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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
番外編 或る夏の日

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異世界の夏

 太陽が最も高い位置に居座る時間帯の王都メティス、その一角。


「やっぱトラロックと比べると普通に暑いなぁ」

『それはそうでしょう』


 最近購入した半袖の服に衣替えした圭介が憩いの時を過ごしている場所は、たばこやの裏手にある小さな庭の縁側である。腰かける板張りの床と木製格子のガラス戸は夏日を受けて暖かい。

 もはやこのような日本家屋的な要素も最近では受け流せるようになった。掘り炬燵も畳もあるのなら縁側程度にああだこうだと言う気も失せる。


 今日はパトリシアからのクエストをこなし、報酬も既に受け取った。

 クエストと言っても内容は魔動列車の駅三つ分ほど離れた場所で栽培している農作物の運搬作業であり、重い物を運ぶだけという念動力魔術を使う圭介一人で済ませられる程度の仕事だ。


 活動範囲が真昼間の街中で完結する仕事であり尚且つ依頼主も信頼できる相手とあれば、彼一人で受けることに目くじらを立てる者もいない。よって今回は他のメンバーとは別行動となっている。


「あーでも、暑いって言っても嫌な暑さじゃないや。こんくらいだと気持ちいいくらいだね」


 日本のじめじめとしたそれと異なり、ビーレフェルトの夏はからりとしていて過ごしやすい。

 そんなこれまで経験してきたものとは異なる夏場の中にいながらでも、やはり麦茶と西瓜の味は変わらず美味であった。


(僕が知ってる西瓜と微妙に食感が違うけど)


 圭介の舌が転がすそれの感触は、しゃくしゃくとした地球の西瓜と比べるとやや弾力を持っている。強いて別のものに例えるならキウイかメロンに近いだろう。

 それに防虫用の魔術が存在する関係で蚊取り線香が存在せず、また風鈴が文化的に浸透していないのも若干の物足りなさに繋がっていた。おかげで嗅覚と聴覚が退屈してしまう。


 とはいえ、そんな退屈を味わうのも彼にとっては久しぶりである。

 ここ数日間、何度も命を狙われてはそれを撃退してきた圭介だ。精神的な疲弊は否めない。


「でも本当に助かるわぁ。やっぱりこの暑い中で私みたいなお婆さんが重い荷物を持って歩くってなると、ねぇ。自分が辛いだけじゃなくて、周りの人にもご迷惑をかけちゃうから」

「ははは、まあこれで喜んでもらえるならいくらでも手伝いますよ。こっちこそ西瓜と麦茶をご馳走になっちゃってすみません」

「いいのよぉ遠慮なんてしなくても」


 微笑むパトリシアは圭介の隣りに座って、自分のグラスに注いだ麦茶にミルクを入れてかき混ぜ始めた。独特な飲み方だな、と思ったがどうにもこちらの世界では珍しくない飲み方らしい。


「それと遅れちゃったけど、遠方訪問お疲れ様。あの子達からもお話聞いたけれど、色々と大変だったみたいね」

「やぁー、もう本当に大変でした。二度とああいうのはごめんですよ」


 波乱万丈とはまさにあの日々を指す言葉だろう。


 辺鄙な街にまで移動したのに暗殺者に追い回され、行きずりに会話を交わした相手に裏切られた。

 炎天下の中で魔術と剣術の修行に励み、その成果を超大型モンスターとの激戦を通して試された。

 ライブの裏方を任されたはずがテロリストの襲撃に遭い、アイドル達のわがままに振り回された。


 加えてつい先日まで治安の悪い洞窟商店街で警邏ばかりしていたせいか、気を張らずにいられる時間がたまらなく愛おしい。虫の鳴き声に耳を傾けながら飲む麦茶の味はいつにも増して格別だった。


「アズマちゃんにも何か出せればよかったんだけど、機械には疎くってねぇ」

『いえ、お気遣いなく』


 珍しいことに圭介の頭ではなく隣りの空いたスペースにいるアズマが、パトリシアに向けてこくりと会釈する。


「こいつは寝て起きればまた動けるようになる仕組みですから。詳しい仕組みは僕もわからないんですけどね」

「あら、そうなの?」

「今のところわかってるのは頭を撫でると電源が落ちるってことだけです」

『許可を得ていない段階での接触は非推奨です』

「何急に人工知能っぽい喋りかましてんだ」

「仲良しさんねぇ」


 と、気付けばいつの間にか西瓜は食べきり、コップも中身が空になっていた。


「さて、結構居座っちゃいましたけどそろそろ行きましょうか」

「今日は本当にありがとう。ほらこれ、お土産の西瓜。まだあったから持っていきなさい」

「うわ、ありがとうございます! はっはっはなぁにこれくらいどってことないですよまたいつでも声かけてください! ほれアズマ、おいで」

『了解しました。それでは奥方、我々はこれにて失礼致します』


 頭にアズマを誘導しながら玄関に向かう。頭頂部に機械の猛禽類を乗せながら歩くという行為も、最初は恥ずかしかったものの今ではすっかり慣れてしまった。

 圭介自身が有名になったこともありメティスの新たな名物となりつつある、とミアから聞いた時には流石に鼻白んだが。


「それじゃあパトリシアさん、熱中症にはお気をつけて」

「さようなら。また何かあったら声をかけるわね」


 軽めのやり取りを済ませて外に出る。

 空中に浮かぶ広告帯は、本日の快晴を告げていた。


 これより紡がれるのは本筋から外れた挿話。

 或る夏の異世界に起こる平々凡々な日常譚。

 彼ら彼女らの日頃の様子を飾らず綴る物語。


 とどのつまり、番外編である。

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