第十話 価値観は人の数だけ
「オタクがトーゴー・ケースケ君? ふーん……ガタイはそんなでもない、かな?」
「いやんエッチ♡」
「気持ち悪い声出すんじゃねえ。それよりこんな山ん中で何しようとしてたんだ?」
「クエストで山菜摘みに来てました」
「ハッ、ビーレフェルトに来て二日目でもう働いてるのか。ご苦労様」
「まあ、はい。これからも頑張るので宜しくお願いします」
「は? 君みたいな雑魚が無理するなっつってんだよ、とっとと帰って寝てろ」
「ちょっとエリカ話が違う、この人達めっちゃ良い人じゃん!」
「もー、こっちに飛び火させんなよ。あとそれ嫌味だから。別に労わられてないぞお前」
無遠慮に観察してくるウォルト達はしばらく圭介に集中していたが、少しずつ他の三人にも話しかけてくる。彼女らの整った外観も手伝ってか会話の内容は口説くようなものが多い。
「君らも災難だったね。こんな冴えねぇ奴の仕事に付き合わされて迷惑しただろ?」
「あの、そもそも私達のクエストに付き合ってもらってたんで」
「さっきゴブリン倒したのって君? カッコ良かったよ~、今度一緒にクエスト受けに行こうぜ!」
「いえ、その。今のパーティでの活動を重視したいので」
「げ、校長の姪っ子の……」
「おう、あの妖怪アラフォー独り身女の身内だぞコラ。あんま調子くれてっと内申に響くぞコラ」
エリカの暴言はともかくとして、圭介の心中は少し複雑なものであった。
(あー、こういう展開ってありがちだけど……向こうに置いてきた先輩達を思い出すな)
圭介もアニメや漫画、古いドラマなどでこのような輩が主人公や道端を歩く美女などに絡む様子を見たことが幾度となくある。
大抵の物語においては婦女子から迷惑がられた挙句に横から入ってきた主人公格の人物に乱暴されて逃げ惑い、そして人知れず怪物や凶悪犯の手によって殺されてしまう。所謂チンピラという名の珍獣である。
日本で自作小説の添削をしてくれた心優しい先輩方も休日街に繰り出しては行きずりの美女や美少女に声をかけ、その都度轟沈して泣く泣く帰路に着くという話だった。
彼らもその類なのだろうとミアやユーに素っ気なく対応される姿を見てある程度察することができる。
「あのさぁ、よその世界から来たばっかで知らないかもしんねーけどお前らが一人来る度にどんだけ金がかかるか知ってるか? 宿泊施設の維持費に服の代金、当面の食費に光熱費諸々……これ全部俺ら元々住んでる側の税金で賄ってるわけ」
不必要なまでに顔を近づけながらウォルトが言う。
発言を重ねれば重ねるほどに小悪党な内面が露出してきて、圭介はいっそ愛嬌すら感じた。
「だからさ、少しぐらいこっちとしてもリピートが欲しいのよ。今後生活する上でクエスト受ける必要も出てくるっしょ? んで君さっき見てた限りだとゴブリン相手に何も出来ないじゃん。だったら一緒にお仕事すればホラ、俺らは君に安全な作業を任せられるし君は報酬から何割か俺らにくれるだけで格安で護衛をつけられる。悪い話じゃないと思うんだけどなあ」
その主義主張は徹底して己を中心とするものである。細部を突けば容易に瓦解するであろう詭弁の山積だが、恐らくそうすると彼らは論理を捨てて激高するのだろう。ともすれば暴力の行使も厭うまい。
やっていることだけを切り取って客観的に見れば、彼は『若干は交渉の余地を残した落ち武者』である。
「おい、黙ってないで何か言えよ」
十代後半という年齢にも拘らず幼子のようにわがままで。
しかし親や教師、警察のような権威にはひたすら弱く。
襲い掛かれば怯えて逃げるような、臆病で小さな命。
そういった自身の矮小さに僅かながら自覚もあるのだろう。大人数が寄り添い合って大声を出して、認められない虚ろさを埋めようと他人に認められようと、自分一人のものでもない力を誇示したがって……。
気付けば圭介は涙を流していた。
「…………」
「……ん? 何? なんで肩ぽんぽん叩いてんの? 何その生暖かい視線、ちょっとやめろよ腹立つな」
「どんなにちっぽけで恥ずかしくて残念な存在でも、僕だけはパイセンの味方っすから。元気出してください」
「マジで何だよ!?」
下手な同情はただ相手を警戒させるだけである。
「こらぁ! 何をしているんだ君達はあぁぁ!」
彼ら彼女らの頭上から轟いたのは中年男性の胴間声。先ほどから様子を見ていた係員のものだろう。
ゴブリンが退治されて残った学生同士でいざこざが始まったのを機に、そろそろ声をかけようと決めたらしい。
圭介からしてみれば当然の反応ではあるがウォルトとその仲間達は明確に焦燥を見せ始めた。
何故そのような有り様で公共の場だというのに人目を集めるほどの大声を上げたのかは一切わからない。
「やべ、ウォルト君そろそろ行こうぜ」
「あ、ああ。おい、トーゴー」
「はい」
「いいかよく聞け、お前達客人が何を企んでいようとも俺達[羅針盤の集い]が必ず阻止してみせるからな!」
「はい、わかりました」
「その事務的な対応やめろ悲しくなるから!」
怒鳴りながら去っていく後ろ姿はどこか寂しげだった。
* * * * * *
駆けつけた係員に事情を説明したところ、圭介の所在に関係なく彼ら排斥派はここ最近アドラステア山付近での活動を継続しているとのことだった。
曰く、観光地としての質を向上させるために異世界の文化をふんだんに取り入れた客人向けの宿泊設備を建設する計画を聞きつけて、反対運動に精を出しているらしい。
建設計画の考案者が客人の血筋であることも彼らの琴線に触れたようである。もはや客人のみならずその家族すら敵視しているのだから救えない。
また、ユーの手によって首を刈り取られたゴブリンの残党狩りに関しては自警団か、そうでなければギルドに一定以上の戦績を認められた冒険者ないし実力のある学生の領分であるとのことだった。
そのため特に実績も無ければ討伐クエストを受注していたわけでもない学生である四人には「緊急時とはいえ」という名目だけの注意が為されるに留まった。
立場上独断で魔術を行使した学生相手に言及しないわけにもいかないが、非は逃げたウォルト達に集中するべきであると大人達も弁えていたのである。
ゴブリンに襲われかけたパーティの一人が転移してきて間もない客人であると知るや否や、「嫌な思いをさせてしまって申し訳ない」と謝罪までされてしまい、何もせず立っていただけの身としては肩身の狭い思いをした圭介であった。
「しっかしまあ迷惑なこったぜ」
呆れた口調でエリカが鼻息をフンと吹いた。
時刻は午後一七時四〇分。現在四人はクエストの達成報告を終えると共にパトリシアお手製の山菜料理を相伴に与かって、談笑もほどほどに『たばこや』を後にしたところである。
ただでさえ料理をご馳走になった上に報酬まで色を付けてもらえたのは、依頼主である彼女の言葉を信じるなら「これからもよろしく」という先行投資に等しいのだそうだ。純粋に客人の知人を持てて嬉しかったことも関係しているらしい。
「ケースケもちっとは言い返してよかったんじゃねえの? アホの話聞き流すついでに見てたけどめちゃくちゃ言われてたじゃん」
エリカの苛立ちは排斥派の面々のみならず、大人しくしていた圭介にも向けられている。
客観的に見れば大人しそうな態度でふざけ倒していたので別に圭介が何もしなかったわけではないのだが、彼女としてはもっと徹底的にやりたかったのだろう。
「異世界に来て二日目で身近にいる相手と波風立てたくないよ。そもそも言い返すほどのこと言われてないし」
「まだ無一文に近い状況でカツアゲされてただろ」
「要求されるのが金銭なら健全なもんでしょ。友達相手に『飼ってるペットちょうだい』とか言い出す奴に比べたらじゃれ合いだわあんなん」
「ケースケさんってどういう地域出身なのですか……?」
掃除感覚でゴブリンの首を刎ねる少女に若干引かれた。
「普通の……いやアイツが普通じゃないのは認めるけど、住んでる場所は普通の街だったよ、うん。ただね、そういう人も世の中いるからさ」
「異世界って怖い場所だったんですね……」
「そんな狂人ばっかの環境で魔術も存在しないとか狂気の沙汰だわ」
「僕だって怖かったんだって。やめて、あの狂人と一緒くたにしないで」
と、そこではたと思い出す。
「大体、割と三人ともゴブリン殺す時に躊躇しなかったよね。人間に近いフォルムの生き物の首すっ飛ばすとか、正直内心でびっくりしたんだけど」
「それはまあ、私達も最初の頃は怖かったけどさ。ああでもしないと小さな子供を攫って食い殺したりするんだからしょうがないって」
「急にえぐい話になったな」
となれば見つけ次第殺害するという対応は決して間違っていないのかもしれない。
圭介が生まれ育った日本でも夏場の蚊などは百害あって一利なしと見なされ、あらゆる手段で殺されている。
受ける被害が虫刺されを越えているなら対処法もより過激になっていくのだろう。
「こっちの世界では騎士団目指す以上、殺すことも殺されることも割り切ってる子がほとんどだよ」
「要するに文化の違いだぁな。っつーかそっちの世界にゴブリンはいないらしいけど、山には熊が出て海には鮫が出るんだろ? そいつらが人間食い殺したってニュースが流れたとして、お前ンとこじゃ『殺すのはかわいそうだから』って見逃すのか?」
「確かにこっちの世界で言うところの騎士団とかに近い人が殺しに行くけども」
「なら別にいいじゃん。お手手つないで仲良く遊びましょうってのは会話が通じる相手にしか通用しないぜ」
「…………うん、そうね」
「でもその甘さは捨てずに磨き上げて欲しいと思いますよ。いつか殺す覚悟も殺される覚悟も決めた時に、どうして覚悟を決めたのかを見失ってしまいうつ状態に陥る若手騎士もいると聞きますからね」
エルフと言えばファンタジーの定石として不老長寿なる特徴が挙げられるが、それにしても同学年であり同年代にしか見えないユーの前向きな発言からは外見以上の精神年齢の高さが垣間見える。
他の二人にしても女子高生という立場に在りながら、自らの命を奪われる覚悟を決めて人型のモンスターを殺傷することを受け入れているのが印象的であった。
世界が違うというだけでこうも認識にズレが生じる。
当然と言えば当然だが、圭介の認識としては違う国であり違う時代を生きる人間の価値観である。出会って二日目で受け入れられるようなものではない。
それでも彼女らが属する騎士団学校にいる限り、彼もまた生きていくために戦いを避けられない。
以前エリカが言っていたことが真実なら、戦う術を手に入れなければ人並み以上の生活すら難しくなってくるはずだ。
(漫画やアニメの主人公は普通に異世界来た途端に戦ったりしてたけど、僕には荷が重いなぁ)
平凡な男子高校生が未来に懸念を抱いていると、不意にエリカの胸元から音楽が流れる。
異臭を放つシンフォニックメタル。レイチェルからの着信であった。
「お、悪い。おばちゃんだ」
「なんで着信音そんなカッケェのにしてんのさ」
「本人がまあまあカッケェ性格してるからな。だからモテねーんだ。ちったぁカマトトぶってりゃまだ若いうちに結婚できてただろうに」
失礼なことを口走りながら携帯電話を取り出す。
「おうどうした消費期限切れの人参の切れっぱし」
挨拶はもっと失礼だった。
「…………すんませんした。……ん? ケースケ? いるいる。わかった、ほいほい。ケースケ、おばちゃんが代われって」
「ん、校長先生から? また追加で書類書かされるのかな」
「まだまだあんだろ。とりま住民票が無いとグリモアーツとケータイはもらえないだろうし」
「そもそも僕、こっちでの戸籍も無いしね。そう考えると今回の報酬ってどうなんだろ」
「深く考えんな、病気ンなるぞ」
解せない面持ちで圭介が代わると、見ていたかのようなタイミングでレイチェルの声が聴こえてきた。
『ケースケさんでしょうか』
「あっはい。お疲れ様です」
『お疲れ様です。今日中に済ませておきたいお話がありますので、先に合鍵でケースケさんのお部屋にお邪魔させていただいても宜しいでしょうか? もののついでに各教科の教科書と夕飯もお届けしますので』
「おぉ、マジですか。何から何まで助かります」
教科書はもちろん食料も今は非常にありがたい。
異世界に来て最初に世話になる相手がこうも出来た人物という幸運に、圭介は普段信じていない神への感謝を口走りそうになる。
『構いません。本来なら施設の管理者に向かわせるのですが、現在右肩の脱臼と両足の骨折で入院中でして』
「何をしたらそんなんなるんですか」
『自然公園のアスレチックで年甲斐もなくはしゃいだのが原因とのことです』
馬鹿でもこういう役職に就けるんだな、と圭介は呆れ果てつつ感心した。
「わかりました、それじゃ先に中入っちゃっててください」
『お先に失礼します。それとエリカ達は連れて来ないでください。彼女らにはあまり聞かせたくない話も含みますので』
「……はーい」
『ではまた後ほど』
通話が切られると同時、顔のすぐ近くに盗み聞きしていたらしいエリカの顔があることに気付く。
ぎょっとしてすぐに離れる圭介を無視して、彼女はしたり顔でうんうんと頷いていた。
「おばちゃん……あんまりにもモテねーからってとうとうあたしと同年代の男に手ェ出そうとしてやがんだなぁ……」
「君は本気で一度校長先生に謝った方がいいと思うよ」




