第十四話 違和感
意外にもそこかしこをうろうろと歩き回るゴーレムは出口に向かう圭介達に無関心で、何ら支障なく[プロージットタイム]から脱出することが出来た。
受付窓口を通過した先の出入り口前広場には、多くの人々が集まっている。爆発音を聞いたのか通報を受けたのか判然としないが、騎士団はかなり早い段階で到着していたのか既に避難用スペースも簡易ながら設置されていた。
圭介の視界の端ではロトルアの騎士団を指揮する立場にいるらしい壮年の男性騎士と、滝のように汗をかいておろおろとする従業員らしき男が何か揉めている。そちらも気にはなるものの、今は腰を傷めたユーインとゴーレムにリンチされていた警備員の手当てが先だ。
「ケースケ君、ゆっくり降ろして。念動力で腰を動かさないようにってできる?」
「うん、一応もうやってる。さっきケイトさんがかけてくれた回復魔術のおかげでかなりよくなってきてるみたいだよ」
幸いにも脊髄などに損傷は見受けられなかったようで、今後の歩行運動に支障はなさそうだった。ひとまずこのまま待っていれば騎士団と同時に来ていた救急隊へと引き渡す形になるだろう。
「しかし皆さんも災難でしたね。デカい遊園地でのライブがこんな形で中止になるなんて」
「まあ仕方ないよ。それより皆が無事でよかったって方が大きいかな」
微笑むケイトの発言は恐らくメンバーや圭介らのことを指してのものだったのだろうが、今回の破壊工作に巻き込まれた一般市民全体にも言える言葉でもある。
そもそも死者は愚か重傷者すらいるものか疑わしい。騎士団からの質問に応答し終えては再びさして広いわけでもない避難スペースへと押し込まれる人々の中にも、特に大きな怪我をしている者は見受けられなかった。
「……あっ、ケースケさんじゃないですか! それにご学友のミアさんに、バンブラの皆さんも!」
「あれ、貴方は確か」
明るい声色で話しかけてきたのは以前ナディアを暴漢から救った際に世話になり、ついでに圭介にサインを書かせた騎士の青年であった。
「最初この広場になだれ込んできた中にいらっしゃらなかったもので、心配していたところですよ。でもご無事そうで何よりです」
「いやそれが怪我人がいるんですよ。土くれ人形にボコボコにされてた人と、あとついでに腰やっちゃったのがここに一人。医療班とかって来てます?」
言って圭介はミアが抱える警備員と、“アクチュアリティトレイター”に載せられているユーインを指差す。正式な依頼主でも現場の上司でもない以上、最早その扱いはぞんざい極まるものとなっていた。
「それなら我々と一緒に来てますよ。不謹慎な話ですが、怪我人の数が予想より遥かに少なかったおかげで今すぐ診られます」
「おお、ホントに不謹慎だけどラッキーだ」
「ならよかった。さっきケイトさんに回復してもらったんですけど、念のため他にも異常がないか診てあげてください」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
圭介とミアが安心した様子でユーイン達の身柄を預けようとすると、受付窓口から男が一人駆け寄ってきた。
先ほど壮年の男性騎士と言い争っていた小太りの男だ。
「……? えと、どちら様で?」
「当施設の支配人の者です! あ、あの、その方は[エイベル警備保障]のユーイン所長ですよね!?」
「そうですけど、あの……」
「今すぐ! 今すぐ警備の状況を確認させてください! 我々だけで対応可能な範囲だというのに、騎士団の方々が介入しようとしてくるんです!」
「は? いや、今はちょっと」
「こうしている間にも当施設は襲撃を受け続けているんですよ!? ちょっと、そこのあなたはエイベルと一緒に仕事してたんでしょ、何か知らないんですか!」
「えっ、あの自分はあくまでもあちらのお仕事の邪魔にならないよう、事前にやり取りしてただけですんで何とも……」
「クソッ、役に立たねえな! とにかく早くユーイン所長を起こして、すぐに人員の配置を……」
『どうやらコミュニケーションをとる上で極めて難のある人物であるようです』
戸惑う二人の代わりにアズマが冷静に残酷な発言をしたが、それも無理からぬ話だろう。
名乗りもしない相手から唐突に「気絶している相手から状況を聞き出せ」と言われ、圭介達としては訝しむ隙もない。増してやこれだけの被害が出ているというのに「我々だけで対応可能」などと言われても説得力に欠ける。
「はいはい、ちょっとお兄さん待ってね」
理解不能にして理不尽極まる申し出に圭介が辟易していると、隣りで黙っていた騎士の青年が仲裁に入ってくれた。
「な、んですか……」
「どうも、介入しようとしてる騎士団の者です。今の話を聞く限りだと[プロージットタイム]さんとしては、騎士団の介入を拒んででも自分達で問題解決を図りたいと。そういうお話ですか?」
「そうですよ! その為に[エイベル警備保障]と契約してるんですから、早く状況を」
「なら、ウチらで“現場の状況”ってのを見てきてあげますよ」
支配人の背後から声をかけたのは、先ほどまで彼と問答していた壮年の男性。
大きくしなやかな筋肉質の肉体と柔らかな物腰を併せ持ち、同時に声の張りには有無を言わさない圧迫感がある。
「ああ、団長」
「お疲れさん。まあこの人は俺に任せてくれや」
青年騎士の反応からして、どうやら彼がこの騎士団を率いている団長のようだ。
半狂乱になりつつあった支配人も彼には強気に出られないらしい。
鬼気迫る表情はすぐさま子犬のように弱々しいものとなり、声も二段階ほどボリュームを失う。
「ひっ……だ、だからそれは今から確認を……」
「そうですか。しかし責任者である所長さんがこれでは確認などしようもありませんし、何より彼が負傷しているということは民間人に被害が出ているわけでしょう。であれば私共騎士団が黙って見ているわけにもいきませんのでな」
淡々と支配人を自分のペースへ引き込む男性を圭介がぼうっと見ていると、青年騎士が圭介とミアにこっそり声をかけてきた。
「ウチの団長、にこやかに恫喝してくる人でして。ああいう小物相手に交渉する時には彼さえ出てくれれば少なくともその場は丸く収まるんですよ」
「後が怖いでしょなんなんですか“にこやかに恫喝”って」
「絶対真っ当な人じゃない」
『今の発言には法に抵触するやり取りが行われている可能性が含まれていませんか』
三人と一羽がこそこそと会話する間にも、支配人の受難は続く。
「し、しかし当施設では正当な契約の下に[エイベル警備保障]に園内の警備を任せていますので、まずはユーイン所長からお話を聞かない限りこちらからは何とも……」
「ええ、ですので彼が起きるまで園内に取り残された人々の救出と実行犯の逮捕は我々が担います。ああ御代は結構、これは公務ですので。これよりアガルタ王国ロトルア騎士団、誠意と正当性を以て作戦実行に当たらせて頂きましょう」
「ちょ、困ります!」
「いいえ困りません。何故ならこの活動は人命救助という道徳的な意味を含むと同時に、貴方達にとって何よりも大切な顧客層の保持にも繋がるからです。これ以上の抗議は訴訟でもして裁判所にてご自由にどうぞ。全責任は私が負います故、お時間に余裕のある時にでも騎士団本部へご連絡ください。では、また後ほど」
まくし立てるが早いか、男はハンドサインで他の騎士達を誘導して半ば無理矢理に[プロージットタイム]の内部へと続々進行していく。支配人も最初は狼狽えた様子でそれらを止めようとしていたが、勢いに負けてか途中からは呆然とその様を見つめるばかりであった。
「じゃ、ケースケさん自分もそろそろ行きますね。今はこんなことでライブを中断されてしまったバンブラの皆さんを気遣ってあげてください」
「いやはやどうも。そちらもお気をつけてー」
爽やかな挨拶を交わして園内に走り去る――かと思いきや、彼は踏みとどまって訝しげな顔つきをし始める。
「どうかしました?」
「あの、ナディアさんはいないんですか? 先日貴方が助けたあの女の子です」
まだ転移してからそう日数が経過していない事を考慮してか、圭介にも簡単に伝わる表現でナディアの不在を告げる。
「あれ、さっきまでいたはずなんだけどな。[バンブーフラワー]の皆さん、あの人どこ行ったか知りません?」
「トイレの場所訊いてくるって言ってたけど……まあもうすぐ戻って来るんじゃない?」
ドロシーの返答は自然なものだ。ライブの中断からしばらく経つし、本来なら今頃休憩時間に入っていた頃だろう。
しかし圭介の胸中には、嫌な予感が去来していた。
(折紙のアクセサリーを好んでつけるナディアさんが、折紙を用いた霊符で結界が張られてる遊園地の近くでいなくなった。これ偶然なのか?)
単なる偶然に対して深読みしている可能性もあったものの、引っかかるものは引っかかる。
その件について少し踏み込んだ質問もしようかと思ったが、トイレの話へと繋げざるを得ない関係で女子相手には訊きづらい。
圭介の懊悩を察したか否か、代わりに質問したのはミアだった。
「行く前に私かケースケ君に声かけるとか、せめて誰か一緒に行こうとしなかったの? いくら危険な場所から離れた位置とはいえ、こんな危険な状況で一人にするのはちょっと……」
「んーでも、緊急時ってことでグリモアーツ使ってもいいならナディアちゃんに勝てる人ってそうはいないし大丈夫じゃない?」
ケイトの気軽そうな発言は些かこの危険な状況に不釣り合いだったし、それにミアと青年騎士が苦い表情をしたのも見て取れる。
しかし圭介だけはその論拠に心当たりがあった。
頭上から迫る大きな岩を思い起こして、彼女との会話も思い出す。
「そういやあの人、スキャットマン・エッグでの戦いではランキング上位だっけか」
「ええ。元々私達は全員ある程度魔術の心得があるのですが、彼女は五人の中でも突き抜けて高い実力を持っています。まあ、それが逆に市街地での戦闘において不便なこともあって、先日のようになってしまったりもするのですけれど……」
「ってことは大規模な攻撃をするか、あるいは攻撃対象が無差別なタイプか……それでも一人で行動させるのは危ないと思うよ」
アガサの言い分を聞いても、ミアと青年の表情は変わらない。
事実としてナディアの実力がどうあれ、[バンブーフラワー]の面々の認識は甘いと言えた。
「ただでさえ実戦とゲームじゃ違うのに、今回は相手が人なわけでしょ。市街地での行動が制限されるくらい強い力を持ってるっていうなら、断言するけど絶対に攻撃に躊躇するよ。相手が動けなくなるまで攻撃するって結構怖いからね」
「うーむ、それは否定できない。ナディアたん結構へたれだからなあ」
格闘技の経験を有するミアの言葉に対して、特に反論はなかった。
確かにアイドルとしての活動もある以上、本格的に難易度の高い討伐クエストなどには参加できないだろう。そうなると実勢経験も知れたものであり、増してや命のやり取りを前提とする対人戦など未知の領域のはずだ。
「ていうか、こうして喋ってる間にも帰ってこないのはいくら何でも遅いんじゃないの。本当に大丈夫?」
「……ちょっと不安になってきたし、見に行ってくるよ。ケースケ君は待ってて、代わりにミアちゃん一緒に来て。騎士さん、ここから近い女性用トイレってどこにあるかわかりますか?」
「トイレなら受付窓口から見て左にずっと壁沿いを進むとありますよ。……一応警戒はしておくように。自分はもう現場に入らないといけないので」
「はい。ありがとうございました」
リーダーのケイトがミアを引き連れて、言われた通りの場所へと向かう。
青年騎士も軽く会釈すると、園内へと入っていった。
残された圭介が何か自分もできないかと周囲を見渡していると、
「あの、バンブラの皆さんですか!? ケイトさんとナディアさんがいないようですけど、お二人はどちらに!?」
急に接近してきた集団がいた。
「うわ、どちらさんで!?」
「皆さん! よかった、無事に避難できていたんですね!」
知らない男達に圭介が警戒心を剥き出しにしながら“アクチュアリティトレイター”の柄を握りしめると、アガサが安心したように声をかける。
彼女と男達の会話を聞いている内に、圭介は彼らが[バンブーフラワー]のライブに来ていたファン一同であると知った。
「ナディアがしばらくお手洗いから戻っていないもので、ケイトと護衛のミアさんが見に行ってくれているところです。ご心配頂けて大変有難いのですが、今は皆さんのご休養に徹してくださった方が日頃応援いただいている私達としては安心できますので」
「ど、どうか皆さんは皆さんの安全を確保して下さい……こちらはきっと、大丈夫ですから……」
意外にもアガサと共に彼らを宥めているのは、ここまで口数の少なかったクリスである。流石にファン相手にも無口を通すわけにはいかないのだろうか。
「大丈夫ならいいけど……俺達にできることがあれば、何でも言ってね!」
「あはは、ありがとー」
彼女らに見送られながら狭苦しそうな避難スペースへと戻る彼らを見て、圭介はとある一つの疑問を解決しようとその中の一人に話しかける。
「あの、すみませんちょっといいですか」
「ん? ああ、バンブラの護衛をしてたっていう……ケースケ君だっけ。何だい?」
ファンからしてみれば憧れのアイドルグループと共に仕事している男という、嫉妬を抱いても仕方のない相手に随分と穏やかな対応だった。恐らく単に人柄だろう。
ちゃんと話を聞いてくれる相手に出会えたことに安堵しつつ、圭介は質問を始めた。
「皆さんがどうやってここまで避難したのかをまだ聞いてなかったなって。さっき見てきた限りだと武器持ってる土人形がそこら中をうろついてましたし、建物には火がついてますし……」
「ああ、それねえ。それが俺達も不思議でさ」
男性は思い返しながら腑に落ちない感覚を思い出したのか、首を傾げながら話し始めた。
「最初俺達はあの受付窓口前の広場に集められたんだよ。で、お年寄りやお子さんを連れてきてるお母さんから優先して避難誘導するってなった辺りであのゴーレム達が一気にドバっと押し寄せてきてね」
「ふむふむ」
「で、武器なんて持ってるもんだから戦える人がどんどんグリモアーツを【解放】していったんだけど……そのゴーレム達、ある程度近づいた辺りで武器を捨て始めたんだよ」
武器を持たせておきながら、いざ人々に接近するとそれを捨てさせる。
意図の見えない行動である。操っているのがあのピナルという少女ならばそういった奇行に及んでも違和感はないのかもしれないが、それにしても何がしたいのか。
「でね、武器を捨てたゴーレム達が次に何をしたと思う?」
「何をしたんです?」
「僕らを抱きかかえて、とっとこ出口まで運び出したんだよ。面白いくらいどんどん外に出されていったなあ。それもちゃんと先にお年寄りや子供を避難させてるもんだから、出入り口まで駆けつけてた騎士団も口には出さないだろうけどかなり楽できたんじゃない?」
「…………うーん?」
民間人を巻き込まないようにしたとするのなら、目的は大量殺戮ではなくあくまでも施設の破壊ということになる。しかし騎士団に感知されるであろう大規模な爆撃を敢行するような相手が、大きな手間までかけて無関係な相手を巻き込むまいとする理由は何だろうか。
まるで園内の騒ぎを外部に報せようとしているような。
あるいは人命に手出ししないという拘りがあるような。
「もういいかな? バンブラのメンバーも今日はこのまま現地で解散するだろうし、俺も事情聴取が終わったら帰るつもりでいるからさ」
「あ、そうなんですか……呼び止めちゃってすみません。それとありがとうございました」
「うん、お仕事頑張ってね」
謝辞を述べながら別れるも、圭介の中の疑念は晴れるどころか深まるばかりだ。
(ただでさえ戦闘力の高い人材を揃えてる警備会社がいるのに、そこでわざわざ敵の戦力を増やすってどういう判断だ?)
とはいえ相手は犯罪者である。下手に考えを巡らせず、このまま騎士団に解決を一任するのが学生としては利口且つ限界だろう。
さて結局ナディアの行方はどうなっただろうか、と圭介が思いを巡らせると同時に懐のスマートフォンがぶるぶると振動し始める。
確認してみると案の定ミアからのメールで、どうやら他の[バンブーフラワー]のメンバーにも一斉送信されているようだった。
いつの間にアイドルとアドレス交換などしたのかと彼女のコミュニケーション能力に戦慄しながらメール本文を確認する。
『トイレにもその周りにもいない。そっちに来てない?』
そんな短い文章が、送り主である彼女の焦燥と事態の緊急性を示していた。




