表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大地の記憶

作者: カピバラ子

古床明日香は、誰よりも現実を重んじる現実的な女性だった。当年とって三十二歳、独身で職業は小児科医、彼女の冷淡なまでの現実主義は、無論仕事柄そうでなければならないからでもあったが、同時に生きていく上で様々な感情を持つことが、いかに無益であるか自ら堅く信じているからでもあった。だがそんな彼女の人生観を根本から覆す思いもよらない出来事が起きた。地震である。震度7を観測する巨大地震が、彼女の暮らす町をいきなり襲ったのだ。仕事ではどんな事態があってもいつも冷静に正しく対処してきた明日香だが、その時は自然の猛威を前にして異様に怯える自分に我ながら驚いていた。恐怖で体がすくみ、いつもの冷静な自分に戻ることが出来ない。

(しっかりしなきゃ、私は医者、医者なのよ!こんな時怖がってどうするの?)

必死に自分に言い聞かせるが、ひっきりなしに続く余震に心は怯え身体は凍りつく。だが医者である彼女を

、事態は勿論ほおっておかなかった。ヘリコプターとサイレンの音にともすればかき消されそうになりながら、避難している車の中にいた明日香の携帯が暗闇に突然鳴り響いた。

「はい、」震える手で携帯を耳に当てると、そこから聞き覚えのあるベテラン看護師の声が聞こえてきた。「先生、ご無事ですか?ご無事でしたらすぐに病院にいらして下さい。怪我人が多くて手が足りません!」「あっ、あのう」

「どうしたんですか?怪我でもされたんですか?」

「あっ、いえ‥」 

「だったら急いで下さい。お願いしますよ。」

電話口からは救急車のサイレンや人々の緊迫したやり取りなども聞こえ、彼女の言葉には有無を言わさない勢いがあり、当然のことながら明日香の返事を待たずに電話は切れた。誰よりも地震に怯え心ここにあらずの状態であったが、取り敢えず医者としてかろうじて残っているひとかけらの自覚だけを頼りに病院へ向かった彼女だった。だが戦場と化している病院内のいつもとは全く違った光景を前にして、普段の冷静沈着な女医としての彼女の姿は影を潜め、その時から新米医師さながらの失態を演じ続ける羽目となったのである。更に頻発する余震に誰よりも怯える彼女の姿があった。、

(どうしたの?明日香!私はこんなに弱い人間じゃなかったはずよ。あんなに自信に満ち溢れていた私はいったいどこにいったの?)

失態続きの明日香に周囲は呆れ、そのうちに冷ややかな視線を向けるようになった。

「駄目ねえ、いつもはあんなに颯爽として格好いい女医さんなのにイメージがた落ちだわ。」

いつしか彼女の周囲ではそんな嘲笑さえ聞こえてくるようになった。だがそれでも人の命に関わる仕事をそう簡単に投げ出すわけにもいかない。自分を見失いつつそれでも必死に時を過ごし、やっと落ち着いた時間を過ごせるようになったのは、それからほぼ二週間ほど経った頃だったが、その時には明日香はすっかり医師としての自信を失っていた。小児科医なのに子供を診れない。安心させることが出来ないのだ。そしてある日そんな明日香を見かねた上司から、暫く休養をとるようにと強く言い渡されたのだった。戸惑いつつも自分は大丈夫だから仕事を続けさせてくれと頼み込む明日香に、上司は穏やかな口調だが今の明日香に子供は任せられないと、彼女の要望をきっぱりはねつけた。そして今の自分が子供を安心させられる存在になっているか今一度考えてみるようにと優しく諭すのだった。確かに‥明日香は思った。今の自分は、子供を安心させられる存在ではない。明日香は上司の指摘で、子供を安心させるべき自分が、子供と同じ視線で怯えていることを痛い程自覚したのだった。だがその後仕事を続けることを諦め久しぶりにアパートに帰宅した明日香を待っていたのは、地震で怪我をして入院している母を見舞いに来るようにとの、兄からの思いがけない留守電だった。明日香の生まれ育った家は、彼女が住む市内から車で一時間程離れた長閑な田舎町にあり、そこで母は兄夫婦と二人の孫と一緒に暮らしていた。その町の地震の被害は明日香が住む市内とほぼ変わりなく、築年数の長い家は殆ど全半壊する程ひどいものだったが、それでも地震直後母から「うちは大丈夫だから、明日香は仕事に頑張りなさい。人の命を助ける大切な仕事でしょう?」と優しく励まされ、実家の方は心配ないと彼女は安心仕切っていたのだ。それなのに‥不安な気持ちを押し殺しながら、いつもなら一時間もかからない道を渋滞や道路崩壊による通行規制で三倍近い時間をかけて、明日香は地震以後初めて実家に戻った。「これは‥」家に着いた時、変わり果てた目前の惨状が明日香には現実のものとして受けとめられなかった。帰る道すがら見慣れた光景が無惨な姿に変わっていたので、もしや我が家もとは危惧していたのだが‥明日香の生まれ育った家は四方八方にひびが入り瓦はほぼ全体がずれて、まさに全壊に近い壊れようだった。「明日香‥」呆然として言葉もない明日香だったが、不意に名前を呼ばれてはっとして振り向くと、そこには疲れきった顔をした兄優介がいた。

「兄さん‥」

「びっくりしただろう?今、俺達ここにいないから。避難所で生活してるんだ。家族は美代子の実家に行かせてる。あっちはここから離れていて,そう被害は出ていないからね。母さんは入院中だから、避難所にいるのは今は俺一人だけど‥」

「母さんが怪我したってどういうこと?それに家も‥母さん大丈夫だと言っていたのに。」

堰を切ったように尋ねる妹に、兄は落ち着くように声をかけると静かに続けた。

「勿論お前に心配かけないように母さんが大丈夫だと言ったんだ。俺はいずれわかることだから、正直に話した方がいいと言ったんだが‥怪我は足首を骨折してね。四日前のことだ。家を片付けようとして転んだんだ。医者の話じやそうひどい怪我じゃないらしい。だが何せ年だし退院しても避難所暮らしは無理かと思う。それで‥」

そこまで言うと兄は少し躊躇する素振りを見せた。何か言い渋っているらしい。

「兄さん」

明日香が声をかけると、優介は決心したように顔を上げ思っても見なかったことを口にした。

「実は‥」

「どうしたの、?」

「俺達家族はここを離れることになりそうなんだ。会社から転勤を言い渡されている。勤務先が被災して当面の間営業が出来ないから、少し遠方になるんだが四国の方の営業所に行ってくれという話だ。家族で暮らせるように会社が寮も提供してくれるそうだ。家がこのままの状態でここを離れるのは、俺にとっても不本意なんだが‥」

「兄さん‥」

「わかってくれ、俺は普通のサラリーマンだ。会社の命令には従わなきゃならない。守るべき家族もいる。ただ‥母さんはここを離れるつもりはないと言ってる‥」

「母さんが‥」

「結婚以来一度もここを離れたことがないからね。亡くなった父さんとの思い出もある。この家の修理を終えたら、又一人でもここに住むつもりだとそう言って譲らない。そんな時無理して中を片付けようとして、怪我をしてしまったんだ。」

「そう‥だったの‥」

自分も精神的に大変だったが、大切な家族も自分以上に困難を抱えていたのだ。そう納得した明日香は、優介に優しく言葉をかけた。

「大変だったね、兄貴‥義姉さんや子供達は今義姉さんの実家にいるのね?子供達も怖かったでしょうね、可哀想に‥兄貴の転勤のことだけど、私に異存はないよ。私がどうこう言える立場じゃないもの。でも母さんは嫌がるでしよう。説得しても無理だよ、多分‥とにかく退院したら、ひとまず私のアパートに来てもらうから。この家は‥」

「家は修理しても住み続けるのは無理だろうな、。」

明日香の言葉を引きとって優介が重い口を開く。

「全壊に近いからな、解体して建て直すか更地にして売ってしまうか‥勿論簡単に決められることではないが、だけど迷ってるのはうちだけじゃない。今度の地震では、古い家は殆ど被害を受けてるからね。みんな迷ってる‥どうすべきかみんな悩んでるんだ。とにかく‥」

「とにかく、兄さんは仕事があるものね。家は出来る時に少しずつ片付けていくしかないわ。今は先のことが見通せないけど、やれることを少しずつでもやっていかないと‥」

「明日香‥」

「えっ‥?」

ふと顔を上げる妹に、優介は神妙な面持ちで、意外な言葉を口にした。それは明日香にとって思ってもみない内容だった。

「お前何か雰囲気変わったな‥この震災が起きる前は、兄の自分でも何か近寄り難いク-ルビューティーって感じだったけど今は‥」

「今は‥?」

「怒るなよ、悪い意味じゃなくて何か頼りなくなったて言うか‥お前が久し振りに妹らしく見えたよ。お前も普通の人間だったんだなって。」

「ちゃかさないでよ、兄貴‥」

そう答えて笑って見せたものの、明日香の心は少しも笑ってはいなかった。妹が見せた自虐的な笑みに違和感を覚えたのか、優介は仕事で何か困ったことでもあったのかと聞いてきたが、ここを離れることになった兄やその家族に今更心配をかける訳にもいかないと明日香は頑なに否定し、その後母を二人で病院に見舞った後慌ただしく引っ越しの準備に奔走する優介を手伝った。

「明日義姉さんの実家に行って、そこで引っ越しの手続きをして明後日出るのね。それにしても急だこと‥」

「済まない、。いずれ家は建て直すことになるだろう。その時は帰って来るが、どれだけ先になるかはわからない。仕事先も,建物は多分解体されるだろうが、営業所自体は廃止にはならないと思う。又ここに帰って来れると思うが」

「いいよ、うちのことは心配しないで。義姉さん達に会えないのは残念だけど、宜しく言ってね。子供達にも‥兄貴も慣れない土地で大変だろうけど頑張ってね!」

「済まない、明日香‥母さんを頼む。」

「わかってる。」

明るく送り出してくれた妹に複雑な笑みを浮かべながら、優介はそのまま手荷物一人で妻の実家へ向かった。「さてと‥」兄を見送ると母千鶴子が待つ病室へ足を運びながら、明日香は不意に泣き出したいような衝動に駆られた。実際に母の顔を見たら泣いてしまうかもしれない。兄と二人で久し振りに母と会った先程は、まだ感情を抑えていられた自分がいたが今は一人だ。それでも自分は医者なのだ。怪我をしている母に悩みなど打ち明けてはいけない。自分が勤めている病院と同様に、半ば野戦病院のような様相を呈している院内を歩きながら、幼い子供のような心許なさを抱いて母の病室へ向かう明日香だったが、その時不意に自分を見つめる視線を感じはっとした。(誰かに見られてる‥)そう感じて視線の先に顔を向けたが誰もいない。(えっ‥今の何だったの?気のせい?)そう思った途端、その不思議な少年はまるで魔法のようにいきなり明日香の前に現れたのだった。(えっ、この子どこから来たの?)年の頃は五、六歳だろうか‥利発そうな面立ちは、何か人の心を引き付ける不思議な魅力を醸し出していた。唖然としている明日香を前に、その子は人懐っこい笑みをたたえて何も言わずに佇んでいる。

「坊や、私に何かごよう?お母さんとはぐれたの?」

戸惑いつつも普通の大人がとる当たり前の対応をしようとした明日香だったが、その少年は逆に穏やかな口調で不思議な言葉を明日香に投げかけたのだった。

「はぐれているのはあなたでしょう?あなただけじゃないけど、今は誰でもそうだけど。」

「えっ‥?」

どういうこと?訳がわからず近づいてきた足音に気をとられ、一瞬少年から目をそらせた明日香だが、次に彼の方を見た時その姿は忽然と消えていた。「えっ‥」驚くばかりで言葉もない明日香‥自分は医者であり、科学万能主義の世界で生きてきた人間だ。その自分がまさか‥幽霊‥?わからないがそういった類いの超常現象に遭遇するなど、まさにあり得ないことだった。だがそのあり得ないことが、現実に今目の前で起きたのだ。混乱する明日香だったが、そこにいつまでも留まる訳にはいかなかった。そして明日香は、意識しないまま気付くと母千鶴子の部屋にいた。

「明日香‥?」

自分を呼ぶ母の声でふと我に返る明日香‥作り笑いで平静を装い、何事もなかったかのように明るく振る舞おうとする明日香だったが、母の目はごまかせなかった。

「優介の前では話せなかったけど、あなた今不安がっているわね。私にはわかる。でもね、無理に強がる必要はないのよ。」

「母さん‥」

千鶴子は娘の苦悩をいち早く見抜いていた。そして静かに言葉を続ける。

「今度のことでは本当に怖くて大変な思いをしたんだもの、誰でもそうだけどあなただってそう‥怖いなら怖いって言っていいのよ。あの恐怖を今でも忘れられなかったら、素直に今の思いを誰にでも訴えればいいの。決して恥ずかしいことじゃないんだから。たとえ医者であっても‥」

「母さん‥」

さすが母親だった。強がってはいても、誰よりも地震への恐怖に恐れおののいている娘の心情を千鶴子はしっかり見抜いていたのだ。そして母の励ましに気が緩んだのか、明日香の目に涙が溢れ今まで抑えていた思いが一気に噴き出したのだった。

「私‥病院のスタッフの中で一番怖がって‥それで失敗ばかりして‥新米医師のような失敗ばかりして‥」「明日香‥」

「みんな私を白い目で見るの。颯爽とした憧れの女医さんだったのに、イメージがた落ちだったし‥余震の度に患者さんより怯える私にみんな呆れてる‥」

「明日香‥」

千鶴子は、涙ながらに自らの苦悩を語る娘に、優しい口調ながら今度は半ば叱るように話しかけるのだった。

「人の目なんか気にしない。明日香は人から誉められるために医者になったの?そうじゃないでしょう?確かに今度の地震は大災害だったし、あなたがどれだけショックを受けどれだけ自信をなくしたか‥それはあなたの様子でよくわかる。察するにあまりあるわ。でもあなたには人を‥特に子供を助けたいという強い思いがあった筈よ。思い出してみて、真由子ちゃんが亡くなった時のことを‥」

「母さん‥」

「勉強がよく出来たあなたは、あまり進んで友達を作ろうとしなかった。そんなあなたを誰よりも理解して一番の友達でいてくれた真由子ちゃんが病気で亡くなった時、あなたは私に泣きながら訴えたわ。絶対に医者になる。なって病気で死ぬ子供を無くすんだって‥乗り越えるのよ‥時間はかかるかもしれないけど、この恐怖の体験を糧にしてもっと強くなるの。これからのことは、あなたの気持ちとその生き方次第、人が何と言おうとあなたが強くなればいいことだから‥私はそう思う。」

「母さん‥」

涙に濡れる顔を上げた明日香に母は優しく頷き、傍らのテイッシュを取ると娘の涙を拭いながら更に続けた。

「とにかく、あなたは地震以来休みなしで働いてきたんだから、今は何も考えないでゆっくり休養すべきよ。他の人と同様明日香だって被災者なのよ。自分の務めを果たす前にゆっくり休むことも被災した者の権利だと思う。無理したら本当に壊れてしまうよ。ねえ‥」

母の言葉に溢れる涙を拭う明日香‥その時だった。ドアをノックする音がして、看護師が入って来た。包帯の取り替えと母の着替えのためだった。外で暫くコーヒーでも飲んできたらと母に言われて、明日香は小銭を手に待合室の自販機を目指したがその足取りは相変わらず重かった。医師としてのプライドが、この場に及んでも彼女の心に影を落としていた。自分は母の娘である前に医者なのだ。入院中の母に自分の辛い気持ちを打ち明けるなどやはり医師としての自覚に欠けているのではないか‥待合室の椅子に腰を下ろしながらそう自分に問いかける明日香だったが、その時彼女は再び自分を見つめる視線を感じたのである。

「えっ‥」

さっきと同じだ‥思わず視線の先を目で追う明日香だったが、すると‥いた‥先程見た不思議な少年が、明日香の少し先に立ってじっと彼女を見つめている。

「きっ君は‥」

戸惑うばかりの明日香に少年はまるで子供に言い聞かせるように口を開いた。

「怖がっていいんだよ。強がらなくてもいいんだよ。人間はちっぽけな存在に過ぎない。あなたはあなた‥有りの儘でいればいいんだよ。」

「君は一体、何者‥?」

問いかけて明日香は意識しないまま思わず口をつぐんだ。何故そうしたのか自分でもわからないが、今はこの少年の言葉を黙って聞かなければならない。ふとそんな不思議な感覚にとらわれたからだった。そんな明日香を前に、少年は再び不思議な言葉を口にする。

「僕には大地の記憶がある。昔からずっと大地に溢れてきたありとあらゆる思い‥それを聞いてきた。この星自体生きているんだ。今度ここでたくさんの悲鳴を聞いた。泣き声を聞いた。この星が与えた苦しみを感じた。その悲しみは僕には癒やすことは出来ない。ただ‥強がる必要はない。みんな繰り返す。みんな乗り越える‥」

「乗り越える‥?」

どういうこと‥?唖然とするばかりの明日香‥その時だった。

「あのう‥」「えっ‥」

謎の少年の言葉を聞いていた明日香に、不意に中年の女性が声をかけた。一瞬少年から目を反らしはっとして再び少年の方を見た明日香だが、やはりその姿は前と同じように忽然と消えていた。

「大丈夫ですか?」

「はい‥」

「あなた、古庄さんの娘さんでしょう?何か立ち止まってぼおっとしてらっしゃるから大丈夫かなって思って‥」

「あっあなたは‥」

「お母さんと同室の神谷ですよ、ご挨拶したでしよう?覚えてないんですか?」

「すみません‥」

うなだれる明日香に神谷というその女性は優しく声をかけた。

「いいんです、今は誰でも現実が受け止められずに呆然としてる時だから‥私だってそう‥家の下敷きになって助けられたものの、これから先のことを考えたらいっそ死んだ方がましだったかなって‥」

「そんな‥」

だが口では厳しい現実にうちひしがれた思いを語ったものの彼女の表情は決して暗いものではなかった。そしてその四十代半ばぐらいと思われる丸顔で人の良さそうな女性は、気さくに明日香に話しかけるのだった。

「お母さん怪我されて大変ですね。私の母は病院にいたので怪我はなかったんですけど、今度の地震がショックですっかり体調を崩して‥元々高齢で持病もあり調子は良くなかったんですけどね。まあ病院にいてくれた方が私は安心なんです。」

「それは、そうですよね。」

「私‥こんな時だけどある意味感動してるんですよ、人間って強いなって‥」

「えっ‥」

「みんな何とか前を向いて頑張ろうとしてる。勿論みんながみんなそうじゃないけど‥それでも助けあって必死にこの災害を乗り越えようとしている。私も頑張らなきゃってやっとそう思えるようになったんです。」

女性の言葉にまだ迷いをふっ切れないでいる明日香はただ頷くことしか出来なかった。そんな明日香を前に神谷という名の女性は話を続けた。

「お母さんとお話したんですが、あなた女医さんなんですってね。」

「えっ、ええまあ‥」

医者であることを一時的にも忘れたい気分だった明日香は、いつもその後に必ず耳にしていた興味本位の賛美の声を警戒したが、何故かその女性は全くその事には触れようとしなかった。そして彼女は明日香の母千鶴子を心配して、その様子を気遣ってくれるのだった。

「お母さん、凄く疲れてらっしゃるわ。あなたにはそんな様子は見せないだろうけど、私にはわかる。最も今度の地震で傷付いていない人なんて殆どいないでしょうけど。」

「全く‥」

神谷というその婦人の言葉に相槌を打ちながら、明日香は口にしかけていたその先の言葉を飲み込んだ。ズタズタになった医者としてのプライド‥そんなものが今何の意味がある。怪我をして入院している母のこと‥そして被災した家をどうするか‥考えなければいけないことは山程あるのだ。

「あのね‥」

すると考え込む明日香に、その女性は思いがけない妙なことを語り始めるのだった。

「はい‥?」

「みんなここには地震はないって頭から決め付けてたみたいだけど、私実は何か起きるんじゃないかって思ってたのよ。」

「えっ?」

「私、仕事で毎日外を自転車で走るんです。何年も続けてきた仕事なんだけど、地震がくる少し前に変だなって感じたことがあるんですよ。」

「えっ‥地震がくるのがわかったんですか?」「地震がくるとまでは思ってなかった。だけど異変は感じてたわ。何か起きるんじゃないかって‥」

「それはどういう‥?」

「蟻よ。」

「蟻‥?」

「ええ‥」

蟻と聞いて何か気が抜けた表情を見せた明日香に、その女性は意外と厳しい言葉を投げかけたのだった。「ほら、あなたもそんな表情を見せるわよね。たかが蟻なのかって‥でも地中の小さな虫や動物、そんな生き物の異常な動向に全く目を向けないなんて、それは人間の驕りだと思うわ。」

「はあ‥」

「今は何月‥?11月も半ばでしょう?冬ごもりのために働き蟻達は沢山の食料を巣に運ばなけれならない。童話の通り蟻達は行動するもの。それが毎年続けられてきた当然の行為‥でもそんな様子が、地震の‥何日ぐらい前かな‥全く見られなかった。蟻自体が地面にいないのよ。私は何か変だなって思ってた。」「でも、地表に蟻がいないってことが、直接地震と結び付くとは‥」

「考えられないですか?そう断言できます?私思うんですけど、人間だってこの地球に生きる生物の一つに過ぎない。地球に生命が生まれて数十億年経ってるけど、その間どれだけの命が生まれそして死んでいったか‥人は地球上では確かに高い頭脳を持っているけど、生命力といった点では他の生き物には及ばない。危機を感知する能力は動物の方が上よ。人はもっと謙虚になるべきよ。動物にも学ぶべき、たとえ蟻だって意味のない行動はしないと思うわ。」

「はあ‥」

何か変わったことを言う人だ。明日香は持論を力説する女性の話を聞きながら、ふと先程目にした不思議な少年のことを思い出していた。するとその女性は、今度は少し抑えた口調で明日香自身のことを気遣ってくれるのだった。

「みんなもそうだけど、あなたもこの地震で相当大変だったみたいね。」

「えっ‥」

「さっき様子を見てたら、なにか心ここにあらずといった状態で、目が泳いでたわ。だから声をかけずにはいられなかったの。すっごく疲れてるなって。それはあなたの表情でわかる。自分のことは顧みずに人の為に尽くさなければならない仕事でしょう?無理してるんじゃないの?」

「あっ‥」

初対面の女性の優しい言葉に、思わず明日香の涙腺が緩む。そして普段の彼女なら決してしないことだが、明日香は今度の地震で自分が病院のスタッフの中で誰よりも恐怖に怯え、その結果皆の嘲笑を浴び、医師としてのプライドがズタズタになったことを、涙ながらにその女性に話したのだった。神谷という名の女性は明日香の告白を静かに聞いていたが、やがて徐に口を開いた。

「医者としての自信をなくしたあなたの辛い気持ちはわかるわ。だけど乗り越えるしかないのよ。あなた自身の力で強くなるしかないのよ。」

「はい‥」

涙に濡れた明日香の顔を手にしたハンカチでそっと拭きながら、その女性は今度は持論に絡めた独特の言い方で明日香を励ますのだった。

「人の一生なんて、この大地の記憶に比べたらあっという間だと思う。今まで様々な生命体がこの星に生まれ或いは絶滅し、長い時が過ぎた。どんな生き物も皆懸命に生きてきた。その命を全うしてきた。自然災害に遭ったり天敵に襲われたりして命の危険に曝されても、みんな乗り越えて命を繋いできたの。私がさっき言った蟻もそう‥人間だってこの大地の記憶の中ではついさっき誕生したに過ぎないのよ。こういう言い方をしたら失礼かもしれないけど、一人一人の苦悩などこの星の歴史の中でほんの些細でちっぽけなものに過ぎない。強くなるのよ‥乗り越えて強くなるの‥地球上に生きる生き物全てがそうしてきたように‥」

「はあ‥」

随分スケールの大きな励まし方だ‥そう感じた時、明日香の涙に濡れた顔に自然と笑みが浮かんだ。確かに個人のプライドにこだわって、大切な未来を見失ってはいけない。失敗ば失敗として乗り越えればいい。やり直せばいい。これから強くなればいいことなのだ。人の目など気にするな!

「そう‥その笑顔よ。」

明日香の割りきったような笑顔を見た女性は、ホッとしたような表情を見せると急に用事を思い出したのでこれで失礼すると明日香に告げ礼を言う間もなくその場を去った。明日香はふと、その女性の話の内容があの不思議な少年が明日香に投げかけた言葉と重なるような気がして、何とも言えない思いにとらわれると同時に、今更ながら震災以来過ごしてきた大変な日々を振り返らずにはいられなかった。医師としての自分に絶対の自信を持っていた明日香‥だがあの恐怖の出来事を体験して以来、冷静に仕事をこなす仲間についていけない自分を感じた。誰よりも余震に怯える自分にすっかり自信をなくし、ひたすら落ち込んで過ごした日々‥こんな筈ではなかったという思いと、あれほどの恐怖を味わったのだからそれはそれで仕方のないことではないかという思いが交錯し、毎日苦悩して過ごした。それでも、考えなければならないことは存在し、それは気持ちの切り換えができるまで待ってはくれなかった。壊れてもう住めなくなってしまった我が家を見た時の衝撃‥会うことも出来ず、電話で別れを言うことしか出来なかった義姉と幼い甥と姪‥そして住み慣れた我が家を離れることを拒むかのように、余震が続く中無理して部屋を片付けようとして挙げ句怪我をして入院している母‥それら全ての苦難は誰のせいでもない。勿論自分のせいでもないのだ。ズタズタになった自分のプライドなど何の意味があろう。今は自分がやれることを精一杯やればいい。それしかないしそれが一番大切なこと‥明日香の耳には、人も地球上に生きる生物の一つに過ぎないという女性の言葉が、今も鮮明に残っていた。それにしても‥明日香は思う。あの少年は一体何者だったのだろう‥多分人ではない。目の前で消えてしまった彼が、人である筈がないのだ。頭ではそう考える明日香だが医師としての自分の理性が幽霊などといった超常現象に答えを求めることを無意識のうちに避けていた。そして母千鶴子の病室に戻った明日香に千鶴子が心配そうに声をかけた。

「ああ明日香、遅かったわね。なかなか帰って来ないから心配してたのよ。」

母を心配させてはいけないと思い、明日香は明るい声で同室の神谷という女性と待合室で話し込んでいたと答えると、千鶴子は何故か怪訝な表情を浮かべるのだった。

「神谷さんが?」

「どうしたの?」

母の思わぬ反応に戸惑う明日香だったが、千鶴子はそんな娘に意外な事実を告げるのだった。

[変ねぇ…神谷さんてそんな饒舌な人じゃないけど、どちらかと言えば物静かで大人しい人よ…]

[でも、私が医者だって知ってたわよ。母さん言ったんでしょう?]

[ごめんね、つい…でも挨拶する時口が滑っただけよ。そう言えばさっきから姿が見えないけど彼女何処に行ったのかしら。]

娘を励ましてくれたという神谷の存在が気になったのか、周囲を見回しやはり怪我をして入院している隣の女性に聞こうとした千鶴子だったが、所在なさげにぼおっとした表情で外を見ている姿に諦めて明日香に首を振るのだった。明日香は母を見舞った後、また来るからと言い残し帰途についた。ハンドルを握りながら明日香は思う。この未曽有の災害を切っ掛けに自分も変わらなければならないのだ。被災者皆が新たな選択を迫られている今、自分も今までの自分ではいられない。否、いてはいけないのだ。母が入院しているあの病院で体験した出来事は、恐らく自分が新しく生まれ変わるために経験しなければならなかったことかもしれない。地震発生当初はこんな筈ではなかったと思い悩む日々だったが、今の明日香にはどんなことでも受け入れる心の余裕ができつつあった。自分は自分がやるべき事を誠実にやるだけ、その後明日香はすっかり震災以前の明るさを取り戻し、母を見舞いながら仕事にも復帰出来たのだった。明日香の勤める病院は、震災直後に比べて少しは落ち着きを取り戻したかのように見えたが、まだまだ被害の爪痕は人々の肉体にも精神にも多大な悪影響を及ぼしていた。明日香は上司に復帰の挨拶をすると、すぐに精力的に仕事を再開した。余震はまだまだ続いていて時には驚いて仕事の手を止めることもあったが、明日香は以前のようにスタッフから陰口をたたかれても、今度は全く気にならなかった。入院している母の足の怪我も順調に回復しており、退院後はひとまず明日香のアパートに同居する事も渋々ながら同意してくれた。そんなある日のことだった。明日香は震災で怪我をして入院している男の子の病室で、偶然あの謎の少年とよく似た子供が写っている写真を見つけた。

(この子…)驚いた明日香だが動揺した素振りは全く見せず、付き添っている子供の母親に穏やかに尋ねた。

[この子は…]

[あっ…地震の前に交通事故で亡くなったこの子の兄です。]

[そう…でしたか…]

それにしても似ていると思いつつ、母親の言葉に何と答えるべきか戸惑う明日香だった。そんな明日香を前に、母親は思いの外明るい声で話してくれたのだった。

[信号無視の車にはねられて…地震の…半年程前でした。私も主人も立ち直れる自信なかったけど、でも私その時三人目の子宿してて…]

[お子さんは…?生まれたんですよね?]

[ええ女の子が…この子の妹になります。私も主人も、その子のお陰で何とか立ち直ることが出来たんですよ。地震で避難生活を強いられて大変でしたけど、やっと落ち着いて…今私の実家で母がみてくれてます。][そうですか…]

安堵の表情を見せる明日香に、その母親は喜びと悲しみが入り混じった複雑な表情を見せて続けた。

[消えてしまう命があれば生まれてくる命もあるんですね。私ね、あの子が弟を守ってくれたんじゃないかってそんな気がしてるんですよ。]

[えっ?]

驚く明日香に、母親は更に続けた。

[うちは大規模半壊だったんですけど、この子大きなタンスの横に寝ていて、まともに倒れてたら骨折どころじゃ済まなかった…それがずれて倒れて足だけは下敷きになってしまったけど身体の方には…この子をよける形でタンスは倒れたんです。不思議でしょう?主人は考え過ぎだと言うんですけど、私にはあの子が弟を守ってくれたんじゃないのかって、何故だかそんな気がしてならないんです。信じられないかもしれないけど私は今でもそう思ってます。]

[そう…だったんですか…お母さんが仰る通りかもしれませんね…]

明日香は母親の言葉を否定しなかった。今まで様々な被災者の状況を、職業柄沢山耳にしてきた。大切な家族を守ろうとして困難な状況に身を投じ、命を落とした人を見てきたし自分と同じように不思議な体験をし、挫けそうな心をやっと立て直したそんな話も確かに耳にしている。そして自分もそうなのだ。…地震を経験した被災者の誰に対しても平等に月日は経過し、ふる里は悲しみと決別するように復興への道を力強く歩み始めた。時が過ぎるのは、確かに傷口が少しずつ癒えていくことを意味しているのかもしれなかった。余震も大部おさまってきており、母千鶴子の足の怪我も順調に回復し退院の期日が決まった。一時は瓦礫の街と化したふる里も着実に復旧が進み、人々の表情にも疲労の色から少しずつ余裕が生まれ、頑張ろうという気概が感じられるようになった。そんな時明日香は、母千鶴子から思い掛けない話を聞かされたのだった。[明日香、あなたに訊きたい事があるんだけど… ]

[何?母さん。]

[実はあなたが以前話したっていう神谷さん… ]

[ああ、彼女ね。そういえばあれ以来全然会えないけど元気なの?]

確かに何度も母の病室には通っているのに、一度も病室では顔を合わしていない。考えてみれば変な話だった。だが母はそれよりも気になる事があるらしく、娘に言い聞かせるように話を進めた。

[彼女、あれから直ぐに親族がいる近くの病院に転院されたんだけど、それよりも気になるのは、彼女が私に言ってたことなの。彼女あなたと話した覚えはないって私に言ったのよ。]

[えっ…]

驚く明日香を前に千鶴子の思いも寄らない話は続く。

[私あなたの話を聞いても実は半信半疑だったのよ。あんな大人しい人があなたに自分から話しかけるなんて、意外だったから。そしたらやっぱりあなたとは話した覚えないって…あなた一体誰と話したの?]

[誰って…」

千鶴子の問いかけに戸惑ってただ答えに詰まる明日香だった。そんな娘をこれ以上問い詰めるべきではないと悟ったのか、千鶴子は今度は優しく言葉を続けた。

[これ以上訊かないわ。元気にやってるあなたを困らせるべきじゃないってそう思うから。ただ…これだけは約束して。何か困った事や相談したいことがあったら、いつでも話して頂戴。あなたは医者である前に私の娘、私はあなたの母親なんだから。]

[母さん…]

明日香は千鶴子の言葉に落ち着いてしっかりと答えた。

[わかったわ。そのうちにちゃんと話すから。でも今はまだ…仕事や家のことなどやらなきゃいけないことが山積みだから。]

[明日香…]

娘のしっかりとした口調とその迷いのない表情に千鶴子は戸惑いつつも頷く。そして明日香はまた一つ謎を抱えたままその日も帰路についたのだが心には少しも曇りはなく、寧ろ挫折を乗り越えて頑張ろうという気概に溢れていた。明日香は、彼女が否定しても自分の前に現れ励ましてくれたことに、心から感謝するのだった。そしてあれこれ考える暇もなく更に多忙な時が過ぎ、母千鶴子の退院の日がきた。明日香はアパートの一部屋を、母が使いやすいように模様替えして彼女を迎えた。だが何も考えずにゆっくりするようにと明日香が口説い程繰り返しても、母はやはり家の様子が気になるらしく、折に触れては家を見に行きたいと娘に訴えるのだった。明日香は思案して実家の片付けをボランティアに頼むことにした。実家は大規模半壊と認定され修理しても住み続けるのはやはり不可能なようで、その後明日香は時間をかけて母を説得し、家を解体することにやっと同意させたのである。ボランティアの人々の手を借りて震災以来手付かずだった家の中を整理した後、明日香は改めて生まれ育ったその家を見つめて、様々な感慨に浸るのだった。医学部を目指して死に物狂いで勉強した高校時代…やっと医師になってこれからという時に父を思い掛けず癌で亡くした。医師になって二年目の夏の事だった。父の墓前で自分は何の為に医者になったのだろう。最も身近にいる人の病も見抜けないなんてと号泣した、あの辛かった日々…また兄が家で恋人と抱擁している場面にいきなり出くわし、かなり戸惑ったこともあった。その恋人が義姉となり家族の一員となったのだが、二人の結婚当初は母千鶴子によく嫁の愚痴を聞かされたものだ。それでも兄夫婦に子供が生まれると、家族の絆は確実に深まっていった。全部この家で培ってきた記憶だ。そんな思い出がたくさん詰まったこの家が無くなってしまう。確かに残念で虚しい気持ちはどうすることも出来ない。だが…明日香は思った。自分と同じような思いを抱いて住み慣れた家を見つめている人々は、今この地に数限りなくいるのだ。私達だけではない。

(負けたら駄目、前を向いて生きていくの。前を向いて頑張るのよ。今のあなたなら乗り越えられる。)

自分を鼓舞し、名残惜しそうにいつまでも家を見続けている母を促して明日香は帰途についた。四国で働いている兄とはよく連絡を取っていたがやはり二、三年は帰れないらしく、解体して更地となった後家をどうするか、まだこれからじっくり考えていかなければならなかった。だが、今の明日香に焦る気持ちは全くなかった。そして母が退院してから早いもので二月が経過し、いつしか母娘二人の生活にも慣れ毎日を余裕をもって過ごせるようになった頃、明日香は何故か病院tでのスタッフの自分への接し方が、以前と違ってかなりフレンドリーになってきたのを実感するようになってきた。地震直後、誰よりも揺れに怯える明日香に呆れたような視線を向けていたスタッフが、気軽に話しかけてくるのだ。

(私…馬鹿にされてるのかな…)

初めそうも感じたが、だからといって今更腹を立てる気持ちにもならなかった。そんなある日のこと、明日香が院内のレストランで遅めの朝食をとっていると、あの震災の日に彼女を呼び出したベテラン看護師の岩崎玲子が店に入って来た。

[あっ、先生…今朝食ですか?]

[ええ…]

[宿直だったんですよね、ご苦労様です。]

一礼して去ろうとした岩崎を何故か明日香は呼び止め、自分でも思い掛けないことながら、テーブルを共にしようと誘った。何故そうしたのか自分でもわからない。だが今は、とにかく誰かと話したい心境だった。以前の明日香なら決して考えられないことだったが…然し岩崎は思いがけず嬉しそうな表情で、明日香の誘いを受けたのだった。

[光栄ですっていうか…実は…私も先生とお話したかったんですよ。本当に…大変でしたよね…今まで…やっと落ち着いてきましたけど…]

大変だった地震以降の日々をしみじみと述懐する岩崎に、明日香は思い切って被災当初の自分の失態について尋ねてみた。今の明日香は、どんな嫌な思い出でも怯まずに話したい心境だった。

[私…みんなにたくさん迷惑かけたでしょう?私自分がどれだけ弱い人間だったのか、今度の事で思い知らされたわ。]

明日香が地震直後の自分の失態についてしみじみ口にすると、岩崎は優しく微笑んで意外な言葉を口にした。

[確かにあなたの怯える姿に驚いたのは事実です。でも…怒らないで下さいね。私、本当はホッとしたんです。先生がとても身近に感じられて…]

[えっ…]

[地震が起きる前は、一つでもミスを許さない常にパーフェクトを追究する先生だと思ってました。だから本音を言うととても取っ付きにくかった。でも揺れに怯えるあなたを見た時、ああ、何処にでもいるような普通の女性なんだなと思って…]

そこまで言うと岩崎は、今まで仕事中では決して見せた事のない茶目っ気たっぷりの表情を明日香に見せて更に続けた。

[私だって怖かったんですよ。家では主人や子供の前で泣きべそかいたんですから。みんなもそうです。怯えなかった人なんて一人もいません。みんな気を張って仕事してたけど、スタッフもみんな人間ですし、初めてあんな恐ろしい体験したんですから…だから、怖かったなら怖かったって堂々と言えばいいんですよ。決して恥ずかしいことじゃないんだから…]

[岩崎さん…]

ベテラン看護師は今度は医師としての明日香ではなく、まるで娘に語りかけるように穏やかに続けた。

[みんなも多分私と同じ気持ちだと思いますよ。今度の災害はとても不幸な出来事だったし、怯えるあなたに確かに最初は呆れてた面もあったかもしれません。でももうそんな気持ちは薄れて、今は却ってあなたにすごく親近感を覚えたんじゃないのかな。私が第一そうですし、みんなもきっと同じだと思いますよ。]

[そう…ですか…みんな、そう思ってくれてたんですか…]

そう言ったっきり何か言葉に出来ない熱いものがこみ上げてきて、明日香は胸がいっぱいになった。自分は決して馬鹿にされているのではない。この震災を切っ掛けに、みんなが自分に以前にはなかった親近感を持って接してくれている。そういうことなのだ。

[有り難う…そう言ってくれて嬉しいです。]

自然に感謝の言葉が明日香の口をついて出た。

[いえいえ、そんな事…]

明日香の言葉に岩崎は照れたように激しく首を振ると、今度は明日香の母千鶴子の様子について尋ねるのだった。

[お母様のご様子はどうですか?こちらでの生活は慣れられたようですか?]

[ええ…]

苦笑いしつつも、明日香は母の近況について口を開く。

[退屈してるみたい。元々庭いじりが好きな人だから…アパートはベランダしかないでしょう?プランターを置いて花の世話をしてるけど、やっぱり家に帰りたいみたい。でも、家はいずれ無くなるんですけどね。][無くなってもまた新しい家が建ちますよ。時間はかかるでしょうが…お兄さん達もいずれ帰って来られるんでしょう?近頃は壊れた家の解体が進みここ数ヶ月で随分更地が目立つようになりましたが、一方で新しい家も少しずつですけど増えてきてると私は思いますよ。大丈夫!また元のふる里に戻ります。今度の地震で私達は自然の脅威を見せ付けられましたけど、人だって負けてないです。今度は人間の底力を見せてやる番ですよ!」

ベテラン看護師の力強い言葉に、明日香は笑いながらもあの神谷と話し、彼女に励まされた時のことを思い出していた。だが、話したのは神谷ではないという。神谷の姿を借りて自分を心配してくれている誰かが会いに来てくれたのだろうか…だがそれは、現実では説明がつかないことなのだ。

[あの…何か変なこと言いました?私…]

考え込む明日香を見て心配になったのか、岩崎が問いかける。

[あっいえ…]

明日香は戸惑った様子の岩崎に、一瞬迷ったが母千鶴子が入院していた病院で体験した、あの一連な不思議な出来事を思い切って話すことにした。勿論以前の明日香なら、決してしなかったことだが…

[そうですか…そんなことがあったんですか…]

黙って明日香の話を聞いていた岩崎は、感慨深げに頷くと明日香の話を全く否定しようとはせず、予想以上に冷静な反応を示したのだった。

[先生も私も、仕事の上ではそういう話を否定する立場ですよね。でも私は、先生が嘘をついてらっしゃるとは思いません。先生がそんな方でないのは知ってますから。先生が体験なさったことは事実だと思います。勿論わからないのは、先生を励ましてくれた女性は誰だったかということ…それに謎の少年の存在です。だけど…でも私達口にはしませんけど、みんな程度の違いはあれ、不思議な体験してるかもしれませんよ。]

[えっ…]

看護師らしからぬ言葉に少し戸惑う明日香…だが岩崎は、しっかりした口調で続けた。

[医者である先生にお話する事ではないかもしれませんが、先生はもしかして、霊感がおありなんじゃないですか?]

[えっ…]

突然の意外な問いかけるに驚く明日香…そんな彼女に岩崎は、日本人なら誰もが忘れられないあの悲劇について口にするのだった。

[今度の地震の数年前に、東北で大きな地震がありましたよね?一万数千人の人が亡くなって、殆どが津波で流されてまだ数千人の人は行方不明のまま…]

[ええ…]

その震災なら勿論知っている。日本人なら知らない人はいない。その悲劇は連日のようにニュースで流され、明日香も当然心を痛めた。だがまさかその数年後に、今度は自分達が住む街でこんな大災害が起きるなど全く予想していなかった。それは明日香だけではない。この大地震を経験した人々の殆どにいえることかもしれなかった。岩崎は、真剣な表情で話を続ける。

[先生の立場では、信じるとは言えないのかもしれませんが、震災後霊的な現象が起きたという実例はいくらでもあるそうです。私の義理の姉が東北出身ですが、彼女の実家は津波で流されたそうです。家族は近くの高台に避難して何とか無事だったんですけど、でも避難した先で大勢の人達が津波に持っていかれるのを間近で見たって義姉が言ってました。そして更に私達に真顔で話すんですよ。震災後流された人達が魂となって戻って来たとしか思えない。そういう出来事はいくらでもあった…そういう話はいくらでも聞いたって…ただ、それを怖がっている人は寧ろ少ないそうです。却って気持ちが楽になるのかもしれませんね、生きている人は最愛の家族の死を再認識し気持ちに区切りをつけて、亡くなった人は自分の死を悲しむ家族の姿を見ることによって、やっと自分が死んだことを受け入れて旅立つことが出来るのかもしれません。勿論突然人生が絶たれたんですから、納得出来ない思いは当然あるでしょうが…]

[岩崎さん…]

自分の思いを熱く語る岩崎の目には、いつしか涙が滲んでいた。

[すみません、先生にこんな霊的な話など、場違いですよね。]

[ううん、そんな風には全然思ってません。私ね…]

明日香は自分が体験した一連の不思議な出来事に対する自分の思いを総括するように力強く続けた。

[私は確かに医者で本来霊的な現象は否定する立場だけど、でも人の思いは科学で解明出来る範疇を越えるものだと今度のことを通じて感じました。私を励ましてくれた謎の女性…そして私の前に現れ、幽霊のように消えていった謎の少年…彼は自分には大地の記憶があると言ってたわ。そこに溢れる様々な思いをずっと見聞きしてきたってそう言ってたわ。彼は…本当は神だったのかしら…今となってはわからないけど、もう彼が何者だったかなんてどうでもいい!私はもう迷わない。震災を乗り越えて強くなれたんだから。また会えるような気もするけど、でも今は医者としての原点に立ち返ってしっかり頑張っていきます。]

[先生…]

[これからも宜しくお願いしますね、岩崎さん…]

[こちらこそ…]

笑顔で岩崎と別れた明日香は、その後帰宅する車中でまだまだ壊れた家が目立つ街並みを見ながら、それでも人間は強いものだとそう強く思った。必ず立ち直る。街も…人も…傷付いたその心も…勿論、そう簡単な道のりではないが…そして明日香の思いに応えるようにふる里は復興し、家族の思い出が詰まった実家が到頭解体される順番になったことを、ある朝明日香は千鶴子から知らされたのだった。

[昨日連絡があったの…?そう…いよいよなのね…]

[ええ…]

言葉少なに答える母の寂しそうな表情に心を痛めつつも、明日香は母を励ますように元気に声をかけた。

[大丈夫!兄貴がまた素敵な家を建ててくれるわよ。色んな支援もあるし、私も応援するから。新しい家で新しい思い出をこれから作っていけばいいの。きっと元通り、みんなで楽しく暮らせるようになるから…ねえ…それまでここでのんびり過ごして…]

[ありがとう、明日香…]

娘の励ましにやっと笑顔を見せてくれた母を見ながら、同じような会話が地震の被災地であるこの地で幾度となく交わされてきただろうことを、同時に明日香は感じていた。みんなも…乗り越えることが出来ただろうか…勿論簡単ではない。生活再建には現実的には膨大な資金や時間が必要であり、傷付いた心を癒やすのにも時間は必要だ。地震による死者は百名近くに及ぶ。また関連して亡くなった人も、その倍以上に昇っている。失われた命は戻ってはこないのだから‥それでも自分たちは今生きている。これからも力強く生きていかなければならないのだ。そう自分に言い聞かせた明日香は、震災から決別し、前を向くための区切りをつけようと、更地となった後その場所を一緒に訪れようと母に切り出した。

[家があった場所を…見てどうするの?]

今更そんな事をして何になるのとでも言いたげな表情の千鶴子に、明日香はしっかり現実と向き合いたいという自分の決意を告げた。

[生まれ育った場所で改めて誓いたいから…この災害に遭ってからの自分に区切りをつけて、これからはどんな時でも前を向いて生きていけるように…]

[明日香…]

自分の思いを口にしながら同時に明日香は、震災直後のまだまだ混乱していた頃何度も目にした、肉親の死を嘆き悲しむ家族達の姿を思い出していた。あの時の自分はまだまだ余震に怯えていて、彼等の悲しみを顧みる心の余裕などなかったが今は違う。何もかも…全てが愛しく思える。だからこそ前向きになれるのだ。するとそんな娘の姿を見て、千鶴子が意外なことを口にした。

[明日香、何故か幼い頃のあなたを思い出すわ。今のあなたは幼い頃のあなたに戻ったよう…]

[えっ…?]

どういう意味だろう…驚いて母を見る娘に、母は娘自身全く覚えていなかった幼い頃の意外な姿を口にしたのだった。

[覚えていないでしょうけど、あなた子供の頃霊感があったのよ。]

[えっ…私が?]

[そう、だから他の子供達から変人扱いされてね。私もお父さんも随分心配したけど、あなた霊感があっても怯えて引っ込み思案な子供じゃなかった。だからあなたが神谷さんと話して彼女に励ましてもらったと聞いた時、私は昔の…霊感がある頃のあなたに戻ったんじゃないかってふとそんな気がしたわ。]

[まさか…それ本当なの?私全然覚えてないけど…]

[そうでしょうね、あなた自身怖がるでもなく、結構平然としてたから…でもあなたが人付き合いが苦手な性格になってしまったのは、多分幼い頃のそんな経験があったからじゃないかと私には思えてね。だから神谷さんにあなたと話した覚えはないと言われた時、私思わず昔の霊感があった頃のあなたに戻ったのかと思って…]

[母さん…]

自分に幼い頃霊感があったなど夢にも思っていなかった明日香だが、さすがにそういう事実を知ってしまった以上、あの謎の少年の事も母に話すべきではないかと思った。そして明日香は、確かに神谷と名乗る女性に励まされ更に謎の少年に不思議な言葉を掛けられたことを母に話した。娘の話を黙って聞いていた千鶴子は、感慨深げに口を開いた。

[大地の記憶がある…ねぇ~まるでお父さんが言ってた、神のような存在のことみたい…]

[父さんが?]

明日香の父正史は高校で歴史を教える傍らその地方に伝わる民話や歴史を研究するアマチュアの歴史家だった。千鶴子はよく家族の選んだ道がそれぞれに違ったのを[何故かしらねえ、お父さんは歴史、優介はビジネス、そして明日香は科学の最先端をいくお医者さん…うちみたいに進む道が違う家族も珍しいんじゃないのかしら。]と述懐していたものだ。

[父さんが言ってた…]

明日香は母の言葉を聞いて厳しかった父正史を思った。正史は厳格な人で、横暴ではなかったが子供達が自由に行動したり意見を言ったりする事を許さず常に自分の監視下に置こうとしていた。優介も明日香もそんな父が嫌でよく反抗し、家出したこともあった。だが父が亡くなった時、千鶴子から正史がどれだけ子供達の事を思い家族を大切に思っていたのか淡々と聞かされ、胸が潰れそうな思いに駆られた明日香は思わず号泣したのだった。

[お父さんね、自分の気持ちを素直に言葉にするのが苦手な人だったから…それはあなたも同じじゃない。あの人とあなた…やっぱり親子なのね、よく似てるわ。]

千鶴子は墓参りに行く度よく明日香にそう言ったものだ。だがその父とあの少年は何か関係があるのだろうか…わからない。そしてわからないまま時は過ぎ、いよいよ解体が終わり更地となった家の跡を見に行こうと決めた前の晩、明日香は珍しく夢を見た。夢には思いがけない人物が現れた。

[真由子…ちゃん…]

明日香の夢に現れたのは、紛れもなく幼い頃病気で亡くなった明日香の唯一無二の親友である真由子だった。彼女こそ明日香が医師を志すきっかけになった人物だが、今まで明日香がどんなに会いたいと願っても、真由子は彼女の夢には一度も現れてはくれなかったのだ。それが何故今…不思議に思うと同時に懐かしさがこみ上げ、夢の中でも確かに涙がこぼれた。すると真由子と共にもう一人…

[お父さん!]

夢の中なので顔の輪郭などぼやけており、はっきり認識出来る訳ではなかったが、明日香にはそれがまさしく父正史であり、そして真由子であるとそう思えた。そして震災以後自分が体験したあの不思議な出来事は、もしかしたらこの二人が自分の為に起こしてくれたサプライズではなかったのかと、そんな突拍子もない考えさえ浮かんでくるのだった。真由子と正史と思しきその二人は、明日香の夢の中で優しい笑顔を浮かべたまま静かに消えていった。

[真由ちゃん、父さん!]

行かないでと叫ぼうとするも声が出ない。そして目覚めた明日香が感じたのは、科学という言葉では図りきれない人の思いの深さだった。二人はきっと自分をずっと見守っていてくれていたのだ。大地震に遭遇し、自分の弱さを自覚し自分を見つめ直すことが出来た今、彼らの思いに精一杯応えてこれから生きていきたいと明日香は思う。そして翌日、母千鶴子と二人で更地となったとなった家の跡地に立った時、明日香は改めてこの災害を乗り越えてこれからの生活をしっかり築き上げていこうと誓うのだった。娘から夫正史と娘が子供の頃辛い思いで見送った真由子が夢に出てきたと聞かされた時、千鶴子は何ともいえない表情を見せたが、二人が一時はどん底まで気持ちが落ち込んでしまった自分を立ち直らせてくれたのだという明日香の言葉に、しっかり頷いてくれたのだった。そして千鶴子は少し躊躇った様子見せたが、決心したように明日香に思いがけないことを話してくれた。

[この前検診で久し振りに病院に行った時、馴染みの看護師さんが教えてくれたんだけど、確かにあなたと神谷さんが話しているのを見たんですって、その時の神谷さんはまるで病室にいる時の彼女とは全くの別人であんなに元気に喋る彼女を見たことがなかったってその人言ってたわ。話すべきか迷ったけど、伝えておいた方がいいような気がしたからって…]

[まぁ…本当なの?それ。]

[本当よ、あなたに話すべきか迷ったけど…神谷さん私に嘘をついてるようには見えなかった。本当は彼女も誰かと大いに話したかったんじゃないのかしら。思えば震災以後、私だって顔見知りは勿論知らない人ともよく話したものよ。私だけじゃない、みんなそうだった…色んな人と話すことによってこの悲惨な現状を自分に納得させようとしたのかもしれないわね。彼女も同じじゃないかしら。]

[或いは…]

[えっ…]

[真由子ちゃんが神谷さんの身体を借りて私に会いに来てくれたのかも…]

[まぁ、医者の立場で言うことじゃないのかもしれないけど、でも反対はしない。そんなことも有り得ると心から思うから。]

[母さん…]

[じゃ、あなたに会いに来たという、その少年は誰なの?お父さん?]

千鶴子の核心をついた質問に、明日香は少し言葉につまりながらもしっかり応えた。

[父さんと同じ心を持った大地の神様!]

[なあに、それ…]

苦笑しつつも微かに涙を浮かべて娘の返事を聞く母…どういう形にせよ亡き夫が娘を励ますために会いに来てくれたのかもしれないと思えるのは千鶴子にとっても涙が出る程嬉しいことだったのだ。千鶴子は亡き夫を懐かしむように、嘗て家が建っていたその場所を見つめて口を開いた。

[お父さんよく言ってたわ。自然にあるものには必ず神が宿ってると…その子が言った通り、悠久の歴史の中でこの大地そのものも今回の地震のような災害に遭って嘆き悲しむ人々の姿を記憶に留めてきたのかもしれないわね。]

[母さん…]

母の言葉に、明日香も頷いてしっかり答える。

[彼は言ってたわ。みんな乗り越えるって…乗り越えてきたのよね、先人たちは…今度は私達の番なのかもしれない。]

[ええ、でも焦る必要はないのよ。一歩ずつ着実にね。]

[休みながらね。]

明日香の言葉に、微笑む千鶴子…空はどこまでも青くまるで二人の再出発を見守ってくれているようだった。(了)

私は熊本地震の被災者です。五十代後半の主婦である私は、日本全国で起きる様々な自然災害に心を痛めながらも自分はこの年まで何事もなく平穏無事に生きてこれたし、これからも平凡に生きていけるのだろうなと勝手にそう思い込んでいました。ですが去年の地震は、私の心に生涯消えることのない恐怖を植え付けました。暗闇の中緊張地震速報が鳴り響き、家具が倒れ台所で食器が割れる音を耳にしながら外へ逃げた時のあの衝撃は、一生忘れることは出来ないと思います。小説の内容については私の実体験を重ねながら書いている部分もありますが、私はこの災害に遭う前に現実に不思議な体験をしました。地震が起きる数日前に、激しい揺れに襲われ恐怖で顔を歪める自分の姿が、普段の日常生活の中でいきなり頭に浮かんだのです。それは一瞬でしたが、それでもかなりの恐怖を感じたのを覚えています。と同時にそんな怖いことを考えた自分に怒りすら感じました。ところが、その時の私の姿は数日後現実の姿となったのです。恐怖の余り夫の前で半べそをかいている自分がいました。地震の直前に体験したあれは一体何だったのか…私には少し霊感があるのですが、あの体験をした時以前父の霊に会った時と同じような背景が見えました。何もない空間に雨のような線が見えたのです。今では父が私に大地震が起きることを何とか伝えようとしてくれたのだと、そう信じています。あれから早一年二ヶ月が過ぎましたが、私の心はまだ完全には立ち直っていません。それは私だけでなく、あの揺れを体験した人の殆どが同じなのかもしれないと思います。それでも、優しい夫と子ども達、家族の強い絆で今では平穏な日々を送ることが出来ています。私はこの小説を故郷のリハビリのために書いたのかもしれません。どうか外の被災地と同じように復興していく私の故郷熊本を忘れないで下さい。これからも温かく見守って下さいとそんな思いをこめてひたすら書きました。そして、いつどこでどんな災害が起きても、支え合い助け合うことが出来る優しく民度の高い日本人であることを誇りにこれからも生きていきたいと思います。そしてこの国に暮らす人々が、これからどんな困難も乗り越えていけるようにそんな願いも込めてこの小説を書きました。読んで頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ