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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第六章 迷宮洞窟商店街トラロック編

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第十二話 ホムンクルス

 時間の経過で光の色を変えないトラロックにいると、多くの人々は時間の感覚が狂う。それは圭介もエリカも変わらない。

 大分長いこと歩き回った末にバイロンから警邏の終了を告げられた時、二人は「やっと終わったか」と胸を撫で下ろした。


 あれから由来不明のホムンクルスによる襲撃を受ける事態は避けてきたものの、何も起こらないまま進むほどトラロックという場所は甘くない。

 どうにもこの街を訪れるならず者達には『ある程度の犯罪行為が容認されている』という誤解があるようで、大きな通りや開けた場所ならまだしも裏路地に索敵網を巡らせるとちょくちょくそういった輩がいる。


「…………」

『どうされましたか』

「疲れた……」


 つまりそれだけ現行犯で相手を取り押さえる機会も増えるということだ。


 諍いや強引な勧誘を行う手合いの中には圭介の顔を知っている者もいた。

 それはそれで戦闘に入らない分まだ平和的解決を望めそうなものだが、腕っ節や魔術の技巧に自信のある輩は逆に突っかかってくるのだから始末に負えない。

 少なくとも人型の生命体を殺傷してなお余裕のある自分に戸惑いを覚えている圭介としては、相手をするのも億劫な存在であった。


 ただ、全く収穫が無かったわけではない。


 ホムンクルスの一件で懲りた圭介は、彼らで“殺さない”戦い方を練習することとしたのである。

 仕事であり他人への暴力に当たる行為を練習とするのは道徳的に抵抗もあったが、今後気をつけなければ殺さずに解決できる場合でも相手の命を奪いかねない。ただでさえ“アクチュアリティトレイター”というグリモアーツは念動力で軽く振るうだけで岩の壁を砕くほどに凶悪な武器なのだ。

 おかげで、というのも不謹慎だがどうにか力加減を覚えてきた。嘗て暴力を振るう上で加減を知らなかった圭介にとっては快挙と言えるだろう。同時に段々と自身が特別打たれ強いということも自覚できるようになったのは嬉しい誤算である。


 そうして普段使わない神経を使い過ぎたからか、今の圭介はグロッキー状態にあった。


「一度詰所に向かいましょう。そこで退勤時間を記録したら本日の業務は終了です。……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫っす」

「無理してねえで今日はもうとっとと帰って寝とけよ。夕飯は運んできてやっからよ」

「こっち来たばっかの頃を思い出すなあそれ」


 異世界生活初日の夜、エリカが持ってきてくれた焼きそばらしき何かを思い出す。あの頃から彼女には事あるごとに食べ物を与えられてきた。

 何度かお返しに食事を奢ったこともあるが、どうにもエリカは誰かに食べ物をあげるという行為を好んでやっているようである。


 夕飯はどうするか、買い物に至便な店はどこかとバイロンとアズマも交えて話している内に詰所に到着した。


 アルフィーに言われた通り受付でカードを見せて中へと入り、タッチパネルでの勤怠記録を入力する。

 それも終えた辺りで、バイロンが二人に向き直る。


「私はこちらの騎士団長とガイさんにお話があるので、一旦ここで失礼します。今日一日お疲れ様でした」

「へーい、お疲れ様でした……」

『お疲れ様でした』

「っかれーっす」

「気をつけてお帰りください。では」


 そう言って彼が奥の部屋へと入っていくのを見送ると、背後から話し声が聞こえてきた。


 入れ違いになるようにミアとユー、セシリアとレオも戻ってきたのだ。こちらは圭介と違ってそこまで疲れた様子を見せていない。

 やはり騎士団学校に通う以上は日本でのほほんと生きてきた自分より体力があるのだろうか、と圭介は若干自信を失った。何となればジョギングの走行ルートを変えることも一考しつつある。


「うーっす、そっちも終わったか」

「うぃーっす。まあユーちゃんが何度か絡まれるくらいで大きな事件とかは無かったかな」

「でも意外と大人しく捕まってくれるから楽だったよ。そっちは?」

「変なのに襲われるわ腕試しに喧嘩売られるわで大変だった……」

『途中から面倒になって念動力で川に落としてましたものね』

「マジすか。うわあきったねぇ」

「お前、この街の川は疫病や寄生虫の宝庫だぞ……」

「えっ、そうなんですか」


 トラロックの川には生活排水とその中で生存する道を選んだ菌類、虫の類がひしめき合っている。観光地として景観を損ねないためにも街側が管理している大規模な幻影術式で見た目だけは美しい瑠璃色に整えてはいても、含まれる成分は変わらない。

 不自然なまでに青いせいで[プロージットタイム]の川を着色していた技術と同じようなものだろうか、と圭介は軽く流していたがどうやら予想外にかわいそうな思いをさせていたようだ。相手が先に突っかかってきたからと流すには些かやり過ぎた気にもなる。


「……後でお見舞いに行ってあげようかな」

「もうどこにいるかもわかんねえだろ。やめとけやめとけ、自業自得だ」


 雑談を交わしていると、奥からバイロンが戻ってきた。背後にはアルフィーと、眠たげな様子のガイもいる。


「おや、まだいらっしゃったんですか。でもおかげで手間が省けた」

「? 手間、というと」

「これから少しセシリアさんに騎士団関連でお話しておきたいことがありまして。あ、でも皆さんはお帰りいただいて大丈夫ですよ」

「私に話とは?」

「ここで話すのは……。あちらで見ていただきたいものがありますので、それをまずご確認ください」


 それを聞いたセシリアは軽く頷き、三人がいる方へ足を運ばせる。


「私は彼らと話をしてから戻る。先に食事を済ませておいてくれ」

「わかりましたー。……あー、だるい」

「一旦帰れってマジで。食いもんなら持って帰ってくるから」

「いやそこまでじゃないから……」


 語り合いながら遠ざかる少年少女の背中を暫し見つめて、セシリアは改めて三人の方へと振り返った。


「詳しいお話は奥で。何分、まずは見てもらった方が早いので」

「わかった。案内しろ」

「門外漢の俺まで呼ぶ必要があったかね」

「あなた一応第六騎士団の団長でしょう」

「ワハハ、一応と来たか」


 四人の騎士が向かった先にあったのは、詰所の地下室。床、というより地面と一体化している構造から察するに元々ダンジョンに備わっていたものらしいことがわかる。

 降りる階段の途中で見受けられる健康診断の報せなどといった張り紙から、騎士団全員が普段から使っている場所なのだろう。


 階段を降り切ってからしばらく続く通路を進んだ辺りで、バイロンが「ここです」と立ち止まった。

 彼が示した壁には、一枚の鉄の扉がある。


「ここは……」

「騎士団が損傷した防具やグリモアーツの修復などに用いている錬金室です。装置や各種薬品はやや古いものですが、問題なく機能しています」

「へー、アレってこういう場所で直してたんか。工場かどっかに持ってって修理してんのかと思ってた」


 ガイの言葉には反応を返さず、扉を開く。


 その中に入ったセシリアは、まず視界に飛び込んできた奇妙なものに怪訝そうな表情を浮かべた。


「……それは?」

「これが貴女に見ていただきたかったものです」


 立てかけられたように斜め上を向いた状態で固定されている手術台。

 そこに縛り付けられているのは、圭介を襲った銀色のホムンクルスの死体であった。

 潰されて歪に分断された胴体部分が金具でやや強引に縫い付けられ、僅かに見える肉片は糊のようなもので体液を漏らさないよう固められている。


 一同がその前に並んだのを確認すると、アルフィーが説明を始めた。


「これは本日の警邏中に、トーゴー・ケースケ君を襲撃したホムンクルスの死体です。外観的特徴は既にバイロンさんからセシリアさんにも共有されたかと思いますが、この形態はここ一週間の間にトラロックで幾度か目撃され、また騎士団によって破壊されています」

「何? ではこれまでに倒されたホムンクルスの死体はどうした」

「それですが……っ、始まります」


 アルフィーが言うや否や、拘束されているホムンクルスの死体に変化が生じ始めた。


 固着された胴体の傷から、徐々に肉が溶け始める。最初は水のように透明な液が滲む程度だったのが、銀色の肉もはみ出していた臓腑もまとめて液状化しながら下へと落ちていく。


「……!」


 セシリアが瞠目している間にも肉も体液も平等にドロドロと滴り落ち、最終的には予め下に用意してあった透明な容器に大量の粘液として収まってしまった。手術台に微かな残滓をこびりつかせて、今やそこに人型のホムンクルスなど存在しない。


「……と、こういう形で死体が細胞レベルで崩壊を起こしてしまい、どうしても保存できないのです。一応液状化したものはしまってありますが」

「その状態からは何か手がかりが得られなかったのか?」

「検出される情報もなくはありませんでした」


 専門的な分野の話になるからか、そこからはバイロンが話を引き継いだ。


「使用されている錬金用髄液は紅髄液と黄髄液……無くはありませんが珍しい組み合わせですね」

「ほーん、そうなのか」


 錬金術に詳しいバイロンの言葉に、ガイが興味深げに反応する。錬金術というよりは単に珍しいものに反応したようだ。


「この二色の髄液は相性がよくないんですよ。まあ錬成の難易度を度外視すれば強力なホムンクルスを作ることも可能ではあるのですが、本来は双方と相性のいい緑髄液を混入させるのが効率的です」


 更に、とバイロンは付け加える。


「このホムンクルスには作成者である錬金術師の魔力が残っていない。恐らく数日という時間をかけて魔力を抜く処置が施されたものかと」

「へぇ、そんなことできんのかよ?」

「……不可能ではないでしょうが、表の技術ではありません。これが(おおやけ)のものとなれば即刻禁術指定となるでしょう」


 それは暗に[シンジケート]の関与を仄めかせるものでもあった。

 世間一般の錬金術において、ホムンクルスやポーションといった錬成物には何らかの形で作成者の魔力が残留するというのが共通認識である。それを根本から覆す技法があれば、今後錬金術師による犯罪は炎のように拡散するだろう。

 即ち、表に出すべき情報ではないのだ。


「理屈は理解できた。それで、細胞が崩壊しているということはこれ以上の手がかりを得られないということか」


 技術の良し悪しはともかく、とセシリアが別の質問を飛ばした。


「いえ、それが毎回こうして崩壊するごとに僅かながら採取できる細胞はあります。そこから遺伝子情報を読み込んで特定の人物に辿り着くことにも既に成功してはいるのですが……」

「……どうした」

「それなんですが」


 あまり芳しくない表情のバイロンに嫌な予感を覚えつつもセシリアが先を促すと、気まずげな雰囲気を漂わせて彼の横に立つアルフィーが応じる。


「監査班から提出された結果については、以前倒したホムンクルスの残骸から出てはいます。予めここに置いておきましたので、どうぞご確認をば」

「ふむ……」


 手渡されたプリントに目を通す。

 通常の騎士の知識では扱い切れない専門的な部分は流し読み程度で済ませ、結果の部分に記載されている人物の名に辿り着いた。


 その瞬間、セシリアの目が驚愕に見開かれる。


「…………ギディオン・バーバー? おい、これは……」

「何だ、知り合いか何かか?」

「馬鹿者! どうして知らんのだ、この名前は――」


 呑気なガイの声に苛立ったのか、彼女にしては珍しく焦燥に満ちた声が室内に響き渡った。




「――先日、メティスで刑を執行された死刑囚のものだろうが!」

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