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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第十五話 災禍に潜む

 ムーンナイト・ダイアリーは[プロージットタイム]に存在するライド型アトラクションの一種である。施設を代表するマスコットキャラクターの一人、ルナの日常風景をカプセル型の車両に乗って楽しむという趣旨を持っていた。


 比較的子供向けと言えるその空間に今や本来あるべき楽しげな声が聞こえない。

 建造物の一部が爆発を起こし、中にいた者達が急遽非難したからである。


「はぁー、クソったれ。こんなクソやべぇ場所の警備任せるんじゃねえよクソ所長がよ」


 三回ほど『クソ』という言葉を交えながら上司への怨嗟を口にするのは、[エイベル警備保障]の警備員を務める大柄な男。

 彼が肩にかけている大鎌は既に【解放】されたグリモアーツだ。


『原因不明の爆発が起きた現場に赴いて無関係な人間の侵入を防げ』という理不尽な命令を飛ばされた時には思わず怒鳴りそうになったりもしたが、一応は彼もユーインと同じ穴の狢としてこのアトラクションの重要性を理解している。


 ここに無関係な誰かが来るとしたら、あり得るパターンは三つ。


 民間人か。

 騎士団か。

 あるいは、この爆発騒ぎを起こしている飛行物体のお仲間か。


 見れば見るほど奇抜な造形のそれは、今も[プロージットタイム]の空を自由気ままに飛び回っている。


「……ん?」


 ふと、好き勝手に振る舞う鳥のような何かから視線を地上に戻すと、一人の人物が接近してきているのが見えた。


 褐色の肌に黒く艶めくおさげを携えた、十代後半ほどの少女。

 警備員は知る由もないが、圭介達と接触してからここまで移動してきたピナル・ギュルセルである。


 この危険地帯と化した[プロージットタイム]にいながら弾けるような笑顔を浮かべ、我が物顔で無人の道を疾駆するその姿はまるで親からはぐれたことに気付かないままはしゃぎ回る幼児のそれだ。

 ローラースケートでの無遠慮な高速移動という暴挙はこの際見逃すとして、問題は彼女の背後にあった。


「いぇーい!」

「いぇーいじゃねえ!? 何してんだお前!!」


 ピナルが走り去った後の地面には魔術円が点々と設置され、それらが周囲の地面や障害物を巻き込んで隆起しながら人型を象る。

 完成するのは甲冑にも似た形状のゴーレムだ。何体も生成されているせいか、そこかしこの地面に穴が開き始めてしまっている。


「あれ? あ、警備員の人だ! お仕事お疲れ様です!」

「お、おぅどうも……いや違う、お前かさっきからやたらとゴーレム量産してたのは!」


『周囲の物品を巻き込んで作られたゴーレムがそこかしこを歩き回っている』という情報は彼も仲間から無線を通して聞いてはいた。

 数と活動範囲を見るにとんでもない大魔術師による襲撃ではないかと何人かの同僚も戦々恐々としていたが、まさかこんな頭の悪そうな少女だったとは誰も思うまい。


 ともかく対話可能な相手らしいので、意図を聞き出す必要があると男は判断した。即座に戦闘に入らない辺りは彼も冷静である。


「何が目的でこんな真似してやがる!」

「えっ? んーとね、ピナルのお仕事は二つあってね。まず中にいる人達を遊園地の外に運ばなくちゃいけなくてー」


 外に運ぶ、という事は目的は人命救助か。それだけならご立派な話だが、彼女は自身の仕事について『二つある』と言った。

 二つ目の仕事が何であるかによって、この場で戦闘に入るか否かが決まる。


「んでね、二つ目がね。ゴーレムをとにかくたくさん作るってことかなあ」

「……はあ?」


 男はピナルの意図を見失い、暫し呆然としてしまった。

 爆発によってここまでの騒ぎを起こし、その一方で生存者を救出するという手間までかけてやることがゴーレムの大量生成であると彼女は主張する。


 いかなる理由によるものかと全力で思考を巡らせた結果、陥没して穴だらけになっている地面を見て一つの答えに辿り着いた。


「……お前、まさか()()()()()()?」

「はい?」


 半ば確信めいたものを感じた上での質問だった。にも拘らず、ピナルの返答は気の抜けたものだ。

 本気で何もわかっていないような態度に苛立ちを覚え、男はやや怒鳴りつけるように問い詰める。


「とぼけんな! こんだけ地面を掘り返しやがって、テメェが何も知らないってんなら誰がこの計画を……」


 しかし、その言葉は最後まで続かない。


 ラベンダーの香りを纏った白い蝶が一匹、男の目の前を横切る。

 向こう側に燃え盛る炎のきらめきが透けて見える程度に薄い羽には、葉脈の如く丹色の術式が細かに張り巡らされていた。血液のように流れる魔力はそれが霊符によって作られたものであることを示唆している。


 興奮状態となった男は息を荒げた状態で突如漂ってきた甘い香りを吸引する。その結果、自身が魔術の影響を受けたと自覚する前に意識を手放してしまった。


 ピナルが不思議そうに倒れた男を見ていると、彼女にとって聞き慣れた声が響き渡る。


「……仕事中に女の子とお喋りするとか社会人としてどうなのって思うよね実際」

「あ、ヨーゼフ君!」


 呆れた様子で男の背後から現れたのは、先ほどから身を隠していたらしきヨーゼフだった。


 後ろに放り投げた二枚の付箋は姿を消す【パレットウォッシュ】と気配を絶つ【スニーキング】の術式を使い終えた霊符だろう。光を失い灰色になった術式だけが残されている。


「どうしたのこんな所で。ヨーゼフ君はこっちに来ないんじゃ……ははーんさては迷子? ヨーゼフ君ったらピナルよりお兄ちゃんなのに迷子になっちゃったの? えへへへ、トイレはあっちだよ!」

「いや迷ってませんけど。言いがかりやめてもらえます? しかもトイレなんざもう機能してねえよこんだけ地面ほじくり返して水道管とかぐちゃぐちゃにしてよ」


 溜息交じりに彼が見渡す景色には、ピナルがゴーレムを大量生産したことによって生じた無数の穴がそこかしこに点在していた。


 彼女が装備しているローラースケート“レギオンローラー”は、【解放】して走り回るだけでもこうして中途半端な破壊活動と兵力の確保を両立させるゴーレム生成に特化したグリモアーツだ。


 周囲に存在する物質を巻き込みながら作り出される兵団は、第五魔術位階【ミキシングゴーレム】の魔術円を無数にばら撒く事で兵力を増強していく。

 簡単に組み合わされただけなので魔力による物質間の接合が緩く、一体一体は極めて脆い。しかし破壊したゴーレムの残骸すらも素材として再び生成されるので終わりが見えず、下手にゴーレムの相手をしてしまうとあっという間に逓増した兵力に囲まれて袋叩きの憂き目に遭うのだ。


 その一方的な魔術の行使から生じる継ぎ接ぎの人型集団、それと同数の穴ぼこという惨状を見ながらヨーゼフは小さく舌打ちした。

 ローコストハイリターンな彼女の魔術が端的に言って羨ましかったのである。


「あなたはひたすらゴーレム作ってれば良いだけですが、僕はやること多いんですよ。それに使う魔術が魔術なもんで手数も限られてますし」

「でもピナルはてっきりあの飛行機に乗ってると思ってたよ。ヨーゼフ君がこっち来てるってことは、じゃあ誰がアレを操縦してるの?」

「ある程度は自動操縦、たまに僕がコントロールして調整してます。一から百まで自分でやるわけにもいかないし、完全に自動で動かすのもそれはそれで危ないでしょ」


 呆れた様子でヨーゼフは右手に持っていた乳白色の段ボール箱をアトラクション入口に向けて掲げる。


 一見して間抜けな光景に見えるかもしれないが、その段ボール箱こそが彼のグリモアーツ“クレイジーボックス”である。

 箱の内部に外観からは考えられないような体積のスペースを有し、ありとあらゆる霊符を保存している極めてコンパクトな爆薬庫。今現在空を駆けているコールホーフェンFK58もこの箱から吐き出されたものだった。


「三つでよかったっけか」


 ぽん、と“クレイジーボックス”から飛び出してヨーゼフの眼前で静止したのは、指より少し太い程度の筒状の菓子箱。粒状のチョコレートが入っていたそれが三つ、丹色の術式を静かに脈動させながら規則正しく並んだ状態で空中に浮いている。


 菓子箱に刻まれている術式は第六魔術位階の発火魔術【トーチ】。小さな火を灯す程度の誰でも覚えられる簡素なものだ。

 しかし霊符使いが固形燃料を詰めた菓子箱に応用するだけで、それは簡易的な小型爆弾となる。


 増して警備システムと防衛術式の位置関係、建造物を支える基礎の場所に至るまで事前に知らされている彼にとって、アトラクションを瓦礫の山に変える上で充分な火力となり得るだろう。


「とりあえずここを爆破します。何だかんだ助かってますんで、あなたは継続してゴーレムを作り続けて下さい。……そうですね。もうちょっとゴーレムを大きくしても大丈夫ですよ。この遊園地、思ったより面積大きいので」

「はーい! でもあんまりゴーレム大きくすると上のに引っかからない?」


 言ってピナルが空を――厳密には空と園内を隔てる結界を見つめた。


「まあ作ってくれればその場で背丈に応じて融通を利かせますよ。僕らの方の計画はやや遅れ気味ですし、そのくらいのゴーレムを作り出す必要性も出てくるかもしれません」

「うん、お願い。じゃあピナル、その辺ぐるぐるしてくる!」

「はいはい。怪我には気をつけて」


 元気よく走り出したピナルの背後にまた新たなゴーレムが生まれる。次いで互いに体を組み合わせ、一軒家と大差ない程度の大きさを誇る巨大なゴーレム一体へと姿を変えた。使い手である彼女がヨーゼフの言葉を受け取るまで見せなかった挙動である。


 巨体の移動を見送りつつ、ヨーゼフも自身の仕事を淡々とこなす。


 彼が右手をさっと振るうと、三つの菓子箱がムーンナイト・ダイアリーの入り口に向けて飛ばされた。

 照明が消えた施設の奥へとそれらが突き進んでしばらく後、轟音と共に一瞬の明かりが闇に瞬く。


 一拍置いて、ムーンナイト・ダイアリーとしてこれまで愛され続けてきたアトラクションは内部から崩壊した。

 壁は割れ、天井は落ち、キャラクターの顔が描かれた看板はバリバリと破られて四散し、後には瓦礫しか残らない。


 その様子を破壊した本人は無感情に見つめ、すぐに“クレイジーボックス”を掴んで踵を返した。


「さて、と。コールホーフェン使えない箇所だけピックアップしてもあと六ヶ所か。これ全部徒歩で行くのかよ……あーめんどくせぇ」


 言いながらトン、と高く跳躍して付近の建物を飛び越える。身体強化の霊符を仕込んだ靴ならば、壁や天井に立ったり楼閣を飛び越えたりも出来るのである。


 まるで階段を昇り降りするように穴だらけとなった建物を踏み越えて、ヨーゼフは次の場所へと向かった。



   *     *     *     *     *     *  



 そしてそんな彼らの様子を、少し離れた位置にある鉄柵の向こう側でナディア・リックウッドは見ていた。


(……やっぱり、ヨーゼフ君だ)


 追想するのは幼少期の記憶。

 見たこともない紙細工の手紙を手渡して、つたないながらも惜別の挨拶を交わした一人の男の子がいた。

 亡き父親によって燃やされたその手紙の内容は、今となってはわからない。ただ彼の言葉が自分に届かなかったという後ろめたさだけが喉元に食い込んで離れなかった。


 だから考えた。どうすればまた彼に出会えるかを。


 引っ越し先を告げたわけでもない。彼の自宅にお邪魔したこともない。


 だから見つけてもらおうと思って、アイドルという仕事に手を出したのだ。


 アイドルとしての仕事にはやりがいと楽しさがあった。

 メンバーやファンとの交流は常に充実したものだった。

 最近新しい人と結ばれた母も笑顔で送り出してくれた。

 汗と感動に満ちた青春の中で、不平も不満も無かった。


 ヨーゼフの背中を見て思わず声をかけそうになった今でも、その気持ち自体に変わりはない。

 アイドルとしての活動を彼との再会を果たす為の手段であると割り切ったわけではないし、恐らくもう出会うことができなかったとしても流行りが終わるその時までやり遂げるのだろうという確信まである。


 ただ、儚い希望がしぼんで心の奥底に沈んでも、結局彼は現れなかった。

 これもまた、事実なのだ。


(こんな形でもう一度顔を見ることになるなんてね)


 ちくりとした痛みがナディアの胸に刺さる。


 広域爆撃とゴーレムの大量生成にいかなる意図があるのかはわからないが、まさか[バンブーフラワー]のライブがあると知らずに爆撃しているわけではないだろう。

 何せ出入り口前の様子を見る限り、死者どころか重傷者すら出さないよう配慮して周到に進められている計画である。園内で開かれているイベントは全て網羅しているに違いない、というのがナディアの見解であった。


 嘗て笑い合った日もあった友人が、自分の晴れ舞台を焦土に変えようとしている。

 張り裂けそうな胸の奥から骨と臓器が飛び出してきているような錯覚を得る程、あまりにも悲しくて苦しかった。


 だがアイドル稼業の中で鍛え抜かれた彼女の精神力が悲鳴と発狂を抑止し、目前の対応に脳のリソースを割く。


(……今はそれどころじゃない。ヨーゼフ君が向かった方向は[プロージットタイム]西側、もう一人は南側に行った。なら、東側にあるアレ(・・)が使える)


 思考と並行して彼女の手が動く。握られているのは翼を広げた蝙蝠にも似た蒲公英(たんぽぽ)色の装置。そこから伸びる黒い紐上の魔力の束が近い位置に転がっていたゴーカートに貼りつき、内部へと魔力を注ぎ込んで動力部分の術式を支配した。


 壊れているのが術式だけならば修復など容易い。

 元よりナディアが有するリモートコントローラー型のグリモアーツ、“サイバネティックマリオネッター”は対象物を支配下に置くことに特化したものだ。


 コードを挿して対象の内部に特殊な磁場を発生させ操る第五魔術位階【ドミネーション】を無数に展開し、その動きをコントローラーのボタン操作で完全に制御するという強力無比な効果を持つ。この力を用いれば仮想現実で圭介にやったように、巨大な岩を叩きつけるというパワフルな攻撃も可能だ。


 ただし磁力を力の軸とするが故に熱に弱く、現状のような炎に囲まれた状態だと操作の精度が若干落ちる。

 加えて複数の対象を同時に操ることができないので、例えそれが大型トラックだろうがミニカーだろうが一度選べばそれしか攻撃手段がなくなってしまうなどの弱点もあった。


 しかし決して念動力魔術【テレキネシス】に劣るものではない。

 それを誰よりも知っているからこそ、彼女は東を目指して走り始めているのだ。


 動力となる術式を回復させると同時に、簡単に強化術式も付与したゴーカートで通りすがりのゴーレム達を蹴散らしながらナディアは思案する。


 今頃[バンブーフラワー]の他のメンバー達は、血眼になって自分を探しているだろう。依頼内容の関係もあって、圭介とミアもそれに協力するに違いあるまい。


 この手前勝手な行動がどれだけの人に迷惑をかけているのか、彼女とてわかっていないわけではないのだ。


(メンバーの皆や、護衛に来てくれた二人には悪いけど……ようやく見つけたんだ。ここで逃したら次なんてないかもしれない)


 百も承知で走っている以上、止まる気はない。


 流れていく風景から“回避すべき障害物”以外の必要な情報を全て遮断し、仮想現実の中で育まれたマルチタスクの思考運動で思いに耽りながら的確なルートを選択していく。


 ネックとなるのは空中に展開されている結界。それを破ってしまえば制空権を独占している彼のおもちゃも、容易く落とすことができるだろう。


(絶対に捕まえる。手紙を読まなかったことを謝り倒す。そして――そしてあの時、何を伝えようとしていたのかを聞き出してやる)


 愚かな父親に踏み躙られた、あの頃二人が持っていた純粋な気持ちを取り戻す。

 固い決意を傷む胸に宿してナディアは炎の中を覚悟と共に進む。


 彼と再び相対したその先に喜びも安らぎもないのだと、どこか冷めた気持ちで悟りながら。

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