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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第六章 迷宮洞窟商店街トラロック編

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第十七話 銀破り

 エルマーがゴードンと接敵するより少し前。


 圭介達と騎士団の面々はエルマーをあくまでも民間人として救出する方向で話をまとめ、付近の探索を進めながらホムンクルスの防壁前まで来ていた。

 出動したばかりの時点では凍結寸前の地面による機動力低下を見込んで救出は絶望視されていたのだが、実はこの時点で当初予測されていた時刻よりも早い段階で移動と探索を終えている。


 その陰にはクエストに来ていた学生二人の力が関与していた。

 ミアの【アクセル】による集団全体の加速とユーの【漣】による即席の滑り止めが、集団での安定した移動を可能としたのである。

 彼女らが警邏クエストに来ていたのはトラロック騎士団にとって予想外の僥倖だったと言えよう。


「で、問題はこれをどう突破するかなんだが」


 全身に【ホットガード】を纏わせながらガイが呟く。

 銀色に輝く人型ホムンクルスが関節を組んで織り成す壁は、近づいて見ると前衛芸術めいた奇抜さと不気味さを併せ持っていた。物理的な頑健さもあろうが心理的にも近寄り難い。


「アズマの結界体当たりでも厳しそう?」

『この構造を見るに衝撃を分散されてしまうでしょう。それにこれらホムンクルスの総数が不明である以上、一点突破では確実な対処も難しいかと』

「適度に隙間があるってのも厄介だなオイ」

「エリカちゃんの魔力弾ならどう? あれなら威力も攻撃範囲も問題ないと思うんだけど」

「試しに一発撃ってみるか。いっすかねアルフィーさん」

「うーん、騎士団の魔力を温存できるならしておきたいし……お願いできますか」

「あいよー」


 言うが早いかエリカが“レッドラム”で壁の一部を撃った。その躊躇いのなさに圭介は思わず自分と比べそうになってしまうも、一度スイッチを切り替えて撃たれたホムンクルスの様子を見る。

 着弾と同時に炸裂した魔力弾の粒子が拡散されると、魔力障壁が展開されていた。しかし完全に防ぎ切ったわけではないのか、衝撃でやや後方に下がった体を前に動かしている様子が見て取れる。


「一発でもちょっと押し込むくらいはできるみてぇだな。つっても連射して破るにも時間かかりそうか」

「あ、じゃあ僕も手伝うよ」


 魔力弾による攻撃は通用しないわけではない。それさえわかれば圭介にも案はあった。


「手伝うったってオメーどうすんだ」

「時間ないから説明は後でな。エリカは魔力弾を出せるだけ出して撃たずに待機しといて」

「んん? まあいいや、二十八発分出しとくわ」


 疑問を覚えつつエリカが二十六の魔術円を出現させ、それぞれの中心と二丁拳銃の銃口に魔力弾を出現させる。


「あんがとね。じゃあ、ちょっとそれ使うよ」


 その様子を確認した圭介は、右手を握りしめた“アクチュアリティトレイター”ごと後ろに下げた。


(よーし、ここいらで新必殺技のお披露目といこうか。つってもエリカとバイロンさんには昨日ちょろっと見せたけど)


 念動力でエリカの魔力弾を自身の周囲へと誘導する。それらは右手に握られた柄を伝って鉄板部分にまとわりつくように動き、螺旋を描いて先端へと集合していった。

 最後の一発まで集結させたそれは、赤銅色の球体を鶸色の光が包み込む形で出来上がった巨大な魔力弾。アドバルーンほどの大きさを誇り、着弾時の威力は計り知れない。


「うわ、なんかすげぇ」

「威力エグいことになってそう……」


 エリカの魔力弾を話にしか聞いたことのないレオや騎士達が呑気に感心する一方で、一発分の破壊力を知るミアとユーが顔を引きつらせる。騎士の中で唯一彼女の力を目にした経験があるセシリアに至っては、彼女らしくもなく「うーわ」と呟いて目を逸らしていた。


 そして誰よりもその魔力弾の特性を知るエリカはというと、


「ダハハハハハ! やべえやべえやべえやべえ! それ最高に面白ぇわヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「おうっ、あうっ」


 隣りに立つガイの鎧をビシバシと叩きながら爆笑していた。


「いくぜ新技――“スパイラルピック”!!」


 新しくつけた技の名前を声高に叫びながら、足裏で【サイコキネシス】を炸裂させて前方へと跳躍。同時に魔力障壁を展開するホムンクルスの群れに向けて“アクチュアリティトレイター”を突き出す。

 巨大な魔力弾は着弾と同時に一層大きく膨張し、その時点で障壁に罅割れを起こした。


「行ったれぇぇぇ――――――ッ!!」


 圭介の叫びに呼応するかのように膨張は続く。その一方で障壁に押し潰されてか、少し空気が抜けているゴムボールよろしく柔らかに変形していった。

 ピシリと何かが割れる音がする。


 その直後、爆音を伴って魔力弾が炸裂した。


 魔力障壁の破片とホムンクルスの四肢や頭部や臓器の類が、雪に交じわって悪ふざけのように飛散する。その中にはついでのように吹き飛ばされる圭介の姿もあった。


 どうにか空中で“アクチュアリティトレイター”に乗って体勢を整えた圭介は、勢いのまま後方に下がりながら着地する。結果的に丁度協力してくれたエリカの隣りに立つ形となった。


「今です!」


 圭介の声は騎士団全員に向けられていた。


 いくら強力な攻撃で防壁を破ったとはいえ、まだ両脇のホムンクルスが残っている。加えてこの場にいる分だけで打ち止めとは限らない。

 再び防壁を組み直される前に、急ぎ突入する必要があったのだ。


 暫しあんぐりと口を開けて呆けていた騎士団一同だったが、最大の好機を前に気勢を取り戻した。


『うおおおォォォォォ!』


 もはや陣形がどうの編成がこうのと言ってはいられない。第六騎士団とトラロック騎士団の区分けもなく、全員がこの瞬間を無駄にすまいと吶喊した。


「マジかよ新技の威力やべぇな!」

「だろだろすげえだろ! いやあ、やっぱ技名つけると気分のノリも違うなあ!」

『間違いなく威力が上がっているので私からは何も言えません』


 斯くして[シンジケート]側の予想を遥かに上回る速度で、騎士団は敵陣に踏み込んだのであった。



   *     *     *     *     *     *  



「何じゃあ貴様らクラァ!」

「テメェら何してくれとんじゃあ!」

「るっせえブチ殺すぞゴロツキがァ!」

「こちとら騎士団だぞ舐めんなゴラァ!」


 どちらが犯罪者なのかわからないが、[シンジケート]構成員らしき男達と第六騎士団所属の騎士による刃を交えた微笑ましいやり取りである。


 防壁の向こう側にいた黒いコートの集団は【解放】済みのグリモアーツや戦闘用の魔道具で武装しており、戦闘の準備自体はできていた。ただどうにも足並みが揃っておらず、騎士団からしてみれば相手が本当にあの[シンジケート]なのかと疑うまでに容易く押し勝てている。


 ただし、順調なのはあくまでも戦闘行為のみだ。

 防壁を破った時点でエルマーが空中にいるのは誰からも見えてはいた。しかし騎士団側に空中を移動する術がない現状、頼れるのは遺憾ながら圭介一人のみ。


「ケースケ、この辺りは大体片付いた! もう行ってくれて構わん!」


 飛びかかる男の頭部を掴んでそのまま廃屋の壁に叩きつけながら、セシリアが声を荒げる。圭介も言われた直後には既に“アクチュアリティトレイター”に乗って空中へと飛び出していた。


「ああもう、いきなり訪ねてきてお兄さんの遺物探しを手伝わせるわ、助けを求めておいてこの非常事態に勝手に動くわ、挙句に捕まって身動き取れなくなってるわ……世話の焼ける優等生もいたもんだ」


 ぼやきながらエルマーに接近すると、彼の周囲に奇妙な網目があるのがわかる。【サイコキネシス】の索敵を用いるまでもなく、表面に付着した雪の堆積が球状の籠を浮き彫りにしていた。


「エルマー君、大丈夫? 今助けるからさ」

「け、ケースケ君……その、ご、ごごごめんなさ……」

「後で聞くからいいや。それより何か閉じ込められてない? 何なのこれ」


 破いて困るものでもなかろうと、腰からクロネッカーを抜いて切っ先を網目の隙間にねじ込む。が、想定外に頑丈であり破るどころか隙間を拡張することすらできない。

 これは一旦騎士団に預けるべき問題か、と圭介が下まで運ぶことも考え出したところで、エルマーの弱々しげな声が響いた。


「その、もしかしたら、だけど」

「ん?」

「これも、錬金術、なのかも」

「……どゆこと?」


 想定外の話が出てきて、圭介としても戸惑ってしまう。


 まだ地球にいた時分に圭介は一度、『自分で生み出したホムンクルスを使って料理を作る地産地消の錬金術師』というトチ狂った設定で小説を書こうとした経験がある。

 その過程で錬金術に関する知識もインターネットで調べたりしたが、彼の記憶が確かならば錬金術の本質は不老不死になるために賢者の石を生成することだったはずだ。副次的な位置づけとして黄金の生成やホムンクルスの創造などがあることも知っていたものの、頑丈な網目を作るという要素はなかったように思う。


 しかしこの異世界では段ボールに術式を組み込んだものが霊符として用いられていたのだ。地球での常識は通用しないのかもしれない。


「多分、砂とか、ゴミとか、微生物のふ、フン、とか。そ、そういうのを、まとめて金属に変えて、るのかも。そうして、糸みたく細長く、してるのかも。だとすると、黄髄液、使ってると、思う」

「な、なるほど?」


 そもそも圭介からしてみれば「黄髄液とは何ぞや」といったところである。

 困惑の中で助け船を出したのは、頭上にいるアズマだった。


『地球に広まっていた錬金術とこちらの世界での錬金術には意味合いに差異があります。あちらが不老不死や黄金の錬成を目的としていたのに対し、こちらでは集めた材料から新たな存在を生成することを目的としているのです』

「新たな存在って、この網目がそうなの?」

『はい。用途や方針に応じた色の髄液と適切な量の素材を用意することで、疑似的生命体(ホムンクルス)や即興の魔道具なども作ることが可能となります』


 それだと何でもできるようになる気もしたものの、圭介は以前その応用性の高さについてミアから聞いていたのを思い出した。

 霊符に並んで適性に関係なく何でもできてしまう技術。なるほど確かにその二つは、趣こそ違えどもコストや手間暇のかかり方という面で類似しているかもしれない。


 見方を変えれば霊符と同じく、生成された物品には魔力が流れているはずだ。


「一度試してみるか。【滞留せよ】」


 グリグリと押し付けていたクロネッカーの刃先に意識を集中させ、キーワードを口にする。

 もしも圭介の目論見通りならば網目模様の金属に流れる魔力がクロネッカーに触れた部分から滞留し、形状を維持できなくなっていくはずなのだ。


 果たして変化は訪れた。


 思っていたよりも早い段階で檻全体の形状がぐにゃりと歪んだのだ。流石にこうも容易に全体的な影響を見せるとは思っていなかった圭介は、ギョッとして目を見開いた。


「えぇ…………何だコレ脆い……モロモロ……」

「い、いや、それよりその、ナイフ、何なの?」

「ん? あっ」


 破った方からしてみれば拍子抜けに思えたそれは、破れなかった方からしてみれば異端の所業に他なるまい。さりとて馬鹿正直に「第一王女からもらったまだ非売品の魔道具」などと話しても余計な混乱を招き、取らずに済むはずの時間を取りかねない。

 どうしたものかと悩むも現状その説明は不要と判断し、圭介はきりりと表情を引き締めた。


「と、とにかく。エルマー君は一般人って括りなんだから、無茶してないで騎士団詰所まで避難しときなって。このお兄さんの遺品はちょっとまだどうするかわからないから一度騎士団に預けてさ」

「うぇ、で、でも」

「こんだけ騒ぎになってるのにデモもストもあるもんか。言っとくけど僕はともかく騎士団の人達はめっちゃ怒ってるからね、後でしこたま叱ってもらうから今からでもちゃんと反省しなさい」

「う、うぅ……」


 まるで母親のような言い分になってしまったが、いつまでもここで彼と雑談を交わしているわけにもいかない。

 下ではまだ騎士団や仲間達と[シンジケート]らしき黒服達との戦闘の音が聴こえてくる。できればすぐにでも手伝いに行きたかった。


「【レイヴンエッジ】!」

「ひぎいぃぃぃ!!」

「【首刈り狐・双牙】!」

「ぎゃあああああ!!」

「【ホーリーフレイム】!」

「ぐおおぉぉぉぉぉ!!」

「ほーれほれこないだ雪山で食わされた悪魔のようにくっせぇチーズの臭いだほれほれ」

「おぶぇええ!! 濃厚なおっさんの腋の臭いがする!! おっさんの腋嗅いだことないけど!!」

「エリカちゃん今すぐそれやめて、ミアちゃんがすっごい顔してるから!」


 一部戦闘というよりいじめのような状態だったが、ともかくこの際民間人として扱われるべきエルマーの存在ははっきり言ってクエストの邪魔ですらある。

 歪に千切れた檻を【サイコキネシス】で引き裂き、中から小柄な少年を引きずり出す。特に抵抗はなかった。


「ケースケ君、その」

「だから後で聞くってばさ。それとも今じゃないと駄目な話だったり――」


 さてこれから降りようか、となったその瞬間。

 唐突に“カリヤッハ・ヴェーラ”が全身の向きを変えた。


「あ?」


 これまで体を向けていた駅とは反対の方面、即ちトラロックの奥まった方へと吹雪が向かう。


 すぐそばでその様子を見ていた圭介が訝しげな声を上げると、


『南西方面推定三〇六メートル先の市街地にて膨大な魔力反応を検知。どうやら地下から現れたようです』


 アズマの無機質な声が静かな警告を齎した。

 具体的な情報に従うようにして、何事かと圭介がその先へと視線を向ける。


 向けて、心底嫌そうな表情へと変化した。


「ねえ、アレってさ……」

「……ほ、ホムンクルス、だね」


 これまで見てきた銀色の人型とは全く違う、黄昏を模した風景に穴を空けるが如く浮かび上がるそれは夜空にも似た黒。

 まだダンジョンとして扱われていた時期の名残を再現したものか、嘗てこの洞窟を住処としていたモンスターを象ったかのようなシルエット。


 一軒家よりも巨大な蜘蛛。


 それが今、雪風を浴びながら圭介達の方を向いている。


「機械の蟹なら相手したことあるけど、あれより明らかデカいなあ」


 場数を踏んできたからか圭介は余裕を孕んだ軽口を叩く。

 自分も大概頭のネジが外れてきたな、とどこか自覚しながら。

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