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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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エピローグ ロトルア騎士団の騒がしい朝

 朝焼けの光に包まれるロトルアの一画、富裕層ご用達の高級住宅街にてロトルア騎士団が一つの屋敷を取り囲んでいた。

 騎士達は目の下に隈をこさえながら、欠伸を噛み殺して目の前に聳える建物の青い屋根を睨みつける。


「ノーフォーク殿ォ! いい加減にして下さい!」


 圭介にサインをねだっていた騎士団長が、グリモアーツを拡声器代わりに用いて声を張り上げた。


 彼らが包囲しているのは[プロージットタイム]取締役会会員、エイブラハム・ノーフォークの邸宅。

 ダンジョンの隠蔽と人身売買の件について詰問する為、証拠隠蔽の隙を設けさせないよう迅速に対応したロトルア騎士団の面々は昨晩遅くから今の状況を継続している。

 いつ行動に移らなければならないかわからない緊張感が、彼らの中にいる眠気という生理的な敵を強めていた。


 交代で仮眠を取らせてはいるものの、それも人員不足から一人辺りが確保できる時間は精々三十分程度だ。トイレなどの小用も含めると、不動ながらも大変な重労働である。


「ちっ……おい、裏手の方は?」

「さっき無線で確認しましたが、誰かが出た様子はなかったと」


 その報告を聞いた騎士団長は、再度舌打ちした。


 裏口から出てこないのは想定内の話だ。そも囲まれているのだから、出口がどの部分にあろうと変わらない。

 本命は地下、大穴も在り得ると見て空中に逃げ出さないよう空中戦に特化した飛行兵も数名控えさせてはいる。

 ハディアを用いての空間転移による逃走も考えて、転移阻害用の術式も既に展開していた。


 ただ索敵班曰く、彼らの包囲を受けてから地下に動きはなし。絶え間なく複数の目で見張っている以上、空に逃げれば必ず誰かがそれに気付く。結界も反応していないことからハディアで逃げたわけでもなさそうだ。


 となればエイブラハムはまだ中に引きこもっているのだろう。追い詰められた悪徳貴族が何を考えているのかなど知ったことではないが、籠城という手段は彼らにとって最悪の選択であるはずだった。


 基本的にアガルタ王国では騎士団の家宅捜査や任意出頭の際に、交渉自体を断絶することが禁じられている。この場合例え居留守ではなく本当に留守であった場合でもいなかった当人に責任が生じるものとされており、一定時間以上応答しない状態が続けば騎士団側の強行突破という手段が解禁されるのだ。

 この強行突破なるものの苛烈さは遍く貴族に知られているところであり、門や扉の破壊は序の口、地下や別荘を爆破や溶解といったあらゆる手段で暴き出し徹底的に相手を追い込む。


 過去にそれで不運にも我が子の右足が崩壊した壁の下敷きとなり、切除せざるを得ない状況にまで至った悪徳貴族がいた。

 しかし国はこれを「早期に対応していれば回避できたはずの事態であり、よって子息の右足切断は()()()()()()()()()()()()()()()()()と見なす」として騎士団に責任を問わなかった。どころかその貴族には“子息に対する非人道的な虐待”という謂れのない罪科まで追加されたのである。


 そういった過去の判例もあり、アガルタに住まう貴族の間には基本的にまず騎士団の要請に逆らってはならないという暗黙のルールがあった。


 しかしこれは逆を言えば、しばらくは強行突破の心配などないのだからそれより早く対策を練ってしまえばいいという論理にも帰結する。

 騎士団が強行突破を行使できるのは交渉断絶から八時間後。今現在、包囲して出頭を要請してから七時間と十分が経過していた。


 長時間待たされて、若手の騎士の中には苛立ちが態度に出始めている者もいる。


「とっとと出てきてくれりゃあ、それがお互い一番穏便に事を済ませられるんだがなあ」


 場合によっては八時間という条件を満たした瞬間に第四魔術位階の詠唱がそこかしこから聞こえるかもしれない。流石に事前に組んだ作戦を無視する形で先走られても困るので、十分前には改めて忠告を飛ばすべきだろうと騎士団長は判断していた。


「さぁて逃げてないってんならこの先どうする……お?」


 意識の保持も兼ねた独り言の途中、視界内で変化が生じた。


 まさかの正面玄関の鍵が、ガチャリと開錠されたのだ。


「総員、警戒しろ。魔術が飛んでくる可能性もある。……何をするつもりだ、ドブ鼠野郎」


 地下でも空中でもなく、真正面からの奇襲というのは騎士団の脅威を侮っている貴族がよくやる愚挙である。特に“大陸洗浄”で何かしらの武勲を得ている兵役上がりに多いそれは、結果的に人数差と統率力の前に敗れるのが常道だ。


 しかし果たしてそんな手段を、騎士団の対応に慣れた土地成金の小心者が選ぶだろうか。


 何かある、と踏んだ騎士団長が“シルバーソード”の柄に手を伸ばしたのと、ドアが開いたのは同時だった。




「待たせてすまなかったな、騎士団」




 現れたのはエイブラハムでもなければ彼の配下でもない、差し込み始めた日光を浴びて橙色を帯び始めた黒衣を纏う一人の青年。


 日本出身の客人、平峯無戒であった。


「なっ……!?」


 怯む他の騎士達とは異なり、騎士団長は武器を構えて威嚇する体制に入る。

 貴族の屋敷から部外者が出てくるという事態は、警備システムなども考慮するとそれだけで異常だ。加えて今回の一件で任意出頭を願い出る予定だった相手の家からとなれば、偶然ではあるまい。


 一応圭介から無戒の存在について、騎士団長だけが報告を受けていた。

 ただ一つ、その報告を受けてから彼は致命的なミスを犯す。


 忙しさから無戒の存在を拘束し損ねた残存勢力という形で片づけてしまった関係で、部下達に無戒の存在を警戒させることができていなかった。

 拉致被害者の保護に関する手続きをする上で関係者各所に顔を出し、同時並行処理としてノーフォーク邸包囲の指示出しまでしていく中でマルチタスクの限界を迎えたが故だ。どちらも迅速な対応が求められ、更に同情心と使命感によって高くはない可能性の話に意識を割けなかったのも痛い。


 だがそれでもすぐに警戒態勢に入ったのは正解だったのだろう。周囲にいる部下達も、各々武器を構えて無戒を睨みつける。


 無数の刃と銃口を向けられながらも相手は未だに涼しい顔だ。

 涼しい顔で、とんでもないものを騎士団の前に投げて寄越した。


「ほれ、目的はこれだろう。処する手間は省いてやったぞ」


 地べたにゴロゴロと転がってきたそれは、毛に覆われた丸い物体。

 それらは髪であり髭であり、人体の頭部にあるべき体毛である。


 陽光に照らされるエイブラハムの死に顔は、恐怖と苦痛に歪められていた。


「うっ、く……」


 情けなく叫ぶなどという騎士はこの場にいなかったものの、彼らは一様にして嫌そうな顔つきとなる。

 逮捕する予定とはいえ身命を賭して護るべき要人の生首が、こうも無造作に足元に転がってくるという事実はこの上ない屈辱であった。


「こちらとしては早々にこの場での用も済ませたことだ。もう少し早い段階でこの男の首をくれてやっても構わんのだが……どうにも他の事情が絡む関係でな。そちらの予定を遅らせる必要があった」

「何を言ってんだ、お前は!」


 一人の若い騎士が前に出て、剣の切っ先を向ける。


「俺達がどんな思いでここで待ってたと思ってやがる……! そいつを取り調べて、余罪も掘り起こして、他にも共犯者がいないか調べてって、やることがいくつもあったんだ! それを、こんなっ!」

「やめんか」


 憤る部下を騎士団長が静かに諌めた。その声に怒りもやるせなさも含まれていないことに、他の若い騎士達が違和感を抱く。対して三十代以降の騎士は、全体的に事の成り行きを見守るしかしない。


 年齢層によって動きが異なることを訝しんだのか、先走った若手騎士が呆然とした様子で周囲を見渡した。


「団長……?」

「……ここまで接近したことは流石になかったが。“大陸洗浄”では何度か姿を見かけていたぞ、“黄昏の歌”ヒラミネ・ムカイ」


“黄昏の歌”。

 それを聞いた瞬間、忙しなく敵意を発していた若い騎士達も顔色を変えて動きを止めた。


 現役で“大陸洗浄”に参加しておらず、ヒラミネ・ムカイの名前を知らない世代も騎士団学校などでその通り名だけは聞いている。

 単体戦力で複数の小隊を壊滅させた男の存在は、戦場に赴く者らの間で一種の災害として認識されていた程だ。


 触れずして人体を挽肉に変え、壁も天井も等しく容易に叩き割り、疾風怒濤の如き速さで駆け抜け、第四魔術位階相当の魔術をグリモアーツの【解放】もせずに撒き散らす客人の中でも例外的な脅威。

 そんな戦場の支配者が今、早朝の高級住宅街で騎士団を前に平然と姿を現している。


「全くいらん名を付けられたものよ。やったことは単なる殺戮に過ぎんだろうに」

「殺した要人と指名手配犯の首を必ず捥ぎ取る悪癖持ちがよくも言えたもんだ。……それで、何の用だ。“大陸洗浄”が終わって久しい今の時代、お前みたいなもんに暴れられても迷惑なんでな。この場で大人しく捕まってくれると助かるんだが」

「ここで捕縛される予定はない。それと先に述べた通り、こちらの目的は既に達成している」


 言って無戒は数枚の紙を差し出した。


「貴重資源及び人身売買の顧客名簿と被害者の個人情報をまとめたものだ。持っていけ」

「……わからんな。それなり平和な今の世の中で、何故お前が手を汚してまでそんな真似をするのやら」

「その理由を敢えて口にはせんよ。だが凡そ察しはついているのだろう?」


 警戒して受け取りに来ないとわかったからか、無戒の手から数枚の紙が放される。その結果、それらは丁度良く生首の横に添えるようにして着地した。


「……クソッタレ。ここは土産を受け取るしかねえってことか」


 騎士団長にとっては甚だ遺憾だが、実際のところ今の自分達の戦力を総合しても無戒一人に傷一つ与えられるか怪しいところだ。加えて周囲の高級住宅街という環境も暴れづらい要因である。

 それをわかっているらしく、無戒も周囲に目配せした。


「そういうわけで俺はもう行く。何かと迷惑をかけてしまったな」


 建物全体を囲まれている状態で、彼はふわりと浮き上がる。

 戦力差と状況を鑑みるに逃げられるのは仕方ないが、ここで騎士団が何もしないのも対外的によろしくない。“戦いはした”という行動の有無が問われる場面であった。


 極論を言えば今の彼らに残された仕事は、周辺に一切の破壊を齎さず戦闘行為に及ぶこと。


「飛行兵、前へ!」


 指示を受けた空中移動が可能な騎士達が、一瞬呆けてからすぐに飛び出し無戒を囲い込む。

 彼らが背負う金属パーツで構成された鳥類の骨格めいた双翼は、武装型グリモアーツ“ウィップアーウィル”である。魔力を磁力に変換し、磁気浮上によって空中を移動するという特性を持つ。

 操縦に専門的な技術が必要となる関係で扱える者は限られるが、使えてしまえば“シルバーソード”との併用で異なるグリモアーツを二つ振るうという掟破りも可能だ。


 彼らは無戒より上の位置に陣取り、まずは脱出を阻害しようとした。


「悪いな、通してくれ」


 そしてそれが無意味であると思い知る。


 無戒がパチリと指を鳴らした瞬間、彼を取り囲み上への移動を妨げていた騎士達が一斉に吹き飛んだ。


 何が起こったのかもわからず地面に叩きつけられる飛行兵に一同が硬直する中、


「【レイヴンエッジ】!」


 騎士団長だけは冷静に颶風を纏った魔力の刃を無戒に向けて飛ばしていた。


 相手の動作直後に意識の間隙を潜って放たれる、第四魔術位階による奇襲。

 通常であれば回避も迎撃もしきれず真正面から受けてしまうだろう。仮に全身に防御系統の術式を張り巡らせていたとしても、魔力が身体機能によって制御されている以上は呼吸や体勢といった要因で多少の強弱が発生してしまうものだ。


 そこを、騎士団長は突いた。


 回避も防御も間に合わない一撃。騎士団の中でもこれに対処できる者は限られているだろう。


 だが何事にも突破口というものは存在している。

 そして平峯無戒という客人もまた、それを知る者の一人だった。


「見事なものよ」


 たった一言、言葉を発する。

 彼の反応はそれだけだ。それ以外には、指一本動かしはしない。


 結論から言えばその【レイヴンエッジ】は命中した。早朝であることを考慮しない轟音と暴風が、街に響き渡る。

 その威力たるや先の[プロージットタイム]でヨーゼフのコールホーフェンに使っていれば、間違いなく一撃で落とせただろう。


 だが魔力の燐光が散った先にいる無戒の姿は、纏う黒衣の端に至るまで変わりない。


「……くそっ」


 その様子を見ても、騎士団長はあまり驚かずどこか納得した風に歯噛みする。

 前提として“大陸洗浄”において彼が深刻なダメージを受けたなどという記録はない。ともすれば傷一つ負ったことがないのかもしれないのだ。


 言ってしまえばこれは『交戦した』という実歴を残すための作業だ。勝ち目など望めない相手ならば、せめて騎士団の名に恥じない振る舞いだけは譲るまいとするパフォーマンスに過ぎない。


 それを自覚できるだけの実力と経験を有するからこそ、騎士団長にとって退けない戦いでもあった。


 しかしそれを嘲笑うかのように、“黄昏の歌”は遠ざかる。


「今回の件で面倒な輩は始末したことだし、こちらもこれからは目立った動きを控えるつもりでいる。事によってはこれが俺と顔を合わせる最後の機会となる者もいるだろうよ」

「待て、ムカイ!」

「加えて暫し、下らん小競り合いが続く。貴様らは精々そちらの案件に労力を費やすがいい」


 ではな、と短く告げると無戒は急な加速によって空の彼方へと姿を消した。

 後に残されたのはエイブラハムの生首と、その罪科の程を記した書類のみ。


「……何なんだ、その下らん小競り合いってのぁ」


 既に見えなくなってしまった男の不穏な言葉が、騎士団の胸中に濃い靄を残した。

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