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部屋はそれほど広くない2人部屋だった。
ベットが2つ並ぶだけのシンプルな部屋。
この宿屋では2人部屋の中では一番安い部屋だ。
若い2人組に気をきかせたのだろう。
「いいお部屋ですね。狭いけど綺麗に掃除されてます。」
そういって呑気に窓を開けようとしている少女に詰め寄った。
「どういうこと。」
少女はキョトンとした表情をした。
「部屋、気に入りませんでした?」
「そうじゃなくて。」
「一人部屋のが良かったですか?」
「別にどっちでもいいよ。」
「あっ、お兄ちゃんってとこですか?」
そういってニヤリと笑った。
わかっていて焦らす少女に苛立ちが募る。
「母親のこと。」
普段では考えられないほど荒い声が出た。
けれど少女はまるで意に介していない様子だった。
「言いましたよね。あなたの場所は他の人に譲ったって。」
彼女はするりと横を通り抜け、ベットに腰かけた。
「冗談だって思ってましたか?」
真っ直ぐに向けられる視線に言葉がつまった。
「それは…。でも、同意したわけでもないのに、勝手だよ。」
「この世界は99%は必然でできているのに、何時だって勝手なものですよ。」
そういった彼女の目はどこか寂しそうに見えた。
「どういう意味?」
「こちらの話です。」
そこで少女は一端言葉を切った。
そして指を二本たてた。
「今の光輝さんには選択肢は二つあります。一つは私のお願いを受けずにこのまま一人で生きていく方法です。まぁ、光輝さんのステタスではあまりオススメしません。」
「もう一つは私のお願いを受け、魔王になってください。まぁ、こちらも100%安全とは言えませんが、可能な限りサポートさせていただきます。それに成功報酬も用意してあります。」
そこまで一息に話して彼女はこちらを黙って見つめた。
返事待ちなのだろう。
選択肢と言いつつ、実質最初の一つは選べない。
いくらこの世界が平和とはいえ、それは町中に限ったことなのだ。
お金も仕事も家も人との関係もない状態では生活は難しい。
そういった状態からでも自力で切り開いて行く人間もなかにはいるが、正直自分には無理だと思う。
となると、彼女の話を受けるしかない。
嫌な予感しかしない。けれど選択肢もない。
「わかったよ。」
ため息混じりにそう答えると、彼女はパッとベットから立ちあがり、嬉しそうに笑った。
「本当ですか!今更やめますはなしですよ。」
本当に嬉しそうに笑う彼女にやっぱり可愛いなと思った。
そう思うと狭い宿屋の一室に二人きりという状況に急に緊張してきた。
改めて彼女を見ると、本当に神秘的だ。
透き通るように白い肌に、上質な絹のようにキラキラと光を反射して輝く白い髪。
対照的に瞳は黒く、唇は赤い。
自身の邪な考えを振り払うように頭を振った。
誤魔化すように慌てて一つどうしても気になっていたことを口にした。
「あの、でもひとつだけ教えてほしい事が。」
彼女は困った顔をして、
「答えられないことも多いですよ。」
と言った。
「君の名前。その…これから一緒に過ごすわけだし。」
意識すると、なんだか照れくさい。
すぐに答えない彼女に、言い方がちょっとあれだったかなっと焦って彼女を見ると、彼女はふわりと笑った。
「シロエと言います。これからよろしくお願いします。」
気になることも言いたいこともあったけれど、今は何も言わない。
不安も不満も選択肢がないことを言い訳に自分の思いに気づかない振りをすることにした。
彼女のことを信用したわけではない。
ただ、彼女の時折見せる寂しげな表情が心配なだけ。
シロエが喜んでくれるなら今はそれだけでいいと思えた。
だから、今は何も言わない。
…ただ部屋だけは分けてもらおうと強く思った。