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シキ

 わたしは彼女に出会うまで、まるで屍だった。いや、実は彼女と出会ったあとも自分が屍だという感覚を拭えなかった。それでも、あの子と出会って変わった。わたしも、わたしのまわりの環境も。





「今日から君と一緒の部屋で過ごす、シキだ」


 白衣の男はわたしに話しかけた。隣の青い服を着た女の子は、じっと足元を見つめていた。痩せている小さな女の子だ。この子がシキだろうか。女の子を観察して、彼女の着ているものが自分と同じものだと気がつく。

 女の子は何も言わなかった。ただ地面を睨んでいる。その姿が昔のわたしみたいでなんだか苦しくなる。白衣は部屋の中に女の子を押しやるとまた鍵を設定して出ていった。部屋の中にはわたしと彼女だけが残った。

「シキっていう名前なの?」

 沈黙に耐えきれずわたしが尋ねると彼女はかすかに頷いた。コミュニケーションはとれそうだと確認してわたしは言葉を重ねる。

「わたしはミズノ。十一歳。シキは何歳?」

「九歳」

 少し舌っ足らずだがはっきりと答える。彼女は案外芯が強い、とわたしは評価を改めた。わたしと会話をする頃には、シキも顔をあげていた。可愛らしい顔だ。将来は美人になるだろう。

「なぜここへ来たかわかるかな」

 わたしの問いにシキは黙った。よく分かっていないのかもしれないし言いたくないのかもしれない。わたしはそのどちらの気持ちもわかる気がした。シキの答えを辛抱強く待ってからため息をついた。

「言いたくないよね」

 すると彼女は首を横にふった。唇をきゅっと結び眉を寄せている。私は今度こそ何も言わずにシキの言葉を待った。

「シキがね、星の欠片を食べちゃったからなの」

「そっか」

 やっぱり、の代わりにそっかと吐き出した。わたしと同じ部屋なのだから、そういうことだ。肩のあたりに包帯が巻かれているのを見つけて、わたしもそんなことをしたなと思い出す。無意識的に自分の肩に触ると、僅かなしこりがある。この施設に入れられたときからこの中にはICチップが埋め込まれている。逃げられないよう、わたしの居場所がわかるよう。

「何の星を食べたの?」

 わたしは自分の肩から手を離してシキに笑いかけた。シキは目をぱっちりと開いて私を見た。

「なんでって、聞かないの」

 恐らくここに来るまでに何回も聞かれたのだろう。やっぱりわたしと同じ。同じことばかりだ。

「理由なんてないでしょ。お腹がすいたから食べる。それだけ」

 違うのか、と言うわたしにシキの目はますます大きく開かれる。まだ青い白目の眼球がこぼれ落ちそうだ。

「それで、何の星を食べたの」

「霞の帯のどれか。本当に小さな欠片だったから味はよく覚えてない。でも甘かったよ」

 言いながら嬉しそうに口元を緩めた。わたしの言動が今までの大人とは違うと感じたようで、警戒心がほんの少し緩んだのだろう。わたしはもう一度、やっぱりと思った。


 霞の帯。いくつもの星が砕けて散らばっている地帯のことだ。時折星商人が出かけて行っては星の欠片をとり、貴族に売ったり、教会へ納入したりする。本で学んだ知識が頭の中で引っ張りだされてぐるぐると回る。

 星は本来食べるものじゃない。普通の人間なら食べた途端に気がおかしくなって数日で死んでしまう。そういう代物だ。だから教会で年に一度渡される以外は鑑賞目的で貴族が買うくらいしかない。教会が大半を買い占めているから星は小さな欠片だとしてもとても希少で高価だ。一般市民はとても手に入れられない。

 この子はおそらく、教会配布の星の欠片を食べたのだろう。それを両親が見つけ、数日たっても死ななかったからこの施設へ来た。そんなところのはずだ。

「美味しいよね、星」

 わたしが微笑むと彼女は頷いた。

「お姉ちゃんも星を食べたことあるんだね」

「あるよ、たくさん。ここではたまに星が食べられるから楽しみにしてなよ」

 ぱっと顔を綻ばせたシキはまた目を見開いた。まだ白目に青さを残す眼球はてらてらと甘そうに光っていた。舐めたい衝動を抑えて彼女の手を握った。温かくて柔らかい手のひらだった。目を凝視すると、私と同じように瞳の中に渦が巻いている。かぶりつきたいと主張する自分から目をそらした。

「なにかわからないことがあったら聞いてね。これから一緒に頑張ろ」

 素直に頷くばかりの彼女が哀れだった。ここに来ることは、わたしたち星を食べる能力持ちにとって悪いことでしかない。彼女はそれを、恐らく知らない。

 空いている手で彼女の肩の白い包帯に触れた。シキがわたしの手を強く握り締める。無理だとしても、この小さな痩せっぽちの少女を出来る限り守りたいと思った。



このような形で長い小説を書くのは初めてなので不慣れなところもありますが、精一杯頑張りますので生暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

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