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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第五章 遠方訪問~大人気アイドル炎上~編

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プロローグ 今はもう読めない手紙

 今となっては懐かしいその日の記憶。

 もう十年前の出来事が、目の前に再現されていた。


 あの子との思い出がうたた寝の中で夢として蘇ったのは、果たして何故だろうか。別にあれからあの子に関する何かが起きたわけでもないのに。


 まあ恐らく特別な理由なんてないのだろうが、とにかく幻であるはずの紙の質感はひどく現実的に手をくすぐった。


「これ、オリガミっていうんだって。こっちの世界で僕を拾ってくれた人が教えてくれたんだ」


 手渡されたそれはただ色紙を手で折っただけのはずなのに、緻密な技術によって鳥の形を模している。

 どうやらツルという種類の鳥らしいが、ビーレフェルトにそんな名前の鳥はいない。多分客人の世界にのみ生息する生き物なのだろう。


 実物を知らない身分で、私はそれでもいたく感動を覚えたものだ。


 だって、紙細工と言えばはさみを用いるものだとばかり思っていたから。

 切れ込みを入れる事もなく、ただ順番通りに折り畳んでいくだけでこうも見事な形状に纏め上げる技術がこの世に存在するなんて、知ろうとすらしていなかった。


「へへへ……頑張って作ったけど、実はそれ、手紙なんだ」

「手紙?」

「うん。だから後で開いて読んで欲しいな」


 開く、と簡単に言ってくれるけれど、私はこの紙細工の仕組みを知らないのだ。どうやって中身を確認したものか、と思案するも妙案は浮かび上がらない。

 最悪破いて中身を改めようか、とも一瞬考えたがそれはどうにも不誠実な気がした。


「どうして手紙なんて。言いたいことがあるんなら、いつでも言えばいいのに」

「……おじさん達が話してるのを、聞いたんだよ」


 当時、私はその言葉を聞いて「ああ、あの話か」と勝手に得心した気でいた。

 本当にそうだったのか、今ではわからない。


「もしかして引っ越しの話?」

「う、うん。たまたまね、たまたま」


 嘗て辺境の騎士団に属していた私の父はあの頃、王都メティスに転勤することになっていた。


 曰く、“大陸洗浄”と呼ばれる客人とのゲリラ戦で最前線の騎士達が心身共に消耗しており、追加の人員が必要となるという話だったと記憶している。


 この戦争の中で客人達は率先して騎士を殺害しているわけではない。ただ、救いようのない悪党や騎士団が手こずっていた犯罪者などを殺害し続けることで、結果的に国民は騎士団を経由して政治不信に陥りつつあるとの話だった。

 要するに自分達の面子を守らんとする彼らは、犯罪者というフラッグを目指して客人達と競争していたのだ。


 尤も、当時の私は幼さからそんな話を聞いたところで正しく理解などしていなかったが。


 そもそも私は父が嫌いだ。事あるごとに私と母を貶め、いかに自分が優れた存在であるかを語り称賛させる為だけに家庭を築いたような男だったから。


「別に普通に手紙くらいなら出すけどなあ。急ぎの用事か何かなの?」

「ち、違う、けど……ごめん、今ここではあんまりちゃんと話せない」

「ふぅん……?」


 手探りもできない状況でただ理解できるのは、あの子と離れ離れになってしまうという情報だけ。


 子供だからと携帯電話をもらえていなかったのが痛かった。あの文明の利器があれば、メールで自由にやり取りできただろうに。


「お願い。どうしても今日の夜までに、誰にも見られないように読んで欲しいんだ……」


 お願い、とまで言われては仕方ない。


 私は悲痛な表情を浮かべるその子に、わかったよ、なんて気軽に応えた。


 自分の安請け合いがいかに無責任であったかを私が理解するのは、それから二時間後のこと。


 突然早めの帰宅を果たした険しい表情の父が、迂闊にもリビングでオリガミを広げようとしていた私の手からあの子の“手紙”を取り上げて、くしゃくしゃに丸めてライターで燃やした時だった。


 どうにも私の父は今でいうところの排斥派というやつだったらしく、前々から自分達騎士団と敵対している立場にある客人の存在を疎んでいたそうな。

 まさかそれだけの理由で大事な愛娘の交友関係に介入し、こんな乱暴狼藉を働くとは思っていなかったのでそれはそれはびっくりした。


 しかし話を聞くとどうにも信頼していた上司が客人に汚職を暴かれて締め殺されたり、同僚の奥さんが万引きの罪を娘に押し付けていたとかで客人に焼き殺されたりしていたとか何とか。

 そう考えると騎士団全体がピリピリする中で娘が客人と仲良く遊んでいるというのは、絶好の八つ当たりの対象だったのかもしれない。


 まあ、だからと許すつもりはなかった。

 そもそも許す許さない以前の問題として、まだ読んでもいない手紙を燃やされた時点で幼かった頃の私は父を殺してやろうと本気で思って飛びかかった。


 もちろん大人と子供、力で勝てるわけもない。


 客人の肩を持つ私に激昂した父は、割と娘に向けるべきではない力加減で頬を引っ叩いてから何も言わず引っ越し先のマンションへと向かって行った。


 白状する。


 私と私を慰める母を古い家に放置して先にメティスへ向かう道中、とある客人に父が斬り殺されたと聞いた時には当然の報いだと悲しむどころか大喜びした。

 そして疎ましい父を殺してくれた客人に感謝すらしたのだ。とんだ親不孝者である。


 後で母から聞いた話では、最悪なことに殺された理由というのが部下を脅迫してその妻を愛人にしようとしていたかららしい。

 幸いにも狙われたご家庭は父の死に伴って平穏な日々を取り戻し、私と母も理不尽な父親を失った代わりにそれなり自由な生活を手に入れた。


 以前ほどの贅沢はできないけれど、それが気にならない快適な日々をあれからずっと過ごせている。


 ただ、今でもこうして夢見る程度にはあの日の出来事を気にしているのかもしれない。


 あの子から受け取った手紙には、結局何が書いてあったのだろうか。

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