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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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エピローグ 砂漠を抜けて

 ゴグマゴーグ討伐後、空の彼方がオレンジ色に焼け始める時間帯に圭介達は一度ダアト市街地の中央広場まで来ていた。

 当人達の強い希望により、次の現場に向かう前に今回の戦闘を通して死んでしまった者達への弔いを行う為である。


「悪いわね、疲れているでしょうに」


 緊張が解けたからか戦闘後のカレンの声と表情はどこか優しく、同時に哀しみを帯びている。


 予期せぬ戦闘行為によって、ダアトの運行予定は少しばかりの遅延が生じていた。

 しかし当初は数日単位で遅れるはずだったのが数時間で済んだのは幸運と言えるだろう。圭介とユーの二人が次の現場に向かうには、まだ充分な時間が残されていた。


 その貴重な休憩時間を削ってまで鎮魂に充てたいという申し出を受けた時、カレンは一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべながらも嬉しそうに笑った。


 とはいえダアトにおける死者の弔いは至って簡素なものだ。

 死者の名前が彫り込まれた銅板を壁に立てかけ、自分の手で噴水から掬い取った水をかけてから各々の自由な形式で魂の安らぎを願う。これだけである。


 圭介は日本人のやり方として合掌し、ユーは大陸特有のものなのか待機形態のグリモアーツを顔の前に掲げている。背後ではセシリアが貴族にのみ伝えられているのであろうどこかみやびやかな一礼をしており、フィオナは胸元に手を添えて目を閉じていた。


「……はい、もういいわよ。第一王女様もありがとうございました」


 カレンの合図と共に四人がそれぞれ手を下ろし、ふぅっと息を吐く。


「今回の戦闘で発生した死者数は合計五〇名……自虐と思われても仕方ないだろうけど、愚痴らせてもらうわ。私が最初の判断を間違えていなければまだここに生きていたはずの連中よ」


 退屈そうな無表情を貫くカレンだったが、声に含まれる悲哀は誤魔化しが効かない。

 否定を求めての発言ではないと悟った面々は、その声にも言葉にも返さず静聴に徹した。


「被害はここに名前を刻まれた人数だけじゃない。今でも医務室には怪我人のうめき声が響いているし、仲間や恋人、家族を失った奴もいる。オアシスがいくつも潰された関係で、今後発生する経済的打撃も彼らの生活に影響を及ぼすでしょうね」


 改めて被害の大きさを説明されると、随分な被害を被ったものだと現実味が薄れる。

 圭介自身はただ目の前の脅威とがむしゃらに戦い続けただけだったが、ダアトに生きる者達にはここから先もあるのだ。


「我々としてはひとまずダアトの防衛機能に不備はないものと見ています。……判断ミスは私も同罪です。あの変異種は試験的な目論見を以て対処すべきではありませんでした」


 真剣な面持ちのフィオナがほんの慰め程度に戦いから得られた実績を提示する。流石に命の対価としては安いが、ストレスの要因が一つ減ったと思えば救いもあろう。


「ありがとうございます。……それで、そこの学生二人」

「は、はい」

「はい!」


 カレンの声に二人が反応すると、目の前に念動力で二枚の紙を突き出された。

 ざっと一瞬目を通したところ、どうやら給料明細らしい。


「まず遠方訪問の報酬、それからゴグマゴーグ討伐の報酬よ。合計でユーフェミアは五二〇〇シリカ、圭介は一六〇〇シリカね」

「また極端に報酬に差が……やっぱり清掃業と荒事担当では違うのかなあ」

「いや、炎天下であれだけの広さを毎日掃除してたわけだしキツさで言えば同じくらいでしょ。だから本当は同じ報酬にしようと思ってたんだけど」

「「えっ」」


 予期せぬ発言に二人が硬直する。

 彼らは気付かなかったが、背後ではセシリアとフィオナが気まずげな笑顔を浮かべていた。


「や、それがね……圭介、あんたさっき【ハイドロキネシス】で水の剣を作ったでしょう。それもオアシスの水を使って」

「…………まさか」


 既に圭介はカレンから【ハイドロキネシス】に関する情報を伝えられていたので、その言葉自体は受け入れられた。

 問題は、オアシスの水を全て剣に変えていた事が何を意味するかである。


「ぶっちゃけあれで水がまるっきり全部抜き取られたもんだからオアシスが潰れちゃってね」

「すみませんでしたああああああ!!」


 背の低い少女に土下座した事で奇妙な既視感を覚えつつ、圭介は心の底から謝罪した。


 つまり、自分も先ほど示された経済的打撃の一因となってしまったのだ。


「で、これも正直にぶちまけると今のダアトには経済的に抑えられるコストは最低限にまで抑えたいっていう事情もあるのね。更に本音言うと今回あんたに支払うはずだった報酬を全額弁償に回してもまだ赤字だから……」


 罪悪感が加速した。


「足りない分はこっちで補填するとして、今回はゴグマゴーグ討伐の報酬を抜き取って清掃作業分の報酬だけで勘弁してもらいたいのよ。流石にあんだけ働かせておいて無報酬ってのも何か違うでしょうし」

「いやもう何なら清掃の仕事分の報酬も弁償に回してもらって結構ですんで! ホンット申し訳ありませんでしたマジで!」

「あのですねケースケさん、今回の件は私達の判断ミスも絡む関係でダアトに経済的援助を送る予定でいるのですよ。なので貴方一人の行動がここに住む人々にそこまで甚大な被害を及ぼすという話ではないんです。あまりご自分を責めないで下さい」

「えっと、こっちとしては心苦しいけどそういう話になったから。あんまり思いつめない方がいいわよ」

「うわあああ師匠と王女が優しいよぉ! 今までひたすらおっかなかった人達の優しさに刺し殺されるぅ!」

「流石に姫様とカレン殿に失礼だぞ、お前……」


 じたばたと石畳の上で身悶えして数分が経過し、圭介はようやく落ち着いた。


「ハァ、ハァ……じゃ、じゃあ僕、そろそろ行きますね……マジですんませんした……」

「わ、私もこれで失礼します……ケースケ君、元気出してね……」

「背中さするのやめて、逆に吐きそう」


 そう言い残して圭介とユーは市街地から受付スペースに続く出入り口へと向かう。

 ダアトは現在レナーテ砂漠を抜けてテレスト平原に入ったところだ。あと四〇分も待てば次の街、アウグスタに到着するだろう。


「これであの二人の遠方訪問は終了し、私達二人もここに留まる理由がなくなりましたが……」


 彼らの背中が見えなくなるまで見送り、フィオナがカレンに声をかける。


 どこか機械的で、氷のように冷たい表情で。


「一つ、ご報告があります」

「はい」


 突如、剣呑な雰囲気が二人とその周囲を包み込む。


 ここまでにも見られたフィオナがカレンに対抗心を燃やすものではなく、双方が同一の危機感を抱いているが故の張りつめた空気である。


「ゴグマゴーグの行動を制御している何者かの存在を索敵しましたところ、少なくともダアト内部に術者はいないであろうという結果が出ました。怪しい挙動をとる者はおろか、魔術の発動すら観測されなかった事から敵は外部の者であると見て間違いないかと」

「そうですか……ひとまずは安心しました。こちらからも、一つ」

「伺いましょう」

「先日――彼らの遠方訪問開始をきっかけとして、定期的にレナーテ砂漠で人骨を軸として活動する寄生樹が見受けられるようになりました。これまでの緑化計画の中では見られなかった現象です」


 ユーがカレンの護衛をしている間、日を追うごとにその目撃頻度は上がっていたように思える。

 それが何を意味するのかはまだ判然としないが、タイミングがタイミングだ。不気味であることに変わりはない。


「……ゴグマゴーグの死骸の調査と併せて、砦の人員から現地調査班を編成、派遣します。何かわかればすぐに連絡すると約束しましょう」

「助かります。我々は今、動ける人員が限られていますので」

「はい。……では、私達もこれにて」


 会話は終わったと見たのか、フィオナが“ノヴァスローネ”を【解放】してそこに座る。当然セシリアも隣りに出されたリングで共に浮かび上がる準備を始めた。


「改めて、ありがとうございました。次にまたここを訪れる際には、ゆっくりと過ごせるようにこちらも準備しましょう」

「こちらこそカレンさんやダアトの皆様を通じて色々と学ばせていただきました。ええ、次回は今回のような殺伐とした理由ではなく、ただ友好を深める為だけにお会いしたいですね」


 どこまでが本気なのかわからない挨拶を互いに気にすることもせず交わし、カレンはフィオナが空へと消えていく様子を見ていた。


 広場に残されたのは空を仰ぐカレンと、水に濡れた銅板が一枚のみ。


「…………っはあー、今回ばかりは参ったわね。今日のお風呂のお湯は熱めに設定しようかしら」


 そう口にしてから、視線を左右に動かす。

 彼女は独り言を口にしたつもりなどなかったが、周囲を見渡して思わず「ああ」と声を漏らしていた。


(アイツも、もういないんだったわね)


 彼女は念動力で銅板を浮遊させると、それを引き連れるように[ベヒモス・ビル]へと飛んでいく。

 砂漠の名残とばかりに砂塵を交えた風の中、薄く夕映えを映す銅板から少しだけ飛沫しぶきが散った。



   *     *     *     *     *     *  



「いやあ、にしても意外だったな」

「? 何が?」


 受付スペースの中にある座席にて、圭介が隣りに座るユーに話を持ちかける。


「ユーがあんなに機嫌悪そうなカレンさんに食って掛かったことだよ。パーティの仲間としても剣の弟子としてもちょっと嬉しかったけど、おっかなかったなあ」

「あ、あれは……だって……ケースケ君が悪く言われてるみたいで、ちょっと頭にきたっていうか……」

「何だそりゃ可愛いな」


 もうっ、と照れ隠しに放たれた掌底で一瞬意識を飛ばしたりもしつつ、圭介は安心感に包まれていた。


 超大型モンスターとの大規模な戦闘は終わり、恐ろしい師匠と苦手意識の塊である王女は既にいない。加えて強力な魔術も会得したことでダグラスの脅威も以前よりは薄まったと言える。もちろん、油断は許されないが。


「強くなるって、こんなに大変だったんだなあ」

「ケースケ君は強くなり過ぎたようにも思えるけどね」

「えっ」


 あれだけ厳しく剣を教えてくれていた仲間であり師匠でもある少女から、まさかの評価を受けて言葉に詰まる。


「だっていくら弱ってたとはいえ、ゴグマゴーグと一対一で戦って勝っちゃってたし」


 そして続く言葉に納得してしまった。

 同時に、ひどく動揺もしてしまう。


 言った彼女は何ということもない、ただ圭介を高く評価するだけの言葉として口にしたのかもしれない。しかし、本来はこういった戦いそのものと無縁だったはずの彼にとってその発言が持つ意味は重い。


(それって、もし元の世界に帰ったとして……戻れるのか? あんな化け物を一人で殺すような奴になって?)


 元の世界に戻る、というだけが彼の目的ではない。

 元の生活に戻らなければならないのだ。


 仮に念動力魔術をある程度使えるようになった今の圭介が元の世界に戻ったとして、ライオンだの象だのといったあちらの動物程度が相手になるとも思えない。どころか武装した集団でさえ念動力の前には案山子が並んでいるに等しい。


 そんな価値観の変化をいつの間にか植えつけられていないか、というのが今の圭介にとっては最大の恐怖だった。


「…………僕、は」

『失礼します。やはりここが一番安定しますね』


 唐突に響いた声と共に、頭にかかる重み。

 それが何なのか、圭介はついさっきまでの感触を覚えていたためにすぐ理解できた。


「……アズマ? どうしたの急に」

『オーナーであるカレン・アヴァロン様から許可を得てこちらに来ました』


 頭上で直立する機械仕掛けの猛禽が、二人の話をぶった切って割り込んできたのだ。


『今後、東郷圭介様をマスターとして登録し、共に行動させていただきたいのです』

「はぁ!? いやいやいやいや!」


 急な申し出に圭介の中で渦巻いた不安が見事に払拭され、また新たな懸念事項を生み出す。


「どうしてそうなんの!? 君、結構高性能なヤツだよね!? そもそも論として、流石にオアシス一つ駄目にした立場でこれ以上カレンさんに迷惑かけるのは……」

『それはつまり私の同行そのものを拒否する理由はないという解釈でよろしいでしょうか』

「や、まあ断る理由はないけども」


 淡々と語るアズマに大した反論も思いつかない。


 彼がカレンから許可を得た上で自主的に圭介の所有物になるというのは、命を狙われている立場からしてみれば確かに有難い話ではある。

 ネックとなるのは圭介の罪悪感一つだが、ビーレフェルトに来てからというもの他人の善意を無碍にすることに一度も成功していない圭介は既に諦めて受け入れる態勢に入っていた。


 隣りでユーがくすりと笑う。


「よかったねケースケ君。あんなに強い剣だけじゃなくて、こんなに心強いパートナーまで出来たじゃない」

「うーん、ちょっと申し訳ないけど……何だってまた僕についてくる気になったのさ」

『あの銀色の円柱より圭介様の頭の方がよほど心地良い場所だからです』

「価値基準がそこしかないのかよ。機械の考えることはわからないな」

「ケースケ君、本当に私が一生口にしないような言葉を平然と言うよね」


 しかし、頼もしい仲間が増えたと思えばそれでいいのかもしれない。

 地味に頭皮を引っ掻くくすぐったさを感じつつ、圭介は次回カレンに会うことがあれば土産の一つでも持っていこうと心に決めた。


「……とにかく、今回はユーにも助けられたよ。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。ゴグマゴーグとの戦いでは寧ろケースケ君に色々任せちゃったから、そう言ってもらえると嬉しいなぁ」


 ほにゃ、とどこかあどけなく微笑む彼女に癒されつつ、ダアトから降りるために次の街へと向かう。

 遠方訪問最後の仕事が待っているのだ。順番から察するに、最後の現場はミアと共に働くことになるだろう。


 期待と不安は相変わらずだが、心から湧いてくる自信のおかげでモチベーションは高い。


『次の現場はどこですか?』

「あー待ってね、まだ確認してなかったやそう言えば……」

「今日は朝から相当緊張してたもんね」

「へへへ、まあ次の仕事はね、もうちょっと安全な仕事だといいんだけどね」


 言いながら荷物から封筒を取り出し、中身を確認した。


「……………………」

「……………………」

『……………………』


 瞬間、全員が沈黙してしまう。


「ま、まあまだ危険かどうかなんてわかんないよね、うん。私の次の仕事は普通に長期討伐クエストだから、こっちよりかは平和かもしれないよ!」

「いや、危険とかそういうの以前にさ……何これ……」


 想定外の内容にユーのフォローも空振りする。


『あと五分でアウグスタに到着します。お二人には降車準備を推奨します』

「お前は急に冷めたなぁ!?」


 圭介のツッコミも虚しく、頭上のアズマはそれ以上何も言わなかった。


 ともあれ、最後の仕事はミアも同行することになるだろう。

 ユーへの土産をどうするか相談でもしようかな、などと依頼の内容から目を逸らしつつ圭介は荷物を持って出口付近へと向かった。


 彼は自覚しているのだろうか。


 白兵戦においても空中戦においても活躍するグリモアーツ“アクチュアリティトレイター”。

 あらゆる力を滞留させて念動力の補助を可能とする魔動兵器クロネッカー。

 第三魔術位階相当の防御結界を即座に展開できる魔道具、アズマ。

 そして飛び抜けた汎用性を有する【サイコキネシス】に、超大型モンスターさえ殺傷し得る【ハイドロキネシス】。


 今の自分が、どれほどの脅威となっているのかを。

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