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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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第一話 最後の訪問先

 圭介がバスを乗り継いで辿り着いたのは、郊外の町に面する得体の知れない沼地でも、砂塵吹きすさぶ広大な砂漠でもない。


 ダアトからアウグスタに降りてバスでベイカー緑地を抜け、ビジネスホテルで一泊してから徒歩十六分で最寄駅に到着する。


 人と一般車両が頻繁に行き来する都会のど真ん中。

 アガルタ王国に数多ある繁華街の一つ、ロトルアである。


 メティスと比べると少し往来の密度が薄く思えるも、空中に浮かぶ標識の数々や魔力で編まれていると思しき大画面の映像、多種多様な種族が道を行き交う様からは人々の営みがわかりやすく見えてくる。


 加えて建造物の数とバリエーションを見る分には、買い物をするにせよ娯楽に興じるにせよ不便はなかろう。


「これまであんだけわけわかんなかったり過酷だったりした訪問先が、最後は街中かぁ……」

『ご不満が?』


 圭介の呟きに疑問を呈するのは、彼の頭部に止まっている機械仕掛けの隼にして、第三魔術位階に相当する防御用結界術式が組み込まれている魔道具、アズマ。


 何度か肩に止まるよう言われながらも最後まで頭頂部での安寧を死守した、道具という言葉が肩書きに含まれている割に使い手の意見を聞かない鋼鉄の猛禽である。


「不満はないけど不安なんだよ。今回の遠方訪問、ちょっと特殊じゃん」

『即答しかねます。内容自体は普遍的なものかと』

「これが?」


 アズマはそう言うが、圭介はこれから向かうべき場所が記載されている地図の役割も担う依頼書をもう一度確認する。


「“大規模ライブにおける人気アイドルユニットのボディガード及び会場の警備を中心とした各種雑用”とか書かれてるけど」


 それが、圭介にとって最後となる仕事。


 まさかのアイドルライブ裏方であった。


『即ち護衛任務でしょう。前回もマスターのご学友のユーフェミア・パートリッジがオーナーのオアシス設置に際して請け負っていましたが』

「いやそもそもこっちにもアイドルがいるってのが驚きなんだよ。めっちゃ日本的なイベントやってんのねこの世界の人達って」


 圭介自身も調べてみたところ、ビーレフェルトに日本のような芸能プロダクションは存在しない。


 俳優やコメディアンなどの芸能人は各々の能力を活かして営業に出るか、または広告代理店等と一定期間内の契約を結ぶことで売り出す。

 つまりアイドルと一言に言っても大規模なユニットの中で個々を売り出す日本のそれと比較すると、少数勢力が自分達に適していると判断した場所でまだらに活動しているという点で微妙に種類が異なるようであった。


「それでも基本的にフリフリの衣装着て、ステージ上で歌って踊るってとこはどこも変わらないのかねェ」


 今回の遠方訪問クエストにおける護衛対象――人気アイドルユニットについて、圭介なりに調べてはみた。


「ユニット名は[バンブーフラワー]、略してバンブラか。銀ブラみたいだな」

『何ですかそれは』

「いやぶっちゃけ僕も中学時代の社会の教科書で見かけただけで意味までは調べてない」


 どうやらヒューマン、エルフ、ハーフドワーフ、レプティリアン、デイライトという五つの種族が入り混じる少女五人組であるらしい。


 安定した人気を維持している彼女らは、多様な種族層に加えて活動範囲の広さも売りとしている。それ故に知名度が高い。

 調べた結果出てきた画像を見て、転移してまだ三ヶ月程度の滞在もしていない圭介でさえ「顔は見たことあるな」程度の認識を得たくらいだ。


「あのさ、デイライトって何なの? 初めて聞く種族だけど」

『魔族の一種、ヴァンパイアと呼ばれる種族の中で時折生まれる変異種です。通常のヴァンパイアは日光を浴びると下痢や嘔吐、立ちくらみに幻覚症状といった体調不良を起こして最悪の場合死に至るのですが』

「灰になるとかじゃなくて!?」

『デイライトにはそういった症状が表れません。代わりに通常であれば平均して一三〇年は生命活動を持続できるヴァンパイアよりも短命で、その寿命はヒューマンや客人と変わらないと聞きます』

「ごめん、正直デイライトに関する情報よりもヴァンパイアが日光浴びた時の話の方が面白くて印象深いわ。毒キノコ食べたみたいな話だね」


 しかしこの構成だとドラゴノイドや獣人が不満を感じるのではないかと圭介は懸念したが、どうやらそれはそれで別に人気ユニットが存在するらしい。業の深い話である。


「こう、何だろ。アジアっぽいユニット名にも思えるけど、こっちの世界にも竹ってあるのかな」

『ビーレフェルトに存在しない生物の名を用いるのは、大陸に住まう人々にとって珍しいことでもないと聞きます。そういった類のユニット名なのではないでしょうか』

「あー、ありそう。僕のいた世界でもね、シャツに印字された外国語が実はえげつない下ネタだったってケースがちょくちょくあってね……」


 頭上のアズマと雑談しながら歩く内、圭介はとある家屋に辿り着く。


 一軒家と表現するには豪勢な造りであり、しかして屋敷と呼ぶには小ぢんまりとした家。

 ツタが絡み合うような意匠の門の向こうに見えるのは、何人かで囲むには充分な大きさのテーブルと椅子が置かれた花咲き誇る庭。

 その更に奥には深緑の木造二階建て家屋があり、玄関と思しき桜色の扉は外からでも目立つ。

 緑に深みを持たせようという意図からか、屋根は群青の瓦屋根であった。


「……事務所とかじゃなく、普通に家に呼ぶんだもんなあ。魔術のないあっちの世界じゃ無防備過ぎて不安になるぞこんなの」

『そちらの世界のアイドルは自己防衛の手段を持たないのですか?』

「あー、まあ護身用の格闘技を習ったりって話は何かで聞いたような……こっちの世界のアイドルもやっぱ強いのかなあ」


 そんなことを考えつつ、無意識に薄く延ばした【サイコキネシス】を家屋の方へと向けて漂わせた。


 相手は有名アイドルであり、圭介自身も望まないとはいえ名は広く通っている。ないとは思っていたが、ダグラスのような過激な排斥派が潜伏していないか確認しておきたかった。


 中に人の気配はしない。

 ただ保護の意図を有するのか、庭の花を包むようにして防御用結界が展開されているのはわかった。

 それと地面に不自然な切れ目が存在する。これも何らかの形で防犯用の役割を持つのだろう、と圭介は当たりをつけた。


「んじゃ、ここで突っ立っててもしょうがないし……いややっぱ入りづらいな……」

『何故でしょうか』

「君にはわからないだろうけどね。僕みたいな童貞にとって初対面の女の子しかいない家のインターホンを押すという行為は、それはそれは恐ろしいことなんだよ」

『では私が代わりに押しましょう』

「あっテメッ、そうくるか」


 本来の猛禽の骨格的に可能なのか否かはわからないが、アズマが腕のように突き出した翼によってインターホンがポチリと押される。


 ピンポーン、と間の抜けた音が都会の喧騒に紛れて数秒。


『……………………はーい、どちら様で……何者ですか!?』


 恐らく玄関前の様子を画面越しに確認したのであろう、驚愕に染まる少女の声が聞こえてきた。

 圭介自身も頭に機械仕掛けの隼を載せて訪問する相手は信用できないと思っていたので、そこまでショックではない。


「あ、頭のコイツはお気になさらず。遠方訪問クエストの関係で来ました、東郷圭介です。こちら、えーと……街中だけど名前出しても大丈夫なんですかね」

『ああ、貴方が……別に大丈夫ですよー。今開けますね!』


 元気の良い声と共にインターホンの通信が切れ、少し遅れて玄関から一人の少女が飛び出す。


 地球ではカツラか染髪でもない限り見ないであろう色素の薄い水色のロングヘアー。朱色の瞳と唇は穏やかに微笑みの形を描いており、見る者に清楚な印象を与える。

 白いワンピースにはほんの付け足し程度にフリルがついていて、装飾としては完璧なバランスで彼女の魅力を彩っていた。


「トーゴー・ケースケさんですよね? 私は[バンブーフラワー]のアガサ・ボネットと申します。ミアさんも既にいらっしゃっていますので、詳しいお話は中でしましょう!」

「は、はい」


 ほんわかとした雰囲気を纏いながらも、発せられる声に込められた力は強い。

 子供っぽさとも受け取れる快活さに気圧されながら圭介が中に入ると、居間に続くと思しき廊下の向こう側で「おっ」という声と共に人影が現れ、すぐに横へと滑るように移動した。


「客人さんいらっしゃーい。紅茶淹れ直すねー」

「ありがとう! あ、後でまた自己紹介しますから先に座ってて下さい」


 マイペースな声は扉の向こうで移動を始めたが、そう遠くない場所で足音が止まる。発言の内容から気を遣わせていると察した圭介は、流石に失礼と思ってアズマを無理矢理頭から降ろした。


『何をするのです』

「いやこれから仕事の話するんだよ。いいからせめて腕とかに止まってなって、失礼じゃん」


 渋々といった様子で金属製の猛禽が肩に止まるのと、扉が開くのはほぼ同時だった。


 入った先のリビングは、圭介達が城壁防衛戦を終えてから使用していたホームと何ら変わらない。

 青みがかったカーペットが敷かれ、木製のテーブルが置かれ、その上にはティーカップが並ぶ。

 壁に沿う形で設置された本棚には、女子しかいない割に堅苦しそうな装丁の分厚い書籍が入っている。

 テレビに接続されたゲーム機のハードらしきものは、誰かが趣味で持ち込んだのか、はたまたメンバーで遊ぶのか。


 ただ、圭介を押し黙らせたのは部屋にある物品ではない。

 鼻腔をくすぐる清潔で優しく甘い香りと、空調機による涼しさである。


「改めていらっしゃーい」

「……ど、どうも」


 今、案内された居間には背後のアガサを除いて三人の少女がいた。


 奥にある台所で茶葉を蒸しているのは、後頭部で一まとめにされた金髪を輝かせるエルフの少女。

 振り返る横顔は年齢不相応に化粧を施してあるようだったが、それを違和感に繋げないだけの下地となる美しさを持っていた。

 白い薄手のパーカーは部屋着なのだろうが、圭介としてはとある通り魔の存在を思い出してしまい一瞬びくりとなってしまう。


 控えめな返事は種族的な特徴からか、背の低い少女からだ。

 恐らくは先ほど確認したメンバーの中にいたハーフドワーフだろう。アイドルをしている割に自信がないのか、身を包んで縮こまるようにソファに座っている。

 こちらは暗色のブラウスを着ており、目立たないようにと努めているのが似たような感性を持つ圭介には何となくわかった。とはいえオレンジ色の髪と可愛らしい相貌で充分に目立っていたが。


 そして。


「おー、久し振り……ってどうしたのケースケ君色々と。特にその鳥」


 薄手の白いシャツにホットパンツという、彼女の肉付きも加味すると男子高校生として目のやり場に困る存在が一人。


「あー、久し振り……とりあえず布か何かを脚に敷いてくれないかな。友達として仲良くしていたいのにエロい目で見そうで怖い」

「それ本人前にして言う!? わかったよタオルか何か敷いとけばいいんでしょ!」


 随分と長い間見ていなかった気がする、若草色の髪と猫耳。


 圭介としてはパーティメンバー三人娘の中で一番安心感を覚える少女、ミア・ボウエンがまるで我が家の如くアイドル達に馴染んでいた。

 改めて美人に囲まれた環境にいると再確認させられる圭介に、心の余裕はない。


「他のメンバー二人はちょっと今席を外しているんですよ。ですのでここにいる三人で、ひとまずバンブラのメンバーとして応対しますね」

「わ、わかりました……あ、紅茶ありがとうございます」

「いいよ敬語なんて。ケースケ君タメでしょ?」


 紅茶を淹れてくれたエルフの少女が、やけに近い距離で話してくる。


「まず自己紹介からしよっか。アガサたんはもう終えてるのかな?」

「ええ、さくっとですが」

「じゃ、私もさくっと済ませよっかな。ドロシー・レヴァイン、エルフだよ。よろしくねー♪」


 どうにも、同じエルフと言えどユーとは全く異なる性格らしい。

 気さくに笑顔を向けて手を振る彼女に「よ、よろしく」とドギマギしつつ応対するのが、女性と手を繋いだ経験もない圭介の限界であった。


「ほら、次はクリスたんの番だよ」


 その流れのままに促されたクリスたんなるハーフドワーフの少女は、びくっと肩を震わせてから絞り出すように言葉を紡いだ。


「く、クリスティアーナ・ホーリーランド……です……な、名前が長い、ので。クリスって、他の人には呼ばれてます…………」

「は、はい」


 あまり喋らせるのもかわいそうに思えて、圭介はそんな程度の返答に収めた。


「あ、じゃあ僕からも。今回の遠方訪問で皆さんをお手伝いします、東郷圭介です。短い間ですが、よろしくお願いします」

『因みに私はアズマと申します。マスター共々宜しくお願い申し上げます』


 圭介が促したわけでもない内に自主的に名乗ったアズマを見て、そろそろ四人の女子の視線が痛くなり始めた。


「あのさ、ケースケ君……その、アズマ? っていうのは、どういう経緯で……」

「前の現場でもらったんだよ。ダアトって言えば通じるかもしんないけど、そこで作られたんだって」

「あーダアトかあ。確かに素っ頓狂な技術でわけわかんないのたくさん作ってるって専ら評判だもんねえ」

『わけわからなくはありません。理論に基づいての試行錯誤です』


 どことなく理解の薄そうなドロシーの言葉に反感を抱いたのか、ムッとした様子のアズマが噛みつくものの圭介がどうどうと頭を指先で撫でると唐突なまでに急激に沈黙した。

 電源スイッチにでも触れたのかもしれない。


「ダアトねえ。とんでもない高性能なお土産もらってきたもんだわぁ」

「それよりも」


 感心するミアが世間話を展開させない内に本題に入る。

 圭介としては正直なところ、さっさとこの女の子女の子した空間から出て適当な宿泊先で腰を落ち着けたかった。


「仕事の内容をちゃんと聞かないと。簡単な情報だけは確認してあるけど、あれだけじゃないだろうし」

「うん、そうだね。積もる話は後回しにしようか」


 ミアも真面目な性分からこういった意見に反論しない。当たり前のことなのだが、常識的な判断を下せる彼女と一緒にいるだけで安定感が違う。


「それでは私達[バンブーフラワー]の、今度開かれる大規模ライブに関するお話を始めさせていただきましょう」


 かくして、ふざける余地の無い真面目な仕事の話が始まったのであった。

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