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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第六章 迷宮洞窟商店街トラロック編

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第十九話 難敵

「騎士団諸君頑張って避けろよーっ!」


 施設の屋上から運動場に向けて跳躍した巨大な蜘蛛が、足の関節部位にある突起を全て輝かせる。

 騎士団全員が恐れていた全弾同時射出。ぐりぐりと動きながら巨大な蜘蛛と共に落下してくる射出口が集団全体に焦燥を生む。


 そしてそれら全てにエリカの魔力弾が命中した。


「おっとぉ!?」


 一瞬だけふわりと浮いた蜘蛛は結局光線を撃つことなく、重厚な着地音を伴って陣形の中心に到達する。その僅かな隙に乗じて、横腹に水晶の剣が食らいついた。


「ハァァッ!」


 ユーの斬撃を受けた蜘蛛の腹は、存外容易く斬れたらしくオレンジ色の体液を噴射させる。傷は浅いが切り口もなかなかに大きく、致命傷にまでは至らずともダメージは入っただろう。


 が、その傷はすぐに閉じてしまった。


「……!?」

「元気のいい小娘だなオイ! おじいちゃんあと少し若かったら襲ってるわ多分!」


 風に乗せられた雪を受けて傷口とゴードンの指先を繋ぐ一本のか細い糸が可視化される。

 どうやら錬金術で作った糸を用いて傷を縫い、強引に塞いだらしい。


 見れば他の騎士による攻撃に対しても同様に、受けては生じた傷を縫い合わせるという作業を繰り返しているようだ。更にはほんの少し生じた隙間を“カリヤッハ・ヴェーラ”で凍りつかせて体液の流出を防ぐという徹底ぶりである。


 足場とするホムンクルスの損傷など意にも介さず、ゴードンは高笑いしながら吠えた。


「ギャハハハハハ!! 迂闊に近づいてくれてありがとうよ! これで俺が食い殺される心配も無くなるわぁ!」


 近接戦闘を始めた何人かに蜘蛛の顔が向き直り、二つ並んだ上顎を開いて食らいつこうとする。


 しかしそれは後方に控えていたミアにとって想定通りの挙動だ。


「皆さん、口を開きました! 内部への攻撃を!」


 言って事前に展開していた【パーマネントペタル】を蜘蛛の上顎に纏わりつかせ、大口を開いた状態で固定する。

 前にいた近接戦闘部隊が左右に分かれて噛みつきの攻撃範囲から出たのと同時、割り込むようにして前に出てきたのは既に第四魔術位階の詠唱を終えたセシリアとアルフィーであった。


「「【レイヴンエッジ】!」」


 騎士団長と第一王女の側近による比翼の斬撃が蜘蛛の口から体内へと押し込まれる。魔力さえ帯びていないユーの“レギンレイヴ”でも傷を負わせられた体なら、内側から爆散させることも可能だろう。


 果たして、蜘蛛の体は急激に膨らんだ。


「そりゃあ困るなあ!」


 そして、魔力の奔流を吐き出しながら急激に萎んだ。


「なっ……」

「セシリアさん、伏せて!」


 アルフィーがセシリアの頭を掴んで若干無理な体勢のまま同時に伏せる。その頭上を元は二人分の【レイヴンエッジ】だった魔力が通り過ぎた。

 結果として膨大な魔力の塊は彼らの後ろにあった郵便局に直撃し、配達用のバイクがバラバラになって宙を舞う。


 ゴードンがやったことは至極単純。蜘蛛の全身に糸を巻きつけ、膨らむ体を締め上げて体内に注ぎ込まれた魔力を外部に追い出したのである。

 しかしこれには締め上げられた蜘蛛も相応のダメージを受けたらしい。幾分か残っている山吹色の花弁を口元につけたまま、動きを止めてしまった。


「今だ!」


 それを好機と見たのは、予め空中から相手の背後に回り込んでいた圭介だ。

 ゴードン、蜘蛛、そして“カリヤッハ・ヴェーラ”。

 それら全てが圭介に背中を向けていて、尚且つ蜘蛛は半ば無力化されている状態となれば攻めない手はない。


『第三魔術位階相当防衛術式、展開』


 初めから空中戦力が少ないこの状況で空中からの不意打ちが通用するとは思っていない。

 ただ、振り返られても即座にアズマの結界を破るほどの威力は出せないだろう、というのが圭介の見解だった。これで先手を打ちながら反撃にも対応できる。


 足元の“アクチュアリティトレイター”に帯状の【サイコキネシス】を巻きつかせて狙うのは、ホムンクルスを生存させる要にして今回の騒ぎの主犯でもある“カリヤッハ・ヴェーラ”。攻撃手段は不格好ながらも全ての敵に有効な体当たりである。


 エルマーには申し訳ないが、真っ先に破壊してしまえばこの戦いで一気に有利な立場を得られるだろう。一撃で勝負を決めようと圭介は女神像に向けて突進する。

 案の定ゴードンが振り返るも、今から攻撃したところでアズマの結界がある以上は第三魔術位階まで防げる。このタイミングではすぐに対応できないとわかっていた。


 わかっていたから、わからなかった。


 ホムンクルスは動きが鈍って移動できない。“カリヤッハ・ヴェーラ”の攻撃は通用しない。

 だというのに何故このタイミングで、ゴードンが()()()()()()()を浮かべるのか。


(笑って、る?)


 口元の笑みの意味を考察する暇もないまま、変化は急に生じた。


『何かが――』

「えっ」


 聞き取れるかも怪しい声と共に、アズマの体が大きく真横にずれる。

 その結果、圭介を守るはずの壁はあまりにも呆気なく外された。


「ちょまっ、ぐおおおお!?」


 直後襲いかかるのは見えざる斬撃の嵐。

 否、ゴードンに斬りつけるような動作は見られなかった。ただ設置されていた罠に圭介が飛び込んだだけの話に過ぎない。


(よくわからんけど、だから、どうしたってんだ!)


 切り傷をいくつも作って、アズマへの心配も今は脇に置き、圭介は前へと進む。

 彼が痛みに慣れているというのもあった。だがそれ以上に、アズマの守護を失うという事態を前にして不確定要素への焦りが躊躇を上回った結果でもある。恐怖はあれどそれに阻害されている場合ではないのだ。


 だが結果としてその判断は誤りだった。


「おっ、怯まねえでやんのコイツぅ」


 体を切り刻まれたことで少し時間が生じてしまったのだろう。

 目前にまで迫っていた“カリヤッハ・ヴェーラ”の顔が、圭介の方を向く。


「……っ!」


 ある程度空気が冷え込めば直接冷風を浴びせずともホムンクルスは生存する。運動場が安定して低温環境となったのなら、いつまでも“カリヤッハ・ヴェーラ”を蜘蛛に向け続ける必要はない。

 つまりこの疑似的な冬を呼び込んだグリモアーツは、蜘蛛とは別に攻撃する砲台となっている。


「やっべ!」


 圭介は急遽突進を中断して空中で停止し、女神像と自分との間に【サイコキネシス】による防壁を作った。“動かす”念動力魔術を用いた、“止める”ことを目的とする防御壁である。


 その壁に向けて、“カリヤッハ・ヴェーラ”が猛烈な吹雪を叩きつけた。


「肝っ玉と判断力は認めるがよ」


 結果的に、彼は悠長に防いだりせず全力で逃げるべきだったのだ。


 最大限魔力を集中させての防御が間に合った。

 その事実に安堵を得るも、直後に彼は信じ難い現象に襲われる。


「肝心なところをわかっちゃいねえなあ」

(あ…………?)


 念動力によって作った防御壁が、まるで水に投げ込んだ泥団子よろしく崩れていくのを圭介は感じた。

 目に見えずとも自身の魔力で構成されているものである。急に念動力が機能しなくなったという緊急事態に、思考が一瞬凍りつく。


 その寸隙の間が命取りとなった。


「わぷっ」


 浮かぶ体を“アクチュアリティトレイター”ごと吹き飛ばすほどの強力なブリザードが吹きつける。

 ここまでで一度も見せてこなかった“カリヤッハ・ヴェーラ”の最大出力。それは念動力の守りを貫通し、圭介を運動場のフェンスに叩きつけた。


「ぐえっ、ん、なろ……」


 ここに至って持ち前の打たれ強さがものを言う。常人であれば衝撃と痛みから立ち続けるのにも苦労する場面にあって、彼は背骨の安否だけ簡単に確認して足を軽く動かすと速やかに走り始めた。

 しかし、そこで上半身の左側が氷で覆われていることに気付く。


(防ぎきれなかった……?)


 数メートル先で蜘蛛が騎士団に向けて光線を放っているのを見ても、圭介は薄く凍りついた半身に二秒ほど意識を奪われていた。


 先ほど“カリヤッハ・ヴェーラ”から受けた攻撃は放射性の魔術である。個々の物体に干渉する【テレキネシス】ならまだしも、粘土のように力を発生させる【サイコキネシス】なら遮断されて然るべきものだ。

 しかし現実として彼は攻撃を完全に防げていない。何が起こったのか、どう対処するべきかがわからない。


 戦場で抱くべきではない恐怖が精神を蝕んだ。


「ケースケ君!」

「っと、あっぶね……」


 ふと、遠くから聞こえる仲間の叫びで冷静さを取り戻す。

 戦局と心情、双方の面から心配してくれたのだろう。おかげでもう一度立ち上がることができた。


「アズマは……?」


 結界はもう使えなくとも飛ぶだけならできるはず。そう思って周囲を見渡すも影すら見えない。

 もしかして、とまた言い知れぬ不安に襲われたが、今は目の前の脅威に立ち向かうことが先決と判断する。


(落ち着け、僕。地上にいる皆が気を引きつけてくれている。その中でまだこっちに飛んでくる攻撃があるのなら、それは自力でどうにか避けるしかない)


 別の場所にいる仲間を信じて自分の戦いに赴く術をロトルアで知った。

 以前なら欠けていた回避という概念もダアトで散々叩き込まれてきた。

 怖くとも人数が揃っていれば突破は可能であるとルンディアで学んだ。


(……行くぞ!)


 再度“アクチュアリティトレイター”に乗って雪風の女神像に突進する。


 もうその無機質な顔は圭介の方を向いておらず、氷の壁を形成して拘束された[シンジケート]構成員の逃げ道を塞いでいた。恐らくまた蜘蛛の餌にするつもりなのだろうと先ほどのショッキングな光景から推測できる。

 騎士団を相手取っておきながら主犯格は蜘蛛の背中に乗ったまま呑気に煙草を吸っていた。退屈そうな男の視線がどこに向いているのか、サングラス越しにはわからない。


 相手の考えはどうあれ、今ならゴードン一人を叩ける。

 突き進む中で圭介は腰からクロネッカーを引き抜いた。凍ったのが左側だったのでまだ右腕は自由に動く。

 同時に【サイコキネシス】で“アクチュアリティトレイター”下部に球状の力場を形成し、旋回能力を向上させる。これで真正面からの吹雪を急転回で避けることができるだろう。もちろん、念のために前方への防壁形成も忘れない。


『これでひとまずは大丈夫だろう』と確信する。


 油断が生じた。


「まーだわからねぇか」

「あぎっ……!?」


【サイコキネシス】による防壁の表層が何かに撫でられたと思った次の瞬間、圭介の右肩と左頬に切り傷が奔る。

 頬はともかく肩の傷は無視できない。クロネッカーを手放さずに済んだのは奇跡に近く、激痛によって柄を握る手の力が著しく弱まってしまった。加えて念動力で作った防壁や球体なども、集中力が霧散したことで既に掻き消えている。


 何が起きたのかを把握しようと努めるも、その間にさえ切り傷は増えていく。


「ぐ、ああぁぁっ!!」

「まあこっちはお仕事の関係上、そっちから突っ込んでくれるとすげぇ助かるんだけどよ。ほれ、試しにこっちも受けてみな」


 ゴードンが雑に腕を振るうと、蜘蛛の足に付属している突起の一つが空中にいる圭介に向けられる。

 光線が来る、と認識してからの防御は間に合わない。


 一筋の光が圭介の腹部を貫いた。


「ッ!? ぁっ、カヒィッ」


 痛みに慣れている圭介をして、言葉を失う程の衝撃。

 地上にいる仲間や騎士団が何か焦燥と悲哀を綯い交ぜにした声を上げているが、その内容もわからない。ただ、ゴードンの冷たい声だけが耳に届いた。


「そろそろ察したんじゃねえかなぁ念動力使いの客人さんよ」


 流れる涙とよだれさえ凍りついて透明な膜に変わる中、圭介は残り少ない力でゴードンを睨む。

 そんな最後の意地さえもさらりと受け流しながら、目の前の老人は続けた。


「珍しい力でちやほやされて、有頂天にでもなってたか? 色々できるとわかってから、自分が負けるなんて思わなかったか? それともそれなり努力してきたから、人数揃えれば勝てると信じてたのか?」


 更にゴードンが腕を振るうと、また圭介の切り傷が増える。

 右大腿、胸元、左耳。

 がたりと、足場の役割を担う自身のグリモアーツが傾いた。


「まーそれも間違っちゃいないんだろうがな。ああ、テメェの使う魔術は珍しいし色々できるしこんだけ仲間がいるってなぁそら戦う上で有利なんだろうよ。本来なら、の話だが」


 またもゴードンの腕が振るわれるも今度は圭介への攻撃ではない。地上にいる黒服の男達が、何かに引きずられて蜘蛛の口へと運ばれた。

 あの錬金術によって作られた糸でホムンクルスに餌を提供しているのだろう。それを阻止しようとした騎士団は、“カリヤッハ・ヴェーラ”が放つ強烈な風を受けて歩みを止めてしまう。


「さっきからどうにも退屈なもんでな。知ったところでどうもなりゃしねえだろうから、暇つぶしがてら教えてやるよ」


 ふわりとゴードンが浮かび上がり、圭介の目前に迫った。


 エリカのものと思しき魔力弾とユーのものと思しき斬撃がその無防備な背中に飛んできたが、それらは全て卵の表面を伝う雫のように不自然な軌道で老人の体を避けていく。


 背後からの攻撃を無視しながら、ゴードンは言った。




「――俺はテメェの弱点を知っている」



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