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始めよう!異世界青春譚  作者: 如月北斗
異世界召喚編
3/5

第3話 初めての感情

さすがに寝間着姿ではマズイと思った俺は、老人に用意してもらった紳士服に着替えていた。

見たことのない形状だが、さっきよりは数倍マシだ。



先導する2人の後に続き、螺旋階段にて上層階へと移動中である。

所々に配置された趣味の悪そうな絵画や彫刻の数々が暗い雰囲気を醸し出している。



「先に言っておく。 魔王様に対して少しでも不穏な動きを見せたら即座に拘束する、いいな?」



前を行くルビウスは振り返るとキッとこちらを睨む。



「分かりました。肝に銘じておきます」


「そこまで警戒せずともよかろう。我らの仲間となるかもしれぬ人物だぞ?」


「しかしゴルロフ様、この者はどう見ても魔族には見えません。もしかすると勇者一向の手先という可能性も」



老人の名前は『ゴルロフ』というらしい。

名前の雰囲気と見た目の印象が妙に一致している。



「確かにそうじゃな。だがそれも些細なこと。先ほども申した通り、今回の召喚は魔王様が直々に行われたもの。それを配下である我らが信じずにどうする?」


「もちろん! もちろん魔王様のことは信じております! ですがこの者は信用出来ません!」


「信用出来るかどうかは、時間を置いてから判断しても遅くはなかろう。そなたはまだ若い、時期尚早になりがちだからの」


「か、かしこまりました。申し訳ございません、ゴルロフ様」


「うむ、分かればよいて」


「さて、まだお主の名を聞いていなかったな、教えてもらえるか?」



ゴルロフは自身のアゴ鬚を撫でながら、声色に柔らかさを含ませ、こちらに問いかけてきた。



「俺の名前は蘇芳 良人、と言います」


「スオウ・ヨシト・・・・・・、スオウ殿か。良い名じゃ」


「ワシはゴルロフ、魔王軍参謀を務めておる。そしてこの者はルビウス、まだ若いが既に将軍の地位にある。実力は折り紙つきじゃ」



ルビウスは納得してないような顔をしていたが、軽く会釈をしてくれた。

碧く美しい髪がサラリとなびく。



「ゴルロフさんとルビウスさんですね、よろしくお願いします」



足を止め、職場で鍛えた営業スマイルで微笑むと丁寧にお辞儀をする。

お辞儀の傾斜は斜め45度、こういうのは第一印象が基本、一度悪い印象が付くとなかなか払拭できないものだ。

まあ寝顔も見られてしまっているから、第一印象がいいとは言えないかもしれないけど。



「礼儀正しくて結構。我らはそなたを誤解していたみたいじゃな。なぁルビウスよ」


「・・・・は、ハイ」



ゴルロフは機嫌のよさそうな表情を、ルビウスは悔しげにぐぬぬ・・・という表情を浮かべている。



少なくとも悪い評価ではないようだ。

伊達に今まで理不尽な営業職をやってきたわけではない。

媚びへつらい、相手を持ち上げる術はそれなりに身に着けていると自負していた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




それからしばらくして螺旋階段を上がりきり、5分ほど歩みを進めていくと、視界の先に大きな扉が見えてきた。



近づき、目を凝らしてみると竜やらなんやらの細かい彫刻がビッシリと彫られており、明らかに今まで見たものは違う。

見ただけでこの部屋が特別な場所であると理解できた。



「これはまたすごい。見たこともない繊細な彫刻が施されていますね。もしかしてこの部屋の奥に魔王様が?」


「如何にも。魔王様はこの中にいらっしゃる」



若干得意げな微笑みと共に扉へと近づくゴルロフ。



「魔王様、ゴルロフです。召喚者を連れてまいりましたぞ」



彼は扉を2回ノックすると、中にいるであろう魔王に向かって呼びかけ始めた。

それを後ろで眺めいた俺に、ルビウスは耳元で囁いた。



「おい、スオウと言ったな。先ほども言ったが魔王様に少しでも不審な動きを見せたら、分かっているな? その瞬間、私の槍は閃光の如く貴様を貫くぞ」


「・・・はい、分かっていますよ」



ならいい。と続けて呟くと、ルビウスは俺から離れた。



そして先ほどから、魔王様!と声を何度も響かせているゴルロフだが、返事が返ってくる様子はない。



「ふむ、おかしいのう、魔王様の反応がない」


「・・・ハッ!? ゴルロフ様! もしかすると今回の召喚で魔王様の身に何かあったのでは!?」



青ざめた表情で、声を荒立てるルビウス。



「・・・・・・・魔王様に限ってそんなことはありえんとは思うが・・・」


「ですが! 万が一ということもあります!」



主の窮地とばかりに、熱を帯びて話すイケメン。

一方でゴルロフは、特に慌てる様子もなく落ち着いているように見える。



「あの、口を挟むようで悪いのですが、この扉は中から鍵が掛かっているのですか?」


「当たり前だろう!? ここは魔王様の神聖なお部屋! 気軽に出入りできる場所ではないのだ!」



――魔王なのに神聖っていう表現を使うのもどうかと思うが・・・



いちいち口に出して突っ込んでいては先に進まないので、心の中で軽い突っ込みを入れるとさらに続ける。



「では出入りできるのは魔王様のみ・・・ということですか?」


「ここに入れるのは魔王様ご本人と信頼された一部の者だけだ!」


「では、その一部の者とは誰にあたるのですか?」


「フンッ! ここにいるゴルロフ様もそのおひとりだ!」



誇らしげに手を添えてゴルロフを指した。

自身満々に言ったよ、この人。



俺は、確信をつく言葉を口にした。



「・・・・・・では、ゴルロフさんに開けてもらえばいいのではないでしょうか」



そこまで知っているのにこんな簡単な発想が出てこないなんて。

灯台もと暗し、とはまさにこのことだろう。



あっ、と口元を抑えるルビウス。



この人はおっちょこちょいなのか?

さっきから喜怒哀楽の激しいことだ。



演技にしてはさっきから反応が自然だ。

はたしてここまで出来るのだろうか?



「ふう、やっとその答えにたどり着いたか、ルビウス」



ゴルロフは小さくため息を吐くと、胸元から漆塗りされたような漆黒に煌めく縦長のプレートを取り出した。



「全く・・・お主はいつもそうじゃな、ルビウスよ。頭に血が昇ると目先の物事や答えが見えなくなる。武芸以外にも鍛えるべきところは多そうじゃの」



ううっ・・・と声を漏らし、赤面するルビウス。

最初の強気な姿からは想像しがたい現在の状況は、ギャップ萌えとして世の奥様方をくぎ付けにしてしまうこと間違いなしだろう。



それにしてもこうして改めて見ると女みたいな顔立ちなんだよなこいつ、モデル体型で声も高めだし。

女装しても似合いそうだ。



・・・おっと、言っとくが決して俺にそんな趣味がある訳ではない。


まあ、とりあえずそれは置いておこう。

俺はゴルロフが取り出したプレートを指差し問いかけた。



「ゴルロフさん、もしかするとそれがこの部屋の鍵ですか?」


「ふむ、スオウ殿はなかなか察しがいいみたいじゃの。如何にも。これを扉に掲げ、合言葉を心の中で念じると扉が開く仕組みじゃ」



軽く頷き、あくまで緊急時のみじゃがの、と補足される。



「まあルビウスの言うことも一理ある。異世界召喚は魔王様にとっても初めてのことじゃし、もしかすると・・・ということもあるからのう」



そういうとゴルロフはプレートを扉に当てると、目を閉じた。

そして暫らく沈黙、すると扉は音を立てて開き始めた。



「さて、では入るとするかの」


「ま、待ってください! ゴルロフさま~っ!」



下手なコントでもしているかのような二人は、扉の奥へと入っていく。

俺もそれに続き、後を追うと部屋へと入った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




中を見渡してみると、奥行などから、なかなかの広さであることは確認できる。

しかし、最初にいた場所よりもさらに光源の少ない室内では具体的な所までは見て取れない。

唯一ある光は、レースカーテン越しに見える薄らとしたものだけだ。

そして光に照らされ、映し出されているシルエットが存在した。

その像の主は、ベッドらしきところに横たわっているらしい。



「あそこにいる方が魔王様ですか? もしかすると倒れてらっしゃるのでは・・・?」


「ま、魔王様!? 大丈夫ですか!?」



俺の一言にルビウスは過剰に反応し、声を上げた。

そして近づこうと足を踏む出した瞬間、ゴルロフに肩を掴まれた。



「慌てるでない。ワシが魔法を使うから、少し下がっておれ」

           ウインド

「・・・・・・・・風よ」



彼が言葉を発した瞬間、どこからか緩やかな旋風が巻き上がり、ふわりとレースカーテンの幕を開いいていく。

窓もないのになんでこんな風が?と考える前に俺の思考はフリーズした。



そこにいたのは、美しい“女”だったのだ。

その外見は年若いが気品に満ち溢れ、見方によっては10代にも20代にも見える。



雪のように白く透き通るような肌、腰まで伸びる赤みがかった艶かしい茶髪。

日本人っぽさはあまりなく、その顔立ちはハーフやクウォーターに近い。



黒色のドレスに身を包んだ彼女は、柔かそうなベッドに身を預け目を瞑り横たわっていた。



その姿を見た俺は、今まで感じたこともない衝撃に襲われた。



例えるなら、滝行の後に1億ボルトの雷に打ち抜かれたような、たまたま拾った宝くじが1等に当選していたかのような・・・変な例えだが、ともかくありえることのないような凄まじいものだ。



そんな感情が心の層のずっと奥深いところから、泉のように湧き出してくる。



俺は直ぐに確信した、この感情は『恋』だ、と。



今まで生きてきた中で一切感じたことはなかった。

今まで経験したことがない俺だからこそ、この心を支配するような感情は『恋』だと即断できたとも言える。



それくらい激しいものだった。

そう、一言で表してしまうと、俺は彼女に ”一目惚れ” してしまったのだ。



「魔王様っ!! やはりお体に異変が!?」



横たわる魔王を発見したルビウスもまた、衝撃を受けたのかアワアワと焦っている。

しかしゴルロフに制止され、近づくことが出来ないのか、同じ場所を行ったり来たりしている。



俺はその場で固まり微動だにせず、ルビウスは慌てふためき、ゴルロフは状況を見極めようと目を凝らす。



するとそんな3人のやり取りで目を醒ました魔王の身体がピクリと動く。



「んっ・・・」



その麗しい唇から吐息が漏れた。



「魔王様!? お身体は大丈夫ですか!?」



それを見たルビウスは顔をパアッと輝かせ、嬉しさからか飼い主が帰ってきた犬のように一目散に魔王の元へ駆け寄る。



しかしそれは叶わなかった。



魔王との距離、後1メートルというところで、ルビウスは突然後ろに吹き飛ばされたのだ。



ガゴンッ!



吹っ飛んだルビウスは、鈍い音を立て壁に激突するとそのまま気絶した。



一体何が起きたのか?



彼女は右手をかざしていた。

反射的に何かしたようだが、何をしたのかは分からない。

だがいきなり人が吹っ飛ぶなんて尋常じゃない。

さっきゴルロフも似たようなことやっていたし、もしかすると・・・

本当にここは俺のいた世界じゃないのかもしれない。



しかし、今の俺はそんな重要な考えさえも些細なことだと、頭の隅に追いやってしまっていた。



恋は盲目、とはよくいったものだ。



「・・・・・・・うるっさいな、一体誰よ・・・。オチオチ寝てもいられないじゃない」



むくりと起き上がると、瞼を擦りながら不機嫌そうな表情をこちらに向ける。



暗いわね、と呟いてからパチンと指を鳴らした瞬間、天井に吊るされていた煌びやかなシャンデリアが光を放ち始め、パッと部屋全体を明るく照らしだした。



さっきは暗くてよくわからなかったが、絵画や壺など、多くの調度品が飾られている。



「魔王様、許可を得ずに立ち入ってしまい申し訳ございませぬ。緊急事態だと判断し、扉を開けさせてもらいました。お身体の具合はいかがでございますか?」


「なんだ、ゴルロフじゃないの。具合って、いつも通りだけど? まあ結構魔力を持ってかれちゃった影響で少しダルいかな」


「初めて異世界召喚を行なったのです。並みの者では理解すら出来ない術式を組み上げ、組み上げ起動できたとしても膨大な魔力を必要とするところを“ダルい”で済むのは魔王様くらいですよ」



顔を上げるとニコリとほほ笑むゴルロフ。



「そんなこと言って、あんただってその気になれば出来るでしょう?」


「いえ、ワシでは魔力が足りずにそのまま術式に呑まれてしまうことでしょう。魔王様にしか不可能です」



それを聞き、ふんっと鼻を鳴らす魔王、少し機嫌が良くなったように見える。



「ところで・・・あんたの横に立っているのは、もしかして私が召喚した異世界人?」



吹き飛ばしたもう一人の存在には特に触れず、魔王は俺のほうを見てそう言った。



「左様でございます。名は」


「言わなくていいわ。そういうのは本人から直接聞きたいから」


「かしこまりました」



そういうとゴルロフはスッと後ろへ後退した。



「それじゃあ改めまして。私がこのエルガルド城の主にして北の魔王、レイシア・ステルヴェールよ。貴方の名前は?」



目と目が合い、その澄み切った瞳に吸い込まれそうになる。

そして面と向かってみる彼女、レイシアの自信に満ち溢れた表情と、美しさは俺の心を完全に魅了していた。



しばし見惚れ、ぼーっとする俺を見て、レイシアは首を傾げた。

俺は慌てて首を振り、ショート寸前の思考を何とか繋ぎ止める。



「あの! お、俺、蘇芳です! 蘇芳良人と言います!」


「スオウ、か。やっぱりこっちじゃあんまり聞かないような名前ね」


「まずは、こちらの都合で貴方をいきなり召喚してしまったことをお詫びするわ」



ペコリと頭を下げる魔王。そんな姿も可愛らしい。



「禁忌とされる異世界召喚を執り行なったのには理由があるの。細かい話はいろいろとあるんだけどど、とりあえず簡潔に言うとね」



レイシアは一息吸うと、それを口にした。



「貴方には、私たちの”世界征服”に力を貸して欲しいのよ」



彼女の口から発せられたのは、余りにも唐突で、理不尽な願いだった。


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