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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第十七話 煌めく土くれと火中の闇

 圭介達の背中を見送るミアの耳に、不吉な音が届く。

 背後で地面が隆起する音だ。


「っとぉ!?」

「あっ、惜しい!」


 絡ませた腕を解いてミアが屈みこむと、元々頭があった空間を捻じ曲がった鉄柵のメイスが通過した。あのまま突っ立っていたら側頭部を強打され痛みにのた打ち回っていたことだろう。


「あっぶな……! ウォルト先輩もそうだったけど数で押し切るタイプって苦手だわやっぱ」


 巨大なゴーレムが“セイクリッドツリー”に縛られているからといって油断もできない。こうして雑兵をどこからでも作り出せるというのがウォルトやピナルに共通する怖さでもあるのだ。

 ピナルはおさげ髪を揺らしながらミアから離れ、“レギオンローラー”で走り抜けた場所に魔術円を点々と設置していく。そこから更なるゴーレムが三体出現して二人の間に立ち塞がった。


「もうとっとと出てってよー! お友達ならピナルが探しておいてあげるから!」

「いやあんたに任せるのはそこはかとなく不安だから遠慮するわ」


 いかにゴーレムを増やそうと周囲には【パーマネントペタル】が散りばめられており、巨大ゴーレムの動きはケイトの“セイクリッドツリー”によって封じられている。

 近距離での直接的な戦闘では決して強くない相手であるとわかったし、【ミキシングゴーレム】で生成された通常の大きさのゴーレムは単体相手であれば素手でも打倒できる程に脆い。


 ケイトという思わぬ援護も手伝い、状況はミアにとって優勢に傾きつつあった。


 かに、思えた。


「むぅ、せっかく作ったのにもったいないけどしょうがないや」


 ふくれっ面のピナルがパチリと指を鳴らしたその瞬間。

“セイクリッドツリー”によって縛り上げられていた巨大ゴーレムが、どこか悲しげな音を轟かせながら文字通り瓦解する。


「えっ……?」


 大陸のヒューマン族であれば、これほどの体積と質量を持つゴーレムは一体作るだけでも一苦労であろう。それをいとも簡単に崩されたことでケイトは一瞬呆けてしまう。


 しかしゴーレムに供給されていた魔力が途絶えたのかというとそうではない。あくまでも術式を解除しただけに過ぎないのだから、瓦礫にはまだ彼女の魔力が纏われているのだ。


「【ストーンタックス】!」

「きゃあ!?」


 巨大ゴーレムの残骸から刀剣一本ほどの大きさを持つ石の鏃が飛び出し、ケイトの“セイクリッドツリー”に突き刺さる。彼女のジャミングが効果を及ぼしたのはあくまでもゴーレムの関節であって、瓦礫全体に影響を及ぼせる程ではなかったのが手痛かった。

 そこでピナルは玄妙な魔力操作によって術式の影響から免れている部分を看破し、第五魔術位階に相当する【ストーンタックス】を相手のグリモアーツへと叩き込んだのである。


 しかし今現在の位置関係的にピナルと巨大ゴーレムの間にはそれぞれ通常のゴーレム、ミア、ケイトと“セイクリッドツリー”が並んでいる。この状態で離れた場所にあるゴーレムの術式を解除しながら第五魔術位階を使用するというのは、神業と呼んでも差し支えない技術であった。


(並外れた空間把握能力とマルチタスクを可能とする演算能力、他人のグリモアーツに干渉されながら魔術を構築できるだけの魔力操作の適性、何より魔力そのものの総量がぶっ飛んでないとこんな芸当できない……何なのこの子!?)


 規格外の実力を見せつけられた二人が硬直するのも無理からぬ話と言える。

 そしてそれに合わせて、ミアとピナルの中間にいるゴーレムがしゃがみ込んだ。


「いっくよー!!」


 背後での出来事に気を取られたミアが視線を離した隙に、ピナルがしゃがみこんだゴーレムの背中に向けて疾走する。

 ジャンプ台となったその背中から高く跳躍した彼女は、ミアを易々とび超える。その速度は辺りに漂う【パーマネントペタル】の花弁を振り切り、獣人であるミアの反応速度をも凌駕した。


 そうして今度は、海老色の光を宿す木の真ん前に着地する。


「わ、何!?」

「そーれぐるぐるぐるぐる!!」


 ケイトの疑問に応じることもせず、まるで遊んでいるかのようにピナルが“セイクリッドツリー”の周囲を高速で周回し始めた。

 目が回らないのだろうか、と見ている二人が疑問を抱いた辺りでまたもや射出されるような勢いで跳び、元は巨大ゴーレムであったはずの瓦礫の山へと辿り着く。


「何なの、これ」


 愕然としながらケイトが思わず震えた声を漏らす。


“セイクリッドツリー”の周りは、伽羅(きゃら)色に輝く輪状の術式でぐるりと囲まれていた。

 同時に突き刺さった【ストーンタックス】も煌々と光り始める。


「なぁ!?」


 驚嘆の声はミアとケイト、どちらのものだったか。


 瓦礫の表面に浮き出ていた海老色の根が、少しずつ細く短く変化していく。

 やがてそれらは舞い上がった砂塵よろしく掻き消えた。


 何が生じたかというと簡単な話、彼女はジャミング効果を遮断する結界を即興で作り出し展開したのだ。

 その結界によって瓦礫の山がゴーレムの形状に戻らないようにと維持していた“セイクリッドツリー”の魔力の根が、いとも容易く消失したのである。


 無詠唱の魔術で、それもグリモアーツそのものの特性を無効化するなど理論上は可能であっても実現するのは不可能に近い。ピナルの怪物性が垣間見えた瞬間であった。


「えへへ、これでよし! じゃあもっかい頑張ろっか!」


 ピナルの足元、厳密にはグリモアーツ“レギオンローラー”の車輪が輝きを宿す。同時に崩れていた瓦礫が再度集積し、元の巨大ゴーレムへと姿を変えた。


「せっかく崩したのに……っ!」


 悔しげに呟くケイトは“セイクリッドツリー”の枝を伸ばす。こちらもゴーレムへの干渉を再び行おうとしての動きだ。


 しかしその枝は完全に伸びきる前に、巨大ゴーレムの体から撃ち放たれた【ストーンタックス】に射抜かれる。先端をめり込ませる石の鏃から魔力を注ぎ込まれ、“セイクリッドツリー”の枝が一本分無駄になった。

 ただ頑丈で大きいだけでなく小技まで使いこなす汎用性の高さに、思わずミア達は一瞬怯んでしまう。


「くっ!」

「悪いけどこれ以上時間かけるとヨーゼフ君に怒られるからね! 二人にはお外に出てもらって、ピナルはお仕事に戻るよ!」


 既に元通りの姿形を取り戻した巨大ゴーレムが武器を構える。ケイトによるゴーレム操作への妨害が機能しなくなってしまった今、ミアに出来る事は真正面から彼女を相手取るだけだった。


「ミアちゃん! 一応枝は伸ばせるみたいだから、もしもの時は回復魔術で支援するよ!」

「ありがとう、護衛する相手に言うのも変だけど正直心強い!」


 いつでもミアに届くようにと広範囲に伸びる“セイクリッドツリー”の枝葉と、彼女ら二人を包み込むように展開される【パーマネントペタル】の花吹雪。


 睨み合う彼女らの攻防はまだ始まったばかりである。



   *     *     *     *     *     *  



 ロトルア騎士団が【ミキシングゴーレム】の群れをある程度片付けた頃には、既に南西と東側から巨大ゴーレムが迫りつつあった。


「流石にこの人数でもアレ二体同時はキツいっすね」

「だな。仕方ないから操っている本人を見つけ出してしょっ引くしかなさそうだ。……しかしこんだけの広さにばら撒いて、しかもあのデカさのゴーレムまで操っちまうなんてとんでもねえ奴がいたもんだぜ」


 団長の男が感心しながら部下達を北側のエリアに誘導し始める。


 確かに大した技量ではあるが、巨大ゴーレムの歩みは遅い。冷静に移動すれば交戦どころか接触もせずに済むだろう。

 加えて空中にいる段ボール製の飛行物体は何故か人がいる場所を攻撃しないようだった。出入り口付近にいた民間人の話も併せて考えるに、どうやら相手は被害者が出ることを嫌がる傾向にあるらしい。


(実際ウチの騎士団も、このまま進む分には死人どころか怪我人だって出るかどうか怪しいもんだ)


 その潔癖とすら表現できる彼らの行動基準と並外れた能力の高さから、団長はある程度今回の事件の犯人がどういった相手なのかを特定しつつあった。


(やらかしたのは恐らく客人。それも大陸洗浄を再開させようとしてる勢力だろうな)


 以前メティスの城壁で激しい戦闘を繰り広げるというマティアス・カルリエもそうだったが、彼らは破壊活動によって隠匿されてきた犯罪を暴き出すことに執着する。

 そんな過激な手段に躊躇しない一方で、何をするにせよ民間人を巻き込むまいとする少々風変わりなテロリストだ。

 嘗てマティアスが城壁常駐騎士団に「攻撃範囲に居住している貴族を避難誘導するように」と勧告したことは、アガルタ王国騎士団の間でもかなり有名な話である。


 立場上決して主張するようなことはないが、動く理由については少し共感できる。

 貧民街からの叩き上げである団長にとって、彼らはやや敵対しづらい相手でもあった。


(まあ、俺のやりづらさなんざ仕事する上でどうだっていいんだが。……それより一つ気に食わねえな)


 ゴーレムの配置にまだ壊されていない建築物、逆に壊されて障害物となったアトラクション。

 それらが事実上の一本道を形成していることに気付いたのだ。


「おい、気をつけろ。誘導されてるようだぞ」

「マジすか。うーん、やはり飛べないというのは不便ですねぇ。あの忌々しい結界さえなけりゃなあ」

「それをわかってるからお相手も俺らを飛べなくしてるんだろうけどな。わざわざ霊符なんざ使いやがって」

「……あれ一枚で何十シリカになるんだろ。下手したら百以上はいくかな」

「知るか、ってか考えるな。せっかく入ったばかりの給料がしょっぱく見えるぞ」

「うぇーい……僕達公務いーん……」


 緊張感に欠けるやり取りを終えて、先へと進む。


 ちょくちょく飛び出してくるゴーレムを薙ぎ倒しながらしばらく行くと、妙な場所に出た。


「あぁ? 何だこりゃ」


 園内に点在している休憩用の広場、その一つ。

 ベンチやテーブルが爆風や飛んできた建材の破片などで傷ついているのは特に不自然でもないが、中央にある噴水がおかしな状態になっている。


 取り付けられていた基盤が丸ごと、瓶の蓋よろしく外されていたのだ。


 ひっくり返った際に大量の水が飛び散った痕跡は見受けられるも、元々外せるように作られていたのか基盤の端に罅割れなどは見受けられない。


「わかってると思うが近づくなよ。念には念を入れて迂回しながら進むぞ」

『了解!』


 部下の騎士一同がはっきりと聞こえながらも決して大き過ぎない声で返事をし、噴水から離れた位置をじりじりと歩く。念のために視線は残された大きな窪みに向けられていた。


「……そういやさ、昔見た映画でこんな感じのシーンあったんだよ」


 緊張感が解け始めたのか、団長が隣りに立つ青年騎士に話しかける。


「え、どんなシチュエーションなんですかそれ。井戸とか出てくるんですか?」

「そうそう正にそれ。何でも監督の客人がどうしても元いた世界のホラー描写をこっちにも広めたいってんでな、要するに元ネタはあっちの世界の有名作品らしいんだが」

「ふぇー。それってどういう内容なんすか」

「なんかテレビに井戸の映像が映って、そこから髪の長い女が登ってくんの。そんで女がどんどんこっちに向かって歩いてきて、最後には映像の中から現実のこっち側に這い出て見てる人間を殺しちまうって内容でさ」

「……なんか、あんま怖くなくないっすか? そんなん途中で壁にでも向けてテレビ裏っ返せばいいじゃないっすか」

「お前そういうとこが原因でモテないんだぞ……ん?」


 小声での雑談が途絶えたのは、団長が奇妙な変化を感じ取ったからだ。


 それは間違い探しのような極僅かな変化。しかし気付いてしまえば決定的な、あってはならない変化。




 のそりと噴水円周の淵から顔の上半分を覗かせる、髪の長い女。




「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


 団長も、青年騎士も、女も。

 その他彼らの変化から事情を察した騎士達も。


 全員が言葉を失った。


「……うひゃわっひょい!!」

「うわああああああああ!!」

「きゃああああああああ!?」


 動転した青年騎士の奇抜な叫びに思わず団長と女が揃って悲鳴を上げる。


「バッカてめぇ何変な声出してんだ殺すぞ!?」

「いやだって女が! 変なとこから顔出して、髪ワッサーって!」

「るせぇクソ野郎ビビらせやがってざけんなゴルァ!」

「そんなん言ってもあの状況なったら普通叫びません!? 叫びますよね!? 俺悪くないっすよね!?」

「だったらせめてもうちょいまともに叫べや何だうひゃわっひょいって!」

「あ、あのー!」


 仲違いを始めた団長と青年が、女の声を聞いてはたと喧嘩を止める。

 警戒態勢に入っていた他の騎士達もグリモアーツ“シルバーソード”を構えながら怪訝そうな表情を浮かべた。


 怪しいは怪しいのだが、彼女からは敵意も殺意も感じられない。


「あの、すいません……騎士団の方、ですか?」


 控えめな声と態度で、いよいよロトルアの騎士達全員が困惑し始める。

 目の前にいる女は敵ではない。ならば何故こんな危険な場所に突如現れたのか。


「あー、そうだが。お嬢さんは……」

「……!! よかった、助かった!」


 相手が騎士であると知った瞬間、その顔に生気が宿った。


 事情を訊こうとする団長の前で女は淵の部分を乗り越え、鎧を握り潰しそうな勢いで掴みかかる。

 動きは迅速でこそあったものの、四肢の動きからは微妙に疲労が見て取れた。


「お、おいあんた……」

「助けて下さい!」


 あらん限りの声で彼女は叫ぶ。


「まだ下に、何人もいるんです! お願いします、私達を助けて――」


 むせび泣く女の姿から団長は察した。


 わからなければ楽だったろうに、察してしまった。


「だ、大丈夫ですよ。まずは落ち着いて事情を話して頂けますか?」

「ひっぅ、ぐずっ……はい……」


 青年騎士が女を慰めている横でも、団長の目はどこか遠くを見ている。

 信じたくはない。ないが、この事件の裏には触れることすら憚られる闇が潜んでいたのだ。


 その闇に自分達は無自覚のまま触れてしまったのだ。


(まさかこれが……これが、奴らの目的だったのか?)


 大陸洗浄の再開を望み、民間人の被害を出すまいとし、犯罪者を許さない彼らがこの[プロージットタイム]を襲った理由。


 騎士団の介入を嫌う遊園地の運営。


“騎士団いらず”を掲げる警備保障会社。


 ボロ布を身に纏い衰弱した様子の若い女。


 あれも、これも、それも。


 あらゆる要素が彼の脳内で繋がっていく。


(だとしたら)


 今回の事件を通して心に傷を負った者もいるだろう。


 家族、友人との楽しい思い出を汚された者もいるだろう。


 この忙しい時期、僅かな休息を無碍にされた者もいるだろう。


 決して許されないはずの犯罪行為であり、明確な破壊工作であり、市井への攻撃である事に違いはない。


 しかし、もしもこの事件がなければ。

 彼らが犯罪に手を染めていなければ。

 今日も平和に一日が終わっていたら。


(だとしたら、俺達騎士団は何の……何の為に……)


 変わらない日々の中にあればきっと、目の前の女は助けられなかったのだ。


 愕然とする団長が持ち直すまでに、軽く五秒を要した。

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