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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第二十五話 夢の跡地での決着

 抵抗力を操る魔術でその身を守る排斥派の暗殺者、ダグラス・ホーキー。

 その防御をいかにして打ち破るか、圭介はずっと考えていた。


 攻撃を加えてもそれを接触した面から発せられる力で相殺され、逆にあちらの攻撃はあらゆる抵抗を受け付けず全てを切り裂く刃となる。

 地面に落ちている物品も地面からの抵抗力を強めれば弾丸としての役割を担い、肌に触れる空気抵抗を押し退ければただ移動するだけで周囲に暴風を撒き散らせる。


 そんな反則じみた相手に圭介は今も命を狙われているのだ。生きてこの世界から脱する為にも攻略法は必須と言えた。


 ダグラスを倒す上で最大のヒントとなったのはエリカの特殊な魔力弾である。

 着弾と同時に破裂するあの攻撃は、単純な物理攻撃では太刀打ちできないダグラスの防御を突破していた。


 必要なのは高威力の多段攻撃。

 即ち、密着状態からの追撃手段を獲得しなければならない。


 いかにしてそれを実現するか、悩みに悩んで試行錯誤を繰り返し、手探りの末に練習する間もなく実践したのが先ほどの攻撃だ。


「……見事にぶっ飛んだね」

『警戒の継続を推奨します。あれほどの実力者がこの程度で沈黙するとは考えにくい』


 圭介とアズマは地盤の欠片が散らばる地面の中、下が空洞になっていないのか沈下せずに済んでいる場所でひしゃげたまま煙を上げている段ボールの残骸を空から見つめていた。


“アクチュアリティトレイター”に螺旋状に巻きつけた【サイコキネシス】を、接触とほぼ同時に先端へと収束させて爆発的な衝撃を生じさせる圭介の新たな技巧。

 触れたままの状態で対象物にダメージを与えるという課題をクリアするばかりでなく、使用者たる圭介がどのような状態から接触したかを問わず変わらない威力を発揮する脅威の攻撃手段である。


 想定以上の威力を発揮してくれたのは僥倖だった。未知なる回復手段も持ち合わせているダグラスと戦うには、重い一撃がなければ勝負にならない。


「あ、やべ。技名考えてないや」

『後にして下さい。来ますよ』

「マジか」


 アズマの忠告を受けて足場にしていた“アクチュアリティトレイター”の一面をヨーゼフの落下地点に向けて、攻撃を受け止める態勢に入る。

 直後に見覚えのある光線が残骸の中から四本ほど伸びた。


「っとぉ……」


 が、金属板のグリモアーツを貫くには威力不足であるらしい。カンだのキンだのといった音を鳴らして光線は明後日の方向に逸らされていく。


(またこの距離で戦うのは面倒だな……)


 今度は地下ダンジョンを経由して脱出を試みるかもしれない。その前に決着をつけようと圭介は急降下した。先ほどのヨーゼフを真似てジグザグに移動すると面白いくらい相手の攻撃を避けることができる。


「僕も大概だけどさぁ……」


 ある程度接近した時点で圭介は足場としていた“アクチュアリティトレイター”を【テレキネシス】で自分より上の位置に持ってきて、


「オメーも結構しつっけえよ!!」


 乗り物から白兵武器に変わったそれを、段ボールの塊に振り下ろす。

 元は戦闘機を模していたはずのそれがぐしゃりと潰れる寸前、陰から“クレイジーボックス”を持ったヨーゼフが飛び出した。


「喰らいやがれーッ!!」


 大振りな動きを終えて隙の出来た圭介に、またも紙飛行機から放たれる光線が降り注ぐ。しかし一見して避けにくいそれも所詮は直線的な攻撃なので、念動力によって強引に“アクチュアリティトレイター”を動かす事で防ぎながら接近できた。


「なんなんだよテメェはさっきから! 今更になって僕とあの女会わせたって何の意味もねえだろうが! 誰も幸せになれねえのに体張ってまで何やってんだよ!」


 盾として構えた“アクチュアリティトレイター”の上から、またもブースターによる“クレイジーボックス”での殴打が入る。

 腕に伝達する衝撃は痛みに耐性のある圭介にとって大したものではない。しかし吹き飛ばされればまた距離を稼がれてしまう。


 どこが崩れかけているのかも判然としない地面の上ではあったが、両方の踵に【サイコキネシス】を発生させて踏ん張った。


「敵のお前がどう思ってようと味方のアイドルがお前に惚れてるんだから、少なくとも僕にとっては会わせる意味はあるんだよ!」

「ご立派な意見だがテメェはその結果に責任取れねえだろうがよクソガキがァ!」


 段ボール箱による打撃という少し間抜けな絵面の攻撃は、それでも疲労した圭介の体に相応の負担をかける。

 踵にかかる【サイコキネシス】に“アクチュアリティトレイター”を浮かせる【テレキネシス】。

 どちらも残りの魔力では長時間維持できそうもない。


「ったりめーだろ僕がやってんのは護衛対象と犯罪者をお話させるって部分だけで詳しい話に介入できる程偉くなんかないわい!」

「じゃあその護衛対象とやらを護衛してりゃいいだろなんでそいつらほっぽり出してこんな所に来てんだよ!」

「そこを責められると弱いんだけどさぁ!」


 このままだと負けると判断した圭介は、【サイコキネシス】の範囲を両の踵から脚、腰、背中へと拡大していく。

 消費する魔力の量は増えてしまうし肉体にも相応の負荷がかかるものの、押し出す力を強めるにはこれが最も効率的ではあった。元より痛みには慣れているし、この程度の圧迫感は屁でもない。


「応援したくなっちまったんだからしょうがねえじゃん! 何もかも捨ててまで好きな人を追いかけるなんて、そう簡単にできるこっちゃないんだよ!」

「そりゃアイツが向こう見ずな馬鹿ってだけだろ!」

「だから簡単に馬鹿になれるわけじゃねえって話してんだよぶっ飛ばすぞ!」


 念動力で押し出される分厚い鉄板と、魔力の奔流を吐き出しながら繰り出される段ボールの強打。


 二つの力はほんの僅かに、体重をも横向きの力に変換している圭介に分があった。


「ッ――あああああああああああああ!! 人間!! 人間人間人間人間人間人間人間!! この世の全てはクソだらけだ!!」


 その劣勢を覆そうと、“クレイジーボックス”の口から新たなるブースターがもう二本ほど突き出して魔力を放出した。


「好きだからとか、そういう無茶苦茶な理由で僕に干渉しようとしないでくれよ!! 満足に責任取れねえのに優しくしようとしてんじゃねえよ!! 僕と話したいとか知らねーよんなもん『話したくない』って意思表示してる相手にテメェのわがまま押し付けんな!!」


 徐々に力関係が変わり始める。


 一度は圭介に傾いたそれが、ヨーゼフの方へと。


「あの女の気持ちがどうだとかクソほどどうでもいいんだよ!! 僕はただ誰にも関わらず誰にも関わらせずに、自分なりの毎日をハッピーに過ごせればそれでよかったんだよ!! 誰の幸せにも踏み込まないように気ぃ遣ってんだから、テメェらもこっちの領分に土足で踏み込もうとするのをやめろ!!」

「おめー遊園地爆撃しといて何しれっと人畜無害主張してんだよ通るかんなもん!!」

「うるっせーなそうでもしなきゃ助からねえ連中がいたんだからしゃあねえだろ!! そっちはそっちの馬鹿女一人が一瞬だけ救われたような気分になったら後は僕とアイツの二人がしんどい気持ちになって終わりだろうが、同列で語るなボケが!!」


 更にヨーゼフのブースターから吹き出される魔力の量が増え、最早一本の巨大な流れとなって“クレイジーボックス”を強く後押しする。

 これ以上力関係の変動が続くことを恐れた圭介はある博打に出ることにした。


(間に合え!)


 真正面の“アクチュアリティトレイター”に意識を割いているヨーゼフの足元を滑るようにして、【テレキネシス】で圭介の腰から引き抜かれたクロネッカーが飛ぶ。


 狙いはヨーゼフの足……ではない。ズボンで隠された脚部に霊符が仕込まれている可能性も考えると、当たっても効果が見込めるかはわからなかった。

 それでいて【インスタントリキッド】によるウォーターカッターでの攻撃も考えていない。【テレキネシス】と【サイコキネシス】を併用して真正面から攻撃を受けている今、【ハイドロキネシス】にまで手を出せる余裕は無かった。


 彼が目をつけたのは、ブースターから噴出されている丹色の暴風。


 四つの口から吐き出されるそれらが最終的に収束する位置に、クロネッカーを配置する。


「……っ【滞留せよ】ぉ!!」


 絞り出された圭介の言葉に応じ、宙に浮かぶ短い刃先に触れていた魔力が後方に流されず滞留した。

 ブースター四つ分の魔力は一つの塊になると、一軒家も包み込めそうなくらいに巨大な球体となる。


「あぁ!?」


 前へと突き進むことに集中していたヨーゼフはその不意打ちに対応できない。

 膨大な量の魔力は後方に流されず、今も魔力を吹き出し続ける“クレイジーボックス”へと押し戻される。


「バッカやろ……!!」


 マナは重力や気圧による干渉を受けない。仮に一ヵ所に集中することがあったとしても、それはマナタイトになるだけだ。


 しかし、一度人体の内部で魔力に変換されると話が変わってくる。


 一定の志向性を持った魔力は術式に則って具体的な形態の変化を要求される関係上、どうしてもある程度の外力による干渉を許してしまう。

 故に逃げ場を失った魔力の塊は、空気を入れ過ぎた風船の如く膨らみ続けるのだ。

 そして、内容量の限界値もまた存在する。


 果たしてクロネッカーによる干渉を受けたヨーゼフの魔力は、圭介の防御を打ち破るより先に発生源である“クレイジーボックス”諸共勢いよく破裂した。


「がああああああああ!!」


 圭介から見て右の方向に箱の持ち主が吹っ飛ぶ。


 グリモアーツを破壊されたヨーゼフだったが、服の下に仕込んでいた霊符は無事だったのだろう。瓦礫の山となった地面が大きく抉れるほどの破壊力を間近で受けながらも、彼は五体満足の状態で地面に叩きつけられた。


 倒れたまま起き上がらないところを見るに、戦闘の続行は無理そうに見える。ひとまず上半身が上下に動いていることから荒くも呼吸しているという事実だけ確認し、圭介は彼に歩いて近寄った。


「……とんでもない奴だよ、お前は」


 聞こえているかはわからないが呼びかける。


「国民的人気アイドルに、メンバーよりもファンよりも優先して選ばれたってだけで凄いのにさ。あんなに素っ気なく振る舞って、突っぱねて、好かれてるってことくらいわかるだろうに遠ざけようと必死になって……」

「…………る、せぇよ……」


 独白に終わるかと懸念したその言葉に、弱々しい声が返ってきた。


「ガキの、頃はさぁ…………確かに、好き、だったはずなんだよ……。けどそれをよぉ…………伝え、ようとして、よ……いざ、呼び出そうと、したら、来なかった…………」

「……うん」

「断られる、ならまだしも……来ねえってのは、しんどかった、なァ…………何だか、勝手に裏切られた、ような気に……なっちまって」


 ヨーゼフの衣服の下から丹色の光が零れる。

 霊符による回復が始まっているのかもしれない。ただ、今は何となく、彼が逃げるとは思えなかった。


「向こう、が僕を、無視して……どっか行っちまうってんなら、よォ…………僕も、頑張って、忘れようとした、んだよ。憶えてても、辛いだけじゃねえか…………けどさあ……っ!」


 ギリ、と歯を噛み締める音が聴こえる。


「何で、あいつは、アイドルなんかやってんだよ……! それも、変に人気なんざ、出しやがって、よ…………! 忘れてえのに、あいつの笑顔が、あいつの声が、こびりついて離れねえんだよ……! そうやって、ガキの頃を思い出す度に、胸の奥が締め付けられるように痛いんだよ! 頭ン中ぐちゃぐちゃになって、他のことが考えられなく、なるんだよ!」


 ナディアがアイドルになった理由は、有名になって彼に見つけてもらう為だった。

 その願いは確かに叶えられていたのだが、同時にそれはヨーゼフの深刻な精神疾患に繋がってしまっていたのである。


 すれ違いの一言で片づけるには皮肉過ぎる話だ。


「だからもう、ほっとけっつっといてくれよ…………これでも誠実な性格してるから、話しかけられると無視するわけにもいかないんだよ…………」


 自分で自分を誠実と言い切る辺り彼も結構な性格だが、どちらにせよ圭介にここで見逃すという選択肢はない。

 彼が犯罪者であることに違いはないのだから、今後どうするかは彼の身柄を騎士団に預けてから考えればいい。


 その上で圭介としての言い分もあるにはあった。


「……そっちの事情は、まあわかったよ。どんな気持ちかはわかりようがないけど、何があったのかは大体今聞いた分で全部だと思う」


“アクチュアリティトレイター”を待機形態に戻して、ヨーゼフに肩を貸す形で起き上がらせる。


「それでもやっぱり君らは一度顔を合わせて話すべきだよ。もし本当に話すのが嫌なら、まず彼女を諦めさせないと駄目だ」

「何を、知った風な口を……」

「こっちも色々あってね。一方的な恋愛感情ってのがどんだけ厄介かは知ってるつもりさ。そして、君達がまだ話し合いで解決できる範疇だってのもわかる気がする。……手遅れになっちまったケースを、僕は知ってんだよ」


 歩き始めると、改めて自分がどれほど疲れているのかを思い知らされた。

 ヨーゼフよりはまだマシかもしれないが、脚の重みが尋常ではない。


(魔力切れスレスレまでよく頑張ったわ我ながら)


 地盤が砕けた勢いで炎が散るということもなく、未だに視界のあちこちでパチリパチリと火の音が聴こえる。

 砂漠とはまた異なる暑さに弱った肉体を虐められながら、通行可能な道を【サイコキネシス】で探す。石橋を叩くかの如き方法ではあるが目視での安全確認よりは信頼できた。


(……コイツとナディアが話せるようになるにはもうしばらく時間がいるかなぁ。またけったいな騒動起こされても迷惑だし、とっとと刑務所の面会室で人間関係に決着つけてもらいたいところなんだけど)


 何はともあれ、まずはヨーゼフの身柄を騎士団に引き渡さなければ何も始まるまい。

 未だ耳元でブツブツと文句を言っている声を意識的に無視し歩き出す。









「意外な幕引きとなったなヨーゼフ。敗北に留まらず、箱まで壊されたか」









 その余りにも唐突な声は、今日初めて聞く声だった。

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