認識を譲る気はない。


「ぶっちゃけ男が女の人をエロい目で見るのは小さい頃からそうだよ。全員がとは言えないけどさ」

「うーんそういうものか」


 いまいち納得しかねる様子のユーが首を傾げる。

 強いからといって年下の男子への危機感が薄れるのはよろしくないと判断した圭介は、思い切った判断を下した。


「何なら僕も割とエロい目でユーを見たりしてるからね」

「ちょっと!? びっくりした、そういうの本人に言う!?」

「いやつまりそういう話なんだよ。男ってのはみんなエロいの。子供もジジイも性欲はあるの。そこちゃんと認識しようね、危なっかしいから」

「えー……。どうしよ、いやでも、うー…………」


 何やら葛藤しながら訓練場に戻る姿には、先の模擬戦で見せた鋭さはない。初々しい美少女が一人いるだけだ。

 今日はいいものを見られたな、と和みながら圭介は三階へと向かう。


 そしてその先で集中力を欠き手加減を忘れたユーから無慈悲な二十連撃をぶつけられ、医務室に運ばれる羽目と相成ったのはまた別の話である。

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