第4話 怒らせると怖い魔王
躊躇うだろう、とレイシアは考えていた。
少なくとも沈黙を挟んで、考えさせてほしいと言われるか、説明を求められるものだと思っていた。
しかし沈黙が訪れることはなかった。
「はい、いいですよ! 俺で良ければ何でもします!」
「そうよね、普通は説明から・・・へっ!?」
即答だった。
そのあまりにも早く、躊躇いのない返答に、レイシアは面食らい普段出さないような素っ頓狂な声をあげてしまう。
唐突によく分からない世界へ呼び出され、さらにはこんな突拍子もない話を聞かされれば、普通は戸惑い、疑問や恐怖が思考を支配してしまう。
この男もそういった反応を見せるだろうと踏んでいた。
だからこそ、そうなった時の為に説得材料や条件はいくつか用意していた。
しかし目の前の男はそういった側面を一切見せることなく、あろうことかニヘラと笑みを浮かべる始末。
何か思惑があるのだろうか?
魔王であるレイシアでも、この男、”蘇芳良人”が何を考えているのか分からなかった。
だが、それもそのはずだ。
良人に芽生えた恋という感情は、彼女もまだ知らぬ感情でだったのだ。
レイシア・ステルヴェールは偉大なる北の魔王。
周りにいる異性と言えば家臣達のみ、その中で色恋沙汰などあるはずもなかった。
当然ながら、レイシアが蘇芳の抱く思いに気づくことはなかった。
「ほ、本当にいいの?貴方まだこの世界の事とか、私たちが抱えてる事情とか全く話してないのよ?」
「はい!お互いのことは、これから知っていければいいかなと思っています!」
「・・・・・・そ、そう」
力強く答える蘇芳に、レイシアは押され気味になる。
少しでも自分のペースを取り戻そうと声を上げた。
「・・・・じゃあせめて私のことは魔王様、ではなくレイシアと呼びなさい。それと敬語は禁止、あなたは私たちの大切な客人であり、私の部下ではないんだから。対等な立場を築いていきたいわ」
驚いた様子を見せた蘇芳だったが、それはほんの一瞬で、すぐに先ほどと同じような表情に戻る。
「わかりま、っと・・・わかったよ、レイシア」
「わ、分かればいいのよ! 分かれば!」
自分から言い出したことだが、普段名前で呼ばれることがなかったからか、小恥ずかしくなり顔を火照らせるレイシア。
「ま、魔王様ッ・・・いけません、コイツが魔王様と対等な存在、などというのは・・・」
ルビウスだ。どうやら先ほどの一撃から目覚めたらしい。
強打した身体を庇いながら、呻くような声でレイシアに訴えた。
「あら、ルビウス。ああ、お前もいたんだったわね。蘇芳は私たちの客人なんだから対等に接するのは当前だと思うのだけど?」
「ですが、、、私は魔王様の威厳にヒビを入るようなことは我慢なりません。そもそも、お前もちょっとは遠慮したらどうなんだ! 如何に召喚者と言えど、いきなり魔王様と対応な立場などと、全く持って甚だしい!」
ルビウスは蘇芳を指差すと、熱弁を振るい始める。
しかしその姿は、必死に理由をつけ、相手を否定する子供のようだ。
蘇芳は申し訳なさそうに頷いている。
「あのねえ、ルビウス」
レイシアはそんなルビウスを諭すように呼びかけたが、その勢いは止まらない。
「大体こいつは少し変です! こちらに召喚されても全く動揺せず、この落ち着いた態度。その上こちらの事情を知りもしないくせに我らの活動に協力する? ありえない!何か裏があるに決まっている! ハッ、もしかして貴様」
「いい加減黙りなさい」
レイシアは眼光鋭い眼で、ギロリとルビウスを睨みつけた。
その瞬間、この一帯が凍り付いたような感覚を覚える。
直接その威厳に晒されたルビウスはビクリと身体を跳ねさせ、恐怖の表情を浮かべている。
しかしそれはルビウスだけではなかった。
蘇芳とゴルロフもまた、同じことであった。
レイシアは、一瞬でこの場を制圧してしまったのだ。
部屋全体が静まり返る。
誰も口を開けない静寂の中、レイシアが切り出す。
「ふぅ。悪いわね、スオウ」
「・・・・あ、いや!俺のことなんか気にしなくてもいいのに」
「そういうわけにはいかないわ。部下の失態は私の問題でもあるから。まあルビウスには私から後で言っておくから」
それを聞いたルビウスは、歯をガタガタと言わせながら小刻みに震えていた。
そして、やり取りを静観していたゴルロフは俺にこっそり耳打ちする。
「・・・・魔王様は怒らせると恐ろしいからのう。スオウ殿も気を付けることじゃな」
「そうみたい、ですね。以後、気を付けます」
「ん?なんか言ったかしら?」
「「な、なんでもありませんっ!」」
2人は声を揃えて答えたのだった。
一旦、ここまでです。
次からは魔王城での話になります。