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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第二十三話 暴かれる真相

「逃げんな待てってばおいちょっと!」

「すみません仕事まだ残ってるんですよ」


[プロージットタイム]上空。


“アクチュアリティトレイター”に乗った圭介が無数の瓦礫を浮かび上がらせながら、段ボール製コールホーフェンの上に仁王立ちするヨーゼフを追っていた。

 操縦席に座らない、というより咄嗟に動けないのを嫌ってそもそも製作段階で操縦席を作っていなかったらしい。飛行する戦闘機を完全なる足場と割り切った彼の動きは、地上でのものと遜色なかった。


「そら、とっとと落ちろ」


 視線は前方に固定したままヨーゼフが“クレイジーボックス”を圭介に向ける。

 口を開いた段ボール箱から、弾丸のように飛び出す影が三つ。


 瞬時の事でそれが何であるかはわからなかったが、攻撃であるならば防がなければならない。


「あぶねっ」


 射出速度は遅くないが、ダグラスの躊躇なき一閃やユーの容赦なき猛攻ほどでもなかった。【テレキネシス】で止められる範疇だ。

 だから命中する前に念動力で絡め取って、その動きを止める。


「ん……?」


 止めたそれが丹色の文様を浮かべた菓子箱だと気付いた時には、既に爆発が始まってしまっていたが。


「っづ……!」

「もうそれで落ちとけよ」


 言いながら離れていくヨーゼフを追いかけようとするも、小規模な爆発によって小さく吹き飛ばされた影響で体勢を整えるのがやっとの状態だ。


(集中しないと挙動が一手遅れそうになる。そろそろ集中力の訓練もしないと駄目か……今考えることでもないけど)


 幸いにも指一本欠けることなく攻撃を受け切れたので、再度追跡する。索敵も兼ねる【サイコキネシス】での防御がなければ火傷では済まなかっただろう。


「お前さっきナディアと騒いで騎士団に顔割れてんだからここで捕まっとけよ! 僕だってずっと追いかけるのしんどくなってきたわ!」

「んなもんどうとでも誤魔化せるわ。ていうかよ、そもそも何で追いかけてきてんだよ。早く気絶でもして落ちるか逃げろよ邪魔だし」


 圭介が【テレキネシス】でヨーゼフの目前に瓦礫で構成された障壁を形成する。一瞬でも動きを止めようという意図によるものだ。

 しかし“クレイジーボックス”からにょきりと生えた筒状段ボールのガトリングガンによっていくつもの魔力弾を浴びせられ、足止めすらできないまま砕け散った。


 それにも挫けず圭介は呼びかけを途絶えさせない。


「そりゃお前、恋する乙女と根暗眼鏡どっちの味方するっつったら前者だろ!」

「悪かったな根暗眼鏡で。殺すぞ。……ん? いやいやいや、恋とかあり得ませんから断じて」

「とにかく僕はなあ! 好きな人の為にそれ以外を捨てるタイプの馬鹿を見かけたらとりあえず味方する主義なんだよ!」

「結果的に破滅しませんそれ? 精神科医とかがそうやってカウンセリングに来た病んでる女の人と話し込んで、最後は共依存になって心中する話聞いたことありますよ僕」


 不穏な言葉と共にヨーゼフはガトリングの砲門を圭介に向ける。


「【水よ来たれ】【滞留せよ】!」


 だが、その束ねられた筒は全てまとめて真上から振り下ろされた水の剣に切断された。


「チッ」

「つーかこれは私人逮捕だから! 市民の義務だから!」

「いや流石に国も市民に対して『テロリストが空飛んでるからお前も飛んで追いかけろ』とは言わねえだろ……」

「どっちにしろまた空に結界張られてから爆撃されても困るから、今の内に倒せる奴が倒すしかないんだよ! 騎士団は引き下がってるし、すぐそこ市街地だし!」

「理屈はわからなくもないんですけど、まだやることあるんで」

「やることって何じゃい!?」

「強いて言うならコレかな」


 呟きと同時、戦闘機から再度菓子箱の焼夷弾が撒き散らされる。

 それらが向かう先には児童向けと思われる小さなジェットコースターが設置されていた。


「うわっ」


 一瞬の眩い光と爆発音。


 それが止んだ頃には、そこにあったはずの背の低いアトラクションなど影すら残っていない。


「さっきから何してんだ……?」


 ここまで壊滅的な被害を受けた[プロージットタイム]で特定の施設が消滅したところで、既に彼ら自身の手によって避難誘導が完了している以上被害者は出ないだろう。

 騎士団への攻撃だとしても退避している彼らの背中は全く違う方向にある。寧ろ先ほどのヨーゼフの動きは、彼らの背中を爆撃範囲に巻き込まないよう角度を調整していたようにも見えた。


 ただ漫然と遊園地を破壊するヨーゼフの意図が理解できない。


 と、圭介が訝しんでいると目の前の戦闘機が急停止する。

 戦闘機というものは構造上、それほど長い時間空中で静止していられない。精々が種類によって数秒程度といったところなのだが、ヨーゼフが乗っているコールホーフェンはホバリングすらせずピタリと固定されたかのように止まっていた。


「さて、これで粗方全部終わりましたかね。いやああの馬鹿が観覧車ぶっこ抜いてくれたおかげで手間が少し減りました。絡んできやがった分も加味すると差引マイナスですけど」

「観覧車も狙ってたのか? マジで何を企んで……」


 疑問を投げかけようとしたその刹那。




[プロージットタイム]全体を覆うようなとんでもない轟音が、圭介の耳朶を激しく叩いた。




「――――ッ!?」


 唐突な大音量の原因は、俯瞰する立場からよく見える。


 まるで強く叩かれた焼き菓子のように、地面が割れていた。


 否、ただ割れているだけではない。いくつかの瓦礫は下へと落ちていく。

 下にある、謎の巨大な空間へと。


「何だ、これ……」

「ダンジョンですよ」


 誰に問いかけたわけでもない圭介の声に応じたのは、冷静に砕けた地面を眺めているヨーゼフだった。


「[プロージットタイム]の地下には広大な迷宮が隠されていたんです。僕らはこれを暴き出すために地盤をゴーレムの大量生成で薄くして、決められたポイントを爆撃していたんですよ。いやあ大変な手間だった」


 言いながら“クレイジーボックス”に手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。何かの資料のコピーであるらしかった。

 その紙に書かれた情報を参照しながらヨーゼフは尚も話を続ける。


「嘗ては山岳地帯だったロトルアがここまで発展した経緯を先日調べてみましたが、どうにもこの遊園地の創設を前提とした街づくりをしていたようですね」

「遊園地建てる前提で、街を?」

「ええ」


 つい先ほどまで彼を敵として追跡していた事実すら霞む急激な状況の変化に、未だ圭介は立ち直っていない。

 それについて何を言うでもなく、ヨーゼフは淡々と説明を続ける。


「アガルタの土地成金、エイブラハム・ノーフォークが建設を主導したというこの施設は、やや急ごしらえながらも頑丈で分厚い地盤でダンジョンを覆い隠しました。そしていくつかダンジョン内部に出入りできる通路だけを残して、表向きには少々割高な遊園地として売り出します。それが今日まで維持されてきた[プロージットタイム]の実態です」

「そんな面倒なこと、何の為に」

「理由は二つ」


 左手の人差し指と中指を立てて、圭介へと突き出す。


「まず一つはダンジョン内部で採取される資源の独占。通常であれば民間人がダンジョンを発見した際には騎士団に発見場所と経緯を詳しく説明して国に調査依頼を出すのが正規の手順ですし、それが法律で義務化もされています。しかし」


 彼にとって嫌な話なのだろう。

 冷静な声に少しばかり、嫌悪感が滲み出ていた。


「発見されたダンジョンが宝の山だとしたら? 発見したのが莫大な利益を欲する小金持ちだった場合どうなります? そんな奴が“騎士団いらず”なんて看板掲げてる会社と手を組んでるのは何故だと思います? 民間企業にしてはやけに屈強な警備員ばかりで、違和感はありませんでしたか?」


 ふと、圭介の脳裏に今朝の様子が思い起こされる。


[エイベル警備保障]の警備員達は揃いも揃って、筋肉質な肉体と素人らしからぬ物々しい雰囲気を持っていた。

 あれはつまり、ダンジョン内部を踏破する上で必要不可欠となる戦闘力を有していたが故ではないか。


 それが意味するところは、[プロージットタイム]と[エイベル警備保障]が手を組んで天然資源を不当に採集していたという事実である。


「獲得した資源を裏のルートで販売し、不親切な価格設定による資金洗浄(マネーロンダリング)で帳簿を誤魔化す。オタクらが護衛してたアイドル共のライブチケット、これまでライブやってきた他の会場より値が張ってたらしいですね。知ってました?」


 そして知らず知らずのうちに[バンブーフラワー]もまた、汚い金の動きに巻き込まれていた。


「……そんな、汚いことに協力させられてたってのか、皆……」

「まーそれだけならまだマシだったんですよ。被害者は出てないし。……それだけならね」


 いよいよ嫌悪は憎悪に近いものに変容し、ヨーゼフの厳しい視線は地面の崩壊に驚きつつも避難誘導が間に合った騎士団へと向けられる。

 正確には彼らに連れられて出口に辿り着いた女達へと。


「二つ目。これほど広大な空間を隠蔽しているのであれば、単純な資源の発掘と取引以外にも使い道があります」

「なん、だよ」

「人材の保管と飼育です」


 言葉を選ぶ、という配慮はなかった。


「敷地外で人間を捕まえる。車両に乗せて遊園地に運ぶ。車だけ見た民間人はまさか遊園地の関係者の車に、苦しげにもがく拉致被害者が縛られた状態で乗せられてるとは思わない。そうして地下ダンジョンの一部に設けた専用のスペースに保管して、適度に食糧を与えながら買い手を待つ。簡単に作れるでしょ、奴隷市場が」


 圭介もヨーゼフの視線を追って、大体の事情を察した。

 保護されたらしい人材は女ばかり。中には子供と呼んで差し支えない年齢の少女までいる。

 最低限の食事しか与えられていなかったのだろう。全員が悲惨なまでにやせ細っていた。


 背中を嫌な汗が伝う。


「嘘だろ。カップルや家族連れがアトラクションを楽しんでる足元で、女の人や子供が金で買われてたのか」


 地面が破壊された時の衝撃など可愛いくらいの、全ての皮膚を撫でられるような嫌悪感に圭介の神経が侵された。

 あまりにも非人道的なその事実を前に、眩暈すら覚え始める。


「奴隷扱いされてた拉致被害者は救出してクソ遊園地は徹底的に破壊され再起不能、後は騎士団による調査が入れば瓦礫の中から顧客名簿だの何だのといった証拠品が掘り起こされてめでたしめでたしってところですか」


 事前にある程度情報を掴んでいたのだろう。わざわざ感情を隠すような真似はしていないが、その一方でヨーゼフは冷静さを欠いていない。


「ついでに悪徳企業の[エイベル警備保障]も先日の不祥事と合わせて今回の件で面目丸つぶれ、芋づる式に奴隷買った連中もとっ捕まって人生リタイア。あーあとこの施設建てた土地成金はどうなるかなー聞いた話じゃ排斥派らしいし第一王女様からしてみりゃ目の上のたんこぶだよなあ。こりゃ人生終わったかもなあ」

「……これの為に、あんなことしてきたのか」

「そうなりますね」


 問いかけに応じる合間にも長袖に仕込まれていた筒状の菓子箱を右手に握り、圭介に向き直る。


「別に善人を気取るつもりはありませんよ。僕らが暴れたことで一生ものの思い出を台無しにされた人もいるでしょうし、今回の件で何も悪くないのに路頭に迷う人も出てくるでしょうね。他人の人生にそこまで干渉する権利なんてないってことくらいは犯罪者といえども弁えてます」


 紡がれる言葉に圭介は大した反応もできない。


 手段の不当性を理解した上で人命を奪わずに済むよう配慮し、最終的には金の力で隠されていた巨悪を暴き出して奴隷扱いされていた人々を救うテロリスト。


 そんなものにこれまでの人生で出くわした経験がなかったからだ。


「まあでも、彼女らが救われたのもブラック企業の社員が路頭に迷うのも僕からしてみりゃ最初からついでなんですよ。別に意図したものでもない。本来の目的はお仕事、自分の利益です」

「…………」

「やることやってこれでようやく帰れますよ。味方はまあ負けたようですがそこは最初から自己責任と言ってあるので……回収は後回しですかね。じゃ、お疲れ様でした」


 今度こそ確実に落とせると踏んだか、小さな菓子箱を圭介へと放り投げる。

 目の前でヨーゼフの術式が丹色に光ったのを見ながら、それでも圭介は動かない。


 代わりに【テレキネシス】でポケットから飛び出した十円玉が、弧を描きながら爆弾と化したそれを撃ち落とした。


「あ、まだやるんですか」


 明後日の方向で起きる爆発には目もくれず、ヨーゼフが呆れたように呟く。


「……確かに度肝抜かれたよ。遊園地にそんな秘密があるなんて思わなかったし、正直言うとそっちのやり方が間違ってたとしても『これでよかった』と思わなくもない」

「はあ。で?」

「でもこれで助かった誰だか知らない人達とは別に、このまま君に逃げられると救われない知り合いの女の子がいるんだわ。悪いけど僕は君と彼女、どっちかっつーと彼女の味方だから」

「へーそうなんですか大変ですね。知るかよテメェらの事情なんざよ」


 切断されたものとは別の紙製ガトリングガンと結界にも使われていた奴凧を三つほど出しながら、ヨーゼフがゆらりと後退した。


「こっちは今度こそ仕事終わったし帰るわ。そんじゃまたご縁があったら」

「逃がすか!」


【テレキネシス】で周囲の瓦礫を持ち上げる。地面が派手に砕け散った今、圭介にとってこの状況は弾薬庫のようなものだ。

 ガトリングガンから展開される魔力弾の弾幕で、投擲した瓦礫が溶けるように細かく砕かれる。それによって生じる砂塵に紛れ込んで、圭介自身もヨーゼフに接近した。


「とにかくお前捕まえたら僕も帰るから! 一旦捕まっとけって、な!」

「ざけんな手ぶらで帰れ馬鹿野郎!」


 クロネッカー片手に突撃する圭介に、奴凧の結界で出迎えながらヨーゼフが砲門を向ける。


 遠方訪問三ヵ所目の最終日。

 時刻は夕方十七時十五分。

 彼らの決着は、程近い。

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