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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編

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第十五話 街の外での短い戦い

 空が広い。

 ただそれだけの事実が、今いる場所が街中ではないと告げている。


「やー、壁の外に出るだけで案外時間かかるもんなんだね」

「それな。手続きマジでだりぃわ」


 現在圭介と他三人のパーティメンバーが来ているのは王都メティスの城壁の外側。

 以前圭介も危険なモンスターが出没するという説明を受けた、居住区域から少し離れた場所である。


 四人が歩いているのは第三メノウ街道。

 樫の木がぽつぽつと生える草原にアスファルトで舗装された道が敷かれている光景を見て、圭介は城壁の外にまで自分が生きてきた世界の技術が活かされているという事実に一種の慣れを感じていた。


 最早アルバイト先でコボルト同士の不倫の現場や美少女エルフにアルハラされる屈強なドワーフの男を散々見てきた彼の精神に、落胆する余地は残されていない。


 今回彼らが受けたクエストの内容は『街道付近にて複数の目撃例があるレッドキャップの捜索及び討伐』。


 依頼主は交通省であり、曰くこういった低脅威モンスターが関わる案件については騎士団のような公的組織ではなく騎士団志望の学生や冒険者に回されることが多いという。


 金や実績に繋がるのなら、と依頼を引き受ける者。手間が省けるのなら、と仕事を斡旋する国家。

 まあお互い得してるならいいか、と圭介は深く考えるのをやめた。


「ところでレッドキャップってどんなんなの? 僕もファンタジーのモンスターとかはいくらか知ってるけど初めて聞く名前だなあ」

「そうですね……」


 ユーが語るには、真っ赤な三角帽子のような形状をした陸棲刺胞動物の一種だそうだ。

 言わば海にいるクラゲや珊瑚の仲間なのだが草原や森林地帯でも活動でき、動物の死骸を操る死霊術の扱いに長けた特殊なモンスターであるらしい。


 覆い被さった死骸に微量の魔力を送り込み近くにある他の死骸も雪だるま式に巻き込んでいき、最終的に人型を象ることで人間に擬態する特性を持つ。

 お辞儀や手を振るなどの挙動を模倣したり、時には発声器官を擬似的に作って人の声で相手を呼び寄せたりもする厄介者。そうして近寄った他のモンスターや人間を殺害し、本体の帽子の部分に養分を吸収させて生きながらえる、というのが大まかな概要であった。


「えぇ……何それこっわ……」

「更に歩行することで長距離移動もこなせますし、小動物や虫などを取り込む形で肉体に当たる部分の増強と新陳代謝のような形で部位の交換も行いますから、生命力も生存能力も高いんですよ」


 女子が嫌がりそうな話題だが、意外にもパーティメンバーの中でも奥ゆかしそうなユーが詳しく説明してくれる。


「それに動物の爪や牙、毒を含む虫の針などが全身のあらゆる箇所に備わっているので……戦闘訓練を積んでいるとはいえ、守りの薄い私のような者には厳しい相手ですね」


 一応補足しておくと、イギリスの伝承にあるレッドキャップはあくまでも凶暴性を有する霊的存在の一種であり、ユーが説明したような奇天烈生命体ではない。


「なんなのそのグロ面白いモンスターは。ちょっと人間の頭に被せてみたらどうなるのか気になっちゃうんだけど」

「それやった馬鹿な国もあったらしいぜ。結果は公表されてないけど、とりあえず『レッドキャップを人間の頭に被せることだけはするな』って大陸中全ての国で取り決められたんだってさ」

「何が起きた!?」


 雑談を交わしながら四人がしばらく進むと、トタン屋根と蛇腹状の壁を組み合わせて作られたバス停らしき小屋が見えてきた。


 開けた場所に佇むその様子は台風一つで崩壊しそうに見えたが、古ぼけた外観の割にそういった悲劇に見舞われたことは無さそうである。

 延々と遠くに続く道路と草原、その中にぽつねんと存在するバス停。絵面に抱く感傷もあろうが、そういった風情をどこからか漂う甘く不快な香りが邪魔した。


「何かバナナかその辺の果物を腐らせたような臭いしない?」

「いや、これは果物じゃなくて……」


 どこか呑気に呟く圭介の声に応じるミアの声は、少しだけ鋭さを帯びていた。

 胸ポケットからカード状のグリモアーツを出す。山吹色のそれには西洋風の城の意匠が浮き出ている。


「【解放“イントレランスグローリー”】」


 そして解放されることで、その本質を表出させる。


 ミアの右腕に顕現したのは半身すら覆わんばかりに広く巨大な白銀の盾。

 菱形のそれはエッジ部分には鋭さを、面の表層には頑健さを持たせて異様なまでの威圧感を発している。防ぐだけでなく斬殺、殴殺、圧殺を可能とする形状は防具ではなく武装と呼ぶべきだろう。


 唐突にグリモアーツを【解放】したミアに、圭介は怪訝そうな目を向ける。


「え? どしたのミアさん」

「これ、果物が腐った臭いじゃないよ。猫の獣人として嗅覚には自信があるからね」

「となると、近いですね」


 ユーがさりげなく圭介の隣りに並んだ。同時に未解放形態のグリモアーツを取り出したことから、護衛のつもりであるらしい。

 美少女が自主的に自分の隣りを歩いているという事実に、健全な男子高校生はちょっとばかりの嬉しさを感じた。


 その直後と言っていいタイミングで物騒な話題が振られる。


「ケースケ君さ、死体が腐乱すると甘い匂いするって知ってる?」

「知ってたらどうすんの危ねぇじゃんその質問。…………まぁ、知らないんだけどさ」

「今漂ってるのはそんな、腐った死体の臭いだよ。タンパク質がバクテリアに分解されていく中で発する独特な臭い。この臭いはね、死体を繋ぎとめて動かし続けるレッドキャップからもするんだ。――多分、そのバス停の中にいる」


 一同の視線が緊張感を伴ってバス停に集中する。角度的に横を向く小屋の中は見えない。

 が、警戒されたと認識したのか一瞬の沈黙の後にバス停の壁を破壊して何かが現れた。


 真っ赤な幅広い鍔を有する三角帽に、何らかの擬態と思しき真っ白な長い髪。

 無数の屍を材料とするからか青紫とも灰色ともつかない色の肌。


 これから始まる戦闘への準備か、右腕はあらゆる形状の動物の骨がいくつも突き出して、獣の尾のように蠢く一振りの凶悪な武器へと変化していた。


 何より圭介が驚愕したのは、人間を象ったレッドキャップの外観である。


(あれっ、グロくない。寧ろ美少女だ)


 先の説明を受けた限りでは死肉を繋ぎとめて人型にまとめたものがその正体であるはずだ。

 しかし無表情に自分達を見つめるその外観は不気味ながらも同情を買うに充分なまでの美貌と完成度を誇る。


 例え被っている帽子が本体であって肉体に該当する部位は腐乱死体をこねくり回して作り上げた擬態に過ぎないと言えども、心情的に戦いづらさを誤魔化せない相手であった。


「じゃ、私行ってくるよ」

「うん、お願い。私の攻撃は通しづらいだろうから」

「あたしも手伝おうか?」

「んー、道路とかバス停とか無駄に壊れるからダメ」


 対して流石に現地住民は手慣れたものだ。


 ミアは右腕に装着した“イントレランスグローリー”を前面に出して走り出す。

 正面の相手に向けた攻撃であると同時に正面からの攻撃を許さない、攻防一体の突進である。


 それを理解したのかレッドキャップは右腕を鞭よろしくしならせて盾を避けるような角度から横薙ぎの攻撃を試みた。

 一切の武器を持たない左手側からの攻撃に、攻勢に出たミアの対応が遅れるのは必然と言えよう。


 だが、獣人特有の敏捷性がその必然を踏み越える。


「りゃっ!」


 前に倒れ込むような体勢でありながら勢いを損なわずに、跳躍。同時に腰を捻って空中で半回転することによって左腕と入れ替わりに白銀の盾が回り込み、乱杭歯を携えた腐肉の鞭を防ぐ。

 加えて初速から最高速に達するより早く盾に衝突したことで伸ばした腕がたわみ、よろめくレッドキャップの顔に攻撃を防いだ右腕から容赦のない肘打ちが繰り出された。


「【遠く昏きを厭わず灯せ 道の果てに燭台が待つ】」


 着地してすぐさま言葉を紡ぐ。


 サブカルチャー文化の盛んな日本出身の客人である圭介には、ミアが何を唱えているのか一瞬で理解できた。魔術を発動するために必要な呪文の詠唱である。

 そして、詠唱を要するということは手間に見合った高等な魔術が飛び出すであろうことも。


「【其は闇を不要と断ずるひじりほむら 立ち止まる闇よりもその先の景色を求めし者】」


 しかし、敵もさる者。肘を叩きこまれた顔はあくまでも顔に該当する部位というだけであり、本体から離れた死肉の集合という意味では四肢に仕込んだ甲を叩かれたのと大差ない。

 故に若干変形した顔の状態は無視したままに次なる一手に出た。


 白い頭髪と思われていたそれはレッドキャップの触手だったらしく、扇状に広がったかと思うと左右から挟み込むようにミアに向けて無数の先端を突き出す。

 常人であれば詠唱を中断して一歩退き、本体の延長である触手の動作から生じた隙を狙って白兵戦に再度挑むところだろう。


「【何となれば手当たり次第に丸ごと焼いて暗がりを照らそう】」


 だがミアは詠唱を続けながらあろうことか上半身を再び前方に傾けて重心を体の外側に移したかと思うと、踏み込んだ足の踵部分をあえて横にずらすことで極めて短い距離だが高速での前進を果たした。

 更に「く」の字に折っていた膝を一気に伸ばすことでハムストリングス伸縮を活かし、二度の加速を経て相手の懐に入る。


 その速度に対処できず一度伸ばしてしまった触手は彼女の体躯があった空間を通り過ぎ、グリモアーツ“イントレランスグローリー”は編み込まれた術式に込められた魔力を赤い三角帽の真ん前で炸裂させようとしていた。


「【ホーリーフレイム】」


 詠唱が完了した瞬間。

 陽光を集めたかのように光り輝く炎の矢が、拳を真っ直ぐに放つのと変わらない速度で撃ち出される。


「――――ッ」


 山吹色の光はレッドキャップの本体、即ち赤い三角帽に触れると同時に存在を無視するかの如くそのまま突き進む。

 許容外の熱量を受けたため本体部分は無残にも中心部分が溶けるように欠落し、司令塔を失った肉塊は少女の姿を失ってびちゃりと地面に広がった。


 想定していた以上に強引且つ速攻での決着に、圭介はあんぐりと口を開けて放心する。


「ミアちゃんはカサルティリオ――白兵戦闘と高位の魔術位階を組み合わせ先ほどのように詠唱しながら近接攻撃を繰り出す特殊な古武術の使い手ですので、懐に入り続けて攻撃するのが主体となります」


 勝利を確信してか、説明するユーの声色は落ち着いたものだ。


「加えて彼女の“イントレランスグローリー”は防御面において学年でも最高クラスのグリモアーツとして有名なんですよ。他にも強化や回復術式で何かと助けてくれるので、私達のパーティでは必要不可欠な存在と言えますね」

「前衛ってんならユーちゃんも頑張ってくれてるじゃん」

「流石にミアちゃんと比べられると……速度も力も段違いだよ」


 魔術に詠唱と来たならば、杖を持って後方で呪文を唱えるイメージが圭介の中で出来上がっていた。

 が、現実には「呪文を唱えながら相手を殴れば強い」という身も蓋もない理論が成立している。豪快ですらあるこの理論に着いて行くのは骨が折れそうだ、という圭介の懸念は至極真っ当なものだった。


「ふぃー、討伐完了! 一体だけだからすぐだったね」


 ズタズタになった三角帽の残骸を持って戻ってくるミアを見て、エリカが神妙な表情で頷く。


「走・攻・守と揃ってんだからやっぱミアちゃん強いよなあ」

「野球選手かよ。僕も思ったけどさ」


 夢にまで見たフィクション的な戦いで得た衝撃は、そんな程度の感想で片付けられた。



   *     *     *     *     *     *  



 ギルドで依頼完了の確認と報酬の受け取りを済ませた四人は、夕日が沈み切らない程度の時間帯に学校に戻ってきた。

 圭介の現在の住居はもちろん、寮生である彼女ら三名は住む場所のみならずパーティのホームとしても寮の一室を活用しているのだから当然と言える。


 客人と女子寮住まいの帰路が分かれる少し前の道で、エリカがぼやき始めた。


「やっぱケースケだけ別の場所にいるってのは落ち着かねーなー。いつかはホームの場所を移して一緒に菓子でも食いながら駄弁ろうぜ」

「絶対ホームの使い方間違ってるでしょそれ。扱いが完全に廃部寸前の文化部部室みてぇだもん」

「別に雨風防げて皆で集まれる広さがありゃいいんだよ。どっか場所が空いてたら秘密基地とか作りてぇなあ。段ボールとガムテープをどっかからパチって、粗大ゴミ置き場からなんかテキトーに持ってきて……そうだ滑り台つけようぜ滑り台! そのくらい頑張れば作れるだろ多分」

「やだよめんど臭い。同じなら本棚とか作った方が建設的じゃん」

「あぁ? そんなん言ってる奴は滑らせてやんねーかんなテメェ」


 目の前でぶーたれている美少女として生まれ育った男子小学生がどのようなハリボテをこさえるのかは置いておくとして、圭介もパーティの一員として疎外感を抱いていなかったと言えば嘘になる。


 共に行動し、共に帰宅する四人が途中で三人と一人に分かれるというのは思った以上に精神を削る。最初から一人で帰っていた日本住まいの頃は意識すらしなかった寂寥感なるものが、孤独に慣れつつあった少年の胸に去来してしまったのである。


 そしてこのパーティにはホーム関連以外にもう一つ、圭介個人にとって軽視し難い問題があった。


(男子欲しいな、男子。モンタ君いるけど正式にパーティメンバーじゃないし)


 男が自分一人だけでそれ以外の面子が女子しかいないというパーティ構成に圭介が気まずさを覚えたのはいつ頃だったか。


 日本にいた頃に数冊読んだ異世界転移ないし転生を主題とした物語は一様に主人公である一人の男を美女と美少女が囲んでいて、主人公はそれに対して大なり小なり喜んでいたと記憶していた。


 ところが現実に思春期真っ只中の男子高校生が美少女に囲まれてみると、元々構築済みの人間関係に参加する負い目に加えて異性に対する意識も介在してしまう。

 そのハーレム恐怖症とも言える精神的負荷は女を捨てていると見て間違いないであろうエリカと接していても健在であった。


「はぁ、どうしたもんかな」


 溜息を吐くとほぼ同時。


「よう、客人野郎とその仲間共」


 不敵な笑みを浮かべるウォルト・ジェレマイアが四人の前に現れた。


(……いやこの先輩は無いな。ストレスの原因にしかならない)


 ニヤつく被虐待不良生徒からは、厄介事の雰囲気がこれでもかと漂っていた。

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