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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第二十話 膠着を経て

 時間は少し遡る。


 ナディアが観覧車を引き抜いて走らせた際の衝撃は圭介達やヨーゼフだけに留まらず、当然のこととしてミア達にも伝わっていた。


「おわったっとっ!」

「うわだだだ!」


 そこかしこに張り巡らされた“セイクリッドツリー”の枝とゴーレムの体も激しく振動し、それらを足場にしていたミアとピナルの体勢を大きく崩す。

 しかし木の枝は樹木の中心に立っているケイトの操作によって、ゴーレムはピナルの命令を受けてそれぞれ踏ん張りを効かせた。


 あれから彼女達の戦闘は千日手の様相を呈しつつある。


「あっぶ、ないなあもう!」


 どさくさに紛れて【パーマネントペタル】でピナルを包囲する。このまま拘束できれば相手にとって致命的となる隙を作れるだろう。

 だが、彼女は彼女で強かな客人だ。


「うわぁやめてぇ!」


 足場にしていたゴーレムの肩に穴を開け、埋没するようにして自分の体を引っ込めることで花弁を回避した。情けない声に見合わない反応速度である。


「なら今度はこっちだ!」

「わああまた来たぁ!」


 次いでケイトが“セイクリッドツリー”の枝を数本伸ばして巨大ゴーレムをジャミングしようと試みたが、瓦礫の集積の内側からどうやって看破したのかピナルはその攻撃にさえ対抗する。


「はい分かれて! 好きな人と二人組作って!」

「うわ、まただよ……」


 ケイトの嫌そうな声も無理はあるまい。

 巨大ゴーレムは枝が届く寸前に複数体の中型ゴーレムへと分裂し、溶けるようにして枝を回避したのだ。更に分裂した各個体はミア達の背後でピナルを引き連れながら再度集合し、時間を巻き戻したかのように元の巨大ゴーレムの姿に変化する。


「よくもやったな! ピナル怒ったぞぅ!」


 言うと同時、巨大ゴーレムの槍による刺突が“セイクリッドツリー”を襲う。

 そもそもが樹木の形態である故に回避はできない。だから防ぐしかないのだ。


「【プラントフェンス】!」


 ケイトの掛け声をトリガーとして、元来グリモアーツに刻み込まれていた第五魔術位階が発動する。

 手で包み込むかのように枝や根を伸ばして防壁を作り出す【プラントフェンス】。本来なら付近に生きた樹木が無ければ発動しない類の魔術でも、グリモアーツそのものが樹木の形態である場合は例外的に発動条件を満たせる。

 よって彼女らと巨大ゴーレムとの間に出現したその枝の壁は、ケイトの魔力を帯びている証として海老色の光を内包していた。


 加えてミアの後押しによるもう一手がある。


「【ささやかな支えが欲しい あとほんの少し寄りかかるだけで倒れる柱を 転ばせずに済ませられるよう】」


“防御用の魔術を強化する”という限定的ながらも確かな信頼性を誇る第五魔術位階、【フォートメイソン】。

 通常であれば些か頼りないはずの第五魔術位階相当に位置する【プラントフェンス】でも、この魔術があれば第四魔術位階を防ぎ切れる程度には補強できる。


 そして二人の魔術が織り成す防壁に、レールと鉄橋で構成された槍が突き込まれた。


「ぐぬ、っぅ」

「ふぅんぼごごごご!!」


 多少“セイクリッドツリー”の枝がしなったものの、防ぎ切ることはできたらしい。ケイトの口からアイドルとしては致命的な声が聞こえたりもしたがそれはこの際無視された。


 防ぎ切ってからの追撃はない。どうにもピナルからは二人を殺傷しようという意思が見受けられなかった。

 結果としてこの衝突と離脱のスパンが短いせいでミアは自分にとって有利となる接近戦に持ち込めず、ピナルは決め手を欠くという状態に陥っている。


「もうめんどっちいよー! 早く帰りなよさっきも何かすっごい揺れたしさー! もうずっと言ってるじゃん、お友達はピナルが探すってー!」


 億劫さが滲み出る声色から彼女が心底うんざりしているのがわかる。正直、ミア個人としてもここでケイトを拘束して二人で出入り口に戻ってしまおうかと考えてしまうくらいだ。

 何となればクエストを依頼しておきながらその効率を著しく下げているケイト達、特に独断専行に走ったナディアに対してはそれなりの憤りを覚えてもいた。


 だが強制的な脱出を実行するにしても、ケイトを除く[バンブーフラワー]メンバー四人の安全が確保されてからが望ましい。


(馬鹿みたいにゴーレム量産して全部に魔力を供給するようなのがいて、更にその仲間に同じくらいの規模で騒ぎ起こせる霊符使いまでいる……というのならまずここでの正面衝突自体が悪手なんだけどなあ)


 降り注ぐ【ストーンタックス】の嵐を“イントレランスグローリー”で防ぎながら、いっそ騎士団に居場所が露見して駆けつけてもらいたい気持ちも抱え始める。

 大人から怒鳴られようと何だろうと、ミアにとって一番恐ろしいのは護衛任務の失敗だ。相手に人死にを出すつもりはないように見えるが、それもどこまで信用できるかなどわかったものではない。


「自分達が危ないからって犯罪者に仲間の命を預けられないよ! そっちこそ邪魔しないで!」


 ケイトも支援と防御ばかりが能ではないようで、“セイクリッドツリー”の枝を鞭のように振るってピナルを攻撃しようと試みた。


「あぶ、危ない! やめてよお!」


 対して相変わらず声の情けなさからは考えられない冷静さで、ピナルは巨大ゴーレムの表面を自在に滑走しながらその攻撃を容易く回避する。


「当たらないなあもう!」


 苛立ちを隠せなくなってきたケイトに反し、先ほどから冷静にピナルの挙動を見ていたミアはある程度彼女の魔術の本質を見抜きつつあった。


(多分だけど、磁力一辺倒の魔力付与特化型かな)


 正答である。


 まず【ミキシングゴーレム】に限らず、ゴーレムの作成自体が磁力操作をある程度要する魔術だ。しかしそれに用いる術式は種類こそ多いものの第六魔術位階が大半を占めており、ゴーレムそのものの出来映えや性能には使う側の個性が反映されがちとなる。

 そういった観点から見ると鎧騎士を模したピナルのゴーレムはオーソドックスな部類に入る。攻撃手段の単調さと平均的な耐久性は、いっそ無個性とさえ言えるだろう。


 その在り方は以前戦ったウォルト・ジェレマイアの【シャドウナイツ】や【シャドウジェネラル】に似ているが、その実全ての面で勝っている。


 つまるところ、ピナル・ギュルセルという客人の脅威はゴーレムそのものではない。

 埒外の兵力と小技の数々で変幻自在に戦略を変える、言わば軍師の力であった。


「えいやぁ!」

「わっ、と」


 思案に耽るミアの隙を見抜いたのか、長大な槍による横薙ぎが“セイクリッドツリー”の幹を盛大に叩く。体積と重量のせいか随分と大振りな攻撃だった。


 それも再度集合させた【パーマネントペタル】による支えでやっと持ち堪える。こうして攻撃を受ける度に花弁が減っていくせいで、ミアの焦燥感は少しずつ膨らんでいった。


 しかもいつの間にか樹の根元には通常の大きさのゴーレム達が集まっており、何体かはよじ登り始めてさえいた。


 ミアが推測するにこれらゴーレムは槍の先端を経由して地面に展開された【ミキシングゴーレム】の術式から現れたものだ。であれば、今後は相手の攻撃がどこに着弾するかにも意識を割く必要があるだろう。


「コイツらどこからでも湧くなあ! ケイト、根っこはまだ動かせないの!?」

「さっきから動かそうとしてるけど……無理そうかなあ」


 ケイトのグリモアーツ“セイクリッドツリー”は、実際のところその本領を半分も発揮し切れていない。


 ある程度の物質なら透過できる根は現在、ピナルが施した術式によって魔術円の範囲外への干渉が封じられている。これのせいで相手への奇襲も地上での支援もできなくなってしまっているのだ。

 ミアなら多少は解呪術式も心得ているので地上に降りれば対応できなくもなかったが、そうするとケイトを護れなくなる。


 一度はケイトの意思によってグリモアーツの【解放】形態を解こうとも考えた。しかし地面に根差した“セイクリッドツリー”が解除されれば直後にミアとケイトは足場を失い、大きな隙を作ってしまうだろう。

 加えて落ちているグリモアーツをピナルが【ミキシングゴーレム】に巻き込んで奪取してしまう可能性もあった。


 ここまでの情報をまとめるとミアとケイトが圧倒的に不利なようにも見えるが、実はピナルも余裕があるわけではない。


「困ったなあ、困ったよぅ……」


 何より本人の、言葉通りに困り果てた表情がそれを如実に示していた。


 まず最大の目的である[プロージットタイム]の地盤の破壊を成し遂げないまま戦闘に入ってしまった時点で、彼女の計画は大きく狂っていたのだ。


 本来であれば巨大ゴーレムを複数体作った後に外部から侵入可能な箇所全てに配置し、無人となった遊園地内でゴーレムを量産しながら傍らで脱出用の経路も確保する予定だった。

 ヨーゼフに『とにかくゴーレムを作り続けろ』とだけ言われた彼女でも、人的被害を出さないことと無事に脱出することを考慮していなかったわけではない。そこは一応しっかりと自分なりに計画していた。


 しかし中途半端なタイミングで戦闘に入ってしまった影響で、巨大ゴーレムは予定していた数より三体不足している。その上脱出経路も確保できていない。ただとりあえずとばかりに作っただけの残存兵力も、戦闘中の今では自動運転での緩慢な動きが限界である。

 それに地盤の破壊も遅々として進まず、どうしたものかと頭を抱える羽目となっていた。


 加えて“セイクリッドツリー”の存在が想定以上に厄介だったこともある。


 もしも相手がミアと圭介の二人組であれば単なる力と力のぶつかり合いとなるので、戦闘プランは今より単純なものとなる。巨大ゴーレムを暴れさせて意識を誘導し、気付かれない内に“レギオンローラー”で走って逃げればいいだけだ。

 後は相手に見えない位置でゴーレムを量産して地盤の破壊を進めながら、彼らを押し退けられるだけの兵力を作り出してぶつける。空も満足に飛べないこの状況、物量で押し出せば強制的に端に追いやれるとピナルは踏んでいた。


 しかし相手はミアとケイトの二人。ミアの防御力と広範囲に張り巡らされる【パーマネントペタル】の存在が邪魔する中で、常に“セイクリッドツリー”によるジャミング攻撃を警戒しなければならないというのは通常の戦闘よりも演算処理を多く要した。

 ケイトによるゴーレムのジャミングは伸びてきた枝を弾くかゴーレムを分裂させれば対応可能ではあるものの、逆を言えば当たってしまった瞬間に分裂を余儀なくされる極めて面倒な相手でもあったのである。


 もしもケイトがグリモアーツの【解放】形態を解除してしまえばそれがピナルにとっての勝機となり得るが、逆にそうならない限りこのまま二人を野放しにするのはピナルにとって非常に危険だ。

 何せ一度ここから離脱してしまえば索敵手段を持たないピナルではいつ不意打ちでジャミングされるかわからない。今は二対一の状態だからまだマシな方だが、彼女らから離れても奥に進めば圭介達が待っている。相手の頭数が増え、天敵となる相手は自由を得た上で潜伏できる。


 こうなってしまってはいかにピナルと言えども対応しきれない。つまり意図しない形でケイトはピナルを戦場に縛り付けていたのである。


 そして最悪なのは炎と熱気に包まれたこの環境。

 体力や水分の減少とそれに伴う演算能力の低下も当然問題ではあるのだが、それ以上に辛いのがピナルの磁力制御魔術との相性だった。


 磁力というものは高熱によって弱まる性質を持つものだ。とはいえ流石に人間の体感で「暑い」と表現できる範囲であれば大した違いは生じない。五〇度を超えた熱に晒されても九割以上の磁力は維持できるのだから、単純に物質間で生じる力にそこまでの違いはないのだ。


 だがその小さな差異は、ゴーレムを操る上で致命的な誤操作に繋がりかねない。


 先に挙げた“セイクリッドツリー”との相性や事実上の挟撃状態などが絡んでいなければ、恐らく巨大ゴーレムの操作もそこまで精密なものである必要はなかっただろう。

 しかし今、ジャミングへの対抗手段である巨大ゴーレムの分裂と再構築を幾度となく繰り返さなければならない関係でピナルの集中力は確実に削られていた。


 否、集中力だけではない。既に述べた通り高温環境下では僅かばかり磁力が減少する。

 その中で散らばっては集合してと激しい動きをしている瓦礫には定期的に磁力を付与させなければならず、それが結果的に彼女の魔力をも減退させていた。


 いかに膨大な魔力を持つ客人と言ってもその総量は無限ではない。増してや魔力は肉体のコンディションと密接な関係があるのだ。夏場の文字通りに炎天下、それも激しく動き回る中でいつまでも普段通りの動きなど維持できるはずもなかった。


 これ以上の持久戦は互いにとって致命傷となりかねない。

 それに先に気付いたのは、ピナルの方だった。


「もう、いいかなあ」


 ここで初めてピナルが表情を捨てた。今の彼女に天真爛漫に手足が生えていたような少女の面影は一切見受けられず、無機質な視線がミアとケイトを射抜く。


「何が……」

「さっきから怪我させないように、殺しちゃわないようにって気をつけてたけど。そればっかり考えてたら本当にやるべきお仕事ができなくなっちゃうから」


 熱気を孕んだ空気に冷徹な声が染み渡ると同時、巨大ゴーレムが槍の持ち方を変えた。


 常日頃、クエストをこなす中でユーの戦いも何度か見てきたミアはその構えを知っている。


(上段唐竹割り――)


 最も軌道がずれにくく、効率的に速い一撃を叩き込むための殺傷手段。

 建造物より背の高い武器を見上げる程の高さに振り上げるその姿は、圧巻の一言に尽きた。


「ごめんね? ピナルもお仕事やらなきゃだから、ここでお別れしようね。せっかくなら仲良くなりたかったけど残念だなあ」

「……ケイト、逃げて!」


 瞬間、山吹色の花弁がケイトを包み込んだかと思うと、巨大ゴーレムからも“セイクリッドツリー”からも離れた位置にまで移動し始める。


 明らかにケイト一人を安全圏に離脱させる動きだった。


「ミアちゃん!?」


 護衛対象であるところのケイトを退避させたミアは、何故か避ける挙動も見せずその場で“イントレランスグローリー”を掲げて防御の体勢に入る。


「逃げっ……」

「平気だよ! 勝つから!」


 その言葉を紡ぎ終えると同時に、


「さよーならー」


 気の抜けたピナルの声を引き連れて、螺旋状の巨大な凶器が大樹へと叩きつけられた。

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