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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第五話 高過ぎる有名税

 圭介にとって騎士団詰所での取り調べというものは、山菜摘みに来ただけなのに何故かウォルトに絡まれたあの日から何度か体験した普遍的なイベントであった。

 しかし今、彼の目の前でミアに背中を撫でられている少女にとってはその限りではなかったのだろう。


「き、緊張した……なんでこっちは被害者なのにあんな根掘り葉掘り喋らされなきゃなんないの……」


 詰所から程近い位置にある小さな公園のベンチに腰掛け、項垂れるナディアの声には覇気がない。

 元来インドア派であると聞いていたのもあって、体力勝負のアイドルがこれで務まるのだろうかと圭介は他人事ながら小さな懸念を抱いた。


「でも大変だねぇ。たかがアクセ一つであんなのに絡まれるなんて」


 ミアの同情に満ちた声が今回の騒動の遠因を物語る。


 言ってしまえば下らない理由で起きた事件であった。


 騎士団曰く、彼女が所持しているネックレスを恋人からのプレゼントであると勘違いしたファンが、こじらせた挙句に暴走して及んだ犯行だったという。

 真実はあくまでも個人で購入したものだったのだが、ネット上では実在もしない彼氏の存在がまことしやかに囁かれているものだから一部のファンがそれを信じてしまっているらしい。


 まさかと思って圭介もミアと一緒にスマートフォンで検索してみたところ、基本的には彼女自身の説明を受け入れる流れに事態は収束しつつあるものの、やはり一部で大仰に騒ぐ輩がいた。


「多分私達の活躍をよく思ってない同業者か、そのスポンサーが妨害目的で撒き散らしたデマだろうけどね。ったく、こっちは真面目にアイドルやってますっての」

「怖いな芸能界。というかそんなんで刃物まで持ち出すあの連中もどっかおかしいでしょ」

「ねー。まあ結果的に厄介なファンもどきを駆逐できたし、馬鹿共を牽制する前例も作れたから結果オーライじゃない?」

「怖いな芸能界……」


 言葉の重みが変わった瞬間である。


「っと、ごめんちゃんとお礼言ってなかった。助けてくれてありがとね、しかも変な愚痴までこぼしちゃって」

「いいよそんな。私は通報しただけだし、お礼ならそっちに言って」

「僕だってアズマのケツをあいつらの顔に擦りつけてただけだぞ」

『ケツを擦りつけられました』

「さっきから気になってたけど何その鳥……喋ってるし機械仕掛けっぽいし……」


 戦慄するナディアには目もくれず、圭介は「そんじゃ」と手を振って帰ろうとする。


「あっ、ちょっと待ってよ。貴方達ってもしかして、今度のライブで護衛してくれるってことになった……」

「ミア・ボウエンだよ。よろしくね、ナディア」

「東郷圭介です。あの、なんかおたくのリーダーのせいで変に有名になっちゃったみたいなんで……名前で呼ぶのはちょっと……」


 いつの間にか頭に止まっていたアズマをどかして再度帽子を深く被る。不服そうなアズマがくちばしで手の甲を突いてきたが、痛くても今は耐えた。


「じゃあなんて呼べばいいの?」

「普通に“護衛の人”とかでいいでしょ。実際護衛が仕事だし、ぶっちゃけ僕のポジション的にそちらさんと会話することってあんまないだろうし」

「ず、随分とドライな人だなあ」


 ドライというわけではなく、警戒しているだけである。


 まさか彼女らグループが排斥派と繋がっているなどという話にはならないだろうが、少なくともリーダーのケイトによる広報活動が王族とダアト双方の意図に沿ったものであることは事実だ。

 ただでさえ目立ってしまっている現状、更にはあのようなある意味狂的とすら言えるファンがいるようなアイドルと関わっていてはいつ闇討ちに遭うかわかったものではない。


「……ま、当日は二人ともよろしく。ついでに私達のアルバムとかも買ってよね、他のメンバーはともかく私は印税大好きだから」


 図太さすら覚える発言だったが、小さく呼吸をおいてから発した辺り強がりも含むのだろう。声に震えがないのは流石その道のプロと言ったところか。


「いや僕そういうの興味ないんだ。ごめんね」

「私はー……遠方訪問始まる前に映画行っちゃったし、これまでに稼いだお金は仕送りに回したいし……」

「これだから営業活動はアガサに任せてるんだよ私達は! 自分の個性を無視した努力が実った試しなんてないんだよ!」


 鼻息荒く地団太踏む様は、アイドルというより同年代の友人に近かった。



   *     *     *     *     *     *  



 あれから女子二名と別れた圭介は、ダアトを出た時点で予約しておいたビジネスホテルの一室に辿り着いた。

 もう身分を隠す必要もないと帽子を外すと、早速アズマが頭に止まる。


「これまでの仕事がハードだったこともあるし、ライブ当日まではゆっくり休もうか……」

『それがいいでしょう』


 荷物を部屋の端に置き、ベッドに腰掛ける。落ち着いたところでふと気になったことを調べる為、スマートフォンを取り出した。


「そういやちょっと引っかかったんだけどさ」

『何でしょう?』

「ほら、さっきミアと一緒に見たこの画像」


 圭介が指示したのは、ナディアがつけていたという話題のネックレス。


 それは日本人である圭介にとって馴染み深い、折鶴の意匠が施されていた。


「これ、僕が元いた世界で住んでた国の折り紙ってやつを模してると思うんだけどさ。あの子のこれまでの画像調べてみたら、ちょいちょい似たようなもの持ってるみたいなんだよね」


 ネックレスに付属しているのは、銀の折鶴。

 それを見つけると、それ以前の彼女の写真にも類似した物品が目につき始める。


「このストラップは手裏剣、鞄に括りつけられてるキーホルダーはやっこ凧……こういうブランドもあるのか。けど、元が日本の文化から取り入れてるせいか排斥派に噛みつかれることも多いみたいだ」

『インターネットの匿名性がそれに拍車をかけているようですね。とはいえ、彼女らの知名度の前には微々たる影響しか与えられていないようですが』


 やはりと言うべきか、排斥派は芸能人相手でも手を緩めるつもりはないらしい。しかし結果は芳しくないようだ。

 逆に排斥派が彼女を経由して[バンブーフラワー]を貶める度に、熱心なファンから反撃を受けてすごすごと退散する様子さえ垣間見える。


「……やっぱ気になるなあ。日本人の客人に興味あるのかと思ったけど、別に僕のこと何とも思ってなかったっぽいし」

『自意識過剰では?』

「それならそれでいいんだけどね。ただ、明確に排斥派に命狙われてる僕みたいなのが近くにいたらまずいんじゃないかと思ってさ。どうしてそんな僕に護衛の仕事任せるのかわかんないけど」


 ただでさえ男の影を幻視した過激なファンが暴走したばかりの今、圭介が護衛として雇われるのは逆効果な気もする。

 そう思っての発言だったが、アズマの見解は異なるようだった。


『順序が逆ではないでしょうか』

「逆って。どうゆうことさ」

『遠方訪問の依頼を提出し、それが受理されてからマスターが排斥派の襲撃に遭ったと考えるべきかと』


 頭上のアズマが圭介の顔を逆さまに覗き込む。


『国立騎士団学校の学生を人材として確保できるとなれば申し込みは殺到するでしょうし、有名人であればそれを見越して早い段階――それこそマスターがこちらに転移するより以前から手続きが始まっていたとしても、不自然ではありません』


 なるほど、と納得できる内容ではあった。


 遠方訪問の手続きがどのような手順を踏んでいるのか圭介は知らなかったが、思えばルンディア地質調査団のような一般企業の応募が続く中で現役人気アイドルの依頼が割り込むのは無作法にも感じられる。


 学校内でレイチェルがどのような事務処理をするのか外部からは見えないにしても、心象というものがあるのだろう。


「もしかしてカレンさんもダアトの雑用係は早い段階で依頼してたりしたの?」

『ええ。あちらはマスターの転移よりやや遅れての形になりますので、微妙に他の企業とタイミングが被ってしまったようですが』

「ふーん」


 意外なタイミングで遠方訪問のシステムに触れたが、最後の仕事に取り掛かっている圭介としては今やどうでもいい話だった。


 それより問題はライブ当日、自分がいることによって排斥派の妨害活動が生じてしまうという可能性である。


 圭介が思い出すのは、アドラステア山で圭介を名指しで呼び出しながら探し回るという[羅針盤の集い]の傍若無人な振る舞い。

 山道を歩く人々からの印象を度外視した行いはまだまだ序の口であり、それ以前にも問題ある行動を繰り返していたというのだから驚きだ。


 それと同等の不道徳な輩が、よりにもよって家族連れも多く来るであろう遊園地で迷惑行為を働くとなれば無関係なはずの圭介としても気まずい事この上ない。


「何にせよ排斥派が来ないのが一番なんだけど。どうしてこのタイミングで僕の顔と名前を地上波で流すかなあのお姫様は……師匠も止めないどころかダアトの名前出てる時点で協力してるよねアレ……」

『あの報道はダアトにいた頃からオーナーのカレン様が既に企画していましたよ。どちらかというとフィオナ第一王女はそこに便乗したに過ぎません』

「は!? 何それ、聞いてないよ僕」

『話そうとした矢先にゴグマゴーグの襲撃を受け、それからタイミングを逸したまま有耶無耶になってしまっていたようですね。これに関しては珍しくはあるものの、まあカレン様の落ち度と言えるでしょう』


 嘗ての主人を悪く思われることに機械ながら抵抗を覚えたのか、アズマは圭介の頭から一度離れて向かい合うように床に着地し、彼女のフォローを始める。


『彼女曰く、マスターの身を案じてあのような報道を手引きしたようです』

「いや迷惑しか被ってないけど。何なら僕以外の人にまで迷惑かけてんじゃん」

『マスターが今回のクエストを終えてメティスに帰還したとしましょう。その場合貴方は転移して三ヶ月程度で王族、ダアト、芸能界にそれぞれコネクションを持ち、カレン様から指導を受けて念動力魔術を使いこなせるようになった客人として扱われることとなります。無論、多くの犠牲者を出しダアトの砲撃を受けてなお活動を継続し得る超大型変異種、ゴグマゴーグを単体で撃破したという実績も携えた上で、です』


 説明を受けた圭介は、背中に氷柱を挿し込まれたような気分になった。


 アズマの言う通り、圭介は今や一般人とは言えない領域に達しつつある。つい数ヵ月前まで非戦闘員として数えられていたはずの男子高校生は今や戦力、コネクション、実績を有した状態でテレビにまで映ってしまっているのだ。


 その状態であれば確かに排斥派は迂闊に手出しできまい。


 王族と繋がりのある王都住まいの客人、それもダアトの統治者にして“大陸洗浄”で大いに暴れたカレン・アヴァロンに師事した念動力魔術の使い手。


 更にはヴィンスを返り討ちにした経緯から裏社会で脅威として見られているだけに留まらず、超大型モンスターを撃破したという事実が一般に周知されている。


 そしてこちらは周知されていないが、既にダアトとフィオナ直属の騎士団の双方からオファーまで来ている始末だ。


 これだけの判断材料が揃っている圭介を敵に回す相手など単なる馬鹿か破滅願望の持ち主、あるいはよほど勝算のある相手しかいない。仮に勝算を得られるだけの頭脳の持ち主がいたとして、手回しにはまだまだ時間がかかるだろう。


 この時点で圭介は見えない盾と鎧を得たのだ。


 ただ、それによって得られるのが恩恵ばかりではないと圭介は弁えていた。


「……困るんだよな、あんま騒がれても。僕はただ元の世界に帰りたいだけなのに」


 悲しい話、圭介当人にとって王族もダアトも芸能界も排斥派も関係ないし興味も薄い。

 寧ろいたずらに名前が広く浸透することによって、またぞろ変な里心が生まれてしまうのではないかという漠然とした不安まで生じ始めた。


 それに名が広く知られるということは、今回のナディアのような事件にも繋がりかねない要素となり得る。あそこまで極端ではないにせよ、下手にこの異世界を刺激したくはなかった。


(見てもいない“大陸洗浄”から学べることだってある。僕という存在は今、この異世界に関わり過ぎているんだ)


 あのアルバイト帰りの夜。当時まだ恩師と呼べる存在だった老爺との語らいが、今の自分に突き刺さる。


 自身の影響力の肥大化に頭を抱える圭介のつむじを、アズマが何も言わず静かに見つめていた。

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