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少し前の話

 十一歳、わたしは、いつも白衣に囲まれていた。


 白衣を着た研究者たちはたくさんいて、施設の中にいるわたしたちに様々なことをさせていた。これはわたしにとって二、三年前から日常だった。

 わたしの能力を試すと言って、体のあちこちに計測装置を取りつけて運動をさせたりするのはまだいい。わたしの傷の治りが異常なスピードだとわかったときには、恐怖と軽蔑に顔を歪めながらわたしの体を切り刻む実験をした。そんな顔をするくらいならやめればいいのに、と思った記憶がある。


「ミズノ、時間だよ」

 白衣は部屋の外から呼びかけた。そろそろ来ると思っていたわたしははい、と返事をする。白衣がロックを解除する機械音がして扉が開く。

「今日は薬を飲む実験だから」

 そう言いながらすぐに立ち去ってしまう白衣の後を追いかける。今日こそ死ぬかもしれない、と期待しながらもそれは叶わないことだとわかっていた。

 わたしの能力の副産物が不死身に近いものだとわかってから、実験はもっぱらそれに関することだった。どの程度まで生きていられるのか、そればかり。水に沈めて窒息させてみたり、手足を切り刻んでみたり、高圧電流を流してみたり。どれをしてもわたしは死なない。死んだように脈がひどく遅くなり呼吸も意識もなくなる。それでも、時間が経てばケロリと目覚める。

 白衣についていった部屋には、布団の置いていないベッドと計測器が無造作に置かれていた。わたしは促されるままにベッドへ腰掛け、白衣の裾を眺めた。

「じゃあ、これ。全部飲んで」

 そう言って白衣が取り出したビンには数十個の錠剤が入っている。前に薬を飲んだときよりも量が多い。水の入った容器を差し出すと白衣はわたしに計測器を取り付けはじめた。脈拍、呼吸を測るためのものだ。

 薬を見つめてわたしはいつものように考えた。この人達はわたしが死ねば満足なのだろうか。死なないほうがいいのだろうか。

 こうしてわたしを殺そうとする実験をしているくらいだから、死んでほしいのかもしれない。いや、わたしは死んではいないのだから殺す気はないのだ。相反する考えがせめぎあって私の中で響く。

「もういいよ。どうぞ」

 白衣は計測器をつけ終えてわたしから一歩離れた。早く飲め、とあごで合図する。

 結局答えなんてわからないのだから考えるだけ無駄だ。わたしはビンをあけて致死量を超える量の薬を水で流し込んだ。




「星の加護がありますように」

 わたしは周りの人と同じように呟いてから目を開く。

「みなさんは清い信仰心をお持ちです。きっといつか、プラント様はお許しくださるはずですよ」

 人々の一番前にいるらしい司教は穏やかな声で告げる。わたしは司教よりも奥のものに目を引かれていたから、司教の言葉はそれ以上頭に入ってこない。

 奥の煌めいているあれはなんだろう、と好奇心がくすぐられていた。祈りの時間が終われば見ることができるだろうか。司教の言葉がはやく終わるように念じて奥のものに目を凝らしていると

「こら、そわそわしすぎ。ちゃんと祈りなさい」

小声で隣から注意される。そこにいた人物の顔を見てわたしは理解する。


 これは夢だ。





 そしてわたしは目を開く。真っ白な天井が見えてまた死ななかったのだと軽い失望を覚える。

 私が起きたことに気がついた白衣は軽く体の調子を確認して、手元の紙に何かを記入した。

「名前は」

「ミズノ」

「歳は」

「十一」

「前に星を食べてからどの程度経った」

「一ヶ月くらいです」

 目覚めてから確認することは同じだ。わたしの記憶に間違いがないか、目覚める度に同じことを聞いてくる。

「今回は起きるまでだいぶかかったから、そろそろ星がいるかな」

 いつもの質問のあと、状況によっては星が貰える。わたしから計測器を取り外して、星の欠片を差し出す白衣の手は不健康なほどに白い。白い手が渡してくる星は小さな欠片だが貴重なのでありがたく受け取ることにしている。

 水色がかった半透明の緑の塊は、手のひらにおさめるとひんやりとして気持ちがいい。わたしが星の感触を味わっている間に白衣は出ていってしまう。あとは自分で部屋に戻れということだ。

 手を開いて、もう一度まじまじと欠片を観察する。白い蛍光灯の光が反射して、目に刺さる。青緑の影を手のひらに落としている欠片にわたしの体温が移ることはない。どれだけ手の中で温めてもひやりとしたままだ。

 体を起こすと激しいめまいがした。わたしは再び枕に頭を押し付けてめまいが消えるのを待つ。そのうち吐き気もやってきてわたしを打ちのめした。何かを考えることも言うこともできずただ枕に埋もれてうめくだけであった。



 なんとか部屋に戻ってもめまいはしばらく消えない。大体いつもそうだ。わたしは震える手で星の欠片を口に放り込み噛み砕いた。味を確かめもせずに飲み込むと冷たい塊が喉を通るのがよくわかる。

 効果はすぐ出る。胸がすっと通り吐き気は消える。めまいも収まり視界が定まった。


 こんな毎日。死にかけては生き返ってまた死にかけて。

こんな能力に何の意味があるだろうか。何のためにわたしを研究しているんだろうか。何のためにわたしは何度も殺されるのだろう。

そんな思いを抱きながらもわたしは諦めている。抵抗すること、屈しないこと、わたしがわたしであることを。わたしは隅々まで調べ尽くされて、白衣の方がわたしよりわたしを知っている、そんな状況を。

 いっそ死ねればいいのに。死んでしまえれば楽なのに。でもわたしの体はわたしが死ぬことを許してくれない。わたしの意思に関係なく勝手に目を覚ます。もう白い天井は見飽きてしまった。


 わたしはベッドに体を投げ出して目をつぶった。一人には広すぎる部屋で、わたしは白衣を待つ。わたしを殺しに来る白衣を待つのだ。

「ミズノ、入るよ」

白衣の声がドアの向こうから聞こえて、肩がびくりと跳ねた。つい先ほど目覚めたばかりなのにまた実験だろうか。心の中で文句を言うわたしの返事を聞かずに扉は開いた。

 体を起こしてみると、そこには白衣と、痩せた小さな女の子がいる。わたしはまさか、と呟いて二人を見つめる。


「今日から君と一緒の部屋で過ごす、シキだ」


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