第十六話 瓦礫組みの巨人
――探すのを手伝って下さい。お願いします。
そう言って涙ながらに懇願するケイトの訴えをついぞ撥ね退けられず、圭介達は炎と瓦礫に彩られた[プロージットタイム]の中を進んでいた。
いつ敵と接触しても戦えるように、圭介とミアの二人は既にグリモアーツを【解放】している。手に持ったままだと邪魔になると判断した圭介は、“アクチュアリティトレイター”を手で持たず立てた状態で宙に浮かせながら運んでいた。
本来であれば、護衛任務の話を度外視しても彼女らと共に園内に再突入するなど愚挙も愚挙である。それを知っているからこそ二人は最初きっぱりと断ったのだ。
しかしその必死さは「無下に扱うと独断で突入しかねない」と思わせるだけの剣幕を有していた。
護衛二人も彼女らの仲間意識の強さは知っていたが、今回はそれが裏目に出た結果と言える。
[バンブーフラワー]の安全を思えば行かせるわけにいかず、さりとてあまり突っぱねると暴走される。
今や残っている騎士団は打撲などの怪我をしている民間人や少々悪質とも言えるクレーマーへの対応に追われ、護衛対象の暴走を止めようにも頼れるだけの人手が足りない。
一瞬目を離せばすぐにでも走り出しそうなアイドル四人組を前に、どうしたものかと思案するも既にクリスとケイトが後方の崩れた塀に目をチラチラと向けていた。
あちらは四人で自分達が二人と人数で負けている以上、彼女らが本気で振り切ろうとした時に完全に止める手段もない。
平和的に待機するという選択肢を封じられ、結局遠方訪問組が折れたのだった。
最悪の事態だけは避けるべきと判断した圭介とミアは、苦々しげな表情で四人のアイドルを連れながら危険地帯をゆっくりと歩いていく。
あまり彼女らと交流する機会に恵まれなかった圭介はひたすら気まずそうにしており、無謀な行動を余儀なくされたミアは不機嫌そうにしていた。背後の四人は各々不安そうな表情でナディアの姿を見つけようと、周囲に忙しなく視線を動かしている。
空気が重い。
いっそゴーレムでも湧いてくれれば憂さ晴らしに殴り飛ばせるだろうに、などと些か野蛮な発想が圭介の脳裏を過ぎる。
鬱屈した感情と地獄のような光景、暑さからくるストレスに暴力性を底上げされながら、それでもどうにか冷静であろうとし続けた。
「……えっとどうする?【マッピング】使おうか?」
流石にキョロキョロと視線を動かし続ける彼女らが不憫に思えてきた圭介が、事によっては【サイコキネシス】よりも索敵に向いている魔術の行使を申し出た。
エリカを通じて第六魔術位階にある程度の有用性を見出した圭介は、便利そうな第六魔術位階を軒並み練習している。まだ拙い部分もあれどここは使いどころと思っての発言であった。
だがそれを聞いたミアは真っ先に首を横に振る。
「【マッピング】は便利だけど発動する時に強く光るでしょ。空に逃げることもできないこんな場所で、相手に居場所を知らせるような真似はしちゃダメ」
確かに相手の人数もそれぞれの戦闘力も未だ未知数。迂闊な行動が怪我では済まない結果を生む可能性は常にある。
それをわかっているからこそ、六人というそれなりの大人数で周囲を警戒しているのだ。
「……それもそうだね」
圭介もまだるっこしい現状に辟易しながら、引き続き【サイコキネシス】での索敵を継続することにした。
だからこそ感じ取れる不可解な点もある。
(おかしい。[プロージットタイム]に来た時から、この索敵網全体がざわつくような振動がまだ治まらない)
てっきり雑踏の中では常に発生する類のものかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「真夏の高温によるものだろうか」と一瞬だけ推察したが、すぐに圭介はその考えを改めた。所々燃えている今ならともかく、来たばかりの遊園地は少なくともレナーテ砂漠と比べれば涼しい方だったのだから。
(でも周りにおかしな物があるわけじゃない。いや空飛んでるのは例外として)
あるのは炎に包まれた街路樹や瓦礫。中にはアトラクションの残骸等も混じっていた。
遠くに蠢く複数の茶色い何かはゴーレムの群れ。ウロウロと動き回り落ち着きがない。
今の圭介達が見つかれば大目玉を喰らうであろう騎士団も、その付近に集まっている。
あとはまだ無事に残されているアトラクションやレストランが、蛞蝓のように這いずり回って移動している程度か。
「……………………ん?」
許容外の唐突な変化に追い付けず、その場にいる六人全員が硬直した。
ずりずりと移動する建造物や街路樹などが一ヵ所に集積していく。
それらがバキバキと砕けては形状を変化させていき、混ざり合っていった。
その様子を見て圭介の思考は一つの仮説に至る。
(……まさ、か)
思い出すのはそこかしこに跋扈する、周囲を巻き込んで生成されたゴーレム。
それがもし、複数の建物を素材として作られた場合どうなるか。
「皆、一旦下がって!」
ミアがバックステップしながら放った警告とほぼ同時、[バンブーフラワー]のメンバーと圭介がその異変から離れる。
六人の後退を確認したかのようなタイミングで、建造物の集合体は隆起した。
否、立ち上がった。
「何これぇ!?」
ドロシーの叫びも無理からぬことだろう。
眼前に立つのは城壁防衛戦でマティアスが見せた“インディゴトゥレイト”には及ばないものの、見上げる程に巨大な瓦礫組みの騎士。水道管や配線が血脈の如く張り巡らされ、砕かれた建物の壁や屋根が装甲代わりに表面を覆っていた。
その手にはジェットコースターのレールと川にかかっていた鉄橋を二重螺旋状に編んで構成したらしい槍のような武器まで握っている。
六人揃って踏み潰されまいと思わず後退したことでわかったが、その巨体の向こう側でも複数体類似した巨大ゴーレムが立ち上がっているようだった。この分では圭介達の背後でも何体が作り出されているかもしれない。
(おいおい、これって……!)
圭介の脳裏に嫌な記憶が蘇る。
アーヴィング国立騎士団学校焼却炉裏の秘密の広場にて、ウォルト・ジェレマイアが使用した第四魔術位階【シャドウジェネラル】。
目の前に聳えるソレは大きさも素材の頑強さも段違いだが、極めてそれに近い存在なのだと直感が告げていた。
「ありゃまーっ! こんなところにまで来ちゃったの!?」
ジュゴッ、という音を伴って巨大ゴーレムの体表を滑走しながら肩に当たる部分で立ち止まったのは、先ほども接触したピナルだ。
大きな目をぱっちりと見開き、圭介達の再来を心底意外そうに眺めている。
同時に彼女とこの場で出くわしたという事態には、圭介とミアにとって二つの深刻な意味が含まれていた。
まず単純に護衛対象を引き連れている状態でテロリストの一員に見つかったのが痛い。可能性としてあり得るとは思っていたものの避けたかった展開だ。
先に突入した騎士団がこの場から離れた位置にいる以上、逃げ切ったか隠れ切ったかの二択である。どちらにせよ戦闘と追跡においては国が認めたプロフェッショナルを振り切ったことに違いはない。
となればそのような相手に今いる六人でどこまで対処可能か、という疑念が生じてしまう。最悪の場合、ナディアまで彼女に殺害されている可能性すらあるのだ。場の緊張感は一気に増した。
次に遠方に見えるゴーレムの群れ。こちらはある程度の自立起動が成立しているのか、彼女が目線を向けていない今でも騎士団に向かって突撃している。
細かな動作まではピナルの管理下に置かれていないようだが、それにしても広域且つ多数のゴーレムに魔力を供給しているのは確かだ。客人であるが故か魔力の総量が膨大であるという事実だけ窺えた。
これまで様々な戦いを通して色々な魔術を見てきた圭介から見ても、直接的な動きを見せていないピナルの戦闘力は未知数である。
つまり現状、彼女との交戦は極力避けるべきと言えた。
「もーっ!! どうして帰んないの皆はー!! 危険だってゆってるでしょー!!」
彼女の望みはどうやら圭介達の離脱であるらしい。
悪人というわけでもなさそうだし、戦闘する必要がないと告げた上で事情を話せばわかってくれるのではないか……と、淡い期待を抱いた圭介はひとまずナディアの所在を知らないか訊く事にした。
「あのー、ちょっといいかなぁ!?」
「なぁに?」
「こっちは行方不明になった仲間を探しに来たんだけど! 青い髪の毛の女の子! そっちは見てない!?」
「見てなーい!」
「くそったれ!」
『犯罪者相手に何をしているのですか』
アズマの呆れた声が頭上から聞こえる。
「いや話し合いの余地はあるっぽかったからつい」
『理性的な対話が可能な相手に見えますかアレが』
「えへへ、ピナルは冷静で賢いからね! お話ならいつでも受け付けるよ!」
「確かにアレは間違いなく馬鹿の発言だ……」
そんな馬鹿げたやりとりの最中、
「【パーマネントペタル】!」
ミアの左手から伸びた山吹色の花弁が鎖のように連結し、ピナルに向けて放たれた。
「おぉう!?」
両腕を巻き込んで拘束されたピナルは驚きの声を上げるものの未だ余裕の表情である。
しかしそれはあくまでも危機感を抱いていないだけに過ぎず、話している途中で拘束された事実への憤りはあったらしい。
「ちょっとやだー! どうして縛るのー!」
「ナディアの場所知らないんだったらあんたはただの敵でしょうが! ほら五人とも、早く移動するよ! いつまで抑えていられるかわかったもんじゃないんだから!」
「わーバカバカバカバカ! 危ないって言ってるのに!」
主の慌てた声に伴い、巨大なゴーレムが手に持った槍を大きく振るう。
あまりに大振り過ぎて至近距離にまで来ていた圭介達には当たらなかったものの、背後に突き立ったそれは容易に地面を突き破ったらしい。破裂した水道管から漏れたのだろう水が一瞬だけ飛沫となって飛び散った。
「あっぶね……!!」
ほぼ無意識に圭介が[バンブーフラワー]の前に出て攻撃から庇おうとするも、どうやらピナルの意図は攻撃ではなかったらしい。
上半身は拘束されたまま、斜めに振り下ろされた長大な槍の上をローラースケートで器用に滑走し始める。
「う、わっ」
急速に位置を変えるピナルに腕を引っ張られ、ミアの右手が大きく振り回された。結果、拘束していた花弁の鎖も勢いのままに解けてしまう。
「へっへーん、どんなもんだい!」
しかしミアも異世界での生活を通して場数を踏んでいるだけあり、極めて冷静に次の手を打ち始める。
「【遠く昏きを厭わず灯せ 道の果てに燭台が待つ】」
「やだちょっと詠唱始めちゃったよこの人!」
【ホーリーフレイム】の詠唱を嫌って突進してきたピナルに対し、ミアは冷静に反応した。
まず未だ残っている【パーマネントペタル】を相手の足首に絡ませて移動速度を僅かにでも減速させ、攻撃の範囲内に入った途端に左手の甲を裏拳のような形で頭部へと放つ。
「わぷぇっ」
「【其は闇を不要と断ずる聖の焔 立ち止まる闇よりもその先の景色を求めし者】」
叩かれたことでピナルはミアから見て左側に体を投げ出す。そこから更に左手の勢いのまま上半身を捻り、同時に浮かせた右足をその運動に付き合わせながら鞭のようにしならせ振り抜いた。
結果として無防備な相手の左大腿に強力なキックをお見舞いする事となる。足に絡みつく山吹色の花弁で自由を奪い、その一撃に対する回避も防御も許さない。
「いっだぁ!?」
「【何となれば手当たり次第に丸ごと焼いて暗がりを照らそう】」
倒れ込む姿を一瞬で確認すると、地面に残した左足の踵を少し浮かせてつま先だけで全身を半回転させ今度はゴーレムへと向き直る。
構えるのは盾のグリモアーツ“イントレランスグローリー”。
第四魔術位階の詠唱は実質完成していた。
「【ホーリーフレイム】!」
射出された炎の矢は以前圭介が見たものよりも一回り太く長い。
それが巨大ゴーレムの頭部に突き刺さった瞬間、小規模な爆発を起こした。
明らかにミアの魔術の威力が上昇しているのは彼女が積み上げた努力の賜物だろう。
「キャアッ!?」
爆風に髪と衣服をばたばたと叩かれながら少女らが叫ぶ。圭介も瓦礫が降り注がないか心配しながら“アクチュアリティトレイター”で背後の四人を守っていた。
同時に今すぐ離脱するべきであると直感が告げる。
見上げれば瓦礫で構成された頭部は見事に砕け散りながらも、既に周辺の瓦礫を集合させて修復し始めていた。せっかく威力を上昇させた第四魔術位階でさえ足止めにしかならないのが何とも歯痒い。
「皆、早く走ってうぶぇっ!?」
「痛いよー! 何するのもー!」
背後でミアが起き上がったピナルに頭を叩かれているのを見て、一瞬圭介がどう動いたものかと躊躇する。
その中で早急に判断を下したのは[バンブーフラワー]のリーダー、ケイトだった。
「皆は先に行って! 私はミアちゃんと一緒に戦うから!」
「はぁ!? ちょっとケイトたん!?」
「な、何を言ってるの……!?」
「貴女も怪我をしてしまうかもしれないのですよ! せっかくミアさんが隙を作ってくれたのですから、今の内に……」
他のメンバーは当然反対する。圭介も否定的な意見を出そうと口を開くが、それより先にケイトがグリモアーツを袖から引き抜くように取り出した。
海老色のカードに刻まれているシンボルは、木の枝にぶら下がる丸い果実。
「【解放“セイクリッドツリー”】!」
宣言と共にカードと同じ色の光を帯びた無数の触手がずるりと現れ、地面に根を張り中空に向けて枝を伸ばす。
出来上がったのはその辺りで倒れている街灯よりも少しだけ背の低い、擬似的な樹木であった。
「私なら地面を操るタイプの魔術にある程度干渉できるし、離れた位置からでもミアさんを回復させられる。少なくとももう一人の空を飛んでる敵を相手にするよりは安全に戦えるはずだよ」
「でも……」
「それに」
アガサの言葉を遮り、ケイトは巨大ゴーレムに“セイクリッドツリー”の根を伸ばす。
地面の表層を魚影の如くスムーズに進むそれらはゴーレムの体に辿り着くと、包み込むように瓦礫で構成された両手足を蝕み動きを抑制した。同時に頭部の修復速度も急激に落ちる。
「私のわがままに付き合ってもらってる以上、ミアさんには必ず生き残ってもらわないと。……大丈夫、勝算あるから戦おうとしてるんだ。すぐ追いつくよ」
「じゃ、じゃあ私も――」
「駄目! 残りの四人でナディアちゃんを追って!」
グリモアーツを取り出したクリスに対し、ケイトはぴしゃりと言い放った。
どこか切羽詰まった声色に聞こえる理由は彼女が流す脂汗と、少しずつ動き出している巨大ゴーレムの存在が如実に語っている。
「そんな、でも」
「行くよ皆!」
「えっちょ、ケースケく……」
ケイトに気を取られている残りのメンバーを、圭介が【サイコキネシス】で絡め取って引っ張る形で移動を始めた。圭介自身も“アクチュアリティトレイター”に乗って浮遊しながら、ゴーレムの脇をすり抜けんとする。
“セイクリッドツリー”の根に侵された巨躯は彼らを阻まず素通りさせた。この時点でケイトの役割は半分以上完了したと言えよう。
去り際、ミアの方に顔を向ける。彼女は直接殴りかかってきたピナルをハンマーロックで捕まえているところだった。
「ごめん! 先行く!」
猫の獣人であるミアはその声を聞き逃さず、
「いいよ!」
短い声かけに短く応対してくれた。
彼女のはきはきとした声と敵を捕まえている状態に安堵したのか、他のメンバーも安堵の表情を浮かべる。
「リーダー! 必ず追いついてくださいね!」
「こっちはこっちでナディアたん見つけるから安心して!」
「無茶しちゃダメだよ!」
各々の激励を受けたケイトは言葉で返さず、汗にまみれた笑みだけを浮かべて応じた。
離れていくその顔を見て、圭介はこの状況にいながら彼女がアイドルであると実感させられる。
(ああいう存在感ある人が、アイドルってやつになるんだなあ)
テレビでの発言で多少の忌避感もあり素直に好きにはなりづらいが、芸能人としての実力は認めざるを得まい。
あの苦し紛れの笑顔に込められた芯の強さがあってこそ、[バンブーフラワー]は今回の無茶を押し通せたのだ。
瓦礫どころか小さなゴミに至るまで吸収され、地下道が露わになり始めた地面の上を滑空しながら先へと進む。索敵圏内にそれらしき人物がいない以上ここに留まるのは危険と言える。
ミアとケイトに対する不安と心配はそれ以上の信頼感に相殺され、最早疑うこともない。
次は自分達の番だな、と圭介は段ボールの戦闘機に視線を向けた。




