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見慣れた景色のはずなのにさっきまでとは違って見えた。
いつもなら声をかけてくれる八百屋のおばさんも、もっと鍛えた方がいいとからかってくる武具屋の男性もまるでこちらが見えていないかのように反応がない。
世界が止まっているわけではない。
ただそこに自分自身がいないような。
自分だけがずれしてしまったような奇妙な感じがした。
不安を振り払うように頭を振り歩き慣れた道を走り抜けた。
大通りの一番奥に見慣れた建物が見えてきた。
2階建てのこの辺りでは一際大きな建物。
築100年以上経つと言われるだけあって所々古さが目立つが、掃除や手入れは行き届いている。
田舎の町としてはかなり立派な宿屋である。
そして、生まれてからずっと慣れ親しんだ我が家でもあった。
いつものように表の入り口に手をかけた。
扉は拒むことなくカランカランとドアの鐘をならしながら開いた。
食堂も兼ねた一回フロアにはテーブルと椅子が左右にきちんとならべらている。
窓際には昔作った不格好な花瓶に花が生けられていた。
中央の一番奥にはカウンターがありそこで女性が何か作業をしていた。
扉の鐘に女性は気づき顔をあげた。
こちらに気づき優しく笑う母親にほっとした。
けれどただいま、その言葉は出なかった。
「いらっしゃいませ。お食事ですか、それともお泊まりですか?」
聞き慣れた客へのあいさつ。
それは確かに自分に向けられていた。
「あっ、その…」
言葉が出てこない。
いいよどむ光輝に受付の女性は少し不審そうにしながらも、静かに待っていた。
「はい、私と彼の2名で、一泊お願いします。」
何も言えないでいる光輝に助け船を出したのは、この奇妙な状況を作り出した張本人だった。
いつから居たのか振り返ると彼女が立っていた。
光輝の視線に彼女はにこりと笑った。
「かしこまりました。部屋数はどうなされますか?」
「一部屋でお願いします。あんまり似てないってよく言われるんですけど実は兄妹なんです。」
「そうなんですか。こちらにはお二人で?」
「はい。この先の街で親戚が店を出すのでその手伝いに。ほんとはお兄ちゃん一人で行く予定だったんですけど、この通り口下手で。」
女性はくすりと笑った。
「では2階の205号室が空いております。一泊2名で180金になります。」
「じゃあそれで。」
光輝は二人のやりとりを心個々に在らずといった様子でぼんやりと眺めていた。
彼女の嘘に突っ込む気力もおきない。
白い少女はカウンターでお金を払い鍵を受け取りこちらに向き直った。
「お兄ちゃん、行きますよ。」
そういってぐいぐい腕を引き、2階の部屋へと向かっていった。
途中、見知らぬ少年にペコリとお辞儀された。
二階の端から2番目の部屋。
客として訪れるのは初めてだった。




