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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第六章 迷宮洞窟商店街トラロック編

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第十八話 老爺と蜘蛛

「まずい、降りようエルマー君!」

「うわっぷ」


 小柄なエルマーの体を抱え込んで、圭介が一気に地上へと降下する。


 これまでの経験を通して彼が学習したことの一つ。

 それが『巨大な敵との戦闘は人数を揃えても時間がかかる』であった。


 圭介の他に空中戦力が存在しない今の騎士団陣営では、エルマーと二人で浮いた状態を維持するなど孤立以外の何物でもない。地上の仲間達と早急に合流して集団で対処しなければ攻撃が集中して単騎撃破の憂き目に遭うだろう。

 これまで戦ってきた“インディゴトゥレイト”もゴグマゴーグも巨体を活かして広範囲へ攻撃を行ってきたが、集団戦だからこそ意識を分散できたし分散した上であれだけの威力に晒されたのだ。

 それらが全て単体に向けられれば、いくらアズマの結界がある圭介でも楽観視はできない。


 特に空中戦を可能とする戦力に数えられる圭介は、死はもちろんとして戦闘続行が困難となる負傷も避けたいところであった。


(……って、いつからこんな物騒な考えを冷静にするようになったんだか)


 砂が濡れたせいで不気味な海藻のように黒く染まった地面へと着地し、脇に抱えたエルマーを放しながら自嘲気味に白い息を吐く。

 今は第一に生存、第二に現状の把握。幸いこういった事態に慣れている仲間や治安の悪さに抗ってきた騎士団が味方にいるのだ。まずは身を隠しながら様子見に徹する。


「セシリアさん、移動します! 多分降りた場所見られてる!」

「わかった、そいつも連れてこっちの道に入れ! 他の騎士は先に行かせた!」


 剣で道の先を示すセシリアは、【チェーンバインド】で縛られた男を数人引きずっていた。容赦ない仕打ちだがこうでもしなければ逃げられる可能性が高い。


「わ、け、ケースケ君僕一人で歩けるから」

「いや歩かずに走って欲し……今更だけど何その両足の燃えてるやつ!? 待ってね普通に走ろうねそれで走るとなんか大変そう」


 宙に浮かぶ“カリヤッハ・ヴェーラ”を未練がましく見つめるエルマーを連れて、セシリアの誘導に従いながら移動する。曲がりくねった道を走り抜けると開けた空間に出た。


 洞窟全域に酸素を共有するための施設、王立環境管理局トラロック支部。

 その中でも頑強さと面積の広さから緊急避難先の一つに数えられている運動場こそが、圭介達の集合先である。


 他の騎士達も既に到着しているようで、少し離れた位置からはアルフィーによる人数確認の点呼が聞こえてきた。


「おっ、皆いるじゃん」


 集まった中にエリカらパーティメンバーの姿もあることに、圭介は内心驚いた。

 空中にいた彼はともかく、地上にいる他の面子には見えないはずの距離だったはずである。増してや[シンジケート]と思しき黒いコートの集団による足止めなどの妨害要素もある中で、こうも早く移動しているのは意外だった。


 後で知ることとなる話だが、元よりトラロック騎士団は索敵能力に秀でた人材育成を重要視している。それこそ空中戦力を欠いてでも斥候役だけは一定の人員を確保するまでに。

 裏路地や建物の内部に至るまで油断できない環境が、普段そうしているのと同じく彼らの迅速な連携を実現したのだ。


「うーっすケースケと、エルマーてめゴルァ何してやがんだ川が氾濫した時にはしゃいで泳いで溺れ死ぬアホな大学生かテメェはおぉん!?」

「いだっ、いだ、痛い、痛っあっ、いった……」

「気持ちはわかるけどいつにも増して攻撃がしつこいよやめたれやめたれ!」

『十三連打はしましたね』


 勝手な行動に出たエルマーに相当怒り心頭なのか、エリカは出会い頭だろうとお構いなくエルマーの脛を執拗なまでに蹴り続けた。

 それをどうどうとレオが宥め、ガイはゲラゲラと笑っている。呆れた様子のミアとセシリア、苦笑するユーがそれを眺めているが、その余裕も束の間のものに過ぎない。


 危機は依然として存在しているのだから。


「よし、全員集まっているようですね! それでは――ッ」


 黒いコートの男達による邪魔は入るまい。広場の端にまとめて縛り上げられているのが見て取れる。

 その上でアルフィーは言葉を中断した。治安の悪いトラロックにいながら数々のトラブルに対処し騎士団を率いる立場に就いた彼をして、安全確認のためにも必要な言葉を切るほどの脅威が迫ってきている証左。


 一度止んだ雪風が再び運動場に吹きすさぶ。

 それは災厄の訪れを示唆する冷たさだ。圭介が既に見たあの蜘蛛は、既に近くまで来ているに相違あるまい。


「か、各員戦闘準備!」


 言われるまでもなく各々が“シルバーソード”を掴んで臨戦態勢へと移行する。

 二つの銃口と二十六門の魔術円を出現させるエリカ。

 山吹色の花弁を散らしながら盾を構えるミア。

 体の表面に魔力で編まれた防具を展開するユー。

 伸縮自在な包帯を伸ばして回復術式を構築するレオ。

 戦力に数えられていない状態のエルマーもまた、緊張からか深呼吸をしつつ足元の車輪に再度炎を纏わせる。


 圭介が腰の短剣を念動力で引き抜いたところに()()は現れた。


「んだよ全然殺せてねえじゃん。やっぱ暴力ばっかで殴り合いを知らねえ奴らを前に出しちゃ駄目だなァ」


 圭介が遠巻きに見たその黒い異形は今、小柄なゴードンを頭の上に乗せて施設の屋上から地上の騎士団を睥睨している。


 この距離で見るとより一層禍々しく見える、などということはない。虫を苦手とする者には辛い絵面だが見た目はあくまでも一軒家ほどに巨大な蜘蛛だ。

 腹に当たる部位がシャープな姿はササグモと呼ばれる類に近く、紅い光をぼんやりと宿した複数の目が機械のように点滅している。


 つまり数々のモンスターを見てきた彼らが硬直したのは別の理由。


「ま、そんな連中でも餌にはなったか。このバカ定期的に人肉食わせねえと俺まで食おうとしやがっからさー、意外と管理大変なんだよね。わかる? この苦労がさ」


 ぼとりぼとりと滴り落ちる血液と肉片。

 指、髪の毛、眼球、靴。

 目の前の怪物がここに来るまでに喰らってきた[シンジケート]構成員の末路は、見る者に原初的恐怖を抱かせた。


「おまけに熱に弱いっつーいらない弱点はそのまんまなんだぜやってられっかっつーの。ホラ俺も歳が歳だからこの寒さは結構辛いわけ。まあ寒さとか暑さとかはヤクぶち込み過ぎてもうわかんないんだけどさ、それでも風邪だけはきっちり引くんだからやっぱ“病は気から”なんて客人の言葉は嘘だね嘘。駄目だろ嘘なんてついちゃ悪い奴らだなあ。おじいちゃんイヤんなっちゃう」


 楽しげにべらべらと語るゴードンはしばらくしてから黙り込む騎士団に向けて首を傾げる。その様子はどこか、宴の最中に水を差されて白ける様に似ていた。


「ん? おいおい若いのがこんだけ集まってどうしたんだよテンションひっく。もうちょっと場を盛り上げる努力しろや。ていうかムスーッとした顔ばっか並べちゃってさァ、もしかして明るい人材が足りてねえんじゃねえの騎士団。駄目だろ民衆に寄り添う国家公務員がそんなんじゃさ。ほーれ笑顔笑顔、こっちは何も面白くねえのにこんなに笑ってるんだぜ頑張って合わせてくれよ」

「貴、様……!」


 彼らの沈黙と硬直を老人は鼻で嗤う。それに若い騎士の一人が過剰な反応を示した。


「あーそれとも何。人殺し許せない的な? 勘弁してくれよこんなのこの街じゃ日常茶飯事じゃねえかそれこそ今更だろぉ」

「……そこをっ、ぐぉっ」


 彼が先走り“シルバーソード”を抜こうとして、そこからは刹那の出来事だった。


「あ?」


 極度の緊張状態にある中、圭介のみならず誰もがそれを目撃した。


 一筋の光線が一人の騎士の胸を貫く、その瞬間を。


「【沈黙を許すな 吐息を齎せ】!」


 真っ先に動いたのは鬼気迫る表情のレオだった。伸びた包帯がその騎士の胸元に巻きついて、葡萄(ぶどう)色の回復術式を浮かべる。


「がぁっ……はっ、はっ」


 撃たれた勢いのまま苦しげに倒れたその騎士は、浅い呼吸を繰り返しながら苦悶の表情を浮かべて脂汗を滲ませた。生きてはいるものの戦闘員としての導入は不可能と考えるべきだろう。


「アハハ、ほォれ油断してっと殺されちゃうぞぉ。死んじゃうぞぉ」


 明らかに面白がっているゴードンは置いておくとして、光線がどこから放たれたものかはその場にいた誰もが理解できた。


 煌々と輝く目ではなく。

 長く太い蜘蛛の足、その一部に注視しなければ見落とすほどに小さな突起がある。


(あそこから撃ったのか……!?)


 よく見れば全ての足、全ての節目にその突起は存在していた。更には指のようにぐりぐりと先端の向きを調整している様子さえ見て取れる。次の狙いを見定めているのだろうことは疑いの余地もない。

 数はエリカの魔術円ほどではないにしても一本の足につき関節は三節、それが八本で都合二十四門。運動場程度の広さなら瞬時に面制圧される可能性すらある。


 怖気すら感じさせるその怪物を玉座として、小柄な影は退屈そうに呟いた。


「…………で、次誰? 喋った奴から撃っちゃおうかと思ってたけどこうも黙られちゃうとなあ。俺も決めかねて困っちゃうんだよなあ。この世に生きてる人はみぃんな平等だからなあ。誰かを選んで殺すなんて、そんな残酷なことできないよなあ。なあ、そうだろそう思うだろ君だってきっとわかってくれるって信じてるんだぜ俺ぁ」


 サングラス越しに彼が見たのは、


「そこの包帯クン!!」

「なっ……」


 真っ先に回復術式を発動したレオの無防備な背中。今度は一度に三つの突起から光線が飛ぶ。

 あまりに速過ぎて目視してからの回避では間に合わない。そして狙われているのは頭部、背中、左膝裏の三ヶ所別々。

 近くにいてレオに生じた隙を見ていたミアが先んじて駆け寄っていたが、“イントレランスグローリー”の面積では全てを防げず【パーマネントペタル】では鎧を貫くほどの威力を抑えきれない。


 しかし、ゴードンのふざけた宣言を受けてやっと事の重大さに気付いた圭介が見たもの。

 それはレオが撃ち抜かれる姿ではなかった。


「グォァアア!!」


 空色の巨躯――第六騎士団団長ガイ・ワーズワースが、己の“シルバーソード”を投擲する姿。


 投げ込まれたその剣は回転しながら颶風を纏い、レオに降り注ぐ光線を三本まとめて強引に巻き込みかき消した。

 しかし代償を支払うかのように、全ての攻撃を受け切った剣は空中で粉々に砕けてしまう。


「ハハハ、お見事お見事よくできましたっと。武器を捨ててでも回復役を守るたぁ戦ってもんをわかってるねえお兄さん。でもドラゴノイドがこのタイミングで魔術使えなくなるのは不味いんじゃなーい?」

「うるせえよクソジジイ。さっきっからたけぇところで興味もねえことペラ回しやがって」


 魔術の発動に使っていた“シルバーソード”が破壊されたことにより、ガイの体を覆う【ホットガード】が薄まりつつあるのが圭介の目からも確認できた。

 残された術式に継続して魔力を送り込むことで維持しているのだろうが、このままでは魔力と体力の消耗も続く。ただ寒さに晒されるより幾分効率的とはいえ限界が近い。


 それでも気力で踏ん張っているのか、第六騎士団団長としての矜持か。

 ガイの視線はゴードンに向けられたままだ。


「テメェが何を目的にこんな真似してるのかは知らねえが、騎士に手ぇ出した以上はわかってんだろうな」

「オイオイそんな怒るなよ。いいじゃん一人くらい減ったってさあ。たくさんいんだろ?」


 二人が会話を続けている内にも他の騎士達は武器を構えた状態のまま陣形を作る。セシリアの無言の誘導もあって、圭介達もそれに組み込まれた。

 ゴードンの意識を分散させるように、彼らは扇状へと広がっていく。見てからでは避けられない攻撃も突起を相手に向けるという兆しは見せた。多大な注意力と集中力を要するが、そこは【コンセントレイト】を使って対応できるだろう。


 光線は脅威だが、今ここで最も危険なのは怯えて対応を間違えること。


 その冷静さを彼らは持っていた。


「ケースケ、すまんが戦闘が始まったらすぐに空中へ移動して“カリヤッハ・ヴェーラ”への対応を頼む。アレさえ破壊できれば戦局は一気に有利になるはずなんだ」

「わかりました」


 セシリアの指示に従い、いつでも足を乗せて飛び出せるように“アクチュアリティトレイター”の先端を地面につける。

 そうして、グリモアーツを握る手が震えていることに気付いた。


(寒いのももちろんあるけど……あれは、怖いな)


 死体を見るのは対ゴグマゴーグ戦で経験済みだ。しかし、人間が生き物に捕食されている様はただ死んでいるだけの状態以上にショッキングな光景だった。

 何よりそれを実行したのは野生のモンスターではなく悪意ある人間なのだ。そんな相手が敵として目の前に存在するという恐怖は測り知れない。


 だが、味方である騎士団やパーティメンバー達の頼もしさを上回るものではなかった。


「んじゃまあ、そこのドラゴノイドのおかげでちょっとは和やかなムードになったことだし? あんまダレてもしょうがねーからさ」


 張り詰める空気の中で、唯一弛緩した声が上から下へと届けられた。




「そろそろ君らまとめて死のっか」




 重圧を伴う膨大な殺気と共に、巨大な蜘蛛が運動場に向けて跳躍する。


「総員、構えぇっ!」

「飛べ、ケースケ!」

「はい!」


 一斉に騎士達が構え、エリカの魔力弾やユーの斬撃が蜘蛛に向けて放たれる中。

 圭介は夕映えに浮かぶ女神像へと弾丸の如く飛翔した。

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