第七話 異世界ゲーセン奇譚
嫌な気分を払拭する為に、圭介はゲームセンターを探すことにした。
根城にして名を売るアイドルがいるくらいである。どこか探せば見つかるだろうとスマートフォンのマップ機能も併用して歩き回ること十数分、大きな通りに面した場所に目当ての施設は存在していた。
『案外駅から近い位置にありましたね』
「まあそら僕ら若者が集まる場所だし、街としては活気とか欲しいんじゃないの」
圭介の眼の前にあるのは、黄色と水色と桃色の照明がチカチカと毒々しく輝きを放つ大きな看板。
そしてその下で人の出入りに合わせて開閉する透明な自動ドア。
少年少女にとって楽園の如き盛り場、ゲームセンターである。
UFOキャッチャーやプリント倶楽部のような圭介にとっても馴染み深いものから、カードの絵柄を立体映像にして再現するトレーディングカードの対戦テーブルまであるようだ。
馴染み深い、と言っても実のところ圭介はこういった娯楽施設にあまり足を運んだ経験がない。
ゲームは自宅でやるものと認識している彼は、基本的に家庭用据え置き機以外のゲームに馴染みが薄いのだ。中学時代の修学旅行にて、人付き合いで立ち寄ったりもしたがその時もそこまで熱中したわけではなかった。
しかし、異世界のゲームというものには少年心が突き動かされる。
冷暖房すら室外機の代わりに術式が用いられているようなこの異世界に、どのような奇天烈遊戯が存在しているのか男子高校生としてもライトノベル作家としても興味深い。
「……ちょいちょい地球でも見慣れたのがあるね。せっかくだし、こっちの世界でしか楽しめないようなのをやってみたいけど」
『ならば魔道具と特殊な術式が内蔵されているものがよろしいでしょう。アレなどどうです』
鞄からひょこりと顔を出すアズマが嘴で指し示したのは、巨大な卵のようにも見える青緑色のカプセルだった。
解説をしているらしきアガルタ文字の看板曰く、これは“スキャットマン・エッグ”というゲームの筐体であるらしい。
魔動電脳遊具、という聞き慣れない名称だが遊び方としては中に入ってヘルメットを装着し、ゲームの世界を体感しながら楽しむという趣のものだ。
本来は騎士団の新参者がチームワークを鍛える為に使用する仮想訓練用の物品だったようだが、そのシステムをゲーム製造会社がほぼ流用に近い形で再現したものが現在ゲームセンターに設置されているものであった。
「へぇ~、要するにVRMMOとかと同類かあ! こんなのあるなんて……こんなの……お前ら魔術とかモンスターとかあるのにまだ欲張るつもりかふざけんなよマジで。カテゴリーエラーって言葉ご存じ?」
『何故急に激昂しているのかはわかりかねますが、空いているようですしせっかくなら遊んでみてはいかがでしょう』
確かにこれほど高性能なゲームの割に、遊んでいる人数はそれほどでもない。行列ができてもおかしくないだろうに、と疑問を抱きつつ圭介はとりあえず一つのスキャットマン・エッグをぱかりと開けて内部へと入ってみる。
カプセルの蓋を閉じると内部に備え付けられている様々な器具が発光し、密室となった空間を明るく照らしてくれた。
「お、入ってみると案外広いな」
頂点からコードに繋げられた状態でぶら下がるヘルメット、一シリカ分の投入口、妊婦や飲酒者による使用を諌める注意文などが目につく。
更にはカード型のグリモアーツを挿し込むためのケースまで備え付けられているようだった。
恐らく自身に適した魔術をゲームの中でも使えるようにしたものだろう。元は騎士団の訓練用という話もあるし、特段おかしな点ではない。
嘗て見たヴィンスの懐中時計型や【インディゴトゥレイト】の船舶型などでは使えないだろうが、グリモアーツは待機形態の種類を変更するだけなら短時間の手続きで済ませられる。
恐らくは携帯電話のバックアップと機種変更のようなものだろう。そう考えればカード型以外の待機形態を好む人に対して特別不親切な設計というわけでもなさそうだ。
ここまで来れば周囲の目も気にならない。早速一シリカを投入口に入れて顔を隠すための帽子を外し、厳めしいデザインのヘルメットを装着した。
「おっ」
そうして、眠気にも似た感覚と共に意識が一瞬奪われて――
* * * * * *
気付いた時には、圭介はタイトル画面を担っているらしい空間に立っていた。
「……なんか、こっちに転移してきた時と似てたな。もううろ覚えだけど」
ともあれ今はゲームの世界である。
圭介が今立っているのは、スキャットマン・エッグの外観と同じ青緑色の光を宿す水晶のような物体が集合して構成された筒状の空間。
神秘性とチープさを併せ持つ音楽が流れ、目の前にはアガルタ文字でゲームのタイトルらしきロゴが複数映された画面がある。書体が独特過ぎて未だ完全に文字に慣れ切っていない圭介には解読しかねるものもあった。
「多分知らない単語とかも含まれてるっぽいな……。とりあえずこの格ゲーっぽい奴にしよう」
選んだのは“赤の山脈”というタイトルのゲーム。
炎のエフェクトと拳を突き出しているらしき男のシルエットから何となく傾向を察し、画面を指でスライドさせてロゴマークに指を押し当てる。
ポン、という音と共に再度眩い光が漏れ出し、視界を覆った。
「……っ」
ハディアもこれもいちいち目に優しくないな、と心中呟きつつ圭介は一瞬の浮遊感に身を預ける。
再度重力を自覚したのは足にザリッとした触感を得た時だった。
目線を下ろしてみると、チョコレート色の砂が積もった硬い大地と何かの小骨が一本落ちている。
「……おいおいおい」
そこから顔を上げて周囲を見渡した瞬間、圭介はまず最初に仮想現実よりも空間転移を疑った。
眼前に聳える巨大な赤い山脈。
所々にぽつねんと佇む数本の枯れ木。
頬を撫でる風に、肌に触れる陽光の暖かさ。
それら全てがあまりにも現実そのままだった。
同時に、自分自身の姿が透明になっていることにも気付く。
「……コリンと一緒に巨大ロボットの内部に侵入した時のことを思い出すな」
『アバターを選んでください』
「うわっ、え、ああそっかゲームで操るキャラクター設定か……こういうところはよくある感じなのね」
奇妙な感慨に耽っていると唐突に人工的な声が響いた。
一応こういったゲームが登場する作品を多く見てきた経験から、圭介は今の声がシステムメッセージなのだと察する。
声に合わせるかのようなタイミングで圭介の前に複数のサンプル画像が展開された。どうやらこれが所謂キャラクターの選択画面らしい。
とりあえず圭介は特に拘りを持たず、最初から選択用のアイコンが置かれていた主人公らしき少年のキャラクターを選ぶ。
奇妙にもそれまで不可視の存在となっていた手足が明確な像を結び始めた。両腕、両足、胴体に頭部へと光の線が駆け巡って肉体の輪郭と色を空中に描いていく。
最終的に圭介の姿形は、ゲームに登場するらしきキャラクターのそれにすり替わった。
「おー、なんか思ったより感動しないのがちょっと悲しいけど凄い凄い」
元の生活では充分非日常に該当する状態なのだろうが、残念ながら圭介にとってこれまで日常としてきたものが存在しない世界での体験である。魔術やモンスターの後で仮想現実空間を持ち出されても、そこまでの感慨は得られなかった。
それでもゲームとしては未体験の領域であることに違いはない。圭介は意気揚々と視界の右下に見えるメニュー画面を指で捜査して開き、そこからチュートリアルか説明書を探し始め、
「無いじゃん」
そんなものがこのゲームに存在しないことを思い知った。
「え? まさか『死んで覚えろ』系のゲームだったの? マジで操作方法もルールも書いてないんだけど」
製作会社にもよるが、中には説明書の熟読を前提としてゲーム内にチュートリアルや操作説明を一切設けない作りのゲームというものが存在する。どうやらこの“赤の山脈”もそれに類するようであった。
「うっわ最悪だ……とにかく何ができるか考えないと」
グリモアーツを挿し込む必要性があったのだから、プレイヤーの魔術を参照する要素はあるだろうと試しに【サイコキネシス】による索敵網を広げようとしてみる。
一応は念動力が生じて精密な触覚の延長を発生させることができた。
しかし、ある程度まで広がると同時に索敵網は拡大しなくなってしまう。
「……?」
更に範囲を拡げようと試みるも動かず、ついには【サイコキネシス】そのものが圭介の意図を無視して霧散してしまった。
「あぁ!?」
ゲームの仕様なのか何なのか、ともかくこの空間は常識の範疇に無い。
焦燥に駆られた圭介がログアウトなりギブアップなりゲームから脱出する手段を模索していると、ひゅるひゅるといった間抜けな音が左斜め上から聴こえる。
何事かと音の方へ目を向けると、空中に圭介へと向かって落ちてきている巨大な岩が存在していた。
(え、防――)
唐突に過ぎる危機的状況に、脳が生存に必要な手段を取捨択一する。
その結論として【サイコキネシス】で防壁を作ろうとするも、今度はそもそも発動すらしない。
斯くして回避も間に合わないまま巨岩は主人公らしき姿をした圭介のアバターを押し潰し、その岩の頂点には『死亡』を意味するアガルタ文字のアイコンが表示されたのであった。
* * * * * *
意識が現実に引き戻されたことで、圭介は自分が何もわからないままゲームオーバーになったのだと理解した。
『お早いお戻りで』
「わからん殺しにも限度ってもんがあるわ!」
ゲームオーバーした直後にアズマに煽られたことも手伝い、叫びながらヘルメットを外す。
「マジで何もしない内に死んだんだけど、アレ何? ステージギミックなのか他のプレイヤーの攻撃なのかもわかんなかったよ」
『私からはその場面が見られなかったので言及しかねます』
「チクショー、なんでこんなにハイテクなゲームなのに誰も並んでないのかわかった気がする……」
愚痴をこぼしながら圭介が挿し込んだグリモアーツを回収してスキャットマン・エッグから外に出る。
一応魔術を用いたゲームは他にもあるのだ。今度はもう少し初心者にも優しいもので遊ぼうと歩き始めると、肩をぽんぽんと叩かれた。
「ん、何ですか」
警戒しつつ振り向く。
「やあ、どうも“護衛の人”。さっきはかわいそうだったねぇ」
そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべるゲーマーアイドル、ナディア・リックウッドが立っていた。
白のブラウスに淡いピンク色のミニスカートはデザインが大人しいからかどことなく気品を演出していて、騒がしい場所とは少々合わない。そして噂の原因にもなった小さな折鶴のネックレスを首から下げているのが見て取れた。
「……どーも。見てたんですか」
「そりゃね。キルしたの私だったし」
「あんたかよ! 護衛対象に不意打ちで殺されたとかショートコントのネタか!」
キルした、という物言いがいかにもゲーマーらしい。
「やー、だってあの動き見る限り絶対ロクに説明も読まずに始めたでしょ。言っとくけどあのゲームの中で制限なしに使える魔術は第五魔術位階までで、第四魔術位階は規模を大幅に縮小した上で一度っきりの切り札扱い。まあ使える人なんて滅多にいないけど第三以上はそもそも使えないって縛りあるから」
「それ知ってたらあんな動きしてませんでしたよ。ていうか何なんですかあのゲーム、キャラクリ終えてすぐサバイバルバトルに突っ込まれるとかおかしいでしょ」
「基本私みたいなガチ勢がいない時は平和なんだけどね。そういう時にはもっとたくさん人が集まってるから、今度から人が並んでるかどうかでやるかどうか決めるといいよ」
「あんたガチ勢だったのか……」
「ふふん、これでもランキング上位の覇者なのだよ」
あんなにも高度な技術を用いたゲームで参加者がほとんどいない理由を聞かされ、圭介はげんなりしつつ再度スキャットマン・エッグを一瞥した。
恐らく普通に遊ぶ分には面白いゲームなのだろう。ただ、出会いが悪かった。
「それと開けた場所で立ち止まってるのも論外だし、知らなかったんだろうけど第四魔術位階使う時には他のプレイヤーに居場所ばれるから序盤でアイテムも揃えてない段階でいきなり使うのは自殺行為だし、最悪なのが――」
「アズマ、あっちのカードブースで構築済みデッキ買おうか。カードのテキスト読むのは君に任せたよ」
『その役回りだとマスターは何をするんですか』
「僕はほら、【テレキネシス】でイカサマできるから……」
「おっとアイドルを無視してカードゲームに夢中だなんて失礼じゃないの」
面倒な絡み方に圭介とアズマは揃って辟易しつつ、一晩ですっかり元気を取り戻している彼女の態度に感心と呆れを同時に抱いていた。
「そんなん言ってもですねぇ。おたくアイドルなわけですから、あんまり話し込んで変な目で見られるのも嫌だなあみたいな」
「私がいなくてもそれなりの目を集めてるじゃないのあなたは。周り見てごらんよ」
「何ですと……?」
ナディアもアイドルを務めているだけあって整った顔立ちは盛り場の中でそれなり目立つが、通い続けた結果慣れているのか周囲の若者達はそのほとんどが彼女を見ていない。
どちらかというと彼女と話している圭介に意識が向いているようだった。
「なんかえらい見られてません? その辺歩いてる男子高校生に向けるべき視線ではないですよねこの密度と熱量」
「そりゃ君も私らと別の方向性で有名人だからでしょ。帽子はもういいの?」
「あっ!?」
スキャットマン・エッグの中で脱いだ帽子をそのまま置き忘れていたことに指摘されて気付き、圭介の頬を冷や汗が撫でる。
「テレビに映って話題になったのつい昨日だもんなぁ~。私はここ通い慣れてるからもうそこまでだけど」
「いや違うんですよ皆さんそんな、僕全然ほら一般人なんでね」
苦し紛れに出てくる言葉に説得力はない。
娯楽を求めてこの場に集った少年少女は圭介の顔を見て一瞬の沈黙の後、大いに騒ぎ出した。
「スゲー、本当にトーゴーだよ!」
「あのゴグマゴーグ一人で倒したって奴だ!」
「本物意外と背ぇちっさいな!」
「確か第一王女様直属の女性騎士の人と二人きりで駅前いたっていうあの……」
「悪かったな背ぇちっさくて! あと駅前での件は別に怪しい関係とかじゃないから!」
悪態を吐くもその“応答した”という反応がより多くの積極的なコミュニケーションを許す結果となり、気付けば大勢に囲まれてしまう。
「ねぇねぇ! やっぱゴグマゴーグ強かったの!? それとも楽勝だった?」
「一歩間違えれば死んでたわい!」
「城壁防衛戦でも活躍してたけど、やっぱあんだけ活躍してれば将来の進路は騎士団目指してたりする?」
「いや僕元の世界に帰る予定でいるから……」
「つぅかその鳥なんなんマジでエモいっしょ!」
『名前はアズマです』
「わ、私ずっとケースケさんの大ファンで……よければこれにサインを……」
「それ自体はいいけど革のバッグに鉛筆でサインするのは難易度高いなあ!」
人の波に飲み込まれて騒ぎを店員に諌められるまでの十分間、質問攻めは続けられた。
わいわいがやがやと騒ぐ中からすっかり疲れ切った状態で抜け出してきた圭介を、にこやかな笑みを浮かべたナディアが出迎える。
「下手したら私ら以上の人気者なんじゃないの? やっぱ私も“護衛の人”呼ばわりはよくないかなぁ」
「勘弁してくださいよ……ストレス発散に来たのに対して発散できないままくたびれただけじゃないですかこんなん……」
「まあ初心者狩りした負い目もあるし、お詫びに初心者でも楽しめるゲーム紹介したげるよ。客人には馴染みなさそうなのがいいよね?」
「もう好きにしてくださいな……」
『餅は餅屋』と誰かが言った。
ぐったりとしながらもその後楽しい時間を過ごせたのは、ゲームを愛するアイドルであるナディアの采配によるところが大きいだろう。
楽しむプロであると同時に楽しませるプロに身を任せることで、気付けば圭介の中に積もっていたネガティブな感情は消失してしまった。




