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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第二十一話 隔たりの果てにあるものは

 暴走する観覧車という存在そのものが珍奇な乗り物にようやく追いついた圭介達は、そこでとあるものを見て言葉を失った。


「大体何その段ボール、そんな嵩張りそうな箱持ちながらあっちこっち走り回ってバカじゃないの!? もう見た目からしてダサいよダッサ! うわダッサ!」

「これが武器なんだよ悪かったな! 僕だって選べるもんなら銃とか剣とかにして欲しかったわ! つかそっちこそンだそのコントローラー、舐めてんのか!」


 知り合いのアイドルと遊園地を爆撃したテロリストが罵声の応酬を繰り広げていたのである。


「あの……」

「ゲーマーアイドルとしてはおいしいから大丈夫ですぅー! これがお金稼ぎに繋がってるんですぅー! 対してそっちは何、その、えーっとお仕事何されてる人でしたっけ? 段ボール関係の仕事してるの? ねえヨーゼフ君はいつも段ボールをお仕事にどう活かして生計立ててるの?」

「霊符使いが紙素材使って何が悪いんだよあァ!? 段ボール舐めんなよテメコラ、軽いし耐久性も申し分ないし割と色々な形があるからテメェみてえなその辺の使い捨て木端アイドルよりもよっぽど実用的だわ!」

「君らね……」

「はぁ!? ねえまさかだけど今アイドル馬鹿にした!? 遊園地火の海にするような反社会的存在である犯罪者が、先月にはCD売り上げミリオン達成したアイドルを馬鹿にした!?」

「テメェを馬鹿にしてんだよ察しろや馬鹿が! 大体どうせアレだろテメェら、箱に適当な特典つけて売り上げ伸ばしてランキング荒らしてんだろ!? あーやだやだ、やっぱアイドルは二次元に限るわぁ!」

「危ねえ発言すんなって、ちょっと」

「特典つけちゃいけないなんて法律でもあるんですかぁ!? ってか二次元のアイドルだって声優さんが声当ててるんだからね、その声優さんだって裏では」

「やめろテメェそれ以上言うならこの場でぶっ殺すぞ!」

「ホントだよ現役アイドル云々抜きにしてそういうこと言うのやめろよ!」


 思わずヨーゼフに同調してしまった圭介だが、状況が余りにも予想外でどう出るべきかが見えてこないのも事実である。


 話が進まずどうしたものかと圭介が眉を顰めたその時、


「ちょっと失礼しますね」

「えっ」


 圭介の隣りからメキメキという音が聴こえた。


 アガサが右腕を変異させたのだ。

 鱗に包まれナイフのように長く鋭い爪を携えたその腕は、以前コリンが見せてくれたレプティリアンの本来の姿に相違ない。


 彼女はその一回り大きく膨らんだ右腕で、目の前にあるゴンドラを景気よく引っ叩いた。音と振動を受けて言い合いに没頭していたナディアがびくりと震える。


「うわちょっと何すんの、あ、すみませんでした」


 最初は不機嫌そうな声を出したナディアも、アガサとその後ろにいる圭介達の顔を見て反射的に謝罪へと移行した。


「何をしているのですか貴女は……。ケースケさんとミアさんに無理を言ってここまで追いかけてきましたが、まさかそこの男性と密会でもするつもりで抜け出したのですか?」

「いや違っ、まあ会いに来たのは事実だけど密会とかそういうんじゃ」

「いいから降りて来なさい」

「あのねアガサ」

「降りなさい」

「少しは話を」

「【解放】」

「降ります」


 真横に伸びるようにして浮き上がっていた支柱部分が、ゆっくりと地上に降りてくる。そこからナディアがトボトボと歩いてきた。


「さて、申し開きを……と言いたいところですが時間がありません。ミアさんとケイトに大分無茶をさせてしまっているので、今すぐ出入り口前まで戻りますよ」


 説教する時間も惜しいとばかりに右腕を元に戻す。


「ったくもーアイドルがこの非常時に男と会ってたなんてバレたら解散レベルのスキャンダルだよ。状況的に恋人って風には見えないから今回は許すけどさ」

「待ってよ、私はまだ……!」

「今更僕と話すことなんざ何もねぇだろ。危ないから帰れよもう」


 食い下がろうとするナディアに対し、否定と拒絶を示す冷たい声が飛ぶ。見れば“クレイジーボックス”を片手に持ったヨーゼフが一同に背を向けて歩き始めていた。


「ちょっと、ヨーゼフ君!」

「あのですねぇ。自走する観覧車とかいうふざけたもののせいで空の結界はぐちゃぐちゃ、あの馬鹿は厄介そうな相手に足止めされて身動きできず、おまけにトチ狂ったアイドルに絡まれてこっちは迷惑してるんです」


 溜息交じりの声はナディアではなく、圭介達に向けられたものだろう。


「最後の忠告として言わせてもらいますけど、そこの見知らぬデイライト連れてとっとと帰ってくれません? これ以上は僕も色々と限界なんですよ。ホラお仕事の為とはいえ皆さんの楽しい時間を踏み躙るような真似しちゃってるのは客観的事実なんでね、良心の呵責とか罪悪感とかそんなのもありますから」


 行動と不釣り合いとも言える他者を気遣うような発言を受けて、その場にいるナディア以外の全員が怪訝な表情になった。


 戦意、害意、悪意、殺意。


 そのいずれもが、今回の事件における主犯格と思しき彼からは感じられない。


 気付けば圭介も彼を慮るように話しかけてしまっていた。


「えっと、ヨーゼフ君、でよかったですかね」

「だったら何だよ?」


 一応知らない相手には敬語で話す人なのかと思っていた圭介は、唐突に飛び出した粗野な口調に面食らう。


「……あのーこんだけ騒げば騎士団の人達もここに向かってるだろうし、僕としてもできれば爆撃をやめて欲しいと思ってるんですけれども。どうしてもまだ続ける感じかなあみたいな」

「騎士団なら今頃来た道戻ってるでしょうからこっちまで来ませんよ」

「は?」


 意味がわからず硬直する圭介の背後から、プロペラの音が鳴り響く。

 振り返った先には段ボール製コールホーフェンが迫って来ていた。


「んなっ……」

「じゃ、そろそろ最後の仕上げといこうか」


 言うが早いかヨーゼフは見上げる程に高く跳躍し、飛来した戦闘機の操縦席に当たる部分へと着地してそのまま空へと飛び立つ。


「おまっ、どこに行くつもりだ……!」

「ヨーゼフ君!!」


 叫び声に思わず振り向くと、一度は地上に降りてきていたナディアが再び観覧車の支柱部分を登り始めていた。手には“サイバネティックマリオネッター”がしっかりと握られている。


「ちょっとナディアたん!?」

「まさか追いかけるつもりなのですか!? いい加減に……」

「わかってるよ!!」


 これまでに聞いたこともなかったインドア派な彼女の怒鳴り声に、同じグループに所属する少女達が気圧される。


「わかってんだよ、この非常時に何やってんだってことくらい! アイドルやってる私が男の子追いかけるのに体張って命懸けるような真似していいはずがないってことも! 騎士団の人達に全部任せて、一般人だからって安全な場所で待ってればいいってことも! わかってないわけないんだよ!」


 ナディア・リックウッドというアイドルが、ここまで感情を吐露する場面などファンどころか[バンブーフラワー]の面々でさえ見たことはなかった。


 こんな、悲痛な叫びを口にする少女だとは思ってもいなかった。


「けど私は、ずっと気にしてたんだ! この十年間ずっと、約束破っちゃったこととかヨーゼフ君が私に何を伝えようとしてたのかとか! ああそうだよ何言ってんのかわかんないでしょうよ、それでも十年間会いたくてしょうがなかった人にやっと会えたんだ! 誰が何を言っても私は会いに行かなきゃいけないんだ!」


 その言葉は果たして他人に向けられた言葉だったのか。


 あるいは自分の心を確かめる意図も含まれていたのか。


「……悪かったよ、自分勝手な行動したのは認める。後でいくらでも怒られるし、ミアちゃんと“護衛の人”には私の財布から追加報酬出すから。どうしても止めたいのなら無理矢理止めて。私も無理矢理彼を追うから」


 一しきり叫んで落ち着いたのか、一旦は声に冷静さが戻る。それでもヨーゼフの追跡を強行するつもりでいるらしい。


 覚悟を決めた表情でナディアが“サイバネティックマリオネッター”を操作し、それに呼応するように彼女が立っている観覧車の支柱部分が少しずつ持ち上がり始める。


 非を認めて尚わがままを貫くというのであれば、倫理的な観点からの批判は可能だが説得による制止は不可能に等しい。

 こうなれば、と残された[バンブーフラワー]の三人がグリモアーツを取り出したその時、彼女らの動きを圭介が伸ばした腕で制する。


「ケースケさん……?」


 まさか行かせる気か、と怪訝な顔になったアガサ達を無視して圭介が口を開いた。


「……いい加減にしろ」


 その冷や水の如く鋭く染みる声が、ヨーゼフの背中を見つめていたナディアの背中に投げかけられる。


 思わず振り向いたナディアに圭介は言葉を続けた。


「十年前の約束がどうだとか確かに僕らにはわかんねえよ当事者でも何でもないし。でも今君がやってる無茶のせいで、僕の仲間と君達のリーダーが向こうに見えるあの馬鹿でかいゴーレムと戦ってる。それだけは確かだ」


 圭介が“アクチュアリティトレイター”の先端で指し示した先では、巨大ゴーレムが槍を大きく振りかぶっている。振り下ろそうとしている先には海老色に輝く大樹があった。


「ケイト……っ!?」

「状況を見ろよ。子供の頃に約束したとか言ってた君の幼馴染が今やってるのは犯罪で、あいつに巻き込まれたのは今の君の仲間と君ら全員のファン、そしてただ遊園地を楽しみに来た何の罪もない普通のお客さんなんだ」


 もちろん被害に遭ったという意味では[プロージットタイム]や[エイベル警備保障]も含まれるだろうが、どうにも先ほどの騎士団とのやり取りから怪しい雰囲気が漂っていて信用ならない。

 加えてわざわざ非戦闘員を破壊工作の圏外に押しやったことから、通常のテロ行為と比べれば良識的な相手と言うには言えるだろう。


 それでも今回ヨーゼフが犯した罪は到底許されるものではないのだ。


「……だったら!」


 手に持ったコントローラーを再度掲げて、ナディアが巨大ゴーレムの方へと向き直る。


「私がっ、アイツを倒せば……!」

「【水よ来たれ】【滞留せよ】!」


 瞬間。


 圭介の詠唱によって発動された【インスタントリキッド】とクロネッカーが織り成す水の刃によって、ナディアが足場としていた観覧車の支柱部分、そして全てのゴンドラと繋がっている“サイバネティックマリオネッター”のコードが切断された。


「えっ……」


 速度、威力共に平均の域を逸脱した妙技にナディアのみならず他のメンバーも凍りつく。

 圭介は突発的な判断で実行したためにまだ自覚していないが、騎士やベテラン冒険者などの実戦経験を持つ者でも人によっては反応が遅れる一撃だった。その気になれば今の一瞬でナディアをなます切りにだってできていただろう。


「二人を巻き込む気かアホンダラ!」


 切り落とされた支柱を【テレキネシス】で停止させながら、圭介が怒鳴る。


「今あの二人は君を連れ帰る為の時間稼ぎしてくれてるんだよ! よくわからないけど敵も僕らが逃げるのを止めるつもりないらしいから今全員で出て行けば余計な戦いをせずに済む可能性だってあるんだよ! そこに観覧車で突っ込んだらまた話がややこしくなるだろうが、今君がすべきことは僕らについていってここから出ることだ!」


 そっと地面に降ろされてからも、ナディアの硬直は解けない。


 実力行使で止めに来られても、勝つ自信がどこかにあった。観覧車という圧倒的重量と破壊力を持つ武器さえあれば、彼女らに止められる可能性は低いだろうと。

 自分は[バンブーフラワー]の中でも強い方で、今は条件も有利だから勝てるはずと。


 見通しが甘かったと言わざるを得まい。

 少なくとも「超大型モンスターを討伐した客人を敵に回す」という前提で動くべきだった。

 あるいは、そもそも敵対する宣言など呑気にしている場合ではなかった。


 彼女の放心など気にもかけず、圭介は力の抜けたナディアの体をアガサ達に預ける。

 そうして実力差を思い知らされても尚諦められないのか、まだ言葉は紡がれた。


「……会っちゃいけないの? 危険だから?」

「そうだよ。ていうか犯罪者に率先して会おうとしないでよ、普通わかるでしょ」

「私、ずっと会いたくて仕方なかったのに」

「君の仲間も君を守りたくて仕方ないんだよ」

「わかってるってば。わかってるんだよ。わかっててもさ……」


 意気消沈しながらも我を通そうと駄々をこねるその様は、それこそ十歳ほど精神年齢が退行したようにも見える。


 そんな彼女にまず声をかけたのは、意外にも引っ込み思案に見えたクリスだった。


「ナディアちゃん、もう帰ろう? これだけの騒ぎになっちゃったし、向こうもナディアちゃんと話したくないみたいだったよ。これ以上、ナディアちゃんもあの男の子も傷つくようなことは、しちゃダメだよ……」

「クリス……。でも、話したいことや言いたいことがまだ」

「それはもう諦めなって」


 そう言ってナディアの肩に手を置いたのは、呆れ顔のドロシーである。


「あんなに聞く耳持ってないんじゃ話もできないじゃん。それよりナディアたんあちこち汚れが凄いよ、さっさと一緒に帰ってホームでシャワー浴びた方がいいって。あ、その前に騎士団の人達やケースケ君、ミアたんにも謝らないとだね」

「わかってるんだってば。それでも、聞かなきゃいけないことが……」

「うーん、何をそんなにご執心なんだか。いや、何となく察しはついてるけどさあ」


 声と言葉は優しげだったが、続く言葉の残酷さを知っているからか言葉を濁す。


「それでももう、無理でしょう。あちらにその気が一切ないんですから」


 その残酷さを請け負ったのはアガサだ。

 一歩前に出て、半ば無理にナディアを自分の方へと向き直らせる。


「うわっ」

「アイドルだからとか、相手が犯罪者だからというのももちろんあります。けれど先ほどから“わかっている”と連呼している貴女は結局のところ、本質的な部分をわかっていない」


 優しさを見せた二人に代わるように、彼女は厳しさを以てその言葉を告げた。


「彼に嫌われたんですよ、ナディアは」

「う、ぐ」


 認めたくない事実を叩きつけられたのだと、詰まる言葉と苦々しげな表情が語る。


「十年も経ったんです。そういう事もあるでしょう。ただ、貴女がそれを認めまいとしただけなんです。今現在を思い出の続きとしか認識せず、綺麗な過去のイメージを今の彼に押し付けた。変わらないままでいてくれるものなんてないと、この仕事をしているならそれこそ“わかっている”でしょう」

「……やめてよ」

「ではやめます。やめますから、一緒に帰りましょう。これ以上ミアさんとケイトを待たせるのは危険です」


 沈黙したナディアと共に来た道へと方向転換する彼女らに、仲間を甘やかそうとする気配は感じられない。ようやく戻れるという確信に至った途端、場に充満していた緊張感が緩んだように思える。


 一方圭介はというと[バンブーフラワー]のメンバー間で説得を完了させた事実に内心驚いていた。


(しっかりしてるなあ。特にアガサ、営業担当って話だったけど汚れ役を買って出た時の判断が思ったより早かった)


 実のところ、それは部外者であり嫌われても後腐れのない圭介が請け負おうとしていた役割でもある。

 この件について説得という手段を用いるのであれば、穏便な態度だけでは難しかったからだ。


 客観的に見てナディアがヨーゼフと話をするというのは相手側の反応から見て不可能に等しい。寧ろああまで強く拒絶されておきながら未だ過去のしがらみに囚われている彼女の存在は、凶悪犯罪に手を染めた彼にとって疎ましいものとなり得るだろう。

 一線を越えてしまった相手に一歩踏み込むという行為がどれほど危険なものかを、盲目的になってしまっている今のナディアは正確に理解していないように見えた。


 つまり理屈で考えるなら二人を会わせて得られるものなど何もないのだ。

 それでもあそこまで固執していたということは、理屈ではない感情的な面での行動基準があったからに相違なかろう。


 だからこそ憎まれ役によって冷や水を被せる必要があると圭介は考えていたのだが、悪い言い方をするのであればアガサのおかげで手間が省けた。


「……ねえ、“護衛の人”」

「んぁ?」


 急に独特な呼び方をされた圭介はつい気の抜けた返事をしてしまった。

 こんな呼称をする相手は一人しかいない。


「どしたん急に」

「私、何がいけなかったのかな」

「え……強いて言うなら勝手に出てったのとわがまま散らした辺りじゃないの」

「そうじゃなくてさ……男の子ならわかるかなって。こういう女、嫌だったりすんのかな」

「ああそういう。いや先にここ出ようよあっちの二人にも無理させてるんだから」


 この非常時にどこまで付き合わせるつもりだ、と言外に含ませるも、次の言葉が圭介の動きを止めた。




「――私、好きだったんだ。ヨーゼフ君のことが」




 その言葉を同じ[バンブーフラワー]の仲間達、とりわけドロシーは理解していたのだろう。「あちゃー」と顔を手で覆って天を仰いでいる。クリスとアガサもそこまで大袈裟な反応ではないが、驚愕したような表情は浮かべていなかった。


「初恋だったんだよ。今更気付いてホント馬鹿みたいだけど、嫌われたってわかって結構ショック受けてるんだ。公式には絶対言えないけど、アイドル始めたのだって有名になって彼に見つけて欲しいだなんて不純な理由でさ、ああこれだけ言っても伝わるわけないな」


 それはどこまでも身勝手な、そして未熟な子供らしい自分語り。

 しかし絞り出すような声には聴く者の精神を引きつらせるような何かがあった。


「十年前、私達友達だったんだ。すっごい仲良かったんだよ。ちょっと自惚れた話するなら、あの頃はヨーゼフ君も私のこと女の子として好きでいてくれたと思う。でも親の仕事の都合で引っ越すことになっちゃって、今思えばそれのせいか一緒に遊んだりする時も向こうはどっか余所余所しかったりしてね」


 血が滲むほどに強く握り込まれた拳。

 震えてまともに立つのがやっとな脚。

 そして、頬を伝う雫。


「それでね、引っ越す前日にヨーゼフ君から手紙をもらったの。でも読もうとする前にお父さんに燃やされちゃった。あの人排斥派だったから……自分の娘が客人と仲良くしてるっていうのが元々気に入らなかったみたい」


 いつもの圭介なら、ここまで話を聞く前に「後でね」とでも言ってナディアを強引に連れていっただろう。

 ミアの防御力は信頼していたし、ケイトも回復魔術を扱えるようだったからそこまで心配していない。が、それを理由に遅れていいとまでは思っていなかった。


「……だから、聞きたかった。あの手紙に何が書かれていたのか。それがわかれば、また仲良く一緒に遊べる日が戻ってくるんじゃないかって。そんなの、根拠も何もないのに」


 仲間が危険に晒されている中でも続く話を中断させて、早急に脱出を試みるべきではあるのだろう。


 それをしないのは。


 ナディアの言葉を待ってしまうのは。


「ねえ、私、どうしても会っちゃダメなのかな? もう、あの楽しかった頃には、絶対に戻れないのかなぁ……?」


 ここまで静かに話を聞いていた圭介だが、別に彼女に同情したわけではない。

 吐き出させた方が大人しくなるだろうという打算もなければ、二人の過去に特段興味もなかった。


(すっげぇなこの人)


 彼の中にあったのは、極めて純粋な畏敬。

 恋愛感情というものにある種の憧憬を抱く少年は、子供のわがままめいたナディアの主張を否定しない。


(そんな風に愛せていたなら、僕もアイツを――いや、今はいいか)


 ただ、胸中に決意だけが生じた。


「アズマ。まだ今日は防衛術式使えるよね?」

『はい』


 ナディアの問いかけを無視したその言葉を受けて、ここまで沈黙を維持してきたアズマが応答する。


「なら彼女らについてあげて。ミア達と合流するまでに何もないとも言い切れないからさ」

『わかりました。マスターはどうされますか?』

「ああ、んー……ちょっとタダ働きに行ってくるわ。護衛対象を君に預けるのもよくないとは思うけど、この人達もある程度自分の身を自分で守れるみたいだし」

「ケースケさん……?」


 アガサが怪訝そうに声をかける。

 無理もない。この状況で護衛任務を放棄する理由が見当たらなかった。


「アイツが言ってた通り、さっきからあんだけ観覧車動かして騒いでたのに騎士団の人達がこっちに来ない。ってことは本当に来た道戻ってるのか知らないけど、少なくとも自由に動ける状態じゃないのは確かなんだと思う」

「え、ええ。しかしそれとこれとに何の関係があるのですか?」

「つまり、今この場で空飛んでるあの霊符使いを捕まえられるのは僕だけだ」

「……っ!?」


 圭介の発言を受けたアイドル達の反応は、それこそナディアがヨーゼフを追いかけようとした時以上の困惑に満ちていた。


「貴方はっ、何を言って!?」

「ケースケ君どうしちゃったの!?」

「まず建前から説明しようか」


 圭介本人も、自分で不気味さを覚える程冷静だった。

 相手は爆弾を積んだ戦闘機に乗った、あらゆる魔術を適性も無視して行使できる霊符使い。それも広域爆撃に対して忌避感を覚えている様子も見受けられないような、所謂“本物”である。


 だというのに、「もう少し怖がっても良さそうなのにな」などと心の中で自嘲する余裕まであった。


「このままアイツが爆撃範囲を[プロージットタイム]の中で済ませる保障なんてもんはないんだ。そうなった時、護衛対象である君達をどこまで守り切れるかなんてこっちもわからない。これ以上暴れられる前にとっととこっちから捕まえた方が安心なんだよ」

『確かにアガルタ王国では私人逮捕が認められています。当然過剰な暴力を振るえば問題になりますが、今回のようなケースの場合は多少の怪我を負わせても不問とされる可能性が高いですね』

「いや、いやいやいやそういう問題でもなくて!」

「き、危険ですよ!」


 静止の声を聞いても圭介に止まるつもりはない。

 足元に“アクチュアリティトレイター”を置き、片足を載せる。


「ナディア。多分だけど君、変な義務感に追われてるんだよ。好きな相手の好意を踏み躙った、だから罪を償う意味でも昔の気持ちに応えないと、みたいなさ」

「……………………」


 ナディアは答えない。ただ、突飛な発言をし出した圭介を呆然と眺めるだけだ。


「でも相手は犯罪者で、君はアイドルである事を抜きにして考えても一般人なんだ。こんな爆撃受けてる遊園地で呑気に話せるわけがないんだよ」

「……だから、何なの」


 憮然とした声に圭介はニィッと笑って。


「あのさあ。犯罪者と一般人が話しても許される唯一の場所ってどこだと思う?」

「は? 何、急に」


 そのままフワリと宙に浮いた。


「刑務所だよ。話すならこんな危険な場所じゃなくて、大人しくそこで面会でもしてな」


 圭介が何をしようとしているのか、それを察したのだろう。

 憑き物が落ちたような面持ちのナディアがぽかんと口を開け、圭介はその反応を見て満足気に頷いた。


「んじゃ、行ってきますか。いやあ青春って素晴らしいなあ! いくらでも応援したくなるよ!」


 そんな風に茶化しながら、結界が崩壊したことで多少は広くなった空へと飛びだす。


 目標地点は段ボール製コールホーフェンの背中。

 目指すはアイドルとテロリストの十年来の和解。

 その為に必要なのは、テロリストの逮捕と連行。


 全く、無償の働きとは思えない程に過酷な仕事を自ら作り出したものである。


「……何で?」


 背後からは誰のものだかわからないが、圭介の行動を最後まで理解できなかった少女の声が聞こえた。

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