不可視の未来
耳鳴りのするほどに静寂に包まれる森林、灯りは月の月光のみの為に殆ど真っ暗だった。この森が静かなのはずっと前から変わらぬ事だ、そもそもこの森には生物という“概念”すら存在していない。時折、鴉が飛んで来て鳴き声を上げている。が、今回は鴉の身に何があったようで唐突に絶命して羽を全て散らして墜落した。それは明らかに誰が見ても不自然だった、普通の人間、なら。この森に立ち入ってる“人の形”をしたものが存在し、少ないが複数あった。1つは少女。彼女は人間ではなく、人間の形をした“妖怪”だ。彼女は一人で猪や牛などの食料収集していた。しかし、収集方法は余りにも酷く、無慈悲な殺し方だった。それは獲物の心臓を“転移”させるという方法。転移した心臓は全て少女の持つ袋に収められており、その為に袋は深紅に染められている。それは妖怪だとしても少女にしてはあまりにも情が無さ過ぎる、異質な少女だた。少女はふと隣にあったはずの存在が無いのに気が付いた。
その別の一つ―――青年は唐突に現われた別の気配に向かって足を進めていた。ただの虫や獣ならば当然のように無視していたのだが、現われた気配は嫌に覚えがある上にその気配は青年を警戒させるに値する存在だった。この存在は“箱庭”という名の修羅神仏の集う世界では“伝説の魔王”とまで呼ばれる脅威だった。しかし、奴は聖人に功績を奪われ、同時に霊格を失い死んだとされていた。気配に向かって足を進める青年、どうやら気配も此方へ向かっているらしい、気配はどんどん強く、大きくなる。青年は森を進むと開けた場所にでた。
「久しぶりだな、閣下。人の姿のあんたは初めて見るが、その霊格·········名を捨てたのか。しかし魔王ここにあり、てか。相変わらず恐ろしい強さなこってな」
「こんな世界に何の用だ、“幻想の詩人”」
「目的なんて限られてんのに、あんたに用があんだよ、閣下。唐突だが閣下はどうして“この世界”に飛ばされたのか·········いや、まずはどうして“あの世界”で居たのか、それは知っているか?」
詩人の言う“この世界”とは青年が今存在しているこの幻想郷のことを示すのだろう、もう1つの“あの世界”とは青年が“アジ=ダカーハ”として誕生し、“絶対悪”が滅ぼしであろう世界を示す。しかし、青年には詩人の問いには答えられるが、問いの真意までは理解が及ばなかった。だからこそこの男は警戒すべき相手なのだ、魔王として。この詩人も悪の魔王だが、他の魔王とは目的が全くもって異なり、それを知る者は1人のみ。
「俺があの世界に“存在していた”理由、か。···········これは俺の考えだが、俺が生まれたのは恐らくあの世界じゃないのだろう。生まれたのは実際は箱庭であり、その時オリジナルのアジ=ダカーハと共に、同時に生を受けたのだと考えている」
「············」
「俺は彼方では封印され、存在しない者として扱われていた。しかし、技術が進むごとに俺の力がオリジナルと並みになり封印が堪えられず、開封する直前にあの世界に飛ばされた、と言うのが俺の考えだ。“誰が”までを推測するにはまだ情報が足りないがな」
その考えは青年自身、答えだと思っている。理由は単純、あの世界には拝火教が存在しなかったのだ。それを知ってる詩人は青年が“それを知っている”事に何か思ったのだろう。しかし、この程度なら青年の持つ恩恵の1つ “千の魔術 ”で幾らでも知る事が出来る。“千”とは古代で無限という意味を持っており、つまり、青年は全知全能に近い存在なのだ。詩人は顔を附せ狂喜の笑みを溢すが、近くの岩に腰を掛け顔を上げた時には笑みは消えていた。
「そこまで分かっているなら本題に入ろう。閣下、あんたには“この世界”で“絶対悪”の化身として顕現しろ。それは閣下の唯一の存在理由であるのと、アザトースからの命だ」
「ッ!?·········アザトースだと? 何故“原始の混沌”なんぞが出てくる。それに“絶対悪”に戻れだと?」
詩人の言葉に浮かんだのは、怒りと疑問。だが勝ったのは疑問の方だった。何故宇宙の創造神“邪神アザトース”が青年がアジ=ダカーハに戻る事を望むのか。アザトースとはクトゥルフ神話に登場する狂気に満ちた真の宇宙の創造主だとされている。その姿は如何なる形を持たない無形の黒影であったり、大きな黒い球体だとか言われている。そして飢えと退屈に悶える白痴の魔王である。宇宙の原罪と言われるアザトースの存在自体が1つの“世界”だと言えるだろう。そんな存在が世界程度の内の1つの者に何故そんな事を命を下すのか。だが幾ら邪神と言えど“神霊”である以上はアジ=ダカーハを倒す事は困難であり不可能に近い。その為その命を承諾する必要は無いが、青年が気になるのは命を出す理由であった。そして絶対悪の方を呑む。
「その命は受けても構わんが、その命を下して邪神に何の得がある? ―――――――まさかと思うがこの世界に顕現するとでも言うのか?」
「·········流石閣下。ビンゴだよ、邪神様は宇宙を散歩するほど暇なんだと、実際散歩は出来ないけどな。だけど、俺じゃあの邪神は手に余るんでなこの後は閣下に任せたい。閣下の“疑似相星図”(アナザーコスモロジー)、アヴェスターがあれば手に負えない相手じゃないだろ?アイツらは邪神の類いだが神霊なんだからよ。ああ、後その邪神様が来るのはこの世界で一週間後だとよ」
一週間後とは何とも唐突な。思わず怒りを忘れた。それにこの世界があいつらの顕現に堪えられるのか、と心配事となった。“千の魔術”でも異世界に飛ぶ術を持たない、絶対悪を困らせるなど対した奴だ。呆れ顔の青年の霊格が跳び跳ねるように高まる。その変化に魔王が降臨したと満足する詩人は強く笑みを浮かべ来た道を戻ろうとする。がしかし、詩人の目の前に少女―――紫が現れる。おや?と怪訝そうに顔をひそめるだけの詩人は、どうやら紫の気配には気付いてたらしい、が紫の能力までは見抜けていなかったようだ。同じ森で能力を使っていてこの男にバレない訳がないのは青年にも分かっていた。紫は詩人に近付き問う。
「貴方は··········貴方は先生の名前知ってるんですか? 知ってたら教えてくれませんか?」
そんな質問をしに来たのか、と青年は頭を抱えるが“絶対悪”に戻った事と邪神の訪問の件がある以上、面倒事を増やさないために知られる訳には行かなくなった。紫には出来るだけ早く此処から離れてもらう必要がある。今の段階で変に興味を持たれると死にかねないのだから。詩人は紫の質問の“意味”と少女の価値に気付いたらしい。一瞬、青年にチラリと笑みを向け少女に向き直る。
「嬢ちゃん、それを知りたいならもっと強くなれ、せめて俺以上にな。それが最低限の条件さ。と言うことで、俺はまだここでやる事が有るからな、用があるならいつでも俺のところに来い。あ、それと閣下は“業龍”と名乗りれば良いさ」
「ん」
青年―――業龍は短く返事をして手を払う。そして詩人は煙のように姿を眩ます。考えるのは寝床に戻ってからにするとした。取り敢えず紫に食料調達をさせておいた為に、紫の持つ袋を確認した。見るだけでは少ないが、どうやら隙間の能力を使い袋の中には数人の一月分の量を入れているようだ。いったい何時までいるつもりだと思わなくもない業龍には気付かず、紫は洞窟への隙間を開く。その際に、
「業龍が本当の名前ではないんですよね。なので私は先生と呼ばせて頂きます、本当の名を知るまでは·········」
そんな事を言っていたが業龍は返事を返さなかった。隙間を抜け洞窟に出た業龍は寝台の上に腰を下ろし、1人思考を始める。自分で採って置いてその量に後悔している紫は1人思考している業龍を不思議思いながらも直ぐに気を取り直し料理を始める。その様子を一瞥だけしたが、どうも嫌な予感がした。しかし業龍は最初から食をとるつもりは無かったらしい、直ぐに思考に戻る。
邪神の顕現はこの世界では害でしかなく、そして顕現と共に滅亡を意味する事になる。そりゃ邪神の存在力だけでこの世界は崩壊しかねないのだ、業龍と幻想の詩人の存在だけでこの世界に負荷が掛かっているのだ。少なくても後、神霊種一体が耐える事の出来る限界だろう。だが、アザトースは別だ。彼奴の存在は別格なのだ、それは彼奴一体で並みの神霊種三体に匹敵すると言っても過言ではない。“原始の混沌”とは伊達ではないと言うことだろう。それすら凌駕する業龍―――“絶対悪”も馬鹿げているが。しかしそれならば、アザトースの顕現ではなく、代わりの者が来るのだろう。そしてそれはアザトース―――外なる神に使役される“旧支配者”が現れる事になる。青年の予想ではアザトースの第一の使役者“The Faceless God”(無貌の神)だと思われる。
他に考える必要がある事を多々有している。この世界の事、業龍をこの世界に飛ばした者の謎、等々、こう考えると結構あった。と、洞窟の外に何か気配を感じた。これ以上の厄介事はゴメンだと、外に居る謎の人物に対して殺気を飛ばす。その際に紫にも殺気が少しあたり思わず包丁を落として業龍に青い顔を向ける。しかし、業龍は構わず外を静かに見つめる。気配が消えた。山から離れたと思った。
その時だった。洞窟の外に大量の気配が現れた。
どうも阿呆な英傑です。
クトゥルフに手を出しちゃいました☆
まぁでもネタは増えましたね。
他の神話にも手を出してみよー!
それと、この回で色々書き方を変えてみました。
読みにくければ言ってください、すぐ戻します。
感想、要望、指摘があればお願いします!
ではでは!(まだ未完です、すいません)