第十二話 天を封じ地を削る
[プロージットタイム]が誇るアトラクションの一つ、ローグロード・コースターのコース上にある赤土の山が爆発したのは開園から三時間と少しが経過した頃だった。
そこから立て続けに別のアトラクションでも設置されたギミックや壁などが爆発し、付近にいた人々を驚愕と混乱に陥れたのだ。
人が立ち入らない場所で生じた爆発だった為に死亡者どころか直接の怪我人すらいないのは不幸中の幸いだったが、そんな程度の事実が人々の安全を保障してくれるはずもない。
故に来園者全員を外へと避難誘導し、今日はこのまま閉園として[エイベル警備保障]所属の危険物取扱班に場を預けることとなるだろう。
――という係員の大まかな説明を、受付付近の広場に集まった民衆に紛れているヨーゼフが何食わぬ顔で聞いていた。
(さて、【マッピング】の反応はどうかな)
下を向いて靴を少し横にずらすと、彼に踏まれていた紙切れには丹色の魔力で編み込まれた微細な地図が刻み込まれているのが見える。しかし足の内側に隠すように置かれている上に、係員に視線が集中していることでそれを見る者はヨーゼフ以外にいない。
地図の上には他にも小さな点がいくつも存在していたが、そのほぼ全てが南側、即ち今彼が立っている広場に集中している。
(まだこっちまで来てないのが何人かいるけど、全員もうすぐ到着するな。そりゃ転んだりしてなければ基本無傷なんだから当然か)
現在、警備員も含めて完全に無人となったアトラクションは三つ。
それらの配置を確認した後、ヨーゼフは再度【マッピング】による地図を踏みつける。
(他の奴らも追いつくだろうし、本格的に暴れる前にもういくつかぶっ飛ばしておこう)
そう判断した彼がポケットの中に潜ませた付箋に魔力を送り込むと同時。
再度、人々を地響きが襲った。
「……ッ! 皆さん、落ち着いて下さい! 大変申し訳ありませんが、高齢者の方やお子様をお連れのお客様から優先してご案内いたします! 他の皆様はどうかお待ちください!」
「ふざけんなよテメェ! じゃあさっきから何でとっとと移動させねえんだよ俺らが動けねえだろうが!」
「おか、お母さん、怖い……ぅぁぁあああ」
錯乱した若い男の怒声や子供の泣き声などが混乱を加速させつつあったが、その中にあってヨーゼフは次なる一手に出始めていた。
「……【天に張れ】」
混濁する声の中に紛れ込んだ短い詠唱を受けて動いたのは、敷地内のあらゆる箇所から空に向けて射出された小さな物体。
その異様な動きに思わず人々の声と動きが止まる。
[プロージットタイム]の空を覆うようにして浮かび上がる無数のそれらが何であるのか、その場で知識を披露できる者はいなかった。
両腕を横に伸ばした人型のような形状。
四角く折り畳まれた頭と体。
その造形に馴染みがあるとするなら、恐らくは日本出身の客人だろう。
天空に数え切れない程多く散らばるそれらは、薄い緑色の折紙で作られた奴凧であった。
「何だあれ……?」
この状況においては至極正当な反応がどこかから聞こえたが、まず正気に戻ったのは先ほど来園者を誘導していた係員だった。
「と、とにかくこれから迅速に誘導に移らせて頂きますので他の皆様は少々お待ちを! 皆様、どうかあの空中に浮かぶ物体には関わらないようにお願いします!」
そう言いながら高齢者と子供連れの家族を優先して受付に誘導し始めた。
何はともあれ二度に亘るアトラクションの爆発と理解不能な浮遊物体によって、残された人々もどこか落ち着かない様子である。特にあまり気の長い方ではない若者のグループは怯えと苛立ちの感情を如実に表していた。
「ったく、どうしてよりにもよって俺らが来た日に……こういう言い方もちょっと違うけどさ」
「いやわかるわそれ。私らマジで運悪かったよねー。ここのチケット結構高かったのに」
「な、それな。その分安心安全設計じゃなかったのかよ。警備会社は何してんだよ。つかあの空に浮いてるの何だよ」
「さぁ? ここの防衛システムの一つじゃないの。こっちに何もしてこないし」
そんなやり取りを横目に、ヨーゼフは受付ではなくパーク内北部と繋がる橋があった方向に目を向ける。
(そろそろ……ああ、来たな)
足元にある【マッピング】をちらちらと確認している彼が察したのと同時、隣りにいた女性グループの一人もその変化に気付いたようだ。
「ねえ、ちょっと……アレ何?」
彼女が友人に声をかけながら指差した方向には、土色の何かが迫って来ているのが見える。
それが土や石の集積で構成された鎧騎士の集団であると気付いた瞬間、その空間に甲高い悲鳴が響き渡った。
「うわ何だありゃ!」
「まさかゴーレムか!? だとしても数おかしいだろ!」
「やべぇって武器持ってんぞアイツら! か、【解放】……!」
ゴーレムと呼ばれるそれは、鉱物や金属などを特定の形状に纏め上げ操作する魔術の生産物である。形状や材質は術者の適性や嗜好に偏りがちだが、多くの場合は人型に落ち着くことが多い。
今広場に接近しつつあるのは地面や建造物の一部をそのまま素材としたらしく、そこかしこに看板や小物が組み込まれていてどうにも歩きづらそうにしている。
しかし問題なのは、同じく周辺の素材を用いて作成されたと思しき槍や刀剣といった武装にあった。
ゴーレムに武装させるという行為には明確な害意、敵意、殺意を伴うというのが一般に共通する認識である。何せ操る本人は姿を見せることなく一方的に攻撃できるのだから、戦略的な観点からは有用な攻撃手段であっても倫理的な問題から忌避される行為であった。
この事態を受けて流石に他の者達も今回の連続爆発が事故ではなく人為的なものであると察したらしく、各々戦闘力を有する者から立て続けにグリモアーツを【解放】していく。
それは同時に、ヨーゼフにも【解放】を許すきっかけとなった。
彼が胸ポケットから取り出したのは一枚のカード。グリモアーツではあるのだが、通常のカード型とは全く異なる外見をしている。
金属板ではなく、トランプのカード。
刻まれているのはシンボルではなく、♠の6。
「【解放】」
宣言と共に彼のグリモアーツが淡い丹色の輝きを放った。
誰もがその行為に違和感を抱かず、それを止めはしない。
そうして、今――希望など望む余地もない災厄の箱が開かれる。
「【“クレイジーボックス”】」
* * * * * *
時間は少しだけ遡り、ゴーレムの集団が広場に到着するより数分前。
圭介はというと、コンサートホールからの脱出をミアにスマートフォン越しに伝えられて自身も合流しようとしていた。
していた、のだが。
「ちょっと! 勝手に持ち場離れるなよ何してんだよ!」
「え、いやバンブラが避難したっていうんでそっち行こうとしてるんですけど」
「お前何言ってんの? 俺らに協力するって話じゃなかったの!?」
「いや同じ場所で働くとは言いましたけど協力するって話ではなかったと……」
「素人の癖に口答えすんなよ!」
「素人に協力させようとしてるんですか!?」
激昂するユーインに捕まってこの有り様である。
「とにかくお前はクロック・モーメント付近で待機! 誰かが来たら追い返せ! 良いな!」
「いやそれさっき爆発したアトラクションじゃないっすか! なんでそんな場所で待機させようとするんすか嫌ですよ絶対! それより所長とか他の人達も早く逃げないと……」
「うるっさいなあとにかく、うぉっ!?」
「だあ!?」
言い合いをしている間にも二度目の地響きが生じ、二人して体勢を崩す。
圭介は念動力魔術で体を支えられたが、咄嗟のことに判断が間に合わなかったユーインは倒れ込んでしまった。
「だぁからもう避難しましょうって! ぶっちゃけ僕あんたの部下でも何でもないんだから本当なら従う義理ないんですよ! それよかとっとと係員の人がいるあっちの広場行って下さい、僕はちょっと飛んで仲間と合流するんで!」
非常時という状況とこれまで蓄積してきた不平不満もあり、やや礼節の欠けた物言いになってしまったかもしれないが圭介からしてみれば知ったことではなかった。
まずは身の安全を優先すべきこの状況下で未だ特定箇所の防衛に執着するユーインの考えに理解が及ばず、単なる錯乱をも疑い始めたというのも大きい。
「ふざけるな……」
「は?」
「あそこは……いや、あそこだけじゃない。これまで爆破された場所は、絶対に誰も近づけては…………いけないんだ……」
しかし尚も目の前の男は食い下がる。意味不明な指示を飛ばして部下でもない学生を危険地帯に送ろうとする彼の不条理さにそろそろ圭介も閉口しつつあった。
「あのですね、無関係な人間の命を危険に晒してまでやんなきゃいけない仕事って何ですか。無いでしょ。仮にあったとしてあんた関係ないでしょ言っちゃなんだけどたかだか警備会社の所長が。そろそろ僕は行きますからね、そっちもとっとと逃げて下さいよ」
そう言うと圭介は“アクチュアリティトレイター”を【解放】し、上へと移動し始めた。
「ま、待て……」
そんなユーインの言葉に応じたわけでもないだろうが。
周辺の草むらや建物同士の僅かな隙間などから、折紙で作られた無数の奴凧が飛び出して空を覆った。
「うお、何だこりゃぎええええ!!」
叫んだ圭介はそれらに直接触れたわけではない。
ただそれらの間を縫うようにして上昇した瞬間、全身に火花が散るような痛みに見舞われたのである。
そして動きを止めると同時、未知の力に押し出されて地面へと叩きつけられた。
ゆっくりと静かに立ち上がる圭介はその原因らしい奴凧を睨みつける。
「何すんだアホ! 僕じゃなかったら気絶くらいしてたぞ今の! ってあれ、よく見たら折紙じゃん」
「そんなの、どうでもいいから……クロック・モーメントに、早く……」
「嫌だっつってんでしょ何度言わせる気ですか……っていうかもしかしてユーインさん、立てないんですか?」
倒れたまま動かない男の姿に違和感を覚え、圭介は一つの答えに至る。
先ほど転倒した際にどうやら腰を傷めてしまったらしい。苦しそうに喘ぎながら今も圭介を睨んでいるが、そこに覇気など一切ない。
いくら気に入らない相手だからといってもこんな場所に置いて行くのは人道に反する。
とりあえず抱え込んで運ぼうかとも思ったが、空路は浮遊する奴凧の群れによって展開されている未知なる力で阻まれてしまうので選択肢から外さなければならない。
仕方なく浮かび上がらせた“アクチュアリティトレイター”の上に横たわらせて運ぶことにした。
「んじゃ行きますよ。僕には僕の仕事があるんです。あんたの仕事は部下と一般人の安全を守ることであって僕に爆発したアトラクションの見張りをさせることじゃない。はいそういうわけでレッツラゴー!」
「馬鹿野郎……」
「うっさい!」
文句を延々と垂れる中年男性を引き連れながら、圭介はミアに指定された場所まで徒歩で向かう事となったのであった。




