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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編

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第十三話 魔術の練習と昼食の時間

 結論から言えば、色々と試してみた結果として圭介は魔術を使えるようにはなっていた。


「ふうううぅぅぅぅぬっぐぐぐぐぐ」

「よし頑張れそら頑張れほれ頑張れ」

「ほっごごごごごごごおおぉぉぉぉ」

「あんたマジで面白い顔するよなァ」


 全身全霊を込めて小石一つ浮かせられる程度にだが。


「っぷはぁ、もう限界」


 指先に挟んだカード状態のグリモアーツに集中させていた意識を分散させ、芝生の上に倒れ込む。後を追うように宙に浮いていた小石も落下した。


 場所は以前ヴィンスに教えてもらった焼却炉の裏手にある秘密の広場。

 木々が生い茂り幹は壁、枝葉は天井、木漏れ日は照明として機能する屋外の密室である。なるほどここならば間違いなく内部の状況が外部に伝わることも無いだろう。


 とはいえモンタギューを連れてきている時点で秘密でも何でもなくなってしまったが、圭介はそもそもビーレフェルトに長居するつもりがないのでこの程度の秘密なら保持する意味も薄い。

「どれだけ練習しても迷惑にならないだろうから」という判断により、早速使わせてもらうことにした。


「おー、お疲れ。一度につき三分弱ってとこかね」

「そ、そんなもん、かぁ……」

「まぁ実際誰だって最初はそんなもんさ。逆に俺ぁそんな程度もまだ無理な段階だと思ってたくらいだぜ。存外才能あるのかもしれねェ」


 野菜スティックを齧りながら仰臥する圭介の顔を覗き込む黒兎の顔は、人間の顔と異なる造形ながらも無表情とわかる無表情を浮かべていた。愛くるしい外見に反してサービス精神に欠ける。


「それにあんたァ自覚ないだろうが、そりゃ【テレキネシス】っつう風も起こさず物を動かす珍しいタイプの魔術だ。極めれば大陸有数の大企業や周辺国家から引っ張りだこになるかもな」


 練習を始める少し前。

 魔術について雑談していた時に圭介が属性の概念を持ち出したところ、ビーレフェルトにおいて『炎』や『水』などといった分類は今やされていないカビの生えた過去の定説とのことだった(圭介が住んでいた世界での扱いとしては四体液説に近いものと思われる)。


 嘗ては基礎四部類に加えて派生八部類、更に特殊分類も合わせて覚えなければならず何かと勉学に励む学生の頭を悩ませていた。

 だが、百年も前からはとある一人の高名な学者が率いる議会によってざっくりと『魔力因子操作系統』、『魔力因子変質系統』、『魔力因子付与系統』の三つにまとめられた。これが極めて適切な考えと多くの支持を集め、瞬く間に世間へと浸透したのである。


 学生を中心とした若者の間ではこれを更に縮めて『魔力操作』、『魔力変質』、『魔力付与』の呼び名で通っている。


 エリカが使った【マッピング】は魔力を操り即興の地図を作製する『操作』、ユーがゴブリンに向けて放った【首刈り狐】は魔力を薄く鋭い刃に作り変えることによる『変質』、圭介が操る【テレキネシス】は対象に魔力を送り込み動かすことから『付与』に属するとモンタギューは語った。


「や、やった……こういう、貴重な才能は、主人公の特権…………ていうか、【テレキネシス】って、魔術ってより、エスパーじゃね……?」

「エスパーが何なのか知らんけど。とにかくそんななかなか適性のある奴がいない魔術、あんまり使い過ぎて目立つと暗殺とかされそうでおっかねェわ。来て間もない客人だからブラック企業にも都合よく使い潰されそうだし」

「前言撤回、脇キャラでいいや僕……あ、スティック一本ください」


 モンタギューが無言で口に突っ込んできたきゅうりのスティックを噛み砕きながら、圭介は考える。


 早い段階で魔術を扱えるようになってきているのなら、今後の生活で受けられるクエストの幅も広がるだろう。そうなれば、生活費のみならず自由に使える金銭が増える。


 現状出ている情報はモンタギューが提供してくれた過去の事例二件のみだが、それだけの僅かな希望であっても精査するためには人脈と資金がどうしても必要となってくるだろう。

 そのための一歩前進として自身に魔術の才能があるという事実は、それなりの精神的支柱となった。


「ていうかこの状態だと、まだ【解放】もできないんだね」


 野菜を噛み砕きながら出た言葉はやや聞き取り辛かったかもしれないが、どうやら意図は伝わったようである。


 モンタギューは短い溜息を吐いて圭介のグリモアーツをちらりと見た。


「シンボルが出てないってことはグリモアーツが持ち主の魔力に適した形状を探ってる途中ってことさ。特にあんたはこっち来たばかりなんだから魔力の扱いそのものがわからんだろうし、そうなりゃ向き不向きも簡単には決められない。【解放】はまだまだ先だな」

「えぇ……あれカッコいいから僕もやりたいんだけどな」

「早けりゃいいってもんでもないんだなこれが」


 圭介が男子小学生じみた発言をすると、チッチッチ、と指を振られた。

 愛くるしい黒兎がやることで視覚的なストレスは緩和されたが、圭介からしてみれば同じことをエリカにやられた日にはレイチェルとタッグを組んでダブルラリアットをお見舞いしただろう苛立たしい動作である。


「例えば体動かすしかできないような単純馬鹿はやれることが少ない分だけ使い始めて一時間足らずで【解放】できるようになったりするんだが、できるこた少ねェ。逆にあれこれ考える奴なら【解放】できるようになるまでかかるが、それだけ複雑な形になってできることも多くなる」


 例外もあるがな、と小さく笑う。

 もしかすると彼自身、彼が言うところの単純馬鹿に属するのかもしれない。


「ここで前者が大した努力もせずに追いつかれた日にゃ悲惨だぞ、使える魔術は騎士団の雇用条件のみならず一般企業への就職にも響くからな」

「ほぇー、早くに使えるから有利とは限らないわけだ」

「逆に言うと単純に見える適性も掘り下げると色々できるようになる。いずれにしても怠けて成功する奴はいねえってこった」


 圭介が感心していると、昼休みを告げるチャイムが響く。校内から漏れ出るはずのざわざわという人の群れの声が遠く聴こえることから、二人は周囲にある林の厚さを実感した。


「いつの間にか随分な時間になっちまったな。飯行こうぜ」

「そだね。あぁ疲れた、疲れ過ぎてウンコ漏れそう」

「マジかよ、間に合わなければ野糞するしかないな」


 汚い会話を繰り広げていると食欲が失せそうだったので、二人はそれ以上ウンコの話をしなかった。



   *     *     *     *     *     *  



 パトリシアから受け取ったおまけの報酬もあり、圭介の懐にはいくらかの金銭があった。


 そして金銭を受け取る段に入って初めて知ったのだが、アガルタ王国では『シリカ』という通貨が使われている。

 これは日本円に換算すると一シリカにつき一五〇円程度となるらしく、一食にかかる料金は贅沢しなければ三~四シリカ前後で抑えられる。


 今圭介の所持金は、パトリシアの善意による追加報酬とエリカへの昼食・夕食(初日の焼きそばモドキ)代返済も込みで差引一四〇シリカ。日本円なら二一〇〇〇円となり、これだけあればしばらくは食いつなげるだろう。


 ただし来月から徴収される部屋の家賃は一ヶ月につき四〇〇シリカ。

 単純に日本円に換算すると六〇〇〇〇円相当の金額であり、圭介の懐事情を考えると驚異的な値段である。


「こいつはコスパ最高だぜ!」


 故に圭介が食券販売機で注文したのは、安価であり腹持ちも良いマッシュポテト(大盛り)だった。フォークやスプーンをまとめて置いている棚の近くにある黒胡椒を振りかければ飽きも来ない。


 頬張った途端に口腔内を満たす芋の風味によりもたらされたのは第一次大戦で敗北したドイツ人の気分である。

 ここに束になって山積みにされたマルク紙幣があれば、圭介はサボタージュする水兵ごっこを始めたかもしれない。


 中学校卒業直前に読み返した当時の教科書の内容を思い返していると、モンタギューの方から心配げな声が聞こえた。


「……もうちょい肉とか食わなくていいのかよ? 客人ってヒューマンと同じ作りしてるからアレだろ、雑食だろ?」

「公の場で雑食とか言うんじゃないの。僕の住んでた世界で雑食ってのはアブノーマルな趣味のことを指す言葉なんだからな」

「こっわ。お前んとここっわ」


 因みにモンタギューは野菜スティックで充分な間食を摂っているからか、豆腐のように柔らかなバランス栄養食を一皿分だけ食べている。

 曰く、植物性たんぱく質とカルシウムを主軸に多くの栄養素を含むそうだ。草食系の獣人にとっては日常的に摂取する類のものだが、通常の客人や他種族にも愛好家がいるという。


 二人が和気藹々と昼食を食べていると、きんと響く少女の声が聴こえた。


「あってめケースケ! なんで教室来ないんだよ寂しかった……あぁ? うーん、そうでもないわゴメン」


 今現在知り合った中で最もやかましい知り合い、エリカ・バロウズである。後方にはミアとユーの姿も見える。

 三人とも既に注文したらしき料理を載せたプレートを持っており、男子二人が座るテーブルに席を寄せて座った。


「あらやだ切ないわ。そっちもメシ?」

「メシメシ。他の二人も一緒だ。ってかおいおめぇモンタギューじゃん、何だかお久し振り」

「同じクラスだけどな。まあ喋るのは半年振りくらいか」

「うっさいのと喋らないのとだもんね。相性悪いだろうからね」


 と、異世界から来た少年の侘しい昼食風景を前にしてミアが目を丸くする。


「ありゃ、そっかケースケ君まだお金貯まってないからしばらく贅沢できないのか。にしたって随分とまた極端な」

「そうなんだよ。ってわけでお恵みを……」

「がんばれ、負けるな」

「負けません。勝ちます」


 脊髄から飛び出したような返事をしながら恨みがましく睨みつける圭介をミアは軽く笑い飛ばした。


 エリカは相変わらず燻製肉が数切れ載せられたガーリックライス、ミアは白身魚のソテーを主菜とした定食、ユーは枕ほどもありそうな大きさのオムライスを持ってきていた。当然純粋な量が違う為、男共より食べるのに時間がかかる。

 ただ食べ終えるのを待つという退屈を嫌って、圭介が雑に話を振った。


「前々から思ってたんだけどさ、ユーさんって意外と大食いだよね。太んないの?」

「あんたすげぇな本人に直で訊くかそういうこと」

「なるべく苦しんで死んだ方がいいと思う」


 しらっとした視線を注ぐモンタギューとミアとは対照的に、ユー自身は気分を害した風でもなく答える。


「体を鍛えている関係で消費するカロリーの量が同世代より多いんですよ。加えてエルフという種族の特徴として魔力の容量が膨大なこともあり、日々消耗する魔力に置換するエネルギーが必要となるんです」

「魔力も筋力も優れてるなんて凄いじゃん。もしかしたらエルフって体鍛えれば最強の種族なんじゃないの」

「…………食費が……」


 体型の話を振っても笑顔を維持していたユーの表情に影が差したのを見て、圭介はこれ以上この話題を広げまいと心に誓った。

 同時に金銭的な悩みを抱えるエルフの少女に奇妙な親近感を覚える。貧乏はさぞかしつらかろう。


「とりま午後は特にクエストも授業もないから、ケースケの魔術修行に付き合ってやろうぜ。グリモアーツ届いたんだろ?」


 ガーリックライスを頬張りながらエリカが言う。グリモアーツの件に関しては、恐らくレイチェルから連絡があったのだろう。


「そうとも。そして戦慄するがいい、ぼかぁもしかしたらとんでもない才能の持ち主なのかもしれないんだぜ」

「まぁ女子更衣室での土下座は才能としか言えないレベルで堂に入ってたな」

「おいやめろエリカてめぇぶっ飛ばすぞマジで」

「うわ、急にキレんなよ怖ェよ」


 何故か隣りにいるモンタギューがとばっちりで怯えていたが、それ以外は比較的平穏な昼食の時間を過ごした。

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