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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第二十四話 拮抗

 気絶しているミアとピナルを連れて出入り口広場に来た[バンブーフラワー]には、案の定騎士団からのお説教が待ち受けていた。


「今回は助かったからよかったけど、事によっては皆さん全員の命にも関わっていたんですよ。二度とこういう行動には出ないように。あと今後の活動にもしばらくは監査が入りますからね!」

「すみませんでした……」


 彼女ら程の年齢相手に「あの行動がどれほど危険であったか」などという常識をわざわざ再確認することはない。

 代わりに提示されたのは想定される限り最悪の結果とそれを防ぐ為に発生するコスト、そのような危機的状況を生み出した責任としてどのような罰則を受けるかという具体的な話だった。

 アイドルとして芸能界で活動し一定の経済力を獲得している彼女らにとっては、なまじ数字に触れる機会が多い分こちらの方が精神的に辛い。


「じゃあ後でまた詳しいお話を聞きますけど……ケースケさんはまだ中ですか」

「は、はい。本人曰くあの空中にいる客人を現行犯逮捕すると」

「うむ……彼の独断専行にも言いたいことはありますが、今すぐ助けに行こうにも同時多発的に色々と問題が……」


 若い男性騎士が頭を抱える要因は複数ある。


 まず、保護した女性達の処遇を決めなければならない。


 本人達の話を聞くところによると、どうやら突然拉致されてから人身売買の商品として[プロージットタイム]の地下施設に監禁されていたという。あのどこか頼りなさそうな責任者を問いただそうにも騎士団が突入してから間もない段階で逃走したらしく、今は気を失っているユーイン所長の回復を待ちながら情報をかき集めている最中だ。

 彼女らが身分を偽っているとまでは思わないにしても、帰りを待っている家族にいざ本人の姿を見せてから「人違いでした」となれば大問題となる。


 加えて被害者の中には年端もいかない子供、うつ病を発症してしまっている者、口には出さないが性的暴行を受けた形跡のある者までいる。現状の対応のみならず、アフターケアは慎重且つ多方面に気を遣わなければならなかった。


 次に地下のダンジョンの扱いについて。


 これは圭介や女性らのように直接人命が関わる問題ではないので、騎士達の心情的には後回しにしたいところだ。しかし長い目で見ると今回以上に多くの被害者が出るかもしれないし、何より後々の処理を考えるなら最優先で片づけなければならない問題となる。


 このダンジョンを発見したであろう成金貴族、エイブラハム・ノーフォークは仕事こそ無能で知られるものの性格は狡猾である。


 もたもたして対処を遅らせていると、あの男は日付が変わるより遥かに早い段階で責任を逃れる準備を済ませてしまうだろう。

 無実とまではいかないまでも、形式を変えて商売を再開する為の下地を作れるだけの余裕は残ると見て間違いない。

 事実上の奴隷商人とのいたちごっこが始まるのは勘弁願いたいし、第一王女の立場と性格を考えれば現状王族の支援を期待できる唯一の問題だ。

 それが証拠と言わんばかりに、騎士団長は既に王城に連絡しこの話を真っ先に済ませようとノーフォーク邸の包囲準備に躍起になっている。今日はロトルア騎士団全員にとって休まらない一日になるのが目に見えていた。


 そして極めつけが圭介とヨーゼフの交戦だ。


 これは既にアガルタ王国騎士団の間で広く知られている噂話だが、第一王女のフィオナは充分な魔力を保有する客人にして魔術の才に秀でている圭介を軍事的、あるいは工業的な面で大いに利用するつもりでいるという。

 そんな本人も自覚していないであろう重要な存在が、遊園地一つを瓦礫の山にしてしまうような相手と戦っているのだ。大怪我でも負われた日には責任問題としてロトルア全体が王族を敵に回す結果に繋がりかねない。


 加えて困ったことにロトルアの騎士団は[プロージットタイム]での仕事を始める前の段階で圭介と接触してしまっていた。

 この事実が明らかになれば事前段階での対応不足として底意地の悪い官僚に責められるかもしれない。表面上は減俸処分で済まされるかもしれないものの、この事件に関わった騎士達全てが出世の道を閉ざされる未来が容易く想像できる。


 今回に限って言えば仮にフィオナの政敵が彼らロトルア騎士団を攻撃したとしても、正しくその騎士団によって損失が生じるのはフィオナだ。第一王女による庇護は期待できず、上記二つの問題を抱えた状態で護るべき王国の内側から兵糧攻めを喰らう可能性すらあった。


 圭介に万が一があればどのような沙汰が下されるか。あまり考えたくはない。


「うぉぉ、頼むから無事でいてくれケースケさん……俺達ロトルア騎士団の未来は貴方に託されたぁ……」

「?」


 急に目を瞑って拝み始めた騎士を前にして、説教を受けていたアイドル一同は怪訝そうに首を傾げた。



   *     *     *     *     *     *  



 (はし)る水の刃を奴凧の結界が阻み、菓子箱の爆弾を念動力が受け流す。


 圭介とヨーゼフの戦いは、ほぼ互角と呼べるものだった。


「しっつけえなこの野郎テメェ!」


 ヨーゼフが投擲したのは折紙の手裏剣。それが風の刃を纏って急カーブを描きながら圭介へと飛来する。


「うわこっわ危なっ!」


 対する圭介も空中で“アクチュアリティトレイター”に足をつけたまま全身を大きく逸らしてこれを回避した。

 しかし、どうにかやり過ごせたという一瞬の安堵を予測していたかのように崩れかけの時計塔が圭介目掛けて倒れ込んでくる。圭介に向かう前のカーブで石材部分に切れ目を入れていた手裏剣が、元々耐久性が低くなっていた建物の崩壊を誘発したのだ。


「くっそマジか……」


 それでも圭介は焦らず、【テレキネシス】で時計塔の生首とも呼べるであろう大きな瓦礫を浮かせてからヨーゼフと自分との間をそれで遮る。

 刹那、先ほども見たガトリングガンによる魔力弾の弾幕が瓦礫を蜂の巣にした。


 元々ヨーゼフもあの程度の小細工一つで圭介を完全に倒せるとは思っていない。上からの奇襲に対応している間に横から撃ち落とそうとしたのだが、予想していたよりも冷静に動かれてしまった。

 そしてこの程度で終わらないという認識は圭介も同じである。


(コイツ相手にこれだけ離れてたらダメだ……)


 ここまで遠距離から中距離での攻防を通じて、圭介はまず密着状態にまで持ち込まなければジリ貧のまま逃げられると悟りつつあった。

 どうにも相手にとって有利な距離感での戦闘を余儀なくされているように思えたので、まずはその前提を崩したい。


(っても詠唱はいらないみたいだから小銭で喉つまらせてもすぐに対応される。じゃあ紙をどうにかすべきなんだろうけどあの段ボール箱に全部保管されてるらしくて手出しできないし、あの段ボール自体はグリモアーツみたいだから燃やしたりとかも無理そうか)


 相手も圭介が接近したがっているのを弁えているのか、ジグザグに動くことで直線移動での急接近を妨げている。術式で制御されているのだろうが、それにしても戦闘機とは思えない空中旋回能力である。


(このままじゃどこまで行くかもわからない……お、でも丁度良いの発見)


 追跡にばかり気を取られて下手に深追いはしたくなかったが、下に広がる光景に川があるのを発見した圭介は一度降下した。

 詠唱の手間と消費する魔力を思えば、いつまでも水の刃に【インスタントリキッド】を使っていられない。大量の発汗と運動によって魔力を絞り出す肉体の方も弱ってきている。やるなら短期決着が望ましい。


 そう判断した圭介は、降りた先にある川の水にクロネッカーを投擲した。【テレキネシス】に支えられた短剣は沈む事なく柄部分を水面の外に出している。


「【滞留せよ】!」


 念動力を注ぎ込みながら言葉を紡ぎ、水をかき集める。短い刃の先に生物の如く水が集まり、


「……あれ!?」


 そして生物が力尽きるようにだらりと落ちてしまった。

 挙動不審になりながらも再度魔力を注ごうとすると、川の水面にぽちゃりと一匹の魚が顔を出す。

 その表面にほんのりと丹色の光が浮かび上がったのを視認した瞬間、圭介はクロネッカーを回収してすぐにヨーゼフの追跡に集中した。


(やられた! あんにゃろ、【ハイドロキネシス】使われるの見越して川の水にまで細工してやがった!)


 術式の詳細はわからないが、川全体に水を用いての魔術を阻害する何らかの魔術が付与されているのだろう。少なくとも[プロージットタイム]内での水の調達は絶望的だということだけ認識した。


“アクチュアリティトレイター”に【テレキネシス】を付与した状態での最高速度はヨーゼフのコールホーフェンにも負けないものだったが、先ほど川で時間をかけてしまったせいで距離が開き過ぎている。それでも可能な限りは速度を出す為に圭介は身を屈めて、前方からの空気抵抗を減らそうとした。


 だが、距離は縮まらない。


(やっばいなあ……)


 このままではそれこそ[プロージットタイム]外での追跡戦が始まるだろう。そうなってしまえば無傷である市街地への被害も出るかもしれない。


 そもそも追いかけることに夢中になって身の安全がおざなりになってしまっては、ヨーゼフを逮捕するなど不可能だ。まだ相手の人数が二人と決まってもいない段階なのだから、更に隠れる場所の多い外部に出られたら圭介は諦めるしかない。


「……無理そうかな」


 だから無理せず“アクチュアリティトレイター”の速度を落とすことにした。


 とはいえこれはそこまで深刻な話ではない。

 圭介が簡単に諦め切れた理由としては色々ある。


 戦闘機のような目立つ乗り物では逃げ切れる範囲も限られている。

 ロトルアの騎士団も何かと忙しいなりに彼を追跡してくれるはず。

 アガルタの警備網は他国より優れていると以前エリカから聞いた。


 それらもある。それでも、もしかするとヨーゼフには何らかの策があって、その隙間をすり抜ける準備があるのかもしれない可能性を圭介は考慮していた。


 考慮した上で、速度を落とす。

 これ以上は遊園地の敷地外に出てしまうから。


「……やっと諦めたかよ」


 呆れたような表情でヨーゼフが圭介の方を振り返る。

 もう追ってこないことに対する安堵と、次にどうやって逃げ切るかという計算、そしてそれらの実行に対する億劫さなどが表情に入り混じった。


 後方に視線を、先の事に意識を向けていたせいだろう。


『第三魔術位階相当防衛術式、展開』

「ぐぇっ!?」


 足場としてきた戦闘機が真下から勢いよく突き上げられたその瞬間、短い悲鳴と共に彼の体は空中に放り出されてしまった。


「うおあああぁぁ!?」


 落下しながらもヨーゼフは“クレイジーボックス”から帯状の紙を空中で揺れるコールホーフェンへと伸ばす。

 素早く右翼に絡みついたそれはがっしりと締め付ける事で彼の体を一旦支え、収縮によって再び機体の上へと運ぶ。一度落下してからまた乗るよりは効率的な復帰方法だったが、流石に二秒近い時間を要した。


 結果として、圭介に直線移動での接近を許してしまう。


「――!!」


 瞠目するヨーゼフに目もくれず、圭介が“アクチュアリティトレイター”を右手に握りしめながらコールホーフェンに着地する。


 その顔には不敵そうな笑みが浮かんでいた。

 あと頭には不敵そうな猛禽が止まっていた。


「よっす。遊びに来たよ」

「帰れ!!」


 圭介は何もヨーゼフを捕まえられないからと諦めたわけではない。

 戦闘機の真下にアズマが飛んでいく姿を見たからこそ、直線での高速移動に備えて体勢を整えようとしていただけだ。その結果として()()()()()()()()()()()()


 そんな経緯を挟んで以前アズマが言っていた『結界を展開しながらの体当たり』がクリーンヒットし、相手を大幅に減速させることができたのである。


「それとアズマ、お帰り。バンブラは無事だった?」

『強いて言うなら騎士団からの説教を喰らってました。それ以外は無傷です』

「他のメンバーには悪いけどナディアに関してはざまーみろだねワヒャヒャヒャヒャ!」


 エリカから影響を受けたのか若干下品な笑いをこぼしつつ、圭介が上半身を後ろに大きく逸らす。


 次の瞬間には胸と頭部があった部分を菓子箱が通り過ぎていった。


【サイコキネシス】による索敵はまだ生きている。よほど接近した状態からでなければ不意打ちは通用しない。

 背後に響く爆発音が横へと滑るように遠ざかっていくのを感じながら、体を起こしてヨーゼフの方を見る。


 何とも苦々しげな顔だった。


「さあて、ここまで近づけばもう逃げられないだろ。覚悟決めて投降するんだ段ボール戦士」

「誰が段ボール戦士ですか失礼な。つーか忘れてんじゃねえだろうなテメェ。今立ってる場所が誰のもんなのかをよ」


 悪態と共に二人の天地が逆転する。

 足場としていたコールホーフェンが上下逆さまの状態に移行したのだ。


「面倒だしもういい加減に落ち……!?」


 逆さになったその世界の中で。


 圭介は重力の向きなどまるで気にせずに逆さまのまま走り、ヨーゼフに接敵した。


「ぼごふぅっ」


 そして決まる渾身の右ストレート。“アクチュアリティトレイター”の柄を握った状態で放ったこともあり、人を殴り慣れていない圭介のパンチでも充分な重みを持つ。


 やったことは至極単純だ。

 ただ【サイコキネシス】で機体と自分を強く結びつけているだけ。それだけで圭介の体は落下せず、重力で地上に縛られている時と似たような挙動が可能となる。


「か、ぁ……」

「悪いけど不安定な足場なら慣れてるんだ。ここより暑くて風も強くて、高くて滑る場所で毎日毎日……あぁそうだ僕のせいで報酬大幅に減ったんだったな……クソッタレ……」


 圭介がダアトでどういった仕事をしていたか、その詳細を知らないヨーゼフは強い戸惑いを覚えた。

 が、即座に切り替えて“クレイジーボックス”から飛び出していたガトリングガンを引っ込めると、今度は別の筒状段ボールを二本突き出す。


「殴り合いなら楽勝とでも、思ったかよ……!!」


 先ほどまでの束ねられた筒が銃口だとするのなら、今出したのはブースターだ。速度をある程度犠牲にしてしまうものの、小回りが利くように少々歪曲している。


 振り回される体にかかる負荷は腕に巻きつけた霊符が吸収してくれるだろう。長袖に隠されたそれは殴り合いでも活躍してくれると、使い手本人が誰よりも知っていた。


「らァ!!」

「ごぇあっ」


 箱ごと振り回しての殴打は予期していなかったのか、圭介は防御がワンテンポ遅れて顔面への攻撃を許してしまう。

 目の前にチカチカと光る星が散ったような気がして、一瞬全身の力が抜けそうになる。

 それを【サイコキネシス】で固定して、無理矢理にでも体勢を整えた。


「っつけえな……!」

「人間としては長所だろうがよ……!」


 ヨーゼフは用意しておいた攻撃手段の悉くを念動力で対応され、新しい手札を切らなければ攻撃が通用しない。

 圭介はアズマの結界を使い切り、水の刃は封じられて今や使える武器は“アクチュアリティトレイター”のみ。


「っだぁぁああ!」


 ヨーゼフの掛け声と同時に“クレイジーボックス”から六つの紙飛行機が飛び出す。それぞれ尖った先端に術式が施されており、圭介がそれを見た途端に光線を放った。


「うぁぶねっ!?」


 寸でのところでそれを回避するも、まず数が多い。振り払われないよう戦闘機の反対側に移動してヨーゼフの視界から逃れつつ、しがみついて離さないよう配慮しながら回り込んだ。


 しかし角度的に見えない位置に移動した圭介の左頬を、機体を貫通してきた光線が掠める。


「はっ?」

『移動時の振動である程度位置を割り出せるのでしょう。あまり遮蔽物に隠れての撹乱は意味を為さないかもしれませんね』

「オメーこの状況で呑気に長々と、っヴぇあぁ!!」


 話している間にも光線は飛んでくる。本当に人死にを出すまいとしている相手なのか圭介は今更ながらに疑問を覚え始めた。


「んーの野郎そっちがその気なら僕だってやったらあ!」


 言って柄を右手ごと後ろに引き、自身が足をつけている機体に向けて打突の構えに入る。

 同時に胴体部分を横に向けたことで光線の的となる体の面積が狭まり、反対側から飛来する光線を当てにくくしながら【サイコキネシス】によって発生した念動力を“アクチュアリティトレイター”に纏わせた。


 全体に万遍なく、ではない。


 縄を巻きつけるよう、螺旋状にである。


(考えてはいたけど、練習も何もないぶっつけ本番だ。頼むから上手くいってくれよ……!)


 誰にも聞こえない心の中で弱音を吐いて、その鈍く重々しい先端部分を段ボールで出来た戦闘機に打ち込んだ。

 そして衝突と同時に、螺旋状に巻かれた念動力が先端へと折り畳まれるようにして収束していく。


『これは……』

「っだらぁあ!!」

「――あぁ!?」


 掛け声一発。


 機体に食い込んだ“アクチュアリティトレイター”が先端から膨大な運動量を発生させて、ヨーゼフごとコールホーフェンを地表へと叩き込んだ。

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