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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編

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第九話 排斥派

 客人。即ち異世界転移によってビーレフェルト大陸に降り立った異世界人。


 彼らはその多くが唐突な風景の変化と日常との別離に戸惑い、慣れるまで避けられない混乱を強制される。

 ある者は置いてきてしまった仕事への義務感に怒号を、ある者は離れ離れとなってしまった家族との繋がりに慟哭を、またある者は見知らぬ世界における見知らぬ出会いを予期して哄笑を上げた。


 日常が非日常に塗り替えられることによる精神的負荷は並大抵のものではない。

 そうして客人達の心に生まれた僅かな隙間に付け込む者や、ビーレフェルトに対する無知を利用した悪質な犯罪が横行した時期も確かにあった。

 異世界に来て間もない客人は魔術を扱えないという事実も拍車をかけたに相違ない。抵抗する手段がほぼ無いのだから好き勝手にできてしまう。


 が、それによって大陸に住まう犯罪者達は手痛いしっぺ返しを受けることとなる。

 どういうわけか客人は元の世界での出身や出生、生い立ちを問わず全員が極めて高い魔術の才能を有していたのだ。


 例えば「未成年の内に扱えるようであれば大変優秀」と評価される第四魔術位階。これを成人する前に扱えるようになるのはビーレフェルトにて生まれ育った者の中ではおおよそ二割未満とされている。

 しかし客人の場合、それが幼児であろうが老人であろうが、無関係に魔術の行使を始めてから一年もしない内にその第四魔術位階に手を伸ばしてしまう。


 客人と同等の力を有する大陸出身者もちらほらといるにはいるが、それは逆に限られた者にしか辿り着けない境地を容易く踏み越える一種の種族との邂逅を示唆していた。

 そしてビーレフェルトの無法者による犯罪の被害を受けたことで怒りに燃える客人は、同郷同士によるコミュニティを築くこととなる。


 因果なことに、情報ネットワークは嘗てこの地を訪れた別の客人の手によって整えられていた。

 言葉も元の世界での言語能力を問わず何故か通用するし、文字は機械類の発展に貢献したアガルタ王国の文字で統一されていたから、覚えてしまえばメールでのやり取りも苦心しない。

 何より二十年ほど前から客人の転移率は急激に増えていたため、集まるだけなら案外容易に出来た。


 始まりは傷の舐め合いから、それが義憤の燃え盛る炉へと変化し、やがて聖戦を掲げるテロリズムへと至る。


 かくして、魔術を使い始めた客人による反逆はほぼ必然的に発生した。

 後に大陸全土を巻き込みながらも客人によって殺害されたその多くが犯罪者であったことから、皮肉を込めて“大陸洗浄”と呼ばれる戦いの幕開けである。


 結果から言えばこの戦争は六年と三ヶ月に亘る痛み分けで終結する。

 しかしただ痛み分けと呼ぶには、大陸側の被害があまりにも大きかった。


 客人の個々の実力が高くとも戦闘訓練を受けた各国の騎士団や軍の前には所詮優れた武器を持った素人に過ぎないし、絶対数の差も開いていたのは一面的な事実である。

 大陸側が有利であることに違いなかったのだが、肝心要の客人の標的は国の軍事力でもなければ市井に生きる民草でもない、裏社会を跳梁跋扈する犯罪者達だったのだ。


 正規の戦争のルールに則る形でぶつかり合う分には国防力の発揮にも繋がっただろう。しかし彼らが戦うのは主に路地裏や山奥にあるテロリストのアジト、現場に撒き散らされる血と肉は全て罪人の物だ。


 当然犯罪者は司法によって裁かれるのが道理とはいえ、法の触れ得ぬ領域で思うところも多かったのかもしれない。

 調査報告の度に耳に届く因果応報、勧善懲悪を絵に描いたかのような事件の真相が騎士団や軍全体の士気を大いに下げたことは情勢に強く響いた。

 そういった精神的な要因が絡まる形で双方勢力の頭同士での会談も幾度か開かれ、ついに六年前の十月、互いに「もう良いだろう」と許せるところまで突き詰めて“大陸洗浄”は終息したのだった。


 それでもやはり遺恨は残る。


 客人の存在によって最も大きく被害を被った犯罪者勢力を筆頭に、それら闇社会の力を後ろ盾とする後ろめたさから一部の政治家に企業の権力者、更には犯罪者の遺族などが客人の存在を忌避すべきものと主張し始めたのだ。

 憶測から語られる陰謀論、ネット上での倫理性を欠いたバッシング、家族を殺されたと嘆く犯罪者の元配偶者とその子供の声。使えるものは何でも使って客人を貶め排斥し、頑なに認めまいとする勢力。


 排斥派と呼ばれる彼らは、客人との共存を由とする現代社会において鼻つまみ者とされながらも日夜活動を続けている。



   *     *     *     *     *     *  



「要するに、君ら客人を大陸から追い出せーって連中がいるわけ。アイツらは多分その部類」


 呆れたような表情のミアは小声で圭介に簡単な歴史の説明をしてくれた。


 彼女の視線の先には周囲を見回す男数名の姿がある。

 いずれも特に物々しい雰囲気ではなく、ラフな服装を見る限りではただの通りすがりのグループにしか見えない。


「エリカはあの人らを見てどうして排斥派だと思ったの?」


 男達の耳に届かないようにか細く放った疑問に応じて、小さく絞ったエリカの声も聞こえてくる。


「あの中に茶髪でパーマかけたなんちゃってイケメンがいんだろ。アイツウチの学校の先輩で、有名な排斥派なんだわ」

「えっと……? あぁ、いるね。チャラついた雰囲気のが」

「ウォルト先輩だよね。今朝も教室にいきなり来たと思ったら凄い剣幕でケースケ君の居場所を探ってきて嫌だったなぁ」


 午前中の特別授業はそこまで見越してのものだったようだ。こうも気遣われるといよいよレイチェルには頭が上がらない。

 同時に「今朝も教室に来た」「凄い剣幕で居場所を探られた」というユーの言葉から尋常ならざる敵意と害意を感じた。

 何を目的としたものかは圭介の知るところではないが、少なくとも友好的な話し合いにはならないだろう。


「周りにいんのも多分その取り巻きだな。あの先輩、親父が一山当てた大商人だかで金持ちだから鬱陶しい味方だけは消えねえんだ」

「なんだってそんな立場のありそうな家のお坊っちゃんが排斥派とかいう角の立ちそうなことしてんのさ……」

「昔家族ぐるみで客人相手に色々やらかしたんじゃねえの? とにかく見つかると面倒だからとんずらすっぞ。あんま袋がさつかせるなよ」

「あいあい。僕女子の口からとんずらって言葉聞いたの初めてかもしんないわ」


 そうしてこそこそと一同が動き始めた途端、排斥派の集団が信じ難い行動を起こす。


「トーゴー・ケースケェ! お前がこの近くにいることはわかっているんだ! 出て来ォい!!」


 耳朶をぶつような声量の大きさは自然のものではない。突然大音量で名指しされた圭介はビクリと全身を振るわせてから振り向いた。

 どうやら取り巻きの一人が自身のグリモアーツに何らかの魔術を施してメガホン代わりに用いているようだった。これには圭介のみならずエリカ、ミア、ユーの三人も一様に呆気にとられた表情を浮かべている。


「貴様が我が校の女子生徒数名を連れてこの山の中に潜伏していることはわかっている! 何を企んでいるのかは知らんが、今すぐ投降すれば我々[羅針盤の集い]も事を荒立てるつもりはない! 大人しく顔を出せぇ!」


 聞こえてきたのは、ビーレフェルト基準でも非常識に当たるとわかる破綻した言い分だった。


 頭上の山道からは数名の観光客と思しきグループが何事かと下を覗き込んでいる。中には携帯端末を向けている者までいて、写真か動画による撮影が行われているのが推察できた。


「あいつら何言ってんの!? え、ちょっと本気で意味わかんないんだけど、とりあえず今現在進行形でめっちゃ事を荒立ててるのあいつらだよね!?」

「ていうかどうして僕が何か企んでるの前提で話進めてんだあの人達。しかもそれについて『知らん』て」

「更に言うと投降という言葉を用いるのに適した状況ではありませんね。明確に敵対するどころか会話すらしたことのない相手でしょうに……」

「とりあえず観光客とか係員の人が上の山道の方に集まって来てるけど、あいつら気付いてないのかね。ま、馬鹿が馬鹿やって自滅すんのがオチだろ。このまま連行されるまで放置しとけ、それよりクエスト優先だ」


 エリカの対応は冷淡だが的確でもある。彼らの所業は言うなれば嵐のようなもので、巻き込まれないために潜伏するのは間違った行動ではない。

 故に無反応を貫くのが正当と言えば言えるのだが、すぐにそうもいかなくなった。


 原因は排斥派の少年達から見て右側の死角、丁度圭介達とは対面する形となる位置で蠢く複数の影。

 木々を彩る枝葉によって日を遮られ極めて見づらいが、そのシルエットに察するところもあって圭介は戦慄した。


 尖った鼻と耳に禿頭、赤い肌。手に持っている武器は流木か何かを石で削って作られただけの粗雑な棍棒。

 その手のゲームやアニメに明るい圭介もそれが何であるか一目で判断できる。


「あれって……」

「うっわ間が悪いなぁゴブリンの群れだよ。多分あのバカ騒ぎに誘われて様子見に来たのかも」

「やはり山道を外れるとこうもなりますか。とはいえ排斥派の方々も私達の先輩に当たる以上、後れを取る心配もないでしょう」

「あ、そっか。ゴブリンって僕にとっては危険なモンスターでも戦える人には雑魚扱いされてるんだっけ。なあんだもう、心配して損した」

「そういうこと。だから早く行っちゃおう……」

「いやなんかあのゴブ共こっち見てね?」


 エリカの一言を聞いて三人が即座にゴブリン達の様子をうかがった。

 見れば確かにゴブリンらの視線は圭介、というより彼が持つ山菜のつまった袋の数々を見つめている。

 彼らに近づいて口元を確認できたなら、唾液がぼたぼたと滴り落ちているのがわかっただろう。


「……やだあの雑魚共ったら僕の夕飯を狙ってる。でっかい声でこんなんなるとかホント迷惑なんだけど、あの先輩達って他人への悪影響とか考えられないの?」

「君の夕飯がメインじゃないでしょ。クエストのこと忘れたの?」

「忘れちゃいないけども。でもこのままだとまずいな、排斥派の人らに居場所がばれるし山菜も守らなきゃだし」

「それでしたら、クエスト優先ですね」


 言いつつユーが懐から群青色のカードを取り出す。ミアは鼻息を静かに鳴らして数歩後方に下がり、エリカに至ってはあくびしていた。どうにもモンスターを前にして緊張感がない。


「うーん、こっちの位置があの人達にばれると思うけど。工夫すればあの人達にゴブリンを押し付けたりできないかな」

「いやあ。やめといた方がいいよ」

「それはそれでいちゃもんつけられるかもしんねーし、とっととゴブリン倒して逃げちまうのが得策だろ。客人が排斥派に出くわしたら相手をいないものと思いつつ相手にいないものと思わせなきゃだぞ。あいつら客人がカラスを黒って言ったら意地でも白って言い返すような奴らだし」


 そう言ってゴブリン達は愚か排斥派の動きすら見ず自身のグリモアーツを懐にしまうエリカは、既に【マッピング】を解除して一仕事を終えたような顔をしながらスマートフォンでパズルゲームに興じ始めていた。結構な図太さである。

 そしてその態度は圭介に「この三人にとって本当にゴブリンは大した相手ではないのだ」と認識させるのに充分な効力を発揮した。


「客人としてこちらの文化を学ぶ過程でケースケさんには聞く機会もあるかと思いますが、せっかくですのでこの場で説明しますね」


 静かに目を細めながらユーがゴブリンと向き合う。


「グリモアーツの真価はカードの状態では十全に発揮されません。使用者の適性や性格に応じて変化する、二次的な形態となることで本来の力を振るうのです」

「え?」

「まあ、見ていて下さい。【解放“レギンレイヴ”】」


 その一言が鍵としての役割を果たしたのか、手に持つグリモアーツに刻まれた文様――奇怪な文字が象るのは、蝶の羽だった――から光が溢れ出す。


 そうして出現したのは、樹木が絡まるような意匠の柄を携えた水晶の剣。


 長さは目算でおおよそ一三〇センチほど。剣の先端は両刃だが、そこから拳二つ分ほどで片刃に変わる造形はブロードソードと呼ばれる類の刀剣が持つ特徴である。

 仄かに刀身の内部から外部へと漏れ出る青い光は全体の造形的な美しさも相まってその神秘性を際立たせ、見る者を魅了する。

 まるで森の中にひっそりと在る清らかな泉を周囲の樹木ごと剣の形にまとめたかのようであった。


 思わず見惚れる圭介だったが、


「!? なんだ!?」

「誰かがグリモアーツを【解放】しやがったんだ!」


 当然、迸る光は排斥派にもその存在を主張する。

 沸き立つ複数人の上級生と、それよりやや離れた位置から距離を詰めてくるゴブリン達。

 それらを前にしてのユーの行動は迅速だった。


「【首刈り狐】」


 言うと同時に右足で踏み込み、剣を薙ぐ。

 たったそれだけで、余りにも呆気なく、先頭に立っていたゴブリンの頭部が宙を舞った。


「うぇええ!? 何したの今!?」

「踏込と同時に斬撃を放ち、刀身に載せた魔力を飛ばして遠方の敵を斬ったんです。規模と消費魔力は第六魔術位階相当ですが威力は第四魔術位階にも比肩するかもしれませんね」

「それそんなサラッと言ったらダメだって、絶対高等技術じゃん」


 哀れなゴブリンの亡骸に目を向ければ、彼が装備していた棍棒やボロボロの布を繋げて作ったらしい腰巻を仲間のゴブリンが剥いでいた。

 彼らに仲間意識というものは無いらしい。完全に奪えるものを奪ったら、恐れをなしたものか全員走って逃げていた。


 やるせなくなって視線を外そうとした圭介は、いつの間にか顔がしっかりと見える程度にまで近づいてきていたウォルト達と目が合う。


「あっ、どうも」

「……よぉ」


 半笑いの観光客と焦りを見せる係員らしき中年男性に見守られながら。

 茶髪の少年は、それはそれはいやらしい笑みを浮かべていた。

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